33 聖女の噂
33 聖女の噂
「待ちなさいよ!!けが人を放置して逃げるなんて、恥ずかしくないの?!」
ジュディスはすぐ横を通り過ぎようとするクインシーの馬に、思わず飛び乗った。体力には自信があったけど、こんな形で発揮することになるなんて。一瞬の情けなさを乗り越え、この魔法使いの上着をひっつかむと、力任せに引っ張りながら飛び降りた。
「な、なぜだ。なぜ俺の魔法が効かない!おまえのようなみすぼらしい女に負けるはずがないのに!」
逃れようと暴れるクインシーに馬乗りになって、おとなしくしなさい!と念じたジュディスの元に、騎士団が到着した。
「ジュディス?…、ジュディス嬢じゃないか!! 大丈夫なのか?けがはないか?」
「おい、この女をどうにかしろ!俺は王宮魔法使いのシルベスター・クインシーだぞ!」
騒ぎ立てるクインシーを無視して、団長もジュディスに声を掛ける。
「いやぁ、ジュディス嬢。ありがとう。助かったよ。」
しかし、その現場に居合わせた他の騎士たちは、驚愕の目でジュディスを見ていた。
「おい、もしかして、彼女がウィルを助けたって言うネモフィラの刺繍絵の彼女か?」
「ああ、そうらしいぞ。それにしても、本当にすごい魔力なんだな。散々手こずらされたクインシー捕縛をいとも簡単に…。」
それからと言うもの、ジュディスの事は、「ネモフィラの聖女」という二つ名がついて、本人の知らない間に貴族の間で広まってしまった。隣国の使者の件が落ち着き、自宅に帰ってからも、いつものように侍女たちと買い物に出ても、クレアの作品を納品する際も、今までになかったような遠巻きの視線を感じるのだ。ジュディスは次第に外に出ることを恐れるようになってしまった。
「ジュディス様、大丈夫かしら。このところずっと屋敷の中に籠りっぱなしよ。」
「せっかく悪い人が捕まって、王宮住まいから解放されたのに、何か気晴らしになることはないかしら。」
侍女たちもジュディスの変わりように心配の声を上げていた。
「ジュディス様、先日ご依頼のあった四季咲きのバラ、いい具合に咲いていますよ。東屋でお茶でもしながら楽しんでください。」
「アントンさん、ありがとう。本当だわ。きれいに咲いてる。アントンさんが丁寧にお世話にしてくれてる証拠ね。」
「ははは。わしゃ、普通に仕事しているだけですよ。世間が騒がしいなら、家の中でゆっくりすればいい。無理は禁物ですよ。」
アントンは、お気に入りのハンチング帽をひょいと頭に乗せると、じゃあっと言って、仕事に向かった。ジュディスは、早速侍女たちを誘って、東屋でお茶会を開いた。侍女たちは、すっかり仕事にもなれ、ダーラは週に一度だけ様子を見に来るぐらいになった。女主人であるジュディスが落ち込んでいるときは、この3人が心強い味方になってくれる。
「ジュディス様、料理長のチャドからです。自信作だから、ご褒美にジュディス様の笑顔がほしいそうですよ。」
「わあ、ありがとう。チャドったら…。」
すっかり執事らしくなってきたカールが、銀のトレイに乗せたフルーツたっぷりのタルトを持ってきた。
「おお、今日はお茶会をしてるのか?」
「あ!ご主人様!失礼しました。」
侍女たちが慌てて席を立つが、ウィリアムはそれを制した。
「気にするな。私も着替えて参加させてもらおう。ジュディス嬢、後で少し相談があるんだ。」
「ええ、分かりました。」
ウィリアムが屋敷に入っていくと、侍女たちはニヤニヤし始めた。
「何の相談でしょう。」
「今度の休みにデートをしよう。とかじゃないかしら。きゃっ!」
「ふふ。残念だけど、仲間の騎士様にお子さんがお生まれになったお祝いの事だと思うわ。」
「エミー!はしゃぎすぎよ。」
モニカに窘められても、エミーは楽しげに笑っていた。それから数日が経ったある日、ジャネットがジュディスの元にやって来て声を掛けた。
「ジュディス様、午後からトレイシーおじさんのお店にでかけてもよろしいですか?」
「ええ、いいわよ。でもどうして急に?」
ジャネットにしては珍しいお願いだった。内気なジャネットは、普段の買い物もあまり行きたがらないのだ。それを横で聞いていたモニカが答える。
「実は、トレイシーさんのご家族が西の辺境地にお住まいで、なんでも魔物が出るようになったとかで、こちらの店をたたんで、様子を見に行くそうなんです。それで、お店を閉める前に、ご挨拶を兼ねて、お店に伺いたいと思っていたのです。」
「まぁ、そうなの。それなら、私も伺おうかしら。」
ジュディスは、手慰みに作っていた刺繍糸で出来た房飾りを握り締め、どうか無事でいられますようにと念じてパン屋に向かった。
「やぁ、ジュディス様。よく来てくださった。明日には西の辺境地オルコットにある実家に帰ることになりましてな。いつもご贔屓にしていただいていたのに、こんな形で何のお助けもできないままお別れするのは申し訳が立たないんだが…。」
「いいえ。そんなことより、ご家族の無事を祈っています。道中お気をつけて。これをお守り代わりに持って行ってください。」
刺繍糸の房飾りを受け取ると、トレイシーは目を見開いた。
「おお、こんなものまで頂けるなんて…。有り難い。向こうが落ち着いたら、きっとまたここに戻ってきます。」
「約束ね。トレイシーさん、残りのパン、全部もらっていくわ。お代はこれでいい?」
「いや、多すぎますぜ。」
「路銀の足しにしてください。きっと帰ってきてくださいね。みんなトレイシーさんのパンが大好きなんだから。」
無理に明るくふるまっていたトレイシーだったが、くしゃっと顔をゆがめると、唇を噛み締めて頷いた。
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