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28 マーシェリーという女

28 マーシェリーという女


一方、王宮のすぐそばにある屋敷では、華やかなパーティーが開かれていた。家紋を隠した馬車が並び、美しく着飾った人々が仮面をつけて続々と入っていく。そう、これは仮面舞踏会だ。入門の際のチェックでは、魔力の有無を測って、入場制限されている。

すでに多くの魔法使いたちが集う中に、コツコツとヒールの音を響かせてやってきたのは、美しい金髪を腰辺りまで垂らし、妖艶な紫のドレスに身を包んだ女性、マーシェリー・クロウだ。彼女が会場入りした途端、会場内の空気が一変、男たちの視線が一瞬で彼女に集まった。胸あたりが大きく開いていて、ドレスのスリットは太ももまで入っている。その間からまっすぐな白い足が惜しげもなく覗いている。しかし、そんなドレスのデザインだけでは、男たちの視線をここまで集めることは出来ない。


「ふふふ。皆さん、ごきげんよう。」


 軽やかに会釈して、主催者の元へと歩みを進めるマーシェリーの前には、さっと道が出来てゆく。


「やぁ、よく来てくれたね。君の噂は以前から届いていた。一度会ってみたかったんだよ。」

「まぁ。嬉しいですわ。やはり、あなたは並みの魔法使いとは格が違うのですね。」

「さぁ、どうだろう。君の美しさにはクラクラしているよ。まったく、油断できない女性だね。しかし、最近はどうも調子が良くないようだね。君の魔力にはムラがあるようだ。」


 マーシェリーは一瞬眉をピクリと動かしたが、軽やかに笑ってごまかした。


「いやだわ。魔力のムラなんて、誰にでもありますでしょ?」

「そうだろうか?私には、経験がないので分からないが、まぁ、並みの魔法使いならあるのかもしれないね。」


 するりと一歩近づいて、挑発的な言葉を投げかけるクインシーに、マーシェリーはさっと扇を広げて表情を隠して余裕なそぶりを見せる。


「わたくし、喉が渇きましたわ。」

「では、あちらの別室でゆっくりワインでもどうだい?」


 クインシーの手がマーシェリーの腰に回る。マーシェリーはこの魔法使いの意図が読めず、一瞬思いめぐらした。しかし、まだ婚約者のいないこの王宮魔法使いの懐に入るメリットを考え、クインシーの口角が微かに上がったことに気付かないまま妖艶な笑みを浮かべて、それに従った。


「単刀直入に言うよ。君のその魅了魔法でわたしを助けてくれないか?」


 ワインを一気に飲み干したところで、優雅な仕草から一変した王宮魔法使いの事務的な態度は、言葉は優しげだが高圧的で有無を言わせない。一瞬身構えたマーシェリーだったが、動揺を悟られるわけにはいかない。


「よろしくてよ。何をするのかしら。」

「簡単なことさ。ある人物をちょっと懲らしめたいんだ。男を一人誘惑してほしい。簡単だろ?それが終わったら、一緒に旅行にでも行こう。このところ忙しすぎて疲れていたんだ。君ほどの美人と行けたら最高だね。」


 先ほどの威圧的な雰囲気をかき消す様に、嬉しそうに笑う。マーシェリーはちらりと隣に座るこの魔法使いを盗み見たが、その笑みに偽りはなさそうだった。

―結局男ってみんなこうなのよ。自分の言うことを利かせたい時は高圧的で、聞いてもらえると分かるとすぐに油断する。でも、王宮魔法使いの妻なら、この先自分で働かなくても生活は安泰ね。―

 計算高いマーシェリーだが、クインシーは気づかない様子で提案を始めた。


「もしよかったら、家の屋敷に来ないか? 部屋を用意するから、移り住めばいい。その方がいろいろ相談できるだろ?」


―ほら来た。これはもう落ちたも同然ね。-

 

二日後、意気揚々と引っ越してきたマーシェリーだったが、出迎えたのは、執事のグレンと侍女のスーザンだけだった。


「クインシー様はどちら?」

「旦那様は隣国にご出張中でございます。数日後にはお帰りになります。それまでに、マーシェリー様には依頼の件を実行していただくようにとのことでございます。」

「マーシェリー様、お部屋にご案内いたします。必要な物がございましたら、こちらのベルでお呼びください。」


 無表情な二人は、必要な説明を終えるとさっさと仕事に戻っていった。部屋は広く豪華な設えとなっているが、どういう訳か、寒々しい空気が充満していた。


「天井が異様に高いせいかしら。まあいいわ。使い魔にターゲットを調べさせましょう。」


 マーシェリーがクインシー邸に落ち着いたころ、クインシーは隣国の上位貴族と面会していた。


「いやぁ、今回は本当にお世話になりましたな。さすがは王宮魔法使い様だ。そちらの国の方々が羨ましい。」

「いえいえ、こちらとしましては、代金だけお支払いいただければよいのですよ。まぁ、しかし。私もなかなか忙しい身の上でしてね。これからは、こちらに伺うのも難しいようなのですよ。それで、提案なのですが。最近、聖女の力を持っているのではないかと言われている女性を発見したんですよ。これは、うちの陛下にもまだ報告していないのですが、説得次第では、ここターラントに移住されるかもしれないと思いましてね。まぁ、まだはっきりとしていないのですが、またご連絡させていただきます。」

「ほお!聖女様とは!ぜひ、詳細分かりましたら教えていただきたい。もちろん、情報料も準備させますので、どうかよろしくお願いしますよ。」


 クインシーとの面談が終わると、上位貴族はすぐさま自国の魔術師団にその話を伝えた。


「聞いてくれ!我が国にも聖女様が来るかもしれないそうだ!」

「本当ですか?!」


 魔術師団の団員は一気にざわついた。どんなに死力を尽くしても、湧き出てくる魔物にすっかり疲弊していたからだ。


「お名前をジュディス・アンブラ―様とおっしゃるそうだ。まだ正式に魔力が測量されたわけではないようなんだが…」

「ア、アンブラ―だって?!」


 興奮する上位貴族の話は続いていたが、魔術師団の一人が思わず声を漏らした。


「なんだ、ヴィンセント。おまえ知っているのか?ああ、そういえば、お前の故郷はクインシー様と同じサザーランドだったな。それで、アンブラ―って名前はそんなに有名なのか?」

「い、いいえ。知り合いの家名と似ていたので驚いただけです。」

「なーんだ。知り合いなら話が早いと思ったのに。まぁ、そりゃそうか。相手は聖女様だもんな。俺たちとは住む世界が違うか。」


 団員たちは、口々に話に加わった。みな、恐ろしい魔物との戦いが終わるかもしれないことに、気持ちが浮足立っているのだ。


読んでくださってありがとうございます。

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