24 祈り
24 祈り
騎士たちの宿泊していた宿での災害の知らせは、王都にも届いた。騎士団は災害救済団として、人員を派遣することを決断した。シェリダン家に身を置いていたジュディスにその知らせが届いたのは、セラフィーナから手紙を受け取り読んでいる時だった。
「そ、それで、ウィリアム様はご無事なんでしょうか?」
蒼白な顔でなんとか言葉を絞り出したジュディスに、シェリダン家の執事は辛そうに下を向き、「ただいま調査中です。」と答えるのみだった。セラフィーナからの手紙には、打ち合わせ通りセオドリックを説得できたので、騎士を連れ戻してもらえると書かれていたのだ。それなのに、肝心のウィリアムとの連絡が取れなくなっているという。ウィリアムだけではなく、騎士団のメンバーの誰とも、連絡が取れないのだ。
ジュディスの部屋にブレンダがやってきた。そして、ジュディスの顔をみるなり、駆け寄ってその細い肩をぎゅっと抱きしめた。
「きっと大丈夫。今は、あの子の無事を信じましょう。」
抱きしめる手が震えている。ブレンダにとっても大切な息子なのだ。自分だけが嘆いていてはいけない。ジュディスはぐっと堪えて頷いた。
「ジュディスさん。実は、この知らせが来る前にクレア様から連絡が来ましたのよ。セオドリック様から貴方を囲い込んでいた事への謝罪があったのだとか。それで、もう匿ってもらわなくても大丈夫だからと、迎えに来られるそうなの。こんな時だから、ご自分のお家に戻った方がいいかもしれないわね。私たちは、ずっといてほしいのだけれど。」
「奥様、クレア様がお見えになりました。」
「そう、分かりました。ジュディスさん、私たちは、いつまでもあなたを想っていますよ。それから、これを。ウィリアムが騎士団に入団が決まった時の記念のタグなの。今は階級が上がったので、部屋にしまっていたのだけれど、きっとあの子なら、貴方とのつながりを欲しがっていると思うから、持っていてやってね。」
「ありがとうございます。」
小さな箱に収められた騎士団のタグは、入団日とウィリアムの名前が刻まれ、きれいに磨かれている。きっと入団が決まって、嬉しかったんだろうと、そんな嬉しそうなウィリアムの笑顔を想像すると、愛おしさがこみ上げてくる。
「お世話になりました。実家に戻っても、ずっとウィリアム様の無事を祈り続けます。では。」
クレアが挨拶を済ませて馬車に乗り込むと、ジュディスは離れがたい気持ちを抑えてそれに続いた。シェリダン家の人々が揃って見送りに出て、ジュディスはそれぞれと視線を合わせ、頷きあった。大丈夫。きっと無事に帰ってくる。その視線には切ないほどの願いが込められていた。
馬車に揺られながら、ジュディスは先ほどブレンダから受け取った小さな箱を開いた。小さなタグを取り出し、掌に乗せてみる。馬車の揺れに合わせて、心もとなく揺れるバッチは、今のウィリアムの様で、ジュディスはそれをぎゅっと握りしめた。そんな孫にかける言葉も見つけられず、クレアはそっとその細い肩を抱き寄せた。
しばらくすると、懐かしいアンブラ―家が見えてきた。ほんの数日ではあったが、やっぱりここが一番落ち着く。ジュディスは笑みを浮かべて懐かしい姿を見つめていたが、不意にその笑みが消えた。
「あの、おばあ様。あの方は、まさか…。」
「あら、タウナー公爵家のご令息だわ。どうなさったのかしら。」
クレア達が馬車から下りて対峙すると、セオドリックは少し気まずそうな顔で頭を下げた。
「ジュディス嬢。久しぶりだな。その…、先日は大変失礼をした。セラフィーナにも随分小言を言われたよ。」
「いえ、私こそ、勝手にお屋敷を出て、申し訳ございませんでした。」
沈んだ空気に割って入ったのは、クレアだった。
「それで、今度は何かございましたか?」
「いや、その。私がわがままで辺境の地に派遣させた騎士たちの安否を確認するため、今から向かうことにしたので、その報告を。ジュディス嬢の婚約者は、私がきっと見つけ出してくるから、待っていてくれ。」
その言葉に、クレアたちは驚いた。まさか公爵家の人間が自ら赴くとは思わなかったのだ。しかし、その真剣なまなざしに、クレアは頷いた。
「では、どうかよろしくお願いします。セドリック様も十分にお気をつけて。」
クレアたちに見送られながら、セオドリックは部下を連れて旅立って行った。そして、ジュディスは、久しぶりの我が家に足を踏み入れると、大きく息を吐いた。服を着替えて作業場に来ると、待ち構えていたかのように作業場の女性たちが駆け寄った。
「ジュディス様!ああ、よかった!」
「私達、公爵家にジュディス様を取られてしまうんじゃないかって、すごく心配していたんです。」
「そうなんです。あのセンチメンタル・ブルーも、その前の初恋色の青も、ジュディス様でなければ出せない色ですもの。それに、ジュディス様の染めた糸は、何か不思議な力を持っているって、クレア様のおっしゃっておいででしたわ。」
「不思議な力?」
身の回りでいろんなことが起こりすぎて、すっかり失念していたが、以前にそんな話をクレアがしていたのを、今更ながら思い出すジュディスだった。でも、もし、私にそんな不思議な力があるのだとしたら…。そう思うと、もうじっとしては居られなかった。
「ごめんなさい。私、少し出かけてくるわ。」
そう言うと、ブレンダからもらった小箱をポケットにそっとしまって、厩へと駆けだした。そして、一頭の馬に飛び乗ると、すぐに王都のはずれに向かって駆けて行った。
「私にできること。もし、これが本当に私に備わった力だと言うなら、試したい!」
ネモフィラの花はすでになく、緑が青々と輝いている公園に、ジュディスはやってきた。馬を近くの木につなげ、入り口の記念碑にそっと手を添えると、なぜか懐かしいような気持ちがして、心が落ち着いていく。
「どうか、力を貸してください。誰も命を落としてほしくないのです。私の大切な人達を守りたいのです。そして、あの人を、ウィリアム様を私の元に…。」
ジュディスは記念碑に額をつけてそっと呟くと、ウィリアムのタグを取り出し両手で握りしめ祈り続けた。
気が付くと、陽が傾き始めていた。どのくらい祈り続けただろう。顔を上げたジュディスは、微かにふらついて、ふうっと息を吐いた。魔力を使いすぎたのか、体が重い。ゆっくりと記念碑から離れると、待ちくたびれた馬がそろそろ行こうと軽く嘶いて見せる。
「そうね。待たせてごめん。今日は、帰りましょう。」
馬の鼻先を優しくなでると、ジュディスは再び馬を走らせ自宅へと帰っていった。
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