23 彼の地では
23 彼の地では
その頃、セオドリックに1通の手紙が届いた。簡素な便箋に、やっと決心がついたと書かれ、翌日に中庭の東屋で待っていると書かれていた。セオドリックはさらっと目を通すと、口角を上げて満足げに頷いた。
「やっと落ちたか。リオン、明日の午後の予定は?」
「はっ、商会との面談が入っております。」
「キャンセルだ。重要案件ができたのでな。」
承知いたしましたと頭を下げた執事は、口元を引き締めた。
翌日、意気揚々と東屋に向かったセオドリックを待っていたのは、ジュディスではなくセラフィーナだった。困ったように眉を下げて、セラフィーナをここから遠ざけようと考えるその姿をじっと見つめていたかと思うと、つかつかと歩み寄り、いきなり白魚のような手がセオドリックを平手打ちした。
「な、何をする!」
「それはこちらのセリフですわ!セオドリック様、貴方はご自分の立場を分かっておいでですの?」
「何の話か知らんが、今日はこれからここで人と会う約束があるんだ。悪いが執務室でお茶でも楽しんでいてくれ。」
「ジュディス様なら来ませんわよ。私が解き放って差し上げましたわ。」
「なんだと!」
さすがにこれにはセオドリックも声を荒げた。しかし、セラフィ―ナは動じない。
「ご自分が何をなさっているのか、社交界でどんな噂になっているのか、ご存知ないのかしら。公爵様の嫡男でもないあなたが、ちょっと気にいったからと婚約者のいる女性を監禁して、その婚約者を辺境の地へ追いやったと。そんな話でもちりきですのよ。」
「何を言い出すのだ。これでも私は公爵家の人間だ。あの強力な治癒魔法は捕まえておいて損はない。あのクインシーが妬むほどなんだぞ。」
セラフィ―ナは額に手をやって大層に呆れた。
「彼女の婚約は、陛下にも認められたモノだと聞いておりますわ。つまり、セオドリック様の行いは、陛下に反旗を翻したと取られても仕方がないのではありませんこと?」
そこまで言われて、やっとセオドリックの顔が強張ってきた。そして思い出したのだ。クインシーの実家はタウナー公爵家とは昔から犬猿の仲。それなのに、少し前の夜会ではどういうわけか傍に来て、馴れ馴れしくジュディスに強い治癒魔法があり、妬ましいと嘆いて見せたのだ。
「しまった…。」
「ここを出られる前に、ジュディス様からお手紙を頂いています。今回の事で、彼女におかしなことを言っていた貴族が事細かに載っていましたわ。私も侯爵家の娘。すぐに調べ上げましてよ。その中には、あの騎士の実家と競合している貴族もおりますわ。」
セオドリックは、自分の慢心に今更ながら気が付いた。そして、わがままばかりの娘だと思っていたセラフィーナが、ここまで戦略的に物事を考えていることに驚いた。
「私はいったいどうすれば…。」
「あの騎士を連れ戻してください。そして、誤解だったと謝ってください。」
「私に謝れと言うのか?相手はたかが伯爵家の次男だぞ!」
「ええ、そうです。物事を公平にみられる優良な貴族からは、自分より下の身分の者にも誠実に対処される信用に足りる方だと印象付けられるでしょう。ジュディス様からも、騎士を戻してもらえたら、それ以外の事で訴えたりしないと約束してもらっていますわ。」
セオドリックは、東屋の椅子にドカッと腰を下ろして大きく息を吐いた。それを見守るセラフィーナは柔らかく微笑んで、声を掛ける。
「セオドリック様、せっかくですのでお茶にしませんか?」
その優しい声にはっとしたセオドリックは、ふっと肩の力を抜いてセラフィーナの手を取ると、心から「ありがとう」と笑みを返した。
一方、辺境の地へと向かっていたウィリアムをはじめとする騎士たちは、道中の村で足止めを食らっていた。数日続いた雨で川が増水して橋が流されてしまったのだ。
「騎士様方、申し訳ございません。ここを渡るにはあの橋しかないんですよ。まだ山の方では雨が続いているようですし、もうしばらくは、待っていただくことになろうかと。」
「だとさ、ウィル。とりあえず、待つしかないな。せっかくだからゆっくりしようぜ。」
宿主の申し訳なさそうな顔に、ショーンがフォローを入れる。王都を出る前から俯き加減だったウィリアムも、ふぅと肩の力を抜いて頷いた。突然の辺境地視察を言い渡す時の団長の苦虫を潰したような顔が気にかかる。あれは、明らかに納得できていない顔だ。ウィリアムは、この唐突な指令に違和感を覚えていた。ジュディスが公爵家に囲い込まれて以来、イライラが募っていた。その矢先の言い渡しだ。自分を王都から遠ざけて、一体何をしようと言うのだ。こぶしを握り締めるウィリアムの肩を、ショーンがとんとんと叩く。
「思いつめるなよ。俺は、お前が死にそうになっていたあの時の、彼女の刺繍絵の暖かな魔力を信じてる。」
「ショーン…。そう、だよな。」
しばらくすると、宿主が再びやってきて、騎士たちを大広間に招いた。
「実は、今夜はここで結婚式の2次会の予約があったのですが、この天気で流れてしまって。もしよかったら、皆さんで召し上がってください。こんな天気だし、客も来ませんから。」
「おおっ!それはラッキーだな!」
「それはありがたい。では、みんなでいただこう!」
遠征のチームリーダーのエルヴィスがOKを出すと、騎士たちは嬉しそうに大広間へと向かった。立食パーティーの会場は、騎士たちや同じく足止めを食らった客たちでにぎわっていた。それでもウィリアムは、にぎやかな空気に馴染めず、そっとベランダに抜け出した。
「ジュディス…。ひどい目に遭っていなければいいが。」
雨は上がっているものの、空はまだどんよりと曇っていて、山には雨雲がまとわりついている。そんな時、ふいに妙な音と微かな揺れを感じたウィリアムは、ハッとした。
「まずい!鉄砲水だ!」
すぐさま会場に戻り、大声で叫んだ。
「みんなできるだけ川の側から離れるんだ!鉄砲水が来るぞ!」
その言葉が終わる前に、いきなりドドドっと地面を揺らす轟音が響き始め、大広間は騒然となった。逃げ惑う客たちを騎士たちが誘導するが、パニック陥った者は人を押しのけて逃げようとする。そんな中、宿のガラスが割れ、土石流が一気に流れ込んだ。
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