25 吉報
25 吉報
翌日からは、再び染色作業の日々が続いた。時折窓の外を眺めては、ぼんやりすることもあるジュディスだ。気が付くと、アンブラ―邸のすぐ近くに測量が入り、どうやらこの近くにどこかのお屋敷が建つようだ。他人の幸せを羨んでも仕方がないと思いつつも、日に日に形を成していく建物を見るにつけ、未だ連絡のないウィリアムのことを思うと、どうにもいたたまれない気持ちになるジュディスだ。
「泣いても笑っても結果は同じです。それならやるべきことをしっかりやりなさい。」とクレアに励まされ、日中は染色に専念し、夕方に記念碑のある公園まで出かけて祈りを捧げるのが日課になっていた。
数日が過ぎたある日、ジュディスの元に、シェリダン伯爵家の執事バーリスが訪れた。
「ジュディスお嬢様、先ほど、騎士団より連絡があり、ウィリアム様が無事、王宮に帰還されたとのことです。大変ご心配をおかけしました。ジュディス様にはすぐにお知らせする様にとのことで、取り急ぎお知らせに上がりました。」
これには傍に付き添っていたクレアも大喜びで、嬉しさで涙をあふれさせたジュディスをぎゅっと抱きしめた。
「ただ、まだ本邸にはお戻りではないので、ウィリアム様の健康状態などは不明です。騎士団より続報が参りましたら、こちらにもお知らせいたします。」
バーリスはそれだけ告げると、すぐにシェリダン家に戻っていった。ジュディスはそれを見送ると、クレアの許可をもらってすぐさま記念碑の公園に向かった。自分に出来ることは、これしかない。特別な力なんて、まったく実感はないけれど、ウィリアム様やウィリアム様の大切な仲間に少しでも手助けできるなら、…。
ジュディスがバーリスから知らせを受けた翌日には、王宮から出頭するよう、要請が届いた。
「王家からの呼び出しだなんて、どういうことかしら。しかも陛下との謁見もあると書いてあるわ。」
クレアの表情は決して明るくなかったが、拒否することはできない。
「おばあ様、きっと大丈夫です。行って参ります。」
背筋を伸ばして答えるジュディスは、もう覚悟が出来ているかのようだった。クレアは謁見に見合うドレスを準備させると強張った細い肩に手を置いてトントンと力を抜くように促した。
「では気を付けて、いってらっしゃい。」
その日ばかりは、手綱をエリクに任せ、正装したジュディスは馬車に揺られて王宮へ向かった。
王宮に到着すると、すでに文官が待機していて、ジュディスを奥へと促した。案内された控室に入ると、侍女たちにヘアスタイルや化粧などを直され、いよいよ謁見の間へと連れていかれた。天井が高く、きらびやかな装飾が施されたシャンデリアが輝く謁見の間には、すでに数人が並んでいた。そこには、無事に帰還した騎士たちの姿や、セオドリックの姿もあった。文官が高らかに国王の入場を宣言すると、深紅の緞帳がゆっくりと上げられ、国王が上段の玉座へと進む。皆が一斉に頭を下げると、ジュディスも急いでそれに倣った。
「皆、顔を上げてくれ。この度は、大変な事故であったが、無事に帰還したこと、嬉しく思う。多くの国民を素早く避難させた騎士団の団員に、報償を取らせる。」
「はっ、謹んでお受けいたします。」
団長が恭しく頭を下げた。国王はセオドリックにも言葉を掛ける。
「セオドリック・タウナー公爵令息。そなたからは、個人的には謝罪を受けたが、ここに居る騎士団に、改めて謝罪の機会を与える。」
「陛下、感謝申し上げます。騎士団、特に、辺境の任についた者に謝罪する。この度は、私の個人的な感情により横暴かつ危険な任務を強制したこと、深くお詫び申し上げる。」
今までの傲慢な姿はなく、誠実に頭を下げたセオドリックに、騎士たちは戸惑いを見せていた。しかし、国王はそんな中途半端な謝罪では納得できないと声を上げた。
「まだ体裁を気にするのか!ジュディス嬢を横取りしようなどと浅ましいことを考えていたときちんと釈明せんか!ごほん。…失礼。今のは、プライベートな発言であった。皆の者、聞かなかったことにしてもらいたい。」
その場にいた物は、皆ぽかんと呆けていたが、傍仕えの文官たちは肩を震わせている。しかし、セオドリックは顔を赤らめて下を向いた。そして、こぶしを握り締めて覚悟を決めると、ウィリアムの前に駆け寄って、深く頭を下げた。
「すまない!実は、ジュディス嬢になにか特別な力があると聞いて、その…次男の私には、これと言った力もない。どうしても自分の切り札になる物が欲しかったんだ。それで、自分の物にしてしまえばいいと、浅慮な考えに至ってしまった。しかし、安心してくれ。決してジュディス嬢に危害を与えることはしていない。」
「…もう二度と、彼女に近づかないと誓っていただけますか?」
「もちろんだ!」
ウィリアムは、壁際の席に座らされているジュディスに目を向けた。そして、そこに影の無い笑顔を見つけると、肩の力を抜いて頷いた。
「分かりました。では、この件はこれでおしまいにします。」
「いや、ちょっと待ってください。」
ウィリアムが納得しても、団長は引っ掛かりを覚えていた。そう、誰がセオドリックをそそのかしたのか。彼女の力は出来る限り外に漏れないようにされていたはずなのだ。
「陛下、私からセオドリック殿に質問をよろしいでしょうか?」
「うむ。申してみよ。」
「ありがとうございます。では、セオドリック殿。ジュディス嬢の特別な力というのは、誰からの情報でしょうか?」
「ああ、それなら、クインシーだ。王宮魔法使いで治癒魔法に優れた者だから、団長もご存知だろう。まぁ、どうしてそんなことを私に言ったのか。良く分からなかったのだが、私も焦っていたんだろうな。ただ、残念ながら特別な力とやらは、見ることが出来なかった。」
肩を落として苦笑いする姿に、ジュディスは同情を覚えるのだった。しかし、団長は、すぐさま団員に目配せをして、頷き合っている。どうやら、水面下では調べが進んでいる様だ。
「では、エドモンズ。捜査の続きを頼んだ。」
「承知いたしました。」
陛下の言葉にセオドリックは目を見開いた。すべてお見通しだったのだ。そして、次の発言では、その場にいたすべての人が驚くことになった。
「では、次の話だ。今日ジュディス・アンブラ―嬢に来てもらったのは、この件について話がしたかったからだ。」
名前を呼ばれて、慌てて席を立ちカーテシーで前に進む姿を、国王は穏やかなまなざしで見つめていた。
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