19 失うわけにはいかない
19 失うわけにはいかない
「ああ、アンブラ―嬢、今日はありがと…!ん?何があった?」
自分のすぐそばをすり抜けて、走り去るジュディスに違和感を覚えた団長が、ウィリアムに声を掛けに行くと、髪飾りを握り締めて茫然としている部下の姿があった。
「何をしている!早く彼女を追いかけろ!何度でも追いかけるんじゃなかったのか!」
「あっ…! 団長、失礼します!」
ウィリアムは、すぐさま自分の愛馬にまたがって、全速力で彼女の馬車を追いかけた。
「ポーラ、頼む!彼女の馬車を止めてくれ!」
言葉が分かるのか、ウィリアムの愛馬・ポーラは一気にスピードを上げた。そして、目的の馬車を見つけると、ウィリアムがジュディスに話しかけられるよう、スピードを調整する。
「ジュディス嬢、待ってくれ!俺が悪かった!」
「ウィリアム様、危ないです!」
慌てて馬車を止めるジュディスの前に、ポーラから飛び降りたウィリアムが駆け寄った。
「頼む、話を聞いてくれ!俺が悪かったんだ!」
「ウィリアム様!こんな往来の真ん中で、私のような一般人に頭を下げないでください。」
はっとして周りを見ると、通りかかった馬車の乗客や歩行者たちが、驚いたようにこちらを見ているのが分かって、思わず咳払いした。
「ジュディス嬢、すまないが、少し時間をくれないか?」
真摯に向き合うウィリアムの視線に負けたジュディスは、近くの店の裏に馬車を止めさせてもらうことにした。大通りの店の裏手には、意外にも畑が広がっていて、のんびりとした風景があった。少し歩いた先に小川があり、二人はその土手に座って話をすることにした。
「まずは、謝らせてくれ。あんな拗ねたような言い方をして、すまなかった。俺にはセオドリック殿のような爵位もないし、財力も比べるべくもない。それに、上辺ばかりがもてはやされているが、君が知っている通り、俺の中身は不器用でつまらない男だ。セオドリック殿に求婚されたら、どう見ても勝ち目はない。」
「だから、あんなことを?」
ジュディスの一言で真っ赤になったウィリアムは、腹を括った。
「そ、そうだ。一度断られているのに、本当にみっともないよな。だけど、あの夜会の帰り道に、月の下で君と語り合ったあの日のことが忘れられないんだ。あの日君は、俺の見た目ではなく、素のままの姿を見てくれた。そして、心から励ましてくれた。今までそんな女性に出会ったことがなかったんだ。それからは、その…。気が付いたらずっと君を目で追いかけていた。君は、華やかな場所では目立たないようにしていたようだけど、いつだって君の居場所は分かった。内側から溢れ出る魅力は、俺にはまぶしかったんだ。」
「ウィリアム様、何かの間違いでは?私には、そんな魅力なんて…。」
ジュディスは突然、ぎゅっと抱きしめられて言葉を途切れさせた。心臓が飛び出しそうなほどドキドキと音を立てている。背中に回された腕に力がこもると、ウィリアムの心臓の音まで響いてきて、その速さにめまいを起こしそうになる。
「嫌なら、殴るなり蹴るなりしてくれて構わない。だけど、俺は、信じたいんだ。あのネモフィラの刺繍絵の幸福に満ちた青を。」
「幸福に満ちた、青…?」
「そうだ。あの色は、俺のために染色してくれたんだろ?」
確かにそうだった。ウィリアムと打ち解けて話が出来て、とても嬉しかったのだ。そして、心から彼の幸せを祈っていたんだ。なんの遠慮も忖度もなく、純粋に彼だけを想って。気が付くと、ウィリアムの腕が微かに震えているのが分かる。自分も、勇気を出して素直になりたい。ジュディスは顔を上げて、ウィリアムと対峙した。すると、『彼には想い人がいる』という噂が心に影を差した。
「ウィリアム様…、風の噂に、ウィリアム様には想い人がいらっしゃると聞いています。だから…。」
「想い人? ああ、そんな噂が君を苦しめていたのか。それなら、目の前にいるよ。」
答えるウィリアムの頬が赤く染まっている。ジュディスの見開いた瞳から涙があふれると、ウィリアムがそっとぬぐってほほ笑んだ。
「ジュディス嬢、改めて結婚を申し込むよ。受け入れてくれるか?」
「本当に? わ、私なんかで良かったら…」
「ありがとう。」
ウィリアムは、想いっきりジュディスを抱き締めた。
「やった…。やった!ジュディス嬢、ありがとう!ああ、嬉しすぎる!そうだ、クレア殿に挨拶に行ってもいいか?」
ウィリアムは、ジュディスを馬車に乗せると、自分は愛馬にまたがって、馬車の横につけた。アンブラ―邸に到着すると、見覚えのある馬車が停まっているのに気が付いて、ウィリアムは驚いた。
「おかえりなさい。もう、皆さんと待っていたのよ。」
「お、おばあ様、みなさんって…。」
戸惑うジュディスをエスコートしながら、ウィリアムは空いている方の手で顔を覆った。
「ふふふ。団長さんから連絡を頂いて、シェリダン伯爵ご夫妻をお招きしたのよ。」
「やぁ、やっと帰ってきたか。ウィル。ちゃんと彼女を捕まえることが出来たんだな。」
「ジュディスさん、息子をよろしくね。」
バートランドとブレンダは嬉しそうにジュディスを囲み、声を掛ける。若い二人は、顔を見合わせて驚くばかりだ。これからは、二人で力を合わせて進んでいける。あのネモフィラの青のように幸せな未来を思い描いて、二人は笑い合った。
翌日のタウナー家訪問には、クレアも同席することになった。ほぼ下絵を描き終わっていたジュディスは、作業をクレアに引き継ぐことを伝えて、クレアと共に席を立った。
「いや、待ちたまえ。君には魔法の才能があると噂に聞いているんだが、本当か?君が作った刺繍絵が、瀕死の重傷者の命を救ったんだとか。そんな才能があるのなら、公爵家としても、簡単に手放すわけにはいかないな。」
「そ、そんな大層な力などありません。」
「謙遜することはない。事実、一人の騎士が猛毒から生還したのだろ?おい、すぐに彼女の部屋を用意しろ。今日から彼女を婚約者にする。丁重に扱うように。」
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