18 いやな予感
18 いやな予感
傍で見ていた団長が、サムを窘める。はっとしたサムが見たのは、唇を真一文字にして、悔しがる美丈夫だった。隣では、ショーンが肩を震わせていた。
王弟であるタウナー公爵の次男・セオドリックは、まだ婚約者を決めていない。この夜会は、セオドリックの相手を見つけるための物と言っても過言ではない。しかし、セオドリックの後ろを歩くウィリアムを見た途端、その場にいた貴族令嬢たちの目はウィリアムにくぎ付けになるのだった。
ショーンと交替して控室に戻ってきたウィリアムにお茶を出しながら、サムは同情の視線を送る。
「モテるっていうのも、大変ですねぇ。さっさとどこかのご令嬢と婚約した方がいいんじゃないですか?」
「はぁ、そう簡単ではないんだ。」
「あんなに候補がいるのに? へぇ。俺なんか、身の丈に合った人を心に決めているんで、あとは頑張るのみですよ。」
誇らしげに胸を張って言い放つサムを、少し憎らしく見ていたウィリアムが問いかけた。
「ほう、それで、君の意中の人というのは誰なんだ?」
「そりゃあ、俺を悪い人から救い出して、この仕事に結び付けてくれたジュディスさんに決まってますよ。彼女のためだったら、何でもできます!」
「な、なんでも…。」
ウィリアムは、サムのまっすぐな気持ちにハッとした。そう、誰が先に出会ったかなど、関係ないのだ。
その夜会には、クレアとジュディスもスペシャルゲストとして呼ばれていた。仕事や山積みだが、上位貴族の公爵に頼まれたら断ることはできない。最近は、センチメンタル・ブルーで注目を集めてしまったジュディスと関りを持ちたい貴族も多く、華やかな場に慣れないジュディスは戸惑うばかりだ。
「コホン。失礼。今日のスペシャルゲストをもてなすのは私の仕事だ。」
その一言で、貴族たちはさっとその場を開けた。声の主は、満足げに頷くと、ジュディスの前に進み出た。
「センチメンタル・ブルーなどと騒がれているから、どれほどの美貌かと思ったが、別に瞳がサファイアの様に美しいというわけではなかったのだな。ま、せっかくだ。ダンスの相手をしてやろう。」
慌ててカーテシーで挨拶をするジュディスを一瞥すると、さっさとダンスフロアの中央へ向かい、じっとジュディスが来るのを待っていた。
「も、申し訳ございません。この様な華やかな場所は不慣れで。」
「まぁ、仕方がないな。…ん?この爪の色は?」
「染色の仕事をしていると、どうしても染まってしまいまして。」
「ああ、これがセンチメンタル・ブルーというやつか。なかなかいい色だな。」
セドリックは、その青く染まった指先に軽く唇を乗せて、微笑んだ。ジュディスは困惑で、気を失いそうなところを、なんとか気力で乗り切り、1曲を踊り終えると、そそくさとクレアの元に逃げ帰った。その途端、他の貴族たちがわっと話しかけに集まった。セオドリックはその様子を見て、「ほう。」とその人気に驚いた。
「くぅー!チクショー!俺の大事なジュディスさんになんてことを!」
「しっ!その失言、ここの者に聞かれたらまずいぞ。」
サムが悔しさをにじませると、すかさずウィリアムはそれを制止した。
その夜、自室に戻ったウィリアムは、飾ってあった刺繍絵のフレームを手に取って眺めていた。最近話題のセンチメンタル・ブルーとは違う、心の底からうれしさがこみ上げてくるような幸福感を感じる青が、愛らしいネモフィラの花の形と相まって、恋する乙女のような輝きを放っていた。
「ジュディス…。どんな思いで、君はこれを差してくれた? これが、俺に捧げられた青なんだよな。俺は、この青を信じたい。」
フレームをそっと胸に抱いて、祈るような思いが口をついた。
翌週からは、セオドリックから肖像画の刺繍絵の注文が入り、いつものようにジュディスが下絵を描くため、公爵邸に通うことになった。不安がる孫のために、クレアが付き添うことを願い出たが、聞き入れてはもらえなかった。
朝になると、公爵家の豪華な馬車がアンブラ―家の屋敷の前に横付けされ、ジュディスを乗せていく。そんな日が続くと、うつむき加減になっていく本人の気持ちとは裏腹に、街で見かけた貴族たちは、セオドリックとジュディスの婚約がまじかなのではと噂するようになった。騎士団にもその噂は広がり、ウィリアムの仲間たちからは心配の声が上がっていた。
そんなことになっているとは知らないジュディスは、焼き菓子を焼いて騎士団の庁舎に向かっていた。誘拐された所を助けてもらったお礼というのは建前で、プロポーズを断ってしまっても、ウィリアムの事が気になっていたのだ。焼き菓子は、騎士たちに大いに喜ばれた。
「おお、良い匂いだな。甘さも控えめでいくらでもいける。」
「ああ、団長だけずるいです。俺もいただきます。おい、皆も来いよ。」
あっという間に騎士たちがやってきた。
「でしょう?ジュディスさんはお料理も凄く上手なんですよ。手際もいいし、優しいし…。」
「え?ジュディス嬢が来ているのか?」
誇らしげに言うサムの声に、ウィリアムが反応した。
「こらこら。おまえたち、その辺にしておけよ。サム、他の連中にも持って行ってやれ。」
団長はそう言うと、ウィリアムとジュディスが二人になれるように計らった。
「あの、差し出がましいのだけど、体調はいかがですか?」
「ああ、もうなんともない。…えっと、焼き菓子を、ありがとう。…。」
ウィリアムは目を合わすこともなく、なんとも気まずい沈黙が続く。そんな中、思い切って口をついて出た言葉は、自分でも信じがたいものだった。
「セオドリック殿と婚約するのか?」
「え? どういうことですか?」
「うまいことやったよな。セオドリック殿なら、公爵家のご令息だ。経済的に不自由することもない。地位も高いし優雅に暮らせるじゃないか。」
なんだこの言葉は!自分でも驚くほどひどい言い草だ。ジュディスから何も言ってこないので、ちらっと振り返ってみると、その目は大きく見開かれ、大粒の涙をこぼしていた。そして、髪に飾っていた銀細工の髪飾りを外してそっとテーブルに置くと、踵を返して走り去ってしまった。ハッとしたときには、もう彼女の姿は見えなくなっていた。
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