16 誘拐された先で
16 誘拐された先で
一方、攫われたジュディスは、見知らぬ屋敷の一室で目を覚ました。簡素だが、生活に必要な物は揃っていそうだ。両手と両足はふきんで括られているが決して痛いほどではない。気が付くと、窓の外からは小鳥の囀りが聞こえている。
「もう朝? ん、あら? ここはどこ? 確か、ウィリアム様のお見舞いに行ったはずのに。…そうだ。私、攫われたんだ!だけど、どうして?誘拐はお金持ちの子どもが被害に遭うものじゃないの?あ~、きっと人違いだわ。もう、おばかさんねぇ。犯人さんが来たら、ちゃんと説明して解放してもらおう。」
そんなことを考えていたジュディスの元に、サムが戻ってきた。パンや飲み物を両手に持って部屋に入ると、ジュディスが起きていることにも気付かずに、さっさと食品を片付ける。
「ふぅ、これでよし。」
そう言うと、かまどに火を入れてどうやら朝食の準備をしているらしい。
「あの…。手伝いましょうか?」
「うわぁ! びっくりした!お、起きてたのか!」
サムはひっくり返るほど驚いたが、ジュディスは一向に気にしない。
「私、攫われたんですよね。どうして?」
「ええ?どうしてって、兄貴からの指示だからな。銀髪の女を攫えって…。でも、アンタは金持ちのご令嬢ではなさそうだよなぁ。」
「ええ、そうですよ。私は一般人。身代金を取ろうなんて、お門違いです。それより、私は大切な人のお見舞いに行く途中だったんです。だから、早く帰してもらえないと困るんです。」
畳みこむように言われると、サムも自信がなくなってくる。
「でもなぁ。あそこで銀髪の女って言えば、アンタしかいなかったんだがなぁ。」
「誰にでも間違いはありますよ。ねぇ、それより、お腹がすきませんか?朝ごはん、私が作りましょうか?」
「ええ?いいのかい?」
「手足のハンカチを外してもらえるなら、すぐに作りますよ。心配なら、ドアに鍵をかけてください。」
さっと差し出された両腕と足首のハンカチを、サムは仕方ないなぁと言いながら解いてやった。それを確かめて、隙を見てさっさと部屋から逃げ出す…のではなく、ジュディスは真面目に朝食を作り始めた。
「いい匂いだ。アンタ、手慣れてるなぁ。」
「当たり前です。いつも自分で作っているんです。私は一般人ですから。」
「ふぅん、やっぱり人違いだったのかなぁ。だとしたら、悪かったな。」
あまりにも素直な謝罪に、ジュディスが振り向くと、しょんぼりと肩を落とす姿があった。ウィリアムの事を考えると、すぐにでも戻りたいけれど、この人も悪い人ではなさそうだと、ジュディスは目の前の事に集中することにした。
「真面目そうな方なのに、どうして誘拐なんてしたんですか?」
「俺はさ、戦争孤児なんだ。誰も助けてくれなくて、飢え死にしそうな時、兄貴が助けてくれたんだ。んで、何もできない俺に、家事全般を任せてくれたんだ。だから、兄貴がどうしても攫ってこいって言うもんだから、なにか事情があるんだろうと思ってたんだよ。」
「そうなんですね。やっぱり、悪い人じゃないんだわ。さぁ、出来た。一緒に朝ご飯を食べましょう。」
まるで昔からの友人のように、二人は朝ご飯を食べ、いろいろな話をした。ジュディスは家族を事故で無くしたこと、今は祖母の家で染色の仕事をしていること、思った色が出来たときの嬉しかったことなどを語って聞かせた。サムは、自分と同じく両親を亡くしているというジュディスにすっかり絆されて、お互いに頑張ろうなどと励まし合うほどになっていた。
「ねぇ、あの庭に咲いている花は植えてあるもの?」
ジュディスが窓の外を見て、不意に問いかけると、サムは興味なさそうに答えた。
「ああ、この家は兄貴が寝に帰るだけの家だから、そんなしゃれた物はないよ。」
「じゃあ、私が摘んで仕事に使ってもいい?あれはベニバナよ。きっといい色が出るわ。」
呆れるサムが見守る中、ジュディスは意気揚々とベニバナを収穫していた。そんな姿を見ているうち、やっぱり白黒つけようと、サムは思い立ったのだ。
「悪いけど、ここでちょっと待っててくれ。やっぱり兄貴に確かめてくるよ。」
「そう、そうしてもらえると助かるわ。せっかくこんなにベニバナが手に入ったんだし、早く染色したいもの。もし、手足を括らずにおいてくれるなら、夕食を作っておくわね。貴方が帰ってくるまで、外には出ないわ。心配なら、外から鍵をかけてくれてのいいわよ。」
「分かった。人違いだって分かったら、ちゃんと王都まで送っていくよ。じゃあな。」
サムは、すぐさま馬に乗ってジャッキーの仕事場へと向かった。
「ふぅ、これでやっと解放されるのね。さっさと夕食の準備をしておきましょう。」
食品庫から干し肉や根菜を見つけ出し、手際よく調理を進める。シチューが出来上がった頃、サムが見覚えのない男を連れて戻ってきた。ジュディスはすかさず腰に手を当てて、サムの言う兄貴にお説教を始めようとした。
「おかえりなさい。それで、あなたがサムさんに人さらいをさせた人ですか? 一体だれを攫うつもりだったのか知りませんが、私はただの一般人です!身代金なんてもらえませんよ。だから、早くかいほ…。」
「おいおい、待ってくれ。私は王宮騎士団・団長のノーマン・エドモンズだ。君を救出しに来たのだが、必要なかったのかな、ジュディス・アンブラ―嬢。」
「え?」
目を見開いて驚くジュディスを前に、笑いをこらえる団長だった。室内にはおいしそうなにおいが漂っている。サムが、横から申し訳なさそうに顔を出した。
「嬢ちゃん、助かってよかったな。俺、兄貴のところに行ったら、騎士団がガサ入れしているところでさ。事情を話したら、この人が付いてきたんだ。兄貴はつかまっちゃうし、俺、どうしたらいいか分からなくて。」
「おまえは利用されていただけだろう。それにしても、この草はなんだ?」
「ああ、それは、染色に使う植物なんです。ちょうどその庭に育っていたので、頂くことにしました。」
「そ、そうなのか。 いや、誘拐されたと聞いて、シェリダン伯爵も私も随分肝を冷やしていたんだが、この状況は…。」
呆れた様に言う団長に、サムは必死で言い訳する。
「団長さん、嬢ちゃんのことは叱らないでやってください。ホントにいい人なんですよ。俺、生まれてからこれまで、こんなに親身になってくれた人、いませんでしたよ。」
「クククっ。そうか。じゃあ、とりあえず騎士団庁舎に戻ろう。ジュディス嬢、君は何か大切なことを忘れていないか? 君がいなくなって、死にそうなほど動揺している奴がいるんだが。」
ジュディスはハッとして、団長に痛いほどの視線を送った。
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