15 赤茶色の髪の男
15 赤茶色の髪の男
「ほう、あの刺繍絵を作ったご令嬢が来ているのか。」
「そうなんです。面会許可を頂きたくて、受付の待合で待ってもらっています。…あれ?」
騎士団長と話しながらやってきたバートランドは、ジュディスの姿が見えないことに戸惑った。
「誰かが気を利かせて、病室に案内したのかもしれませんな。」
団長はそう言いながら、ウィリアムの部屋へと促したが、病室にもジュディスの姿はなかった。
「団長。あれ、父上まで、どうされました?」
「ああ、体調は良さそうだな。今日はジュディス嬢がここに来たいと言うので一緒に玄関まで来たんだが、入れ違いになったのか、姿が見えなくてな。」
「ええ!そんな…。」
ウィリアムはすぐさまベッドから下りて、団長たちが止めるのも聞かずに受付に向かった。すると玄関にはショーンが立っていたのだ。
「ウィル、体調はどうだ? もう歩いても大丈夫なのか?」
「そんなことより、銀髪の女性を見なかったか? ん?それは!」
「ああ、ついさっき、裏門の外に落ちていたのを見つけてな。誰か心当たりがないか尋ねようと思っていたんだ。」
背筋にツーンと冷たい物を感じながら、ウィリアムはショーンの手中にある髪飾りを凝視した。それは、銀細工のネモフィラをかたどった髪飾りだ。
「うそだろ?これは…俺が彼女にプレゼントした物だ。」
裏門に向おうとするウィリアムの背中を、むんずと掴んで引き戻したのは、団長だった。
「ウィル。まずは、落ち着け。俺に考えがある。シェリダン殿、少し事情を教えていただけるだろうか。どうやら、何かが動きだしている様だ。」
すぐにも飛び出しそうなウィリアムをショーンに任せて、大人たちは面談室に消えていった。
商人が使うありきたりな馬車に、フードを深くかぶったひょろりとした男が手綱を握り締めて走っていた。騎士団庁舎から大分離れているとはいえ、緊張が治まらない男は常に辺りをきにして、誰が見ても不審者だ。この男、サムは戦争孤児だった。食べ物にも苦労していたところを、赤茶色の髪の男に下働きとして雇ってやると言われて雇われた。もうひもじい想いをすることはなくなったが、別の心配が彼を不審者にさせていた。
「お、俺は、悪くないぞ。だって、兄貴に頼まれただけだからな。銀髪の女なんて、そんなに数はいないはずだし、騎士団庁舎にやってくる女なんて、ごくまれだ。だから、こいつに間違いないはずなんだ。」
ブツブツと自分への言い訳が続いている。普段は赤茶色の髪の男の下男として、家事をこなしているのだが、珍しく特別な任務を与えてもらったのだ。しかし、サムには荷が重い任務だった。荷台の様子をちらっと見ると、手足を縛られた銀髪の女性が横たわっている。薬を嗅がせて連れ去って、攫ってこいという任務だった。人の良いサムは、女性の手足を縛ることに抵抗があって、ロープではなく、キッチンにあったふきんで縛っていた。
「でもなぁ。攫うって言ったって、あの子、貴族らしくもなかったし、貧相な娘じゃないか。本当にこの子で合ってるのかなぁ。人違いだったら…。」
サムは先日のことを思い出していた。それは、赤茶の髪の男・ジャッキーがアディントンに呼び出されていた日のことだ。サムは人さらいを持ち掛けられても、不安で仕方なかった。それまで主人の仕事に就いては何も知らなかったサムだったが、どうやら怪しげな仕事をしていると気付き始めたのだ。アディントン邸に到着しても、ジャッキーの仕事の事を心配して、あれこれ話をして止めようとするサムを、ジャッキーが鬱陶しそうに帰るように命じていた。そのもめごとは、アディントン家の見習い執事に見られていた。
「あれから兄貴の様子が変わったように思うんだよなぁ。」
サムを振り切って、何食わぬ顔でアディントンと面会したジャッキーは、騎士団が自分たちの行動を嗅ぎつけてきたが、始末したと豪語した。
「なんだって? 騎士を殺したのか?! …それはまずい。いやぁ、ジャック・ボイル殿、我々アディントン家はカジノを経営してはいるが、それ以外の事には関与していないのでね。良く分からないんだよ。君が、負債を抱えた者にどんな仕事を斡旋しているかは、私の管理下にあることではないんでね。もちろん、それに関して君からはなにも利益を受け取ってはいない。そうだろ?」
「な、なんてこと言うんだ!ここまで散々汚い仕事を請け負ってやったのに!奪い取った金は全部自分の物にしたじゃないか!」
「いやいや、あれはカジノで負けた者がお金を工面して支払った金だよ。それにしても、無茶なことをしたもんだ。だが、私とて冷酷な人間ではない。すぐに自首してくれるなら、再び出てきたときの仕事ぐらいは、紹介してあげるよ。これからは、無茶をするんじゃないよ。あ、そろそろ時間だな。これから重要な会議があってね。すまないが失礼するよ。」
アディントンは、部下に目配せしてさっさと部屋を出て行った。それを追おうとしたジャッキーを強靭な部下が引き留める。
「おかえりください。」
ショックのあまり、足元もおぼつかない様子でアディントン家を出ていくジャッキーの後をつける者がいたが、日ごろから影の薄いその人物は、誰にも気が付かれることはなかった。
「冗談じゃねぇ。あれだけ汚れ仕事をやらせておいて、最期には梯子を外しやがった。くっそぉ。…。いや、それなら、もうここには用はねぇ。渡りに船の新しい客から、しっかり稼ぎを頂くとするか。」
ジャッキーの足は、王宮に務める魔術師たちの宿舎へと向かっていた。
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