14 アンブラ―家に伝わる口伝
14 アンブラ―家に伝わる口伝
クレアは戸惑ったような表情であやふやに答えた。ネモフィラの聖女とは、アンブラ―家の何代かに一人現れる強力な魔力の持ち主のことだ。それは疫病や戦争すら止めてしまえるほどの力があると言われている。その特徴は、体のどこかにネモフィラの模様が現われているという物だった。しかし、その力を得るには、もう一つの鍵があった。それは、過去の聖女が祭られた場所に行って、ゆかりの物に触れるなどしなければならないのだ。その時、不意にジュディスの作った刺繍絵がネモフィラだったことを思い出し、クレアはすぐにジュディスを呼び出した。
「ジュディス、貴方は最近、ネモフィラのたくさん咲くような場所にでかけたことがあったかしら。」
すると、途端に顔を赤くしたジュディスが小さく頷いた。
「はい。ウィリアム様に連れて行ってもらいました。湖が見えるとても素敵な場所で、小さな石碑がある公園です。ネモフィラが満開でとてもきれいでした。」
それを聞いて、クレアは深いため息をついた後、二人にアンブラ―家の口伝の話を聞かせることにした。
「今まで誰にも話してこなかったんだけど、シェリダン様を信用してお話します。ジュディス、貴方にも関わる事だから、聞いておきなさいね。」
クレアが引き継いでいるアンブラ―家には、口伝で伝えているある特殊な血筋があるという。それは、数世代に一度「ネモフィラの聖女」が現われるという物だ。ネモフィラの聖女は、膨大な魔力を持って生まれ、その体のどこかにネモフィラの花のあざが現われるという。
「シェリダン様が書物で発見されたというのは、ずっと昔の話がおとぎ話のように残っていたからでしょうね。しかし、膨大な魔力を持っていると分かると、欲の深い者に狙われ悲劇的な末路を辿ってしまうというので、アンブラ―家では、一切書類などにそのことを記すことを禁じていました。ネモフィラの印を持って生まれてきても、決して公表せず、何か自分の手にあった仕事にのみ、その力を発揮してきたようです。」
「それじゃあ、神様によって鉄砲水が村から外されたとか、干ばつの中で雨を降らせた話は、もしかして…。」
民俗学に詳しいバートランドが確かめると、クレアは穏やかに頷いた。
「本当にいろいろお調べになっているのですね。その通りです。ネモフィラの聖女は、ただ膨大な魔力を持っているだけでなく、何かが起こりそうな時、本人にも不快な予感めいたものが感じられるのだそうです。そして、ただすべての人の安全を、平和を心から祈るのです。それこそ、倒れるまで…。」
「倒れるまで…?」
バートランドは今までの聖女たちの献身と自己犠牲に言葉を失った。
「実は、私の祖母もネモフィラの聖女でした。暴動が起こった時も、大雨で土砂崩れが起きた時も、部屋に籠ってただ一心不乱に祈っていました。大きな魔力を使うという事は、本人の体への負担も大きい物です。大好きな祖母が、食事もとらずに祈り続けている姿を見るのは辛かった。そして、どこで漏れてしまったのか、祖母の力が世間に噂されるようになると、連日の様に貴族たちが押しかけ、言い寄ったり脅したりして、静かな暮らしをしていた祖母の日常を奪っていったのです。祖母は、大好きなネモフィラが咲き乱れる屋敷をを立ち退き、別の場所に移して目立たないようにひっそりと暮らしてきたのです。それでも、行く先々でアクシデントが起こるので、疲れ果てた祖母はアンブラ―家が元あったあの場所で命を絶ちました。」
そこまで一気に話すと、ふぅっと小さく息を吐いたクレアが、心配そうに眉をひそめているジュディスを見て微笑んだ。
「幸い、聖女の子どもたちは誰もその力を受け継がなかったので、世間の噂はあっという間に消えてしまいました。孫の私も、魔力は普通程度です。刺繍爵などと呼んでいただいていますが、それしか能がないのです。私の子どもも魔力は普通程度。おまけにこの子の父親は駆け落ちして家を出てしまったので、だれもジュディスに関心を向ける人はいなかったのでしょう。」
「おばあ様、それじゃあ私が聖女みたいじゃないですか?私は、染色しか能のない一般人です。」
「そうね。背中の真ん中なんて、自分では見ないわよね。」
「ああ、やはりそうなのか。クレア殿、本来なら、息子からお嬢さんに意思表示をしてもらいたいのですが、あのボンクラは外見ばかり派手で、その実不器用な男なんです。女性が苦手で、年頃になってもなかなか婚約者を決められず、我々もヤキモキしておりました。それが、ジュディスさんと出会ってからは、不器用ながら前向きになっていて…。その、お嬢さんが受け入れてくださるなら、我々としてもジュディスさんを一緒に守っていきたいと思っております。」
ジュディスは顔を真っ赤にして、パニックに陥った。
「え? あの、それは、どういう?…えっと…。」
「ジュディス。大丈夫よ。きっと騎士様があなたを迎えに来てくださるわ。ずっと連絡がなかったのは、お仕事のためだったそうよ。」
「仕事先で怪我をして、ジュディスさんの刺繍絵の力で治してもらえたのです。ありがとう、ジュディスさん。ありがとう。」
バートランドがジュディスの手を握り締めてお礼を言うと、その手が震えているのが分かって、ジュディスはその怪我が重かったのだろうと直感的に感じた。私なんかの力が、ウィリアム様の手助けになったのなら、こんな嬉しいことはない。ジュディスの頬にうれし涙が光った。
そして、今日の話はお互い内密にと、約束を交わしてバートランドは帰ろうとしていた。
「あ、あの。シェリダン様、ウィリアム様はその後、どうされているのでしょうか?」
いろいろ聞きすぎて頭が真っ白になっても、ウィリアムの事だけは気になってしょうがない。ジュディスはすがるようにバートランドに声を掛けた。
「もし、お時間があるなら、今から騎士団の病院に行ってみますか?私もこれから向かうところなので。」
ジュディスが振り向くと、クレアが頷いている。きゅっとこぶしを握り締め、よろしくお願いしますと頭を下げた。
騎士団の庁舎は、建物の入り口で許可証を見せるなど手続きが必要になる。バートランドは、団長にジュディスの分の許可をもらうと言って、入り口にジュディスを残して、団長の執務室へと進んでいった。
初めて来た騎士団庁舎は、決して派手ではないが、整然とした造りになっていた。待合に座っていると、次々と、騎士たちが出入りしていく。中には怪我をして包帯を巻かれた騎士もいた。ウィリアムがどの程度の怪我をしているのか、ジュディスの心に不安な気持ちが広がってきた。
「あれ? 君は、誰かと待ち合わせ?」
「いえ、シェリダン伯爵様に連れてきていただいて、お見舞いに…。」
「シェリダン…、もしかして、君がジュディス嬢かい? ああ、ウィルを助けてくれてありがとう。」
「あの、私は何も…。」
戸惑うジュディスの周りに、次々騎士たちがやってきて、それぞれが感謝を述べては、任務に向かっていった。声を落として話しているのは、口外しないようにと注意されているからだろうか。―でも、まさか…。祈りを捧げていたのは本当だけど、これはきっと偶然ね。治癒魔法をしてくださった魔法使い様に申し訳ないわ。-
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