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13 ネモフィラの刺繍絵

13 ネモフィラの刺繍絵


「く、くっそぉ。ちょっとちょっかい掛けただけじゃないか!こ、ここのオーナーは俺だぞ!カジノの儲けまで横取りしやがって!」


 ケビンは倒れたまま、悔し涙を流していた。


「おい、お前たち、次の仕事だそうだ。奥の事務所に行きな。」


 ちらちらと様子を伺っていたウィリアムとショーンは、先輩従業員に声を掛けられ、事務所に向かったが、すでにケビンの姿はなく、赤茶の髪をした素行の悪そうな男が待っていた。


「お前たち、いつまでもこんな店でちまちま働いていたららちが明かないだろう?俺の仕事を分けてやろうか?」

「えっと、どんな仕事?」

「王都から少し離れたところにとある男爵邸がある。そこを襲撃してもらいたいんだ。」

「襲撃?」


 ショーンの反応に、赤茶の髪の男はすっと目の色を変えた。そしてほんの一瞬何かを考えた後、話をつづけた。


「出来ないとは言わせないぜ。」

「分かったよ。やればいいんだろ。おい、いこうぜ。」


 ウィリアムとショーンが建物を出ようとした瞬間、いきなり後ろからナイフが飛んできた。ナイフはウィリアムの脇腹を掠って、エントランスの先まで飛んでいった。バランスを崩して倒れ込んだウィリアムは、脇腹から広がるしびれに慄いた。


「ショーン、逃げろ!これは毒が塗ってある!」

「ははは。ご名答だ、騎士さんよ。あと数時間もすれば、毒が体中に回ってあの世行だ。」

「ウィル!しっかりしろ!」


 ショーンは、隠し持っていたアーミーナイフで男をけん制しつつ、体力増強の魔法を使ってウィリアムを抱え、思いっきり駆け抜けていった。すぐに周りの従業員が追いかけるが、魔法の使えない連中には到底追いつけない。


「ウィル、耐えろよ!」


 ショーンは、騎士団庁舎まで、一気に駆け抜けた。騎士だとすでにばれてしまったなら、隠す必要もない。そうしながら、魔法鳥を飛ばして、騎士団とシェリダン家に救護を求めた。ショーンの迅速な対応のお陰で騎士団庁舎まで戻ったウィリアムに、治癒魔法を得意とする王宮魔術師が呼び出された。


「クインシー殿、よろしくお願いします。」


 団長が頭を下げるほどに、王宮魔法使いのクインシーは位が高い。侯爵でありながら、治癒魔法の爵位ももっている人物だ。


「ふむ。毒の回りが早いな。では、やってみよう。」


 真っ白なローブをふわりと整えると、クインシーは呪文を唱え始めた。しかし、クインシーの魔力を以てしても、毒素が抜ける様子がない。


「うむ。これは…、相当強い毒にやられているな。さて、これ以上のことは、相当な魔力を使うんだが、騎士団で支払いは出来そうですかな?」

「なっ!…陛下からは存分に治してもらえと。」

「そうですか、では。」

のんびりとした所作に苛立つ団長の元に、慌てた様子のバートランドがやってきた。


「だ、団長殿。これを!きっと役に立つと思うのです。そばに置いていただけるだけで…。」

「なんですか。今は私が施術しているのですよ。神聖な場所に割り込むなど…!!」


 バートランドが差し出したそれが、ウィリアムの胸に乗った途端、その体がぶわっと光に包まれた。クインシーは言葉を途切れさせて瞠目する。


「な、なんだ、この魔力は!」

「ああ、やはりそうだ。思った通りだ。あの子の魔力は絶対にウィルを助けてくれると思っていた。」


 ウィリアムの毒素が抜けて行くのが、誰の目にも明らかだった。ベッドのわきに膝をついて、祈るように手を合わせていたバートランドは思わずつぶやいていた。


「シェリダン殿、これは一体?」

「とある女性が、息子のために作ってくれたものです。」

「なんてことをするんだ。私の術式がこわれてしまったではないか!悪いがこれ以上ここに係る事は出来ない。失礼する!」


 クインシーは、こぶしを握り締めてそう言うと、部下を引き連れて帰っていった。しかし、そこにいた誰もが、この奇跡に夢中で、王宮魔法使いが帰っていったことすら気付かなかった。


「ウィリアム、良かったなぁ。」

「ああ、父上…。俺は、いったい…。」

「この刺繍絵の魔力が、お前の体に回っていた毒を消し去ったんだ。ウィル、彼女を絶対に手放すんじゃないぞ。」


 やっと意識を取り戻した息子の耳元でささやくバートランドの顔は真剣だった。


 その頃、ジュディスは染色に使う薬草を育てながら、ぼんやりと考え事をしていた。やっぱり、あのプレゼントはただの気まぐれだったのだろうか。先日のシェリダン伯爵家の執事の言葉を思い出し、今はただ、彼の無事を祈ろうと、ポケットに入れた髪飾りの箱を手に、祈りを捧げ続けていた。


 数日後、バートランドがアンブラ―家を訪ねて来た。クレアと話がしたいというのだ。


「お時間いただき感謝申し上げる。実は、お孫さんの事で伺いたいことがあるのです。」


 その一言で、クレアの顔がこわばった。


「何か、不都合なことでもありましたでしょうか?」


 普段通りの穏やかな語らいではあるが、クレアが身構えているのを見て取ったバートランドは、自分も気を引き締めて話そうと決意する。


「私は、伯爵の名に懸けて、決して口外いたしません。クレア殿の許可がなければ、何も動いたりしません。まずは、そのことをご承知おきください。」


 その言葉に、クレアが周りの使用人たちに席を外すように伝えた。


「ご配慮痛み入ります。では、単刀直入に申し上げます。ジュディス様は、 『ネモフィラの聖女様』なのではありませんか?」

「それはどういうことでしょう?」

「これからお話することは、騎士団と私だけが知りえたことです。実は、先日ウィリアムがカジノに潜入し奴らに毒を塗ったナイフで怪我をさせられました。猛毒だったため、一刻を争う事態でした。王宮魔法使いのクインシー殿が担当されましたが、結果は思わしくなく、そこに私が、息子の部屋に飾っていた刺繍絵を持ち込んだのです。かねてから、あの刺繍絵には異常なほどの魔力を感じていましたから、きっと助けてくれると信じていました。刺繍絵を息子の胸の上に置いた途端、光が広がって毒素が抜けて行きました。こんなことができる人間はネモフィラの聖女様ぐらいでしょう。」

「やはり、あの刺繍絵だったのですね。」

「もちろん、それだけではありません。私は、若い頃民俗学に興味があって、昔の言い伝えなんかを調べ歩いていたことがあったんです。そんな中で、ネオフィラの聖女の事を知りました。こちらの、アンブラ―家の血統のお話ですよね。」

「そう、勉強熱心で、困った方だわ。」


読んでくださってありがとうござます。

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