第三十七話 公都シュレリア
カーテンが開け放たれた大きな窓から、室内に太陽の光が差し込んでいる。
学校の教室よりも一回り大きな部屋で、一人の男が窓を背にして机に向かっていた。
横長の机の上には書類が積み重なり、一枚一枚目を通しては万年筆でサインを書いていく。
その動作は淀みなく、積まれた書類にはサインと指示、可否などが書き込まれていく。
傍に置かれたカップに手を伸ばした男は、中身が空になっている事に気付き、追加のお茶でも頼もうかと顔をあげた。
白髪混じりの髪の毛と髭を蓄え、日焼けした
男であった。
ほっそりとした体型に不釣り合いなほど鋭い目つきには、重ねた年月が感じられた。
男の名はガウトーラ、ガウトーラ・メクリミア。
ファウトア神聖連邦の評議員の一人。
ガウトーラは元達の所属先、ガウニア立憲公国を治める大公の一人だ。
ガウニア立憲公国には三人の大公が存在し、持ち回りで元首を務めている。
ガウトーラは、今期の元首を務めているメクリミア大公家の現大公である。
机の上に置かれた呼び鈴に手を伸ばしたガウトーラの耳に、扉をノックする音が聞こえてくる。
ガウトーラが返事をする前に、分厚く頑丈な執務室の扉が開いた。
「失礼いたします、閣下。召喚者三名と共に、グリーデン様が戻られたと門兵から連絡がありました」
ピッシリとスーツを着こなした若い男が、グリーが帰還したことを報告してくる。
報告を聞いたガウトーラは、立ち上がりながら男に返答する。
「わかった。四人を着いたら応接室に通せ。準備をしたら私も向かおう」
入室して来た男は了解の意を伝えると、すぐに退室した。
「当初の予定とは大分変わってしまったが、大事なお客さんだ。丁重に持て成さんとな」
ガウトーラは目を通し終わっている書類を纏めると、元達と対面する準備のため、執務室を後にした。
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元達一行は素風症が完治し、アガリアを出発してから四日後、ガウニア立憲公国の公都であるシュレリアに足を踏み入れた。
シュレリアは城郭都市の様に都をぐるりと壁が囲っていた。
一般の通用門は三つ、その内の一つから元達は馬車で都市に入った。
「おお!すげー綺麗だな、この街」
柏木が都市の様子を見て感嘆の声をあげる。
「今まで通った街と違うな。整然としてると言うか、真新しい感じがするな」
元も公都の様子に目を奪われる。
『この公都は未だに造っている途中だ。国の歴史が浅いからな、公都自体が新しいんだ』
ガウニア立憲公国は王国からの独立を宣言してから三十年。
始めから公都があった訳ではなく、行政都市として新しく建築された。
ガウニアが出来るまでは、独立を支援していた各大公家の領都で市民の代表者数名と各大公が話し合いをしていた。
しかし大公が移動するのは領地間で、距離がある。
毎回同じ領地で話し合いをすると、移動費が掛かる大公が不満に思う事や、市民の代表者も話し合いの場がある領地に住んでいる者だけではない。
戦地から離れた領地で話し合いなどをする事も、市民代表としては受け入れられず、結果的に三大公の領地に近い街での話し合いが持たれた。
その過程から独立宣言をした後、三大公の領地に接する様に、国の中心地に公都を建設する流れとなったのだ。
といった説明を、グリーが元達にする。
「お、おい、荒木。あれ見てみろよ。石が浮いてるぜ… 」
「マジか…。あれが魔法ってやつか」
元と柏木の視線の先には、石材で何かを作っている建築現場があった。
木材や石材が積まれた建築現場で、ヘルメットを被った何人かの作業員が掌を石材に向け、石の塊を浮かせていた。
『あそこは確か時計塔を造っていだはずだ。議会堂前のこの広場に、建国三十年記念として建てているんだ』
「大きな時計塔ですね…」
グリーの説明に、荒岩も時計塔建築現場に目を向ける。
『そろそろ官邸に着くぞ。降りる準備をしておけ』
グリーの言葉通り、程なくして馬車は兵士の守る門を通り、大きな庭のある建物へと辿り着いた。
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『お掛けになってお待ちください』
スーツを着こなした若い男が、頭を下げて退室して行く。
官邸に着いた元達四人は、先程の男に案内された部屋で豪奢なソファに座っている。
四人の目の前には、湯気を立ち昇らせているお茶の入ったカップが置かれていた。
案内をしてくれた男とは別の、スーツを着た女性が持って来てくれた物だ。
スーツ姿の女性を見て柏木が「メイドじゃないのか」と小声で呟いていたが、隣に座っていた元は聞こえなかったフリをした。
柏木の言葉に反応して、対面の荒岩に同類だと思われたくなかったからだろう。
「そういやさ、俺達おっさんに連れられてここまで来たけど、これからどうすんの? 」
柏木がグリーに顔を向けて質問する。
これまでの道中、グリーは元達三人に公都まで行くことは伝えていたが、その後の事は一切伝えていない。
戦争をしている国と言う情報のみを伝えられている三人は、これからの事が気になっていた。
『それを今から閣下が話してくださるだろう。今からお会いするのは国家元首を務めていらっしゃる方だ。言葉遣いには気をつけろよ、特に柏木』
「言葉遣いなー。苦手なんだよなー、かたっ苦しいの」
眉根に皺を寄せて柏木が嘆息する。
『閣下は厳しい方では無いが、立場ある方だ。官邸内にいるのは閣下の使用人ではなく、公国の官僚だ。閣下が我々に気を使っている場面を部下である者達に見せたくはない。この国も複雑でな』
グリーが元達三人を見回しながらそう言った。
「グリーのおっさんが気を使うって珍しいな。その閣下って人はそんなに頼りないのか? 」
グリーの言葉に元が問いかける。
『そうでは無い。この国は立憲君主制、しかも君主が任期ありの交代制だ。基本は市民達から選抜された議員と、貴族から選出された貴族院議員で構成された議会で国の運営をしている。最終決定は任期中の元首を務めている三大公の一人だ。最終決定と言うと元首の一存で物事が決まるように聞こえるかもしれないが、そうでは無い。国の代表としているだけで、決定権はあくまで議会にあるのだ。その議会にも派閥があり、弱みを見つけると噛み付いてくる奴らが居るからな。現元首は頼りない、などと言った噂話が市民達に流れるのは困る』
グリーは目の前のカップを持ち上げてお茶で喉を潤す。
グリーの話に疑問を持った柏木が、思った事をそのままグリーに聞く。
「頼りないって、俺達に気を使うのが頼りないっておかしくねーか? 」
『お前達の世界ではどうか知らんが、貴族という者は貴い者達だという考え方が未だこの地では根強い。共和制ではなく立憲政体に留まっているのもその表れだ。元首という君主を抱いているのも、絶対的な統治者を求めているのだ。故に、貴族である大公が一般人に気を使っている姿は好ましくない』
グリーが淡々と元達三人にガウニアという国の話をする。
王国という君主制から脱却する為、革命を起こし血を流し、独立を宣言したはずのガウニアは、共和国ではなく立憲君主制の公国となった。
国民主体の国を目指し立憲制になってはいるが、急激な統治体制の変化を恐れた市民達は、国の行く末を舵取りしてくれる君主を求めずにはいられなかった。
背景として、革命には三大公家が後ろ盾となり資金、武力の両面で支援した事。
学校という知識を与える場、学ぶ場が一般市民にとっては疎遠であり、統治するための知識を持った市民が不足していた事。
自分たちの生活を改善するための革命ではあったが、誰かの指揮のもと成し遂げようという考えが根強かった事などが挙げられる。
結果、今でも王族、貴族という立場の者達には絶対的な立場の差を感じている国民が多い。
貴族が一般人に気を使っている姿は、貴族としては頼りないと思われてしまうのだ。
そんな根強い選民思想的な感情は、公国の問題の一つでもある。
三大公は皆、公国という形は一時の物で、いつかは共和制国家として国民主体の国を作るのが目指すところであった。
しかし現在は、市民と貴族達の間には意識の隔たりがあり、若い貴族ほど権力を振りかざす傾向が強まっていた。
三十年という年月は短いようで長く、建国当時の思想は薄れつつあった。
「でも俺たち異世界人じゃん。お客さんと考えたら大目に見てもらえねーかな」
グリーの説明に対して尚も柏木が食い下がる。
『ステータスが消滅してしまったからな、残念ながらお前達の立場は公表されていない。官僚と言えど職員。中には一般市民から取り立てられた者もいる。お前達の立場を知らん者が大半だ』
「え?じゃあ今回はなんで面会するって建前なのよ」
『優秀な人材を私が発掘して来た、って所だな』
グリーが真顔でそう言った。
「無茶振りが過ぎんだろおっさん… 」
『まぁそう言う訳だ。くれぐれも失礼の無いように、な』
グリーの言葉が終わると同時に、応接間の扉が開いた。
入室して来たのは目つきの鋭い細面の男、ガウトーラ・メクリミアだ。
ガウトーラの入室を確認したグリーが立ち上がり、それに続いて元達三人も慌てて追従する。
『苦労を掛けたなグリーデン。まぁ座れ』
ガウトーラが一言言って上座のソファに座る。
それを見届けてからグリーが着席し、三人も後に続いた。
ガウトーラの目の前に、スーツの女性がお茶の入ったカップを置き、退室していく。
『さて、遠路遥々よく来てくれた。人払いはしている、楽にしてくれ』
ガウトーラは開口一番、元達を労いそう言った。
『私はガウトーラ・メクリミア。ガウトア立憲公国の元首にして現メクリミア家当主をしている。お前達三人は本日をもって正式に公国の国民となる。表向きは大陸からグリーデンが連れて来た将来有望な若者、と言った立場だな』
ガウトーラは確認するように三人に視線を向ける。
元達三人もグリーから聞いていた通りなので、無言で頷き返した。
『とは言え、お前達はまだこの世界に慣れていないだろう。この国では成人は十六からだが、常識のない状態で仕事を課す訳にもいくまい。そこでお前達には、学校に通ってもらう』
「学校? 」
ガウトーラの言葉に元が疑問をそのまま口にする。
『そうだ。基本的なことは叩き込んでやるから、新学期から国立の学校に通ってもらう。少々手荒だが、言葉もそれまでに覚えさせてやろう』
淡々とガウトーラが三人に向けてそう言った。
『この歳で通うとなると国立サマレ学院ですか?三人の立場はどう説明します』
学校と聞いてグリーがガウトーラに質問する。
『そうだ。学院に通うには身元の保証人が必要だからな、三人にはそれぞれ、三大公の養子になってもらう。一人はグリーデンの弟妹になるな』
ガウトーラは涼しい顔でそう言うが、元達にとっては初耳である。
「おっさん貴族だったのかよ。しかも大公家とか… 」
柏木がグリーを見ながらつい、そう呟いてしまう。
ガウトアへの道中、貴族らしさを感じる事が無かったからだ。
『なんだ、言ってなかったのかグリーデン』
ガウトーラはグリーが貴族である事を三人には伝えているものだと思っていたらしく、グリーを見ながら嘆息する。
グリーもバツが悪いのか、ガウトーラから視線を逸らした。
『グリーデンはメクリミア公爵家の三男。つまり私の息子だ』
ガウトーラはニヤリと笑いながら三人にそう告げたのだった。




