第三十六話 油断
突然の光に眼が眩んだ元に、柏木の声が届く。
「驚いた? 」
視力が戻った元の正面に、ニヤニヤといやらしい笑顔の柏木がいた。
「お前な… 」
呆れと怒りを表情に乗せて、元は柏木に抗議する。
「いやいや、怒んなって。二人の気持ちも分かるけどさ、油断しすぎなんだよ」
「油断? 」
「そ。同じ日本から来たクラスメイト。そりゃ異世界で信頼できる奴って考えたら、心も許しちまうけどさ。俺たちゃこっちに来るまで、クラスメイトってだけで接点無かったんだぜ」
「そりゃまぁ、そうだけどさ。だけど… 」
「まぁ聞けよ。いきなりこんな世界に連れてこられて、周りを見ることなくまず監禁された。俺たちは暫く、情報を遮断された状態だったよな。その後はいくつかの国が共同で行ったことだからって、数人に分けられてバラバラだ。この世界の事を知る前に、少人数にされた俺達が頼れるのは、各国から派遣された人達だ。おっさんはそうでもねーけど、知らねー世界で親身になってくれる奴ってのには心を開いちまう。クラスメイトにも同じだな、海外で日本人に会うと妙に親近感わくらしいぜ」
少し前のめりになった柏木は、いやらしい笑顔のまま話し続ける。
「移動続きで俺達が話せたのは宿屋の人くらいで、それだっておっさんが近くにいねーと言葉が片言で分かんねーし。この世界の常識ってもんが分からないままだ。地球でだって国が変われば常識は変わっちまう。階級がある国や民主主義じゃねー国とかさ。異世界って時点で、俺たちの常識は通じないって考えとかねーと、痛い目見るんじゃねーかな。あんまり人を信じすぎんのは良くねーよ」
柏木はそう言って二人を見る。
現代の日本では思いやりや気遣いが美徳とされているが、それは日本での話。
元達が知っている法律も常識も、現代日本でのものだ。
貴族の馬車の前を横切っただけで殺される事が当たり前の時代や、地元の有力者、王様、殿様といった身分の高い人物に見初められた娘を、親自ら献上するなどといった事も当たり前の様にあった事だ。
日本にいるといまいち実感し辛い事だが、今でも世界には人種差別が横行し、食糧不足で餓死する人々がいる。
異世界でどの様な常識や問題があるのか分からない現状、日本の感覚のまま人に接するなと柏木は二人に言ったのだ。
「二人が信用して話してくれた事は、素直に嬉しーんだけどさ。二人とも人が良さそーだから、今のうちに言っとかねーとと思ってな。俺がその気なら、二人は今頃動けなくなってるぜ? 」
そう言って柏木は掌に電気を走らせた。
パチチチ…っと音を立てて放電されているそれは、掌の上に留まっている。
「…そんなに強力なのか?その電気」
「指向性は持たせられないから、俺を中心に放電するだけだけどな。空気ってのは絶縁体だ。二人に届く程度には放電できるから、ある程度威力は分かんだろ?気絶くらいはすんじゃねーかな。人に当てた事ねーから断言は出来ねーけど」
「そんなにか… 」
「さっき見せたよーに念動力もあるからな、同時使用である程度、周りへの被害は減らせるけど。普通に生活する分には、使い道がねーもんだな」
「充電器要らずだな」
「日本の外でバチバチやってたら捕まんだろ」
「それもそうか」
緊張していた空気が緩和して、二人は自然に会話していた。
荒岩もほっとしたように息を吐き、緊張して握りしめていた手から力を抜いた。
これから同じ国でやっていく三人の間で、変に軋轢が生まれる事が無かったとこに安堵していた。
三人の仲が割れていたら、この先の不安が大きくなるのだから。
「なんにせよ、俺達を喚んだ奴らは案内人に対して強制的に信頼を寄せるように仕組んでると思うぜ。おっさんはどっちかってーと自分から距離開けてたみたいだけど。信頼感が出ちまったら、向こうさんの言いなりだ。依存って言い換えてもいいけど、この世界で頼れるものがなくなる恐怖。それを盾にして俺達に命令しやすい状態に持ってく様に仕掛けてんだろ。自分達から従ってるように勘違いしやすい分、暴力よりよっぽど厄介なやり方だわな」
柏木の言ってる事が理解でき始めると、元は感心した顔で柏木を見る。
荒岩も徐々に理解し、表情を硬くする。
「お前、そんな事考えてたのか」
「まーなー。初めからそう思ったわけじゃねーけど、元々は戦力として喚ばれた訳だろ。暴力で強制すんのにも限界があるなら、懐柔した方が手間がねーし。そんなら、依存させちまえって考えるんじゃねーかな、ってな。実際どうなのかは分かんねーけど、二人を見てると不安になっちまってな。おっさんに手の内ペラペラ喋ってるように見えちまった。俺もおっさんは信用出来るとは思うけどさ、もうちょい用心してこーぜ」
いつも飄々としている柏木の発言に、元と荒岩の二人は考えさせられる。
異世界に来てから得られる情報を限定され、言葉が通じない環境で、言葉が通じて親身になってくれる人物。
現代日本ではまだ社会に守られていると言っても良い高校生達が、心を開いてしまっても無理もない。
スマホにより、いつでもどこでも情報を取得出来、法により一人一人の人権が守られている現代日本。
しかし今、三人がいるのは異世界である。
現代日本にいた時の感覚のままこの後も進む危険性を、柏木は二人に伝えたかったようだ。
「それにしても、柏木はよくそんな事分かるな。俺はそんな事全然分からなかったぞ」
「わ、私も、そんな感じ受けませんでした」
「そりゃな、おっさんがその気無いからじゃねーか。俺が言った事も憶測だし。可能性があるから気をつけよーやってだけだよ」
柏木は顔の横で右手をひらひらと降って答える。
「超能力なんて認めない親だから、一度否定されてからは使わないように努力したよ。持ってるもん否定されるってのは自分自身否定されてるようでな、超能力なんて忘れました、ありません。ってな具合の態度で生活してたら、人の顔色見んのが得意になってな。おっさん以外の迎えに来てた奴らの笑顔が気持ち悪くて、そうなんじゃねーかなって」
「グリーのおっさんは違ったのか」
「おっさんは笑顔の時がねーじゃねーか」
「…確かに。笑ったとこは見てないな」
「おっさんが何考えてるのかは分かんねーけど、変に懐柔する気はねーんじゃねーか。多分」
「グリーさんは、気を使ってくれてるんじゃ無いでしょうか。素風症の看病も、殆ど一人でなさってましたし。優しい方なのかと」
「顔に似合わず、な」
「そーかもなー。おっさん不器用そうだし、懐柔とか無理そうだしな。笑顔で優しくされても気持ち悪いわ」
「だな」
三人は顔を見合わせ笑いあった。
グリーの笑顔を想像したのだろう、くっくっと声を押し殺すような笑いだ。
「ま、おっさんは人間的には信頼できるかもしれないが、国の人間だ。俺達よりも国の命令を優先する可能性の方がたけーだろ。素風症のせいで俺達が魔法とは別の力が有る事は話さざるを得なかったけど、この先は言動に少し気をつけてこーぜ。現状、俺達は一蓮托生。一人のミスは他の二人の足を引っ張る事もあるからな」
「…つまり、柏木に迷惑を掛けんなって事か」
「そーじゃねーよ。俺だってこの世界の事は分かんねーんだ。二人に迷惑かける事もあんだろ。気を付けて、ダメならお互いに助け合ってこーぜって事だよ」
「そうですね。この先、どうなるか分からない以上、助け合う事は必要ですもんね」
「そうか、そうだな。俺はあんまり頭がいい訳じゃ無いから、迷惑かけるとは思うけど、よろしく頼む」
元はそう言って二人に頭を下げる。
「あー、律儀だねぇ。そんな頭下げるとかやめよーぜ。小っ恥ずかしいし。まーよろしくな」
「よ、よろしくお願いします… 」
柏木は右手を軽く上げ、荒岩は元と同じく頭を下げた。
微妙に恥ずかしい空気が部屋に満ちる。
「ま、まぁあれだな。ちょっと変な空気になっちまったけど、言いたい事は言えたわ。街には出れねーし、どうすっかね」
柏木がしどろもどろになりながら、微妙になった空気を変えようと話題を逸らす。
気恥ずかしくなっていたのは他の二人も同様で、わざとらしい話題そらしに元も荒岩も従った。
結局、グリーのいない間に街に出る事も出来ず、宿屋に留まっている事になるのが確定しているので、三人はクルセリアの言葉の勉強をする事にした。
グリーが帰って来てからもそれは続き、この日一日は三人で語学の勉強に終始する事になった。
この勉強を通しての一番の収穫は、覚えた単語の数よりも、この日の話を切っ掛けに、荒岩が二人と普通に喋る事が出来るようになった事だろう。
これで第一章は終わりです。
用語解説書いてて一章が終わった事を書き忘れたことに気づきました。




