第三十五話 死霊術
「死霊術… 」
元は荒岩の言葉を口の中で小さく呟く。
「死霊術とは字の通り、〝 死して霊となった者を扱う術″です。神の元へ還るべき魂をこの世に縛り付け、使役する。死した身体を操り意思なき動く死体に仕立てる。魔女の秘術とは、人の道を踏み外したもの、です」
魔女の秘術である死霊術。
元の扱う心天流とは真逆に位置するもの。
元も柏木も、荒岩になんと声をかけていいのか分からなかった。
元の話の後、と言う事を差し引いても、魔女の秘術である死霊術は、人の死を弄ぶようなものにしか聞こえなかった。
荒岩は説明の中で「人の霊」や「人の死体」とは言っていない。
あくまで、死した後の魂、死した身体と言っただけだ。
それでも元と柏木が思い浮かべたのは、人の死であった。
「あー、その死霊術ってのは荒岩さんも使えたりすんの?ゾンビ作ったり呪ったり?とか」
柏木が思った事をそのまま荒岩に聞く。
動く死体や霊を操ると聞いて柏木が思い浮かべたのは、日本の漫画や映画などでよく目にするゾンビ。
呪うと言うのも、人の霊を思い浮かべた時に怨霊や取り憑くと言った事を思い浮かべたからだ。
元のように霊と関わる事もなく、超能力を使える以外は一般的な高校生の柏木だ。
もっともな意見だろう。
「いえ、一階で説明した通り、地球の魔素は神代に比べて減少しています。人間の様な意思ある魂を操ることは現代の魔女には出来ません。大袈裟な説明になってしまって誤解させてしまいました、すみません。私自身、まだ修行中の身でしたので、母や祖母の様に霊を呼び出す事も出来ませんでした。私が出来るのは、その場にいる方と話す程度です。それも、声が聞こえる程度でしょうか。私の声を届ける事も、たまに出来るくらいです」
荒岩は恥ずかしそうに顔を赤くしながら、下を向いてそう言った。
魔女術で出来ることと、荒岩が出来ることは別の様だ。
現代の日本でおおっぴらに魔女術の修行が出来る訳がなく、学校の勉強の様に友達と教えあったり勉強会を開ける類のものではない。
教わるのは母や祖母の様で、家の中で時間を見つけて修行するしかなく、現代の高校生が勉強を放ったらかしてやるべきことでもない。
荒岩はまだまだ修行中の半人前の魔女の様だ。
元の祖父の様に、夜中に修行と称して連れまわす様な、常識知らずの母たちでは無いらしい。
「じゃあ荒岩さんはゾンビ作ったりはしねーのか。安心したわ、俺ホラー物苦手なんだよね」
柏木が荒岩の説明を受けて胸をなでおろしている。
そんな柏木を横目で見ながら、元が口を開いた。
「荒岩さんがまだ修行中の身で、起き上がりを作れないのは分かった。質問なんだが、荒岩さんの母親やお祖母さんは出来るのか?起き上がりを作る事が」
元が目を細め、詰問口調で荒岩に問う。
元は日本にいた頃、祖父に連れられて起き上がりを祓った事がある。
意図的に起き上がりを作っているのであれば、それは元にとっては明確に敵と言っても過言では無い。
魂の声を聞く事ができる元は、霊たちの哀しみや痛みの伴った声を何度と無く聞いてきた。
浄化されずにこの世に留まった魂たちは、怨みや妬みよりも、哀しみや痛みに苦痛の声を上げているものが多い。
そんな存在を作っているのであれば、許せないと思ったのだ。
発した声が低く、冷たさを纏ったものになってしまっても無理もない。
「い、いえ、作る事はありません。秘術として伝わってはいますが、母も祖母もそれを行う事は禁じていました。現代の地球の魔素量では、出来ないとも言われました。強制的に作る事は無理だったかと。意思の強い霊に近づくことさえ、禁止されていました。気弱なお前は呑まれる、と」
荒岩は元の言葉に少し怯えながら、しかし目を逸らさずキッパリと言い切った。
自分の母親や祖母が、元に誤解されるのが嫌だったのだろう。
「…そうか。すまん、少し早まったことを聞いた」
「い、いえ、私の説明も、回りくどかったです。ダメですね、人と話すのに慣れてなくて。魔女術の事がありましたから、友達を作る事も、避けてきましたし」
「それで一人でいることが多かったのな。荒木も似た様なもんなの?ずっと寝てたのは人と話さないためとか」
「俺はただ、眠かっただけだな」
「あ、そ。じゃあ荒岩さんは幽霊と話せるってだけなのか? 」
「いえ、人の魂と話すことよりも、動物たちの声を聞いていたことの方が多かったです。声と言っても、何となく何を考えているか分かる程度ですが。魔女は使い魔を持って一人前ですから、それの修行がメインでしたね」
「動物と話せるのか。死霊術って言うもんだから、うちと系統的には似てるのかと思ったけど。やっぱ別もんなんだな」
元は荒岩が動物と話せると聞いて、心天流と魔女術の違いを実感する。
魂や霊などが話に出てくるので、根本では似た様な物だと思っていたようだ。
この世に魂を留めるのか、還すのか。
形のない魂に作用すると言う点では、似ていると思ったのだ。
「死霊術はあくまで、魔女術の秘術であって全てでは無いんです。現代では扱える魔女も少ないと聞いています。私は、扱えるのようになりたいとも、思いませんし」
「…そうだな。生きてるものと死したものとでは、有るべき世界が違うからな。現世と常世の住人じゃ、文字通り住む世界が違うからな」
何かを思い出すように、元は荒岩の言葉に同意する。
過去の魔女が死霊術を作り上げたのも、何かしら意味があったのかもしれない。
知識として伝わっているのも、現代の魔女達が戒めとして伝えている事も考えられる。
日本から、地球から離れてしまった元達には、確かめようも無い事だが。
「つまり、荒岩さんは死霊術ってのが使えるわけじゃ無いのね。荒木の話の後に、よく話したね。荒木のこと考えたら、話さなくても良かったんじゃ無い? 」
「荒木くんが話してくれたように、私も魔女術について伝えておきたくて。伝えなくても良かったかも知れませんが、隠し事をしている様で、心苦しくて。私が魔法使いでは無い事も、話しておきたかったですから」
荒岩は元と柏木に魔女術について話せた事で、気が楽になったのかはにかんでそう言った。
元もそんな荒岩に笑顔を返す。
「二人とも律儀だねぇ。でもまぁそうか、魔女ってのは漫画みたいな魔法は使えないのな。魔素ってのの扱いが上手いってのはあるんだろうけど」
「そうですね、魔素を魔力に変換するのは、魔女も魔法使いも基礎ですから。少ない魔素を効率よく魔力に変換するのは必須技能です」
三人の纏う空気が軽くなり、気楽な雰囲気で話しができる様になった様だ。
最悪、元と荒岩の仲が修復不可能になる可能性もあったのだから。
「荒木もだけど、荒岩さんも人がいいねー。まぁこれから行く先で三人でやってくことを考えると、早めに話しておいた方が良かったのかもだけど、さ」
柏木が口元に笑みを貼り付けながら、二人を見回しそう言った。
荒岩は照れ笑いを浮かべながら、元も少し笑ってその言葉を受け止める。
「同じ日本から来た仲だから分かるけどさ。その人の良さはもう少し考えた方がいいと思うんだよなー。でないと足元掬われると思うんだよね、こんな風に」
柏木の言葉が終わると同時に、部屋の中に光が走った。




