第二十七話 ブルガ島
久しぶりの更新です
「ケホ…。やっと着いた…な」
船着き場に停泊された中型の帆船から降りて来た元は、咳とともにそう呟いた。
港町テレルから昼過ぎに出航した帆船は、予定通り一日半程かけて目的地の港に到着していた。
航海自体には問題は起きなかったものの、乗船中、元たち召喚された者達は体調不良に陥っていた。
「体がダルい…。ベッドで寝たい… 」
ゲホゲホと咳をしながら船から降りた柏木優が、覚束ない足で歩きながら呟く。
その後ろから歩いて来る荒岩友理は、熱があるのか頬を赤らめながら、小さくケホケホと咳をしていた。
元や柏木は歩くのも辛そうであるのに対し、荒岩は体調は悪そうではあるものの、足取りはしっかりしている。
『船の中で三人とも体調不良になるとはな。他の乗客はなんとも無い事を考えると、お前達特有の物かもしれん。今日はこの街に宿を取り、医者を呼ぶ。ガウニアの公都へは体調が戻り次第、出発する事にする』
先に降りていたグリーが、三人を振り返りながらそう伝えて来る。
体調不良の三人は無言で頷き、先導するグリーに着いて行く。
元たちが降り立った港町の名はアガリア。
ガウニア立憲公国のあるブルガ島の、海の玄関口の一つである。
もともとブルガ島はブルガ王国と言う一つの国だった。
島一つが領土だったブルガ王国は、貿易が盛んな国であり、隣のファウトア国とも交易していた。
当時、開発されたばかりの通信手段は国同士を跨いで使えるほど、国同士の信頼関係が強く無いと言う事から、情報伝達は速くなかった。
しかし、海を隔てているとは言え船で二日以内の距離。
隣の国で革命が起きた事は直ぐに王国に伝わる事になる。
直ぐに鎮圧されるかと思われたファウトア国の革命の火は、決起から鎮圧、法改正から国の分裂、さらなる革命へと長年続く事になり、小さな火は大炎となった。
ブルガ王国は対岸の火事を他人事として、情勢を伺っていた。
ブルガ王国としては、同じ王政のファウトア国の行く末は気になってはいたが、治世の在り方が異なっていた事もあり自国に目を向ける事はなかった。
ブルガ王国の国民や貴族たちも、革命が始まった頃は他人事として、隣国の情勢は格好の酒のツマミとして扱っていた。
しかし、ファウトア国の革命は二年経っても終わる事はなかった。
戦火に焼かれた畑や革命により停滞した工業によって、ファウトア国は物資不足に陥る。
ブルガ王国はファウトア国への食料や武器などの貿易によって懐が潤っていた為、革命中のファウトア国に対し領土の切り取りを画策し始めた。
ファウトア国の周辺国の情勢を調べ、同じ様に切り取りを考えている国は何処か。
ファウトア国への支援をしている国や、革命側に加担している国などの情報を集め、それと同時に軍費を拡張。
税率を上げ、徴兵を行い始める。
海を隔てているために軍船を増築、造船産業に人夫を割く事になる。
海に囲まれた島国の為、海戦の経験はあるブルガ王国であったが、海を越えての侵略戦争はこれが初。
国王は万全を期す為に、小型の軍船を百艘造る事を決めた。
決めるのは簡単だが船を造るには人手も時間も材料も必要になる。
国王は革命が終わったとしても戦後の復興中であれば領土の切り取りは可能だと判断し、二年以内で軍船を用意する様に下知。
木材を集めるため森が切り開かれ、造船の人手のために男手が集められる。
軍費拡張を受け、上げられた税率は男手の足りなくなった村や街に重くのし掛かってくることになった。
重ねて、森を切り開いた影響なのか獣や魔獣の生息域が変化。
森近くの村や街が襲われることが多くなった。
その結果、革命の火はブルガ王国に飛び火する事になった。
島国という立地の為に領土拡大を長年諦めていたブルガ王家は、隣国の長年続く革命をこれ幸いにと侵略戦争を画策。
安定していた治世を自ら捨て去る事になり、民衆の反乱へと至る事になる。
散発的に発生していた反乱は、一貴族が王国に反旗を翻した事によりまとまりを得る。
その頃にはファウトア国の革命は既に終えており、連邦の前身が出来上がりつつあった。
反旗を翻した貴族は連邦と海路で繋がっている領土の貴族で、復興物資の融通と引き換えに革命で叩き上げられた戦士たちの派遣を打診、傭兵として雇い入れる事に成功する。
周辺貴族も同調し、王国との戦争に突入。
結果、ブルガ王家は残ったものの、ブルガ島は南東と北西に分断される事になった。
連邦のある大陸側の南東がガウニア立憲公国として、大洋に面する北西側はそのままブルガ王国として国境が引かれた。
しかしブルガ王国はガウニア立憲公国を国とは認めず、王国の国土を犯す反乱軍として糾弾、周辺国へ貿易の禁止や航路の封鎖などを打診しているのが現状だ。
ガウニア立憲公国はファウトア連邦に所属してはいるものの、未だに安定しているとは言えない。
今は比較的小さな小競り合いが続くのみで落ち着いているが、いつまた大きな戦端が開くのか分からないのが正直なところだ。
そんな立場のガウニアである。
連邦議会で異世界人の召喚の話が出た時には、一も二もなく飛びついた。
連邦に所属している他国もまだまだ安定したとは言えない国勢だが、ガウニアの様に未だ戦時中というわけではない。
他国に戦争を仕掛けられる懸念があるのと、実際に戦争している国とでは危機感が違うのだ。
多人数の召喚になることは分かっていたので、議会では人数を融通してもらう事が決まっていた。
そう、ステータス消失なんて事が起こらなければ。
現状、召喚された者達が戦力として期待できるのか未知数になってしまった。
ステータスと共にスキルも消失した為、戦争どころか人々は仕事にも悪影響が起きている。
軟禁から移動ばかりの元たちには知りようがなかった事だが、スキルが消失した事により仕事ができなくなった訳ではなかった。
スキル発動により、結果がすぐ出ていたものが、過程を飛ばす事が出来なくなっただけであった。
つまり、技術としては消えていなかったのである。
数多あるスキルによっては再現できなくなった物もあるが、特殊なものを除いてほぼ再現が可能であった。
ただ、これは長年使ってきた土台が必要な事だとも分かっていた。
子供が持っていたスキルに関しては、ほぼ再現が出来なくなっていた事や、生まれた時から持ってはいたがあまり使う機会が無かったスキルに関しては再現できない事が多かった。
例にあげるなら、料理スキルを持っていても、料理をした事がない者は料理をしたところで美味しく作る事が出来なかった。
反して、料理スキルを持っていた料理人が料理を作った場合、ちゃんと美味しい料理が出来上がった。
しかし、スキルがなくなった影響なのか、スキルありの料理と比べると物足りない味だったり、風味が違ったりした。
鍛治スキルにしても、金槌で鉄を打つのは数度でよかった所、整形するために何度も鉄を熱し、叩かなければならなくなった。
戦闘スキルだと、剣の振り方、体捌きなどは身についているが、衝撃波を出したり剣筋を二重にしたりなどは再現が難しいようだ。
難しいだけで出来る者もいることから、技術的に出来なくなった訳ではないようだが。
当初の想定よりも混乱は少なかったが、しかし影響は少なくない。
ステータスで表されていた体力や魔力の残数などが確認できなくなり、魔法の使いすぎや体を酷使した結果倒れるものが続出した。
どれだけ疲れたら休むか、どんな魔法を何回使えば魔力が枯渇するか。
今までステータスで確認していた人々は、文字通り体で覚えている状態だ。
あるは程度習熟していたはずの世界は、生まれたばかりの赤ん坊のように、生き方を模索していた。
そんな世界の情勢を知らない元たち三人は、グリーが部屋を取った宿のベットの上で熱と咳、体のダルさと戦っていた。
いつも通り元と柏木が同室、荒岩は個室を充てがわれていた。
寝ている元の頭に光る手をかざしていた白い法衣の様な服を着ている老人が、後ろで見守っていたグリーに振り返りながら口を開く。
「三人とも同じ様な症状ですな。女の子は比較的軽度で喋る事が出来ていましたが、こちらの男の子二人は意識が朦朧としています。発症は昨日という事で間違いありませんか? 」
「発症したのが昨日かは分からないが、体調不良を訴えてきたのは昨日からだな」
問われたグリーは老人にありのままを話す。
老人はアガリアの街で医者をしている者で、宿に三人を寝かせた後にグリーが連れてきたのだ。
本来、今の様な夕方を過ぎ日が沈む時間は病院は閉まっている。
しかし駆け込んだグリーに、医者の老人は文句も言う事なく診察を快諾してくれていた。
昔、医者は教会から派遣される事が多く、神職を兼業している様な医者が老人には多い。
老人の医者は時間外の診察を断る事があまり無かった。
「それで先生、こいつらはどんな病気なんだ? 」
「それなんですが… 」
「ゲホッゴホッ!うっ…ゴハッ! 」
医者が話そうと口を開いた時、元が激しく咳き込み、吐血する。
寝間着として着せられていたシャツや体に掛けられていたシーツに血が広がる。
「っ! ゲン! 」
グリーは吐血した元に驚き、慌てて駆け寄る。
シーツの血で濡れていない場所で口元を拭いてやりながら、医者に目を向け荒々しい口調で問いただす。
「先生、どうなってんだ! 治癒魔法は掛けたんじゃなかったか!? 」
「…落ち着いてください、グリーさん」
「いや、しかし… 」
グリーは医者では無いが、吐血する様な状態が正常で無いことは分かる。
咳や熱が出ていたことから怪我では無いことはわかっているが、病気であっても治癒魔法で病状の緩和が出来る事はよく知られている。
病気に対応した治癒魔法の必要があることや、未知の病気などには対応できないこともある。
しかし、目の前の医者の老人は落ち着いていることから、病気の目処が立っていると言うことだ。
病気が分かっていて治療した後だとしたら、緩和しても吐血するほどなのか、もう手の施しようが無いのか。
いつもは落ち着きながらもぶっきらぼうなグリーと言えど、慌てもしよう。
「ユリは…女の子は見た限りそこまで酷く感じなかったが、こっちの男の子二人は話せる状態じゃ無い。先生、男女によって症状が異なる病気なのか? 」
「いえ、この病気は男女で症状に差が出る様なものではありません。男の子もそうですが、女の子の様に高熱が出ることも稀です。本来、微熱が二、三日続く程度です」
「しかし、現に吐血まで… 。この病気で死ぬ可能性は?」
「死亡例は報告されてはいますが、ほとんど無いことです。と言うかこの病気は、誰でも一度は患うものです。グリーさん、貴方も」
「私も…? 」
グリーは訝しげに老人を見る。
誰もが患う事がある様な病気に、心当たりが無いのだ。
「ええ。病名は〝素風症″ 。誰もが生後二週間以内に患う病気です」
不定期の投稿になりますが、気長にお付き合いください