第二十六話 レビアタ
グリーはテレルの目抜き通りを歩きながら、昨晩に起こった事件について考えていた。
海から大量の死体が這い上がって来た事件。
今回の事件に関して、グリーは死体が波によって打ち上げられたとは考えていなかった。
このクルセリアという世界では、死体が動き出す事は起こり得る事だったからだ。
そう頻繁に起こることではなかったが、殺された者や事故で亡くなった者などは歩く死体となる事がある。
歩く死体は通称、グールと呼ばれていた。
定義は魔物。
海の死体だろうが陸の死体だろうが、動き出せば皆グールと呼ばれた。
海と陸の違いは、海のグールは寄り集まり、別物と言ってもいい魔物になる。
単体のグールはそれ程攻撃性は無いのだが、寄り集まったグール達は無差別な破壊を周囲にばら撒く。
グリーに専門的な事は分からなかったが、負の感情を持ったままの魂が集まり、攻撃性を帯びると研究者が言っていた事を覚えていた。
群れて集合体となったグールはレビアタと呼ばれる。
嵐を呼ぶ海神が名前の元となっている。
海の死体が群れとなるのは、潮の流れが関係して死体が行き着く場所が海底にあるとか、陸と違って事故で亡くなった者達が弔われるまでに放置される時間が長いとか、諸説ある。
正に今回の事故がそうだろう。
前日に起こった事故の船員がグールになるには予想よりも早かったが、それも今港に積まれているレビアタが原因だろうと思われた。
一度肉体を失った魂は他の影響を受けやすい。
それもまた、クルセリアの常識であった。
分からないのはレビアタが発見された時、既に退治されていた事だ。
グールやレビアタは通常の魔物と違って生命が失われた魔物だ。
本来は聖職者が何人か集まって、聖魔法によって魂を浄化、退治する。
物理的に解決するには、体を構成している死体を引き離し、尚且つ魂が定着できない程細かく引き裂かなければならない。
物理的に解決する場合、腐臭と腐肉に塗れなければならず、余り進んでやりたいと思う者はいない。
今回のレビアタは折り重なった死体、もとい遺体が放置されていたことから、聖魔法によって退治されたと思われている。
しかし、事故が起こったのは昨日の事だ。
テレルには小さな教会が一つあるだけで、浄化の聖魔法の使い手はいない。
年寄りの司祭と二人のシスターがいるだけだ。
とてもではないが何十人分の死体と魂から産まれたレビアタを退治できるとは思わない。
教会に確認した者からの話では、昨晩は普通に寝ていたと言う証言も得ている。
では誰がレビアタを倒したのかと言う事になるのだが、これが誰だか分からないと言うのだ。
本来、街を襲ったであろうレビアタを倒したのであれば、その功績を吹聴してもおかしくはないと言うのに。
遺体を放置した事は褒められるべき事ではないが、それは些細な事だろう。
街が寝静まった深夜の出来事だ。
誰もレビアタの存在に気付かなかった場合、被害者は昼のそれと大きく異なっただろう。
レビアタを形作っている魂達は、生者を求めて暴れる。
住民と建造物の被害を考えれば、復興にどれ程の月日が掛かるか。
英雄として祭り上げられてもおかしくない事をしでかしておいて、誰も名乗りを上げない事が、今回の事件を更に不可解な物としていた。
功名心に逸り、嘘の名乗りがないのは、聖魔法を使えなければ今回の事件を解決出来ない事と関係していた。
聖魔法は基本的に、聖職者のみが扱う魔法だ。
嘘の名乗りをした所で、証拠を見せろと言われれば直ぐにバレてしまう。
そんな訳で、事件を解決した本人が名乗り出て来なければ誰がやった事なのか分からないのだ。
グリーが歩きながら今回の事件の事を考えていると、港に着いていた。
今朝方宿屋の店主から今回の事件を聞かされた後、レビアタの確認に来た場所を見る。
積み重なっていた遺体は共同墓地へと運ばれた後のようで、地面には濡れた後の様なシミだけが残っていた。
共同墓地へと運ばれた遺体はこの町の司祭によって清めの言葉と共に冥福を祈られ、埋められるだろう。
グリーは未だに腐臭が漂っている気がして鼻にしわを寄せるが、辺りには潮の香りが強い。
この場も司祭が清めの儀式を簡易的にした後なのだろう。
グリーは視線を港の外、海へ向けながら考える。
「誰がやったか…か」
頭に思い浮かぶのは、学生服と言われた服装に身を包み、常に眠そうな目をした三白眼の青年。
元の顔だった。
グリーは召喚された三人の者達の案内としてガウニア立憲公国から遣わされた。
役目としては案内と警護、監視。
そして観察。
どの様な人物か、国にとって有益な人材か。
短い時間ではあるが、性格、能力を国に帰るまでに見極めなければならない。
上からの信頼に応えなければならない、などといった殊勝な心掛けはグリーには無かったが、役目は役目だ。
この短い旅の間、三人の動向は見張っていた。
昨晩の事、深夜にグリーは目を覚ました。
宿屋の中で人の動く気配を察知したからだ。
三人の警護も任されている手前、人の気配を察知したからには確認しなければならない。
良からぬ輩が三人の誰かを、特に女性であるアライワユリに手を出そうとしているのかもしれない。
そんな考えでグリーは自分の割り当てられた部屋から抜け出し、廊下へと出た。
三人の住んでいたニホンという国は余程治安がいいのか、列車でも宿屋でも三人は驚く程無防備だった。
運良くここまでの道中何も起こってはいなかったが、気を抜きすぎである。
グリーはそんな事を思いながら三人の部屋を目指し廊下を進んでいった。
荒岩の部屋の前まで来ると小さくノックをし、部屋の中を覗き込む。
婦女子の部屋を覗くのは憚られたが、ここで躊躇して何か問題があっても事だ。
室内に異常がない事を確認し、そっと扉を閉める。
次に隣の部屋の前まで来ると、同じ様に小さくノックをして扉を開けた。
同じ様に何も異常がない事を祈って覗き込んだ部屋の中では柏木が眠っていた。
反対のベッドを見ると、元の姿が無い。
グリーは人の気配の正体が元だという事に安堵すると共に、疑問を抱く。
一体元はどこに行ったのだろうか、と。
元がトイレのために起きてきたのであれば、廊下に出て来るはずだ。
一部屋ごとにトイレがついている宿では無い。
共同のトイレが廊下の突き当たりにある宿だ。
廊下の突き当たりはグリーの部屋の奥だ。
トイレであれば、グリーと廊下で鉢合わせなければおかしい。
グリーは何かの事件にでも巻き込まれたのかと部屋の中に入る。
柏木を起こさない様ゆっくりと元のベッドへと近づき、観察する。
特に暴れた跡も無く、血なども確認できない。
靴も見当たらない事から、攫われた訳では無さそうだ。
ならば自分で移動したという事になるが、廊下には姿を現していない。
ふと窓へと近寄り、鍵を確認する。
三人には寝る時、窓の鍵を閉める様に言い聞かせていた。
物盗りが出る可能性があるからだ。
しかし、窓の鍵は開いていた。
おそらく元は窓から外へと出たのだろう。
そこまで分かっても、では何故元が外に出て行ったのかがグリーには分からなかった。
夜の散歩でもしたくなったのだろうか。
思えば召喚されてからずっと軟禁状態だったのだ。
外に出たと思えば、ここまでの旅程もこちらが決めた通り。
まだ若い元が少し羽目を外して、自由に行動したくなったとしても不思議ではない。
このまま逃亡するのならば、手荷物は置いていかないだろう。
そこまで考えて窓の鍵は開けたままで、グリーは自室に戻った。
外出中に襲われる心配はあるが、グリーが見た所、元は要領が良い。
そこまで心配する事はないだろうと判断した。
何より、グリー自身眠かった。
自室に戻ったグリーは元の帰宅を待つ事なく、ベッドの中へと戻って眠ったのだ。
そして翌朝、起きたら事件が起こっていた。
「まさかな… 」
しかしグリーにはどうにも元がやったとは思えなかった。
確かに疑わしくはあるのだが、元は召喚されたのだ。
グリーから見たら異世界から来た者だ。
聞けば地球という元達が暮らしていた世界では、魔法がないという。
魔法がない世界の住人が、聖魔法でなければ倒す事が出来ないレビアタをどうこうできるとは思わなかった。
状況証拠的には黒に近いが、元の身元が白と言っている。
グリーは尚も考えてみるが、やはり結論は変わらなかった。
「考えすぎ、か。国に渡ったら魔法の素養検査もある事だ。その時にでも分かるかもしれないしな。めんどくさい事は上に投げてやれ」
グリーは独り言を呟きながら、船の出航時間の確認の為に船着場を目指して歩き出した。




