第二十五話 朝食
翌朝
と言っても元が寝たのは明け方だったが。
日が昇ってから随分と経った頃、元は柏木に起こされていた。
「おい、荒木。いい加減起きろよ。そろそろ準備しないと船に遅れるってよ」
「ん…。あぁ…? 。……おはよう」
元は眠い目をこすりながら柏木に朝の挨拶を言う。
それを受けて柏木も挨拶を返してきた。
「おう、おはよ。グリーのおっさんがいい加減起きろってさ。朝飯食って準備しねーと船が出ちまうかもって言ってたぞ」
「もうそんな時間か…。ふぁ…」
元は欠伸をすると、硬くなっている体を解す為、ベッドの上で大きく伸びをする。
窓から差し込んでくる朝日が元の顔を照らし、眩しさに目を細める。
「随分眠そうだな?最近普通にしてたのに、学校の頃に戻ったみたいだぞ?」
柏木の言葉を受けて元は内心焦りながら、表面上には出さない様にする。
「あぁ、いや。ちょっとな。思ったよりも馬車に疲れたみたいだ。慣れない乗り物だったしな」
「あぁ、車とは違ったもんな。えらい揺れたし。舗装された道じゃないからしょーがねーけど」
柏木が元の誤魔化しの言葉に納得してくれた様で、安心して嘆息する。
ベッドから起き上がり、靴を履き、柏木に向き直る。
「柏木は朝飯食べたのか?俺は今から下で食べてくるけど」
まだなら一緒に行こう、と柏木に元が聞く。
この宿屋は二階、三階が客室で、一階は受付兼食堂になっている。
グリーの説明では、宿泊費に朝食の代金も含まれているそうなので、食堂で宿の人に一言言えば食事が出てくる仕組みらしい。
元達召喚された三人は、列車の旅でメニューが読めなかった苦い経験があったので、食事を選ぶ手間がない事に安堵していた。
列車の旅で覚えた事と言えば、ケ・プキュエと言う言葉。
合わせてスゥとレィ。
メニューの読めない三人は、メニュー表を指差して頼むか、他のテーブルにある料理と同じ物を頼んでいた。
元はメニューに書かれた料理を指差して頼んでいたのだが、頼む物頼む物、何故か全てがデザートであった。
日本のメニュー表は肉料理や魚料理、サラダ、デザート、ドリンクとページ毎に分かれている事が多かった。
しかし食堂車にあったメニューは食材毎に分かれていた様で、元は悉くデザートを引き当てていた。
肉料理を頼んだと思ったらフルーツよりも甘かった、などと言った事があった。
こんな事があった為か、元は落ち着いたら言葉の勉強を、料理に関する言葉を真面目に覚えようと心に決めていた。
「いや、俺もまだ食べてないぞ。下に降りたらおっさんに「元を起こして来い」って言われたからな」
「そうか、悪いな」
「いやいや、別にいーよ。さ、行こうぜ、腹減ったわ」
柏木が階下に向かって行くので、元も後に続く。
一階の食堂からは人々が話す声が聞こえてくる。
朝と言っても日が昇ってからそれなりの時間が経っている。
港町であるテレルの朝は早い。
本来ならこの時間に食堂が賑わっている事は無い。
元はその事を知ってる訳では無いが、港町が朝早くから忙しい事はグリーから聞いていた。
食堂が朝食を出す時間が列車とは違い、あまり遅いと朝食を食べられないと言われていたのだ。
その為、朝食の時間がもうすぐ終わる時間に賑わっている事に違和感を感じた。
元が首を傾げていると、階段を先に降りていた柏木が振り返って元に言う。
「そういやさ、夜に事件があったみたいだぜ? 」
「事件? 」
「あぁ、なんでも港に大量の死体が打ち上げられていたらしい。打ち上げられてっつか、海から登って来たって言うか、そんな感じらしい。海から這い上がって来た様な跡があるんだってよ」
「そんな事があったのか。なら船はちゃんと出航するのか? 」
「どーだろな。さっきも言ったが、グリーのおっさんも「船が出る〝かも″」って言ってたしな」
なんなんだろーなーと言って柏木は階段を降りて行く。
元は話の内容に内心冷や汗をかきながら、素知らぬ顔で後に続く。
さすがにこの場で「俺がやりました」とは言えない。
元は黙って柏木が向かった机へと続く。
その机にはグリーと荒岩が座っており、既に朝食を食べ終えた様子だった。
食後の飲み物を飲んでいる。
「荒木くん、おはよう」
『遅いぞ、ゲン』
元が机に近づくと荒岩とグリーが声を掛けてくる。
元は二人に話しかけながら席に着く。
「おはよう荒岩さん。ちょっと馬車に疲れたみたいで、寝坊したみたいだ」
元は柏木に言った言い訳をそのまま二人に言う。
荒岩はうんうんと納得する様に首を上下に振っているが、グリーは元をジッと黙って見つめてくる。
元はグリーの視線に堪らず、疑問をそのままま口に出す。
「なんだ?何か言いたそうだけど」
『…いや、なんでも無い。それよりもさっさと朝食を済ませてしまえ。ユウもだ。今港は緊急事態があって閉鎖されているが、船は時間が遅くなっても出航する様だ。いつでも出られる様にしておけ』
「…わかった」
元はグリーの視線から目を逸らし、宿の店員に朝食を二人分頼む。
露骨な態度かとも思ったのだが、元がやったという証拠はない。
誰かに見られていたりしたら、この場で追求してくるだろう。
元達が身につけている学生服やセーラー服はこの世界の服ではない。
誰かに見られていたのであれば、その目立つ服装から直ぐにバレていただろう。
追求がないのであれば、疑ってはいても決定的な証拠はないはずだ。
元はそう思い、気にする事なく運ばれて来た朝食を口にする。
パンにスープにサラダ。
質素ではあるが、この世界での食事は元達がいた地球とさして変わらない。
異世界の食事が口に合わないという事が無いのは、元にとってはありがたい事だった。
なぜ似た様な食事が出るのかについては、特に考えてはいない。
考えたところで分かる訳もないし、意味も無いと思っている。
うまい飯が食えればそれでいいと言うのが、元の本音だった。
それほど量のある朝食ではなかったこともあって、早々に二人は朝食を食べ終えた。
食後の紅茶のような琥珀色をした飲み物を飲んでいると、グリーが徐に立ち上がる。
『少し港の様子を見てくる。いつでも宿から出られる様に準備しておけ』
そう言って宿の出入り口から外に出て行った。
元達三人は顔を見合わせ、お茶を飲み干してから自分たちの部屋へと戻った。
グリーに言われた様に、いつでも出発できる準備をする為に。




