↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
チートスキルは無効です  作者: アルマカン
第一章 異世界クルセリア
23/47

第二十三話 心天流

 

 空を覆っていた雲が薄れ、雲間から月が覗《のぞ》いていた。

 穏やかな波が月の光を反射し、キラキラと光る海原。

 海面には紫色の薄霧《うすぎり》が漂《ただよ》っていた。

 テレルの港から聞こえて来ていた喧騒は鳴りを潜め、静かな夜が広がっていた。


 時刻は深夜。

 古来日本の時間で言うと、草木も眠る丑《うし》三《み》つ時《どき》。

 丑寅《うしとら》の時刻《じこく》とも言われる、怪異《かいい》の時間。


 海難事故の後処理をしていた人々は、朝早くからの仕事もあるため、既に港からは姿を消していた。

 作業時には煌々(こうこう)と灯《とも》っていた光源は消え去り、停留された船は黒い影となって波に揺れている。


 ぱしゃり。


 波が岸壁《がんぺき》や桟橋《さんばし》を叩く音が辺りに響く。


 ぱしゃり、ぱしゃり。


 一定のリズムで寄せては返す波。


 ペシャン。


 波の音に紛れ、岸壁に波以外のものが叩きつけられるような音が鳴る。


 ペシャン。

 ペタリ。


 岸壁の縁《ふち》、青白い人間の手が掛けられていた。

 海難事故にあった船員が、自力で戻って来たのだろうか。

 運が悪い事に、今は港に人影は無い。

 事故から随分《ずいぶん》と時間が経っている事を考えると、海面から自力で岸壁を登る体力は無いのではないか。


 ズルリ。


 しかしその人物は何の苦労もなく海面から這《は》い上がる。

 所々破けた服からは血が滲《にじ》んだ跡が伺《うかが》える。

 脇腹は切り裂かれたようで腸をはみ出させ、太もも辺りまで垂れ下げていた。

 脛《すね》は骨が露出しており、眼窩《がんか》に収まった目には光が無い。

 フラフラと足取りが覚束《おぼつか》ないその人物は、どう見ても生きてはいなかった。


 ペシャリ。

 ペシャリ。

 ズルズル、ペタン。


 這い上がって来たのは一体では無く、二体、三体と増えていく。

 時折、灯台の灯りに照らされるそれらの存在を、まだ町の住民達は知らないでいる。




 ================================




 宿屋のベッドの上、元は不意に目を覚まし、上半身を起こす。

 港の方角を暫《しばら》く見つめた後、溜息を吐き出した。


「予感的中、か」


 ぽそりと小さく呟かれた言葉は、誰に届く事もなく消えていく。

 元はガリガリと右手で頭を掻いてから、ベッドから降り立つ。

 靴を履き、学生服に袖《そで》を通すと、少し悩んで窓を開けた。


 元と柏木が与えられた部屋は二階。

 深夜の時間帯に、宿屋の正面玄関から出掛けることは躊躇《ためら》われた。

 二階程度の高さならば特に問題なく飛び降りられるし、梁《はり》を伝って登る事も出来る。

 窓に足を掛け、飛び降りようとし、ふと思う。


(俺が行く必要…あるのか?)


 今起こっている現象は、元にとって馴染《なじ》み深いと言っていい現象だ。

 しかし、この世界での現象と日本にいた時との差異は分からない。

 全く別の現象であったり、専門に対処する者が居るかもしれない。

 そこまで考え、頭を振る。


(気付いたんだから行けばいいさ。誰かが対処してるようなら、帰って来ればいい)


 元はそう考えをまとめると、窓から外の通りへと飛び降りる。

 膝を曲げ着地の衝撃を逃し、そのまま走り出す。

 港までは直線、迷う事もない。


 暗闇が覆う視界の中、灯台の光が港を照らした。

 ゆらゆらと揺れる人影が見える。

 酔っ払いならばいいのだが、確認できた人影は服装がボロボロだった。

 酔っ払いの喧嘩《けんか》の結果、と言う訳では無さそうだ。


「魔障ってのは分からないが、歩く死体か。こんなに早く淀《よど》むのか、この世界は」


 腸を引きずり歩く死体達は、近づいて来た元に気付いたようで、フラフラとしながらも元に体を向ける。

 半開きになった口からは「あぁ… 」「うぅ…あ… 」等と、言葉にならない声を発している。


「出来立て、って表現は申し訳ないが、時間の経ってない事はありがたい。さっさと…」

『カ……タ…』

「ん? 」


 元が行動を起こそうとした時、歩く死体から〝声″が聞こえた。

 それはこの世界の言葉でも、日本語でもない。

 心の声とでも言う、感情の形。


『カエリ…タイ』


 確かに、元の目の前に近づいてくる〝彼″から〝声″が聞こえる。

 帰りたい、と。


「…日本と違うな、やっぱり。穢《けが》れ落《お》ちしてる割に魂の形はまともだ。時間が経過していないから、か?攻撃してくる気配もないし」


 複数の死体が歩いて来る光景を見ながら、元は冷静に観察している。

 このような異常事態に慣れているが如《ごと》く。


「何にせよ、お前達は死んだんだ。この世界の神様も、あの世のことも知らないが、あるべき姿に還《かえ》してやるよ」


 そう言って元は一歩、後ろに下がる。

 右脚を前に出しての半身に構え、右手の人差し指と中指を揃えて立てる。

 スッと二本の指を死者達へと向ける。


「祓《はら》い給《たま》へ、浄《きよ》め給《たま》へ…」


 二本の指の先が淡く光る。

 蒼《あお》白い光は静謐《せいひつ》さを感じさせた。


「浄め祓いは苦手なんだ、痛くても勘弁してくれよな」


 元はそう言い、目を細める。


「接続、直霊《なおひ》。状態《モード》:和御魂《にきみたま》」


 そう元が唱《とな》えると、指先の光が強くなる。

 死者達は光から身を遠ざけようと、後ずさる。

 物を映《うつ》す事が無くなった目を光から守る為なのか、生前の記憶にある様に、眩《まぶ》しい光を見た時の条件反射なのか。

 両の手を掲げ光を遮《さえぎ》ろうとする。


 トンッ。


 元が光を嫌がる死者の額に、二本の指を触れる。

 指の離れた額には、指先と同じ蒼白い光が揺蕩《たゆた》っていた。

 手前の死者を通り過ぎた元は、そのまま他の死者達の額を突いていく。

 額を突かれた死者達は動きを止め、身動《みじろ》ぎ一つしない。


「この世界に転生があるのなら、次の生まで眠れ。転生なんて、俺は信じてないけどな」


 哀《あわ》れみの込もった視線を死者達に向け、二本指を縦一文字に切る。


「黄泉《よみ》の旅路に迷う事なかれ。〝浄光葬送《じょうこうそうそう》″」


 元が祝言《しゅうげん》を呟《つぶや》くと、死者達の額にある光が弾《はじ》け、霧散《むさん》していく。

 ドサリ、ドサリとその場に崩れ落ちた死者達は、二度と起き上がっては来なかった。

 元は死者達を送る事が出来た事を確認し、嘆息《たんそく》した。



 元の扱う術は武術ではない。

 肉体的接触、或《ある》いは空間を使っての穢《けが》れ祓《ばら》いを行なう秘術だ。

 心天流《しんてんりゅう》と名付けられたこの秘術は、基《もと》を辿《たど》れば神降ろしに行き着く。

 時代を経て後、今代に至るまでに様々な術を合わせた浄化の法。

 一霊四魂《いちれいしこん》を理念に、現代格闘術の体捌《たいさば》き迄《まで》をも取り入れたのが、今現在、元が扱う心天流であった。


 現代格闘術を取り入れたのは元の祖父だった。

 人型の穢れに対して有効である、と言っていたのだが、元としては疑っていた。

 母から、元の生まれた時の祖父の様子を聞いていた為だ。


 何にせよ、一段落付いた。

 幸い、騒ぎにもなっておらず、人に見咎《みとが》められても居なかった。

 折り重なった死者達を見下ろし、さてどうするかと元は辺りを見回し、海面に漂う薄紫の霧を見付ける。


「…穢れ溜《だ》まり、か?あんなにはっきり見えるのは初めてだが…。これも魔法って奴の影響なのか? 」


 穢れ溜まりとはその名の通り、穢れた気の溜まった状態を指す。

 穢れた気、陰《いん》の気は死者に仮初めの命を、正常を異常へと変化させる。

 健康な人の体調が急に悪くなったり、病状の悪化等が起こる。

 そのままにしておけば周囲に悪影響を及ぼす。

 元は穢れ溜まりを浄化しようと、海へと近づいて行く。



 オオオオオォォォォォオォォォォォ………。



 元が海へと近づくと、唸《うな》る様な声が聞こえて来た。

 壁一枚を隔《へだ》てた様な、不明瞭な声。

 低く、籠《こも》って聞こえる声の出所は、海。

 元は嫌な予感をひしひしと感じながら、穢れ溜まりへと視線を向ける。


 ゴポリ…。


 海面に大きな気泡が浮き上がって来た。

 気泡が弾け、辺りに腐臭が漂う。


 ゴポリ…ゴポリ…。


 浮き上がる気泡が増えていき、あまりの腐臭に元は顔を顰《しか》めた。


「こっちの世界にも似た様なのはいるのか…。この腐臭、勘弁してくれ… 」


 断続的な気泡は止まず、黒い影が見え始める。

 ザバリッと音を立てて海面を割って巨体が姿を現わす。

 港に立っている元が見上げるほどの大きさのそれは、灰色の塊。

 身体全体から声を発している様に聞こえる。


 オオオォォォォォオォォォォォォォ……。


 発している様に、では無く、実際に身体全体が啼《な》いていた。

 ぶくぶくに膨れ上がり、皮膚の色は灰色。

 所々裂けて飛び出している、黄色く濁《にご》った脂肪。

 ぶらりと下がった内臓に、ポッカリと暗闇が鎮座《ちんざ》する眼窩。

 腹と言わず顔と言わず、開いている穴からピチピチと動き跳ねる魚が見える。

 そんな水死体が何十と集まり、重なり、固まっている。

 聞こえてくる啼き声は怨嗟《えんさ》の叫び。

 生ある者への嫉妬《しっと》の発露《はつろ》。


「海坊主…」


 元は灰色の肉塊を睨《にら》み、そう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。