第二十二話 港町テレル
深夜というには夜も更けきっていない時間、元達は港町テレルの目抜き通りを馬車で進んでいた。
つい先程外門を抜けてきたばかりの馬車は、今夜の宿へと向かっている。
現代日本と違って街灯の光は弱々しく、通りにポツポツと存在する酒場の明かりが道を照らす。
港町と言うくらいなので、住民の半数は漁に関係する仕事に就いている。
その為テレルの夜は本来、静かなものだ。
朝早くから船を出し漁に赴く関係上、就寝時間が早いのだ。
中には夜遅くまで酒場で騒ぐ者もいるのだが。
そんな町の中、何やら港の方角が騒がしい。
外門から続く目抜き通りは、真っ直ぐ港まで続いている。
物資の運搬の関係上、港までの道が一番広く作られており、それにより発展している。
テレルに訪れた人々を迎える宿などもこの通りに面している為、港の喧騒が聞こえてくるのだ。
港には街灯とは別の光源があるのか、港から離れている場所を走っている馬車からも明るさが確認できた。
「何やら騒がしいな。いつもならこの時間、港は静かなものなのだが」
グリーが疎通の魔道具を通さずに呟く。
元達はグリーがなんと言ったのか分からず、グリーに三対の目を向ける。
『普段のテレルよりも騒がしいと言ったんだ。何かあったのかもしれん』
初めて訪れた元達には普段の町との違いは分からなかったが、どうやら何か問題が起きているかもしれないと言う事だった。
元達の住んでいた街は都会とは言い難かったが、田舎と言う程過疎化が進んでいる訳でも無かった。
駅前の雑居ビルにはそこそこチェーン店が入っていたし、夜になれば街灯の光や看板のネオンが落ちることは無い。
異世界に来て夜の静かさに違和感を覚えた程だ。
だからだろうか。
いつもより騒がしいと言われても、三人にとっては違和感があった。
『宿に着いたら聞けばいいだろう。お前達は気にするな』
グリーにそう言われた三人は、顔を見合わせた後に頷いた。
自分達に何か出来る訳でもなく、何が起こっているのかも分からないのだ。
ここはグリーに任せておこうと思っての頷きだった。
程なくして目的地の宿屋の前に馬車が横付けされる。
元達は自分の荷物を持ち、そのまま降車する。
グリーは馬車から降りた後、御者と二、三言葉を交わしていた。
短い応答の後にグリーが三人に近づき、そのまま宿へ入るよう手振りで指図してくる。
三人は促されるまま宿へと足を向ける。
馬車は四人を残し、来た道を戻って行った。
この町の借馬車舎へ馬車と馬を預けに行ったのだろう。
こんな時間に御者はどこで泊まるのかと元はふと思ったが、御者は借馬車舎の雇われである。
寄宿舎か何かがあるのだろうと、御者に関してそれ以上考える事は無かった。
================================
「あー、疲れた。座ってるだけでも疲れるわ馬車」
元と同室の柏木が、ベッドに寝転がりながら吐き出すように言う。
荷物はベッドの脇に投げ出し、靴も脱がずに転がっている。
元は対面に据え置かれたベッドに腰を下ろし、着替えを取り出していた。
「お湯は用意してくれるみたいだから、体くらい拭こうぜ。馬車旅がこんなに疲れるとは思わなかったが、そのまま寝るなよ」
「わーってるよ。あぁ、風呂に入りてえ」
元の言葉を受け、柏木が体を起こす。
自分の荷袋から着替えとタオルを引っ張り出していく。
着替えとタオルはこの世界で各々に配られたものだ。
召喚された当時、元達は授業中であり、手荷物といったものは持っていなかった。
制服はそのまま身に付けていたが、下着やシャツといったものは変えが必要だった為、一人につき三枚づつ配られたのだ。
数は少なく、特に女子からは不満も出たが、とりあえずの処置として納得していた。
各国へと着いた後に必要な物は揃える手筈になっている。
現代日本と違いナイロン製品は存在せず、綿製の質の劣る物だったが、無い物はどうしようもなかった。
風呂もこの世界では各家庭に普及していない。
宿屋も同様で、高級宿では一部保有しているようだが、この宿には無かった。
時間も遅いとあって、湯を用意してくれるだけ有り難かった。
「風呂は…入りたいよな。これから行く国には風呂があると良いな」
「銭湯でもあれば嬉しいけどな。一家に一台とか贅沢言わねーよ。どこ住むのか知らんけど」
元と柏木は日本人らしく、風呂への愛着は強い。
シャワーで済ませてしまう日もあったが、基本毎日風呂に入っていたのだ。
なかなか日常での生活基準は忘れられるものでは無かった。
しばらく住むことになるであろう国には、風呂があることを切に願っていた。
二人が風呂について思いを馳せていると、コンコンっと部屋の扉が叩かれた。
声を掛け扉を開けると宿屋の中居がお湯を持って来たようだ。
元は礼を言って湯を受け取った。
桶に張られた湯は湯気を立てており、二人は互いにタオルを湿らせ体を拭いた。
「そう言えば港の騒ぎ、海難事故だってな。台風とか無くても起こるもんなんだな」
柏木が体を拭きながら港の騒ぎについて話し出す。
グリーが宿屋の主人に聞いたところ、港に入る手前での事故らしい。
この町の港は、両端の地形が張り出した岬となっており、三日月型をしていた。
港内は波も穏やかで、港としては最適な地形をしていた。
岬を境に潮流が複雑に変化する時期があり、折悪くその季節が今だ。
北側の岬近くには船からでは見えにくい岩礁が点在している場所があり、しばしばこの時期には潮流に流されて船が沈没する事故が起こっていた。
今回は運悪く貨物船が潮流に流され岩礁に座礁し、沈没することになった。
海流が早く船員は荷物もろとも海底へと旅立ったとの事だ。
陽が落ちる前までは救助活動や荷物の引き上げ、海面に漂う船の残骸などの回収作業をしており、元達が町にたどり着いた時には荷物の仕分けや残骸の片付けをしていたようだ。
引き上げられた船員の遺体は少なく、まだ多くの人々が海底で眠っている。
「明日の便は大丈夫なのか、少し不安になるな」
「国と国との定期便だから、操縦技術が高いって言ってたぞ。まぁ大丈夫だろ」
元は不安を口にするが、柏木は軽い口調で返してくる。
「後、魔障がどうとかも言ってたな。よくわかんねーけど」
「魔障って言うくらいだから魔法に関係しているんだろうが…。グリーのおっさんも気にするなって言ってたし、俺たちには関係ないんだろう、多分」
元達はまだこの世界について知らない事が多い。
異世界であるクルセリアに召喚されてからまだ二週間程。
言葉や常識を覚えるのも大変なのだ。
魔法に関係する事柄はまだ教わっていない。
事故と魔法がどう関わってくるのか、分からないでいた。
(魔障か…。事故を起こした現象なのか、起こった後に関係してくるのか。嫌な予感がするけど、気のせいであってくれよ)
元は自分達が町を訪れたタイミングでの事故に、何か嫌な予感を感じていた。
唯の偶然であって欲しいとは思うのだが、どうしても気になってしまっていた。
考えすぎだなと、頭を振って不安な気持ちを振り払う。
「おし。もうお湯はいいよな?残り湯返してくるわ」
「ああ、頼む」
柏木が湯の入った桶を持ち、宿屋の階下にある受付へと階段を降りて行った。
戻って来た柏木と暫く話た後、二人は各々のベッドに入った。
ランタンの灯りが消えた室内で、不安を頭の隅に追いやりながら、元は目を閉じたのだった。




