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09 氏子(ファン)

「あれ、ドアノブ壊れてるにゃ」

「こっち来るな!」


「イヤにゃ、ササミ食わすにゃ」


 俺の切羽詰まった声を理解することなく、すずは油断しきった顔でこちらに向かってくる。


 莉子は両手の指を頬に当てて、アイドル笑顔ですずを迎えた。


「ヤッホー!はじめましてえ!」

「誰にゃ?」


「お兄ちゃんの妹、莉子でーす!巫女アイドルやってまーす!」

「ミコ・アイドル?」


「……あれ?」


 莉子の顔から笑顔が消えた。鼻がヒクヒク動いてる。


「獣の臭いがする……」


 次の瞬間、莉子は床を蹴ってすずに急接近した。手にしたお祓い棒をすずに振り下ろす。


「チェストーーーっ!」

「にゃあっ!?」


 ポンッと間抜けな音がしてすずの周囲に煙が広がる。莉子のお祓い棒が煙を両断したとき、すでにすずの身体は三毛猫になって煙の外を飛んでいた。猫特有の柔軟な身体を使った、にょいーんとした跳躍だ。


「尻尾が二本、あんた猫又っ!?」


 莉子が斬り返すと、すず猫は壁を蹴って回避し、ドアへダッシュする。


「な、なんで攻撃するにゃ!?」

「妖怪退散!」


 すず猫はドアを抜けて通路に出た。手すりを足場に隣の屋根へ飛び乗る。


「ぶっ殺すぞゴルゥアーーーっ!!」

「待て莉子」

「邪魔ぁ!!」


 莉子が振り向きざまに、お祓い棒で横殴りしてきて、それを見事に浴びた俺はバタンと倒れた。


「名前あり妖怪ゲットだぜーーーーっ!」


 莉子がすず猫と同じ経路で隣の屋根に着地したとき、すず猫は別の屋根に移動を終えて次の屋根に向かっていた。莉子もあとを追う。

 そんな追跡劇をつづけながら、ふたりは俺の視界から消えていった。


 俺は棒で叩かれた頬を擦りつつ立ち上がる。


「まったく、実の兄をなんだと思ってんだ」


 やっと生徒会の3人と仲良くなれたと思ったのに、莉子が掻き回しにきた。しかもあいつの背後にはママがいる。

 

 これからも3人と仲良くやっていきたい。こはるとの仲も深めたい。そのためにどうすればいいのか。


 まず急務なのは、莉子に帰ってもらうことだ。でないと町の妖怪みんなが危険にさらされる。こはるだって例外じゃない。


 でも莉子は俺の言うことなんか聞かないだろうし、そもそもママの命令で来てるから、自分の意志で帰らせるのは不可能に近い。


 うう……どうすればいいのか。俺は床を見ながら腕を組んで考える。


「ナオくん、どうしたの?」


 視線を上げると、こはるが立っていた。


「ドアノブ壊れてる。大家さんに言った方が良いわよ」

「駄目だこはる、ここに居ちゃいけない」


 俺が言ったとき、こはるはすでに居間にいて、部屋を見回していた。


「床に赤い紙きれがたくさん落ちてるけれど」

「こはる、いますぐここから移動しろ」


「なんで?そういえばすずがいない。私より先に来たはずだけど」

「ヤバい奴が来る。妖怪ハンターだ」


「妖怪ハンターって、ナオくん以外の?」

「そうだ、だから早く……」


「ちっきしょーーーっ!あのクソ又、逃げ足だけは一丁前だぜ!」


 莉子が悪態を吐きながら戻って来た。間に合わなかった。こうなったらベランダからでもこはるを脱出させようとしたが、莉子は早々にこはるを見つける。


「ま、また女の子のお客さん!?」


 莉子はたじろぎながらも、アイドルスマイルをこはるに披露する。


「ヤッホー、お兄ちゃんの妹、莉子だよ!」


 言い終えるか否かの段階で、莉子はこはるの正体に気づいた。


「ってかこの人も妖怪じゃん!?」


 やはり気づいたか……。


「お兄ちゃんって妖怪フェチ!?」

「へ、変な勘違いすんなっ!」


「垢《あか》ナメに全身リップしてもらって悶絶したいタイプ?」

「そ、そんな特殊な妄想、俺の中にないぞ!」


「まあいいや、さっきのは逃したけど、今度のは確実に仕留めてやる」


 莉子は腰を落として臨戦態勢に入った。俺はこはるの前に立つ。


「やめろ莉子!」


 すると、なぜかこはるが俺を押しのけて前に出た。


「下がってろこはる!」


 でもこはるは、俺の焦りなんてまるで意に介してない様子で、莉子をまじまじと見つめていた。


「もしかして、巫女莉子ちゃん?」

「……!?」


 アイドル名を言われた莉子は、どう反応していいか分からず、しばし戸惑ったあと、とりあえず両手の指を頬に当てて、口だけニッコリした。


「そ、そうだよ~……巫女莉子だよ~、てへぇ!」


「私、巫女莉子ちゃんの大ファンなの!」

「氏子《ファン》なんだ。あ、ありがとう……」


「ツイキャスでもお賽銭(投げ銭)投げてる」

「ハンドルネームは?」


「小春日和《こはるびより》」

「ぬぁあああああああんだとぉーーーーーーーーーーっ!!」


 突如として莉子の表情が、白目の劇画タッチになった。


「毎月、支援者ランキングの上位層、いわゆる氏子総代《うじこそうだい》に名を連ねる小春日和《こはるびより》さんだってええええええーーーーっ!!!」


「巫女莉子ちゃんって、ナオくんの妹さんの莉子ちゃんだったんだ!昔に会ったときは小っちゃかったから全然気づかなかったよ」


「ど、どうしよう、ママの指示に従ったら、私は太客を失うことになる。マズい、非常にマズい……」


「ツーショ撮っていいかな?」


 そのお願いで、莉子が完全なアイドル笑みになる。


「もちろんだよっ!」


 ふたりでスマホをパシャパシャやりはじめた。


「巫女莉子ちゃんって妖怪ハンターなの?」

「そうだけど、大切な氏子《ファン》に牙を向けたりはしない、心配しないで」


 妖怪ハンターが投げ銭の力に負けた瞬間だった。



          ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ 



 俺とこはる、そして莉子がテーブルを囲んで、からすみパスタに舌鼓を打っている。さっきまでこはるを殺す気満々だった莉子は、いまではファンに向けたサービス満点の笑顔でこはると会話を弾ませている。


「小春日和《こはるびより》さんって参拝《ライブ》にも来てくれてるんだよね」

「今年に入って10回は行ってるよ。ご利益もらってます。御朱印《サイン》も3冊目になった」


「きゃっはっは!集めすぎだよそれ、お遍路さんみたい!」

「巫女莉子ちゃんの限定お守り(グッズ)もたくさん持ってる」


「次に参拝《ライブ》するときは本殿《ステージ》近くのチケットあげる」

「ありがとう!絵馬《応援メッセージ》持っていくね」


 10代女子の会話なのに、内容が後期高齢者だ。


「それにしてもすごい偶然だよね」


 莉子が俺を見て言った。


「何がだ?」

「お兄ちゃんと小春日和さんだよ。転校した高校の、しかもとなりの席に幼馴染がいるなんて天文学的な確率だよ」


「それ私もびっくりした」

「小さい頃、お兄ちゃんが言ってたことが現実味を帯びてきたね」


「小さい頃……、俺なに言ってたんだ?」

「昔のアルバム見てたら思い出したんだけど、小春日和さんと結婚するって言ってたよ」

「……っ!」


 俺はこはるを見た。彼女も俺を見ていて、頬をほんのり赤らめている。


「莉子のバカ!当事者がいる前で変なことを言うな!」

「いいじゃん子供の頃の話なんだから」

「へ、へえ~……、ナオくん、そんなこと言ってたんだ」


 こはるは真っ赤になった頬をポリポリ掻きながら言う。


「小春日和さんも、お兄ちゃんのお嫁さんになりたいって言ってたよ」

「……っ!」


 こはるの顔は赤みを増していく。たぶん俺も同じくらい赤くなってる。


 そして莉子はニヤニヤが止まらない。



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