10 寝るには少し早いから
「莉子は帰るねえ~」
「泊まってかないのか?」
「早くツアーを再開したいし……」
ニヤリと笑って莉子はつづける。
「ふたりの邪魔したくないし」
「へ、変な誤解するんじゃない!」
反論しつつ、俺の目は泳ぎまくる。
「こはるの泊まれる場所が壊れたから仕方なくここに来た。なあ、こはる」
振られたこはるも、慌てて弁明する。
「そ、そうなの巫女莉子ちゃん勘違いしないで!」
「はいはい、そういう体ね。莉子は気にしないよ」
信じてくれない。こういう誤解は解くのが難しい。
莉子は荷物をまとめて玄関に向かった。その手には膨らんだレジ袋が握られている。
「それなんだ?」
俺が指さして言うと、莉子はレジ袋を目の高さに上げた。
「小鬼の残骸だよ」
「なんでそんなもん持って帰る?」
「ママに指示された以上、手ぶらで帰れないから」
「それでお茶を濁すのか」
「お兄ちゃんと小春日和さんについては、クラスも違うし全然交流がないって伝えておくよ」
「助かる。同じクラスで、しかも隣の席だなんて言ったら面倒なことになる」
「じゃあね、お兄ちゃん!小春日和さんも参拝再開したら来てね!」
「もちろん行くよ!」
手をブンブン振って、莉子はアパートを出て行った。
静かになった部屋。
いるのは俺とこはるのふたりだけ。
それが本来の状況なのに、直前までいた騒がしい存在(莉子)が消えたことで、訪れた静寂が気まずい緊張を生む。
俺とこはるは並んで立ったまま、このあとどうすればいいか分からず、次の行動に移せないでいた。
このままじゃ駄目だ。次の行動に移ろう。
俺は「さあて」と背伸びしてみせたあと、
「メシ食って腹も膨れたことだし、風呂入る?」
「じ、じゃあお借りしようかな……」
こはるが恥ずかしがに視線を逸らす。
「ナオくんにお願いあるんだけど」
「おう、なんだ」
「寝るとき着るジャージが汚れちゃって。借りていいかな?」
「いいぜ、用意しとく」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
こはるがシャワーを浴びてる間、俺は部屋のゴミを片付けて、食器を洗いながら、妖怪ハンターなるものについて考えていた。
両親が宗教関係の仕事をしてることは知っていた。幼い頃は特に気に留めることはなかったが、中学に入ったあたりから、カルトの詐欺行為に加担してるのではと疑いはじめた。
なにせ家には古今東西の呪物がならび、訪れる人も、何かにすがるような憔悴しきった顔ばかりだった。
もしかしたら将来、両親が何かの罪で逮捕され、俺と莉子は犯罪者の子供として日陰の人生を送ることになるんじゃないかと恐れていた。
ところが両親は本物らしい。妹の莉子の力がそれを証明してる。
とすると俺がやるべきは、妖怪と交流してることを親に知られないようにすることだ。そうすれば平和な高校生活を維持できる。
残る問題はこはるのお祖父さんだ。
こっちは詳細を知らないから、こはるの話を聞いて対策を練るしかない。
「お風呂あがったよ~」
ちょうどこはるが風呂から出て来た。お祖父さんの事を聞いてみよう。
「こはる、聞きたいことが……」
「なあに?」
魅力の洪水だった……。
濡れた髪と瑞々しく上気した顔が、大人びた魅力をグッとマシマシにして、そこに大きすぎるジャージの萌え袖という幼さまで練り込まれ、最強無比の美少女に変身していた。
大山こはるって、こんなに綺麗だったのか……。
「どしたの?」
「な、なんでもない!風呂入ってくる!」
急いで洗面所に逃げた。水で頭を冷やせば素に戻るだろうと、服を脱いで風呂場に入ったはいいが、今度は湯煙の中にこはるの甘い香りが充満してて、余計クラクラしてくる。
そうか……、
女の子が家に泊まるって、こういうことなのか……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
晩飯も食べて風呂にも入った。あとは寝るだけ。
寝室のベッドはこはるが使い、俺は居間で毛布に包まって寝る予定だ。
「もう寝るか?」
「んーーどうしよう、まだ眠くないんだよね。ナオくんは?」
「眠くない」
目はバッキバキ、原因は目の前にいる。
「サブスクで映画見れるけど、一緒に見るか?」
「それいい。何か見よっか」
並んで壁に背中を預けて映画を観た。
人気のタイトルだから面白いのだろうけど、俺の意識は最初からとなりのこはるに全振りだからストーリーを追うこともできない。
時おり横目でチラチラこはるを確認すると、彼女は映画に夢中な様子。
やがてこはるが小さく言った。
「思い出しちゃった」
「……なにを?」
「子供の頃のこと」
それってもしかして……、
莉子が言っていた……、
―――ナオくんのお嫁さんになりたい―――
気づくと、こはるが俺を見ていた。じーっと視線を俺に固定したまま動かない。さっきまでとは雰囲気が違う。
何か言うべきなのか。だとしたら、こはるは言葉を期待してるのか。頭をフル回転させるけど答えが見つからない。焦りが募り、緊張が高まってゆく。
こはるがゆっくり瞳を閉じた。少しだけ顎をあげる。
これはどう見ても、
他の可能性はゼロと言い切れるほどに、
キ・ス・待・ち……
んだああああああああーーーーーー!
……はて?
キスなのか、それともキッスなのか。英語の綴りはkissだからキッスな気がする。
いけないっ!
あまりの急展開に意識が耐えきれず、どうでもいい謎に逃げてしまった。
こはるの気持ちにちゃんと答えるんだ。がんばれ俺!
テクニカルなキスなど出来るわけないから、今回はくちびるを重ねる簡素なヤツに留めよう。そう思ってこはるの方へ口を近づけると、さっそく問題が発生した。
ちょっぴり距離が足りない。
俺は姿勢を立て直した。位置を固定するため、両手をこはるの肩に乗せる。すごく華奢だった。
彼女の頬はなおも赤く、長いまつ毛が少し震えている。
よし、このまま顔を彼女に接近させれば問題なくキスできる。
と、思った矢先に新たな問題が発生した。
目は閉じるべきか……。
考えたこともなかった。
いつかは来ると思っていたが、まさか今だとは思ってなかった。
頭の中に参考資料はないかと、映画やテレビのキスシーンを引っ張り出してみても、口元ばかりが浮かんで男の顔は出てこない。
よし決めた、目は開けたままだ。それならキスする場所を外さない。
しかしその場合、キスの直前にこはるが目を開けたらどうなる。
彼女の目には、ガン開きの目でド接近する俺の顔があるわけで、しかも焦る気持ちが口を尖らせて、結果、ヒョットコみたいな顔になってたら……。
『うんわキモッ!ナオくん、マジ、キンモッ!』
目は閉じるに決定!よし、やるぞ!
真っ暗な中、この方向でいいよな、と自分に言い聞かせて、顔を少しずつこはるに近づける。
そうしてやっと到達した。
むにゅう……。
俺の鼻と、こはるの鼻が密着した。
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