08 天国から地獄へ
「イヤにゃあああー!」
「駄目!こっち来なさい!」
帰り際に、校庭でこはるとすずが揉めはじめた。
『仲良くしてほしいでしゅ』
「まったく、しょうがないふたりだ」
九条がため息を吐いた。
「たしかに、仲良くしてほしいな」
「……」
俺が同意すると、九条が俺を見た。
「なんだ九条?」
「……なんでもない」
『ナオちん、あたちと同じこと考えてたでしゅ』
俺だけに見える、九条玲の頭上に鎮座する本音部分(ミニ九条)をどうしたものか。たぶんこれも妖怪ハンターの血がなせる技なんだ。
つまり俺には、九条の考えてることが丸聞こえってことだ。
この現象を九条に話すべきだろうか。でもそうすると、九条は俺との接触を拒むだろう。言わない方がいい。
『お腹減ったでしゅ。もう帰るでしゅ』
「門限がある。私は帰る。また明日だ、ナオち……白石直人」
九条は颯爽と身を翻して、モデルのようなキャットウォークで去って行った。
『家に帰ったらカレーをドカ食いするでしゅ』
そうか、今日の晩飯はカレーなのか。
「離すにゃあああーーっ!」
「駄目ったら駄目!」
まだやってる。そろそろ止めに入ろう。
俺はこはるとすずの元に向かった。
「ふたりとも、さっきから何やってんだ?」
「すずってばナオくんの家に泊まるって言うの」
「泊めてくれにゃあ!」
すずが女子高生と分かった以上、おいそれと泊めるわけにはいかない。
「俺ん家来ても食い物はないぞ」
「絶対あるにゃあ!冷蔵庫にササミとブロッコリーあるにゃ!」
「オレが持ってるぜーーい!」
遠くから聞こえたその声は、剛田岳だった。彼は全裸に小さいパンツ(通称ビルパン)という格好で、オイルでテカる身体を揺らしてこっちに向かってくる。
「ササミとブロッコリーって言ったのは君かい?」
「にゃにゃ!?」
「ということは、卵や鶏むね肉もご所望かな?」
突然現れた筋肉の塊に、すずは動揺のあまり、その場でブルブル震えだした。
「妖怪にゃ……タンパク質の妖怪にゃ……」
「そのセレクションから推察するに、ビルダー目指してるんだよね。オレがアドバイスしてやる。どこの筋肉をバルクアップしたい?」
「剛田、がっつきすぎだ少し落ち着け」
彼はハッとした表情になり、首を横に振ってから深呼吸する。
「そうだ白石の言うとおりだ。身体を鍛えてもぜんぜんモテないから焦ってしまった。リラックスしないと……」
言葉が途切れ、剛田の目がキラリと光る。
「フロントリラックスッ!」
自分が放った言葉で反射的にボディビルポーズを決めた。
すずは威嚇されたと勘違いして、裏山の方に逃げ出した。
「にゃあああああーーーーっ!!」
「すず待ってぇ~~~」
こはるもすずを追いかけて裏山に向かった。途中で振り返って俺を見る。
「ナオくん、じゃあね!」
「お、おう……」
気づけばこの場に残ったのは俺と、意気消沈したほぼ全裸の男だけだった。
剛田の想定外の乱入が場を解決してくれた。彼に感謝の眼差しを向けると、女子に逃げられたショックで肩を落としていた。
「ミスったあ~」
頭をこぶしで軽く叩いて言った。
自分の行動が裏目に出たと悔いている。それが分かっていれば、彼は大丈夫だ。
「サイドリラックスにしときゃ良かったあ」
駄目だこいつ、引き返せない所まで行ってる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
帰路の途中、スマホが鳴った。めずらしい。
画面を見ると「大山こはる」の文字。光の速さで出た。
「どうした?」
『ナオくんごめん、お願いがあるの』
「おう何でも言ってくれ」
『今晩、泊めてくれないかなあ』
「……」
『ナオくん、どうしたの?』
お泊まりイベント発生だあああーーーっ!!
前回の間接キスにつづいて、こはるとの距離は急激に近づいてる。これはつき合うのも時間の問題だ。
だからこそ、今回のお泊まりイベントは紳士的に行動しなければならない。
俺は咳ばらいしてから、活舌よく言った。
「もちろんさ」
『すずも一緒に行っていい?』
「お、おう」
正直邪魔だが、俺の中の欲望を制御する枷として役立つかもしれない。
ところで何故俺のアパートに泊まろうと思ったんだろう。
「テントが嫌になったか?」
『そうじゃなくて、明け方に私、ぼっちになったでしょ。そのときテント踏んじゃって。なんとかなると思ったんだけど、放課後テント調べたらボロボロで……』
「それは災難だったな」
つまり、こはるは俺を守ろうとしてテントを破壊してしまった。だったら助けられた身として全力でもてなそう。
「今日は俺が料理を振舞う」
『ほんと楽しみ!』
「このまえ作った『からすみ』が絶品なんだ。ぜひ堪能してほしい」
『し、渋い……』
「駄目か?」
『違うのそうじゃなくて、ひとり暮らしの男子高校生がからすみを作ってることが意外だったから、むしろワクワクする』
「よかった」
『じゃあ、あとで』
通話を切ったあたりで、ちょうどアパートに到着した。
部屋が少し散らかってるから掃除しておこう、などと頭の中で予定を立てながら階段を上がる。そして共用の廊下に出た時だった。
部屋のドアが少し開いている……。
部屋に戻るのはほぼ一日ぶりだ。最後に外出したときを思い出して、自分がカギをかけて出たことを思い出す。
空き巣かもしれない、とドアの前まで来てみると、
「なんだこれ……」
ドアノブが破壊されていた。巧妙な技でこっそり解錠するのではなく、堂々と壊してるあたりに、開き直った暴力性を感じる。
部屋に入ることを躊躇ったけど、度胸を決めてゆっくりドアを開く。
すると床に何かが広がっていた。それは細かく千切れた赤い紙。
見覚えがあった。九条玲が従えていた小鬼(式神)の成れの果てだ。つまりここで複数の小鬼が死んだということ。
俺のアパートで何が起こったんだ?
「ぷぎょおおおおーーーっ!」
奥の居間から小鬼の叫び声が聞こえた。威嚇の咆哮じゃなく悲鳴だった。
何が起こっているのか確かめるため、俺は玄関を上がると、廊下を静かに進む。
「キャハハハハ!」
怪鳥のような笑い声が居間から聞こえた。一旦引こうとも考えたが、ここまで来たら進むしかないと思い直して、さらに足を前へ出す。
突然、居間から何かが飛び出してきた。
「うわっ!?」
驚きのあまり、俺は声を上げながら、その場に尻もちをついた。
「お兄ちゃん、お帰り!」
居間から妹の莉子が顔を出して、俺に笑顔を向けている。
「可愛い妹の莉子ちゃんが、お兄ちゃんの様子を見に来たよ!もっともママに命令されたからだけどね!」
そういえば、ママがそんなこと言ってたな。とするとドアノブ壊したのはこいつか。昔から乱暴なところがあったが、磨きがかかってる。
「なんだ莉子か。空き巣や強盗の類かと思ってドキドキしたぞ」
やれやれといった思いで立ち上がり、居間に足を踏み入れると、莉子が何かを握っていた。
「それって……」
「昨日捕まえたの」
昨日の群れから逸れた残党らしい。それが運悪く莉子と遭遇してしまった。
莉子は釣り上げた魚みたいに、小鬼の足を持っていた。その手を大きく上げて小鬼を床にたたきつける。
「ぷぎゃっ!」
小鬼は赤い紙吹雪になってハラハラ舞った。
「キャハハハハ!」
「なに……やってんだ」
「見てわかるでしょ。妖怪ぶっ殺してんの。莉子は巫女だから、妖怪退治がお仕事なの」
「おまえの仕事はアイドルだろ」
「違うよ、アイドルじゃなくて巫女アイドル。八百万の神さまに愛された妖怪ハンター巫女莉子だよ」
壁の端っこで怯え切ってる最後の小鬼に向かって、莉子はお祓い棒を突き刺した。悲鳴と共に赤い紙きれに変わる様子を見て笑う。
「妖怪ぶっ殺すの楽しいーーっ!」
妖怪より怖いなこいつ。
「さあて、ママの命令で、この町の妖怪すべて炙り出してぶっ殺すね。早くツアー再開しないとだから」
そのときドアが開いた。
「こはる、歩くの遅いから、ニャーだけひと足早く来たにゃ」
「あらお兄ちゃん、お友だち来たの?」
ドアを開けてこっちを見てるすずに俺は目をやった。それから居間にいる莉子に視線を移した。
そして思った。
……やっばいっ!!……




