07 生徒会三役
時刻は放課後。場所は生徒会室。
「それでは会議をはじめる」
九条玲が静かに言った。
早朝の対立は九条が引くかたちで収まった。理由は、こはるの巨体が町民の目に留まるのを恐れたからだ。
ただし去り際、放課後、生徒会室に集まるよう俺に告げた。
そして今である。
俺の前には生徒会長・九条玲が座っている。俺から見て右側には副会長・大山こはる、そして左側には書記・水城すずがいる。
もっとも、すずは座っているというより、三毛猫姿で香箱座りのまま眠っている。
「すず、いいかげん起きろ」
九条が冷たく注意する。すずはゆっくり目を開けた。
欠伸をしながらお尻を高く上げ、前足をぐっと伸ばしている。それから、のそのそと俺の膝に乗った。
お、かわいい。
頭を撫でてやると、すずはゴロゴロ喉を鳴らして身体を押し付けてくる。
「破廉恥です!」
こはるが目くじらを立てる。
「破廉恥って……ネコだぜ。かわいいじゃん」
「ネコじゃなくて、すずなの!」
こはるは乱暴に席を立ち、すずの首根っこを掴むと、彼女の席に強引に座らせた。
ポンッ!
煙が晴れて女子高生・水城すずが現れた。
すずは「にゃはっ!」と笑い、大きく吊り上がった目で俺を見た。さっきまでこの子が俺の胸に身を預けていたと考えると、たしかに破廉恥だ。
『誰もあたちの話を聞いてないでしゅ。悲しいでしゅ』
「会議を続けていいか?」
冷静に言う九条だが、本心のミニ九条は落ち込んでる。
俺はこはるとすずを交互に見た。
「みんな、九条の話を聞こう。そのために集まったんだ」
俺の言葉ですずは椅子に座り直し、こはるも自分の席についた。
『ナオちんがあたちをサポートしてくれてる?ちょっと嬉しいでしゅ』
「……ふん」
「さあ続けよう九条」
「まず最初に言っておくが」
九条は俺をまっすぐ見据えて言った。
「この町には、人間のふりをして暮らしてる妖怪がたくさんいる。私も、こはるも、すずも、妖怪だ」
しばらく沈黙があった。
昨日今日で経験した非常識の連続を思えば、いまさら驚くようなことでもない気がした。でも実際に面と向かって言われると、やはり衝撃が大きい。
「……まあ、うん。そうだよな。だいだらぼっちだの、酒呑童子だの、猫又だの、揃ってるもんな」
「理解が早くて助かる」
「にゃはは、ナオは物分かりがいいにゃ」
すずが机に頬杖つきながら笑う。こはるだけは俯いたまま、何か言いたそうにこちらをチラチラ見ていた。
「じゃあ昨日の夜、俺を襲ってきた小鬼ども、あれも妖怪なのか?」
「あれは私が作った式神だ。赤い折り紙を切って術をかけると、ああいう下っ端の姿になる」
『あたちが夜な夜な折り紙を折って作ってましゅ。数だけは自信ありでしゅ』
式神。てっきり本物の鬼だと思ってたけど、九条の作り物だったのか。だとしたら、あの数にも納得がいく。
「言っておくが、式神を甘く見るな。あの妖気は普通の人間にとって、れっきとした脅威」
「脅威って……」
「素手で触れただけで指が腐り落ちる人間もいる。まともな人間なら、あの数に囲まれた時点で妖気に当てられて動けなくなる。おまえみたいに一晩中走り回って、触れた端から叩き潰すなんて芸当できるはずない」
脳裏に、あの真っ暗な森を走り続けた記憶が蘇る。無我夢中で、指が腐るなんて発想すらしなかった。
「白石直人、おまえの両親は妖怪ハンター」
「はあっ!?」
思わず声が裏返った。
「父親はエクソシスト、母親は陰陽師。どちらも妖怪を狩る一族の中でも、名の知れた存在だ」
「にゃんかカッコいいにゃ」と、すずが茶化した。
「おまえが転校してくるって分かった時点で、素性はある程度調べてあったの。だから最初から警戒してた」
脳裏に浮かんだのは、電話越しの母の声だった。『それは互いが子供の頃の話』『あの子の壊れた家を』。あれはこはるの正体を知ってたからこその発言だったのか。
「うちの親、そんな仕事してんの?神とか悪魔とか呪術とか言ってたのは、宗教とか心理学の話じゃなくて」
「文字通りの意味だ」
「バチカンに詰めてるって、まさか本当に悪魔祓いしてるってことか……」
「そういうことになる」
頭が追いつかない。両親は宗教や心理学に絡んだ胡散臭い仕事をしてるとばかり思ってた。いつか被害者から訴えられるかもとビクビクしてたけど、本物だったなんて。
じゃあ莉子の巫女アイドルってやつも、案外ガチなのか?
いや、それは考えないでおこう。今はそれどころじゃない。
「妖怪ハンターの血は遺伝する。当然、白石直人にもその血が流れているはず」
「俺が?」
自分の手のひらを見下ろす。特に何かの力があるとは思えない。いたって普通の手だ。
「証拠はもう見せてもらってる。普通の人間が私の式神に素手で触れれば、無事では済まない。でもおまえは平然と叩き潰して、朝まで生き延びた」
『本格的に鍛えたら、もっとエグいことになるかもでしゅ』
「潜在的な力、というところか。本人が気づいてないだけで、素質は間違いなくある」
言われてみれば妙な話だ。
丸腰の一般人が、あの妖気に満ちた式神の群れに素手で立ち向かって、無傷でいられるはずがない。
「じゃあ俺、無自覚に妖怪ハンターやってたってことか……」
九条の視線が鋭さを増す。俺にとってはただの日常の延長だったのに、向こう側から見れば、危険因子がクラスに転校してきたようなものだったわけだ。
なんだか急に、自分が自分でない何かに見えてくる。
九条はしばらく黙って俺を見ていた。それから視線をゆっくりこはるに移す。
こはるは俺たちのやり取りをずっと黙って聞いていた。膝の上で手をきつく握りしめて、何かに耐えるような顔をしている。
嫌な予感がした。次に何が語られるのか、なんとなく分かる気がした。
「最後にひとつ」
九条がこはるに視線を送る。
こはるは小さく息を吸って、覚悟を決めたように口を開いた。
「私が何も言わずに引っ越したこと、ずっと謝りたかった」
「……いいよ、それより理由が知りたい」
「あの日、家が壊れてたの、覚えてるよね」
「忘れるわけない。あれは何だったんだ」
「私、まだ自分の力を上手く扱えなくて。寝てる間に、無意識に姿が大きくなっちゃって……気づいたら、自分の家を潰してた」
「……え?」
「そこには住めなくなって、両親も困り果ててて。それで、もともとこの町に住んでたおじいちゃんに連絡して、私を引き取ってもらうことになったの」
「こはるのおじいさんって、この町の人だったのか」
「うん。おじいちゃんは……ぬらりひょんで、妖怪の中でもかなり顔が広いの」
「妖怪の総大将みたいな、あのぬらりひょんか」
「そう。おじいちゃんは白石家が代々妖怪ハンターの家系だってことも、前から知ってた」
こはるは膝の上で手を握りしめる。
「私を引き取ってくれたのは嬉しかった。でもおじいちゃんは、力の制御もできない私が白石の家と関わり続けるのは危ないって考えて、『ナオくんには何も言わずに、静かに引っ越しなさい』って。連絡先も、絶対に渡しちゃ駄目って言われたの」
「それで、何も言わずに……」
「うん。私は嫌だって泣いて頼んだけど、おじいちゃんは聞いてくれなかった。子供だった私には、どうすることもできなくて」
声が震えていた。あのとき突然いなくなった理由。ずっと引っかかってた疑問が、ようやく像を結んだ。
俺は何も言えず、ただ黙ってこはるを見ていた。
「湿っぽい話はこれくらいにしよう」
「すずは腹減ったにゃ」
すずの一言で、張り詰めた空気が少し緩む。九条が咳払いをひとつして、話をまとめにかかった。
「というわけだ、白石直人。おまえは私たちにとって、本来なら排除すべき相手。でもこはるにとっては大事な幼馴染で、しかも本人にその自覚も敵意もなさそうだから、今のところは静観することにする」
「静観、ありがたいけど、随分あっさりだな」
「あっさりじゃない、こはるが必死に庇うから、しぶしぶ譲歩してる。こはるを泣かせるようなことがあれば、そのときは容赦しない」
「泣かせるつもりなんて毛頭ないけどな」
こはるが少し照れくさそうに、それでもほっとした顔でこっちを見た。
「これからも、よろしくねナオくん」
「ああ、こっちこそ」
妖怪ハンターの血を引く人間と、妖怪の生徒会。
どう考えても穏やかに済むとは思えない組み合わせだけど、目の前のこはるの顔を見てると、悪くない未来が見える気もした。




