06 ぼっちVS酒呑童子
何時間逃げ続けたのか、もう分からない。
足はとうに限界を超えていた。息をするたびに喉が焼けるように痛い。
立って歩くことすら難しくなって、俺は草むらに身を隠しながら、這うように移動していた。
小鬼たちが時おり木々の間を飛ぶ姿が見える。まだ俺を見つけられないようだが、徐々に俺を麓から山頂へ追いやって、最後は包囲するつもりらしい。
そうと分かっていても、解決手段がないから上へ上へ進むしかない。
「こはるは大丈夫だろうか」
不安が頭をよぎる。
でも小鬼たちの行動は、俺だけをターゲットにしてるように見えた。少なくとも今のところは。
いずれにせよ、この難局を乗り切らないと先がない。
「てか、あいつら一体何なんだ?」
空が白みはじめてきた。夜明けが近い。
やがて草地が途切れ、その先には岩肌の露出した荒れ地が広がっていた。これだと隠れることができない。
さて、どうしたものか……と、這ったまま背後を振り返ると、信じられないくらい近くに小鬼がいて、ちょうど目が合った。
「ぷぎょ?」
「うわあああーっ!」
驚きのあまり、振り返りざまに平手打ちを食らわせた。小鬼が弾けて紙吹雪が舞う。音に反応して小鬼たちがどんどん近づいてくる。
「く、来るなあ!こっち来るなって!」
「ぷぎょーっ!」
両手をぶんぶん振り回して小鬼たちを破裂させながら、俺はうしろ向きに斜面を登ってゆく。足元があぶないけど構ってられない。
すると突然、小鬼たちが攻撃を止めた。
みんな一定の距離を保って攻撃してこない。それでも森からつぎつぎ出てきて数える気にもならない。もう百匹を超えてるんじゃないか。
こんな数に囲まれたら逃げられない。
「こはるに言い寄るなと、釘を刺したはずだ」
九条玲が森から姿を現した。小鬼たちが彼女に道を開けている。
顔には歌舞伎の隈取りを思わせる赤い線が走り、額からは二本の角が伸びている。そして手には禍々しいトゲトゲバット。
それでも立ち姿だけは、いつもの九条玲だった。
頭上のミニ九条が頭を抱えている。
『小鬼たちじゃダメでしゅ!あたちがやるしかないでしゅ!』
「三下では相手にならないようだな。私が相手をする」
『ほんとは殺りたくないけど、殺るしかないでしゅ』
「安心しろ。苦しまないように終わらせてやる」
俺は後ずさりながら説得を試みる。
「ま、待て、俺は脅威でもなんでもない」
「小鬼たちを倒しておいて、何をぬけぬけと言っている」
「勝手に破裂したんだよ!」
そう叫んだ直後、後ろに踏み出した足が地面との接触を失った。
「……あ」
大きく仰け反って身体をひねったけど、背後に傾いたバランスを取り戻すことはできず、そのままうしろ向きに倒れた。
浮遊の感覚を得てすぐ、手に触れた岩を本能的につかんだ。
次に気づいたとき、俺は崖の斜面にぶら下がっていた。
見下ろすと、森は遥か下にある。
落ちたら確実に死ぬ高さだ。崖を登ろうと上に目を向けた。九条が縁から俺を見下ろしていた。
「手ぇ貸してくれ!」
『まだ死んでなかったでしゅか』
「鬼!悪魔!」
『あたち鬼でしゅよ。酒呑童子』
背中に温かな光を感じて、周囲が徐々に明るくなってゆく。日の出が始まったんだ。
握力が限界に近づいてきた。このままじゃ落ちる。
せめて少しでも助かりそうな場所はないかと、もう一度下を見ると、木々の間にこはるのテントを見つけた。
テントからジャージ姿のこはるが出てきた。起きたばかりらしく、その場で大きく背伸びをする。
寝ぼけ眼が俺を捉えた。崖からぶら下がっている俺と目が合う。
「……え?」
目を擦って、改めて見て、
「ええええーーーーーーーっ!?」
こはるに助けを求めようと思ったそのとき、
……ゴロ
掴んでいた岩が外れた。
俺の身体は自由落下をはじめた。
「うわあああああああああああーーーーっ!!!」
地面が猛烈な勢いで迫ってくる。
俺、死ぬ。
そう思った瞬間……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
気づくと、真っ暗な空間にいた。
背中に触れている床は妙に柔らかく、しかも温もりがある。
……なんだ、この感触。
立ち上がって辺りを確認する。
俺、死んだのか?
これが死後の世界だとしたら、ずいぶん暗いところだ。
突然、頭上の闇に裂け目が生じて、眩しい光が差し込んできた。俺は手で庇をつくって見上げる。
そこにあったのは暁の青い空。
俺、生きてるってことか、じゃあここは……。
そのとき、空を巨大な何かが覆いつくした。
「ナオくん、大丈夫?」
我が目を疑った。
「こはる?」
「……うん」
たしかにこはるの顔だった。ただすごくデカい。大仏並みにデカい、いや大仏よりデカい。
俺は自分の両手を見た。それから自分の身体を見下ろす。
特に変わったところはない。
ということは……。
「もしかして、俺、小っちゃくなっちゃった!?」
「ううん、違うよ」
頭上の裂け目が広がり、周囲の景色が明らかになった。俺は巨大な手のひらに立っていた。こはるの手のひらだ。
こはるが巨人化してる……っ!?
「おまえ……一体どうした……?」
「この前ナオくんに、私はぼっちだって言ったよね」
「……ああ」
「あれはひとりぼっちって意味じゃなくて、だいだらぼっちの方なの」
―――だいだらぼっち―――
昔話か何かで聞いたことがある。山をまたぐほど巨大な妖怪だったはずだ。
……それが、こはる?
いや待て、意味が分からない。でもそれを言うなら目の前にいる、超デカいこはるも意味が分からない。
「ん~~~~~~」
俺は硬直したまま目を閉じる。頭の中はパニック寸前だ。
「こはる!人間に本性を晒すな!」
九条が崖の上から一喝した。
「九条さん、やり過ぎです」
「そいつは普通の人間じゃない。小鬼を素手で屠った。私たちに対立する存在だ」
「どんな存在だとしても、ナオくんはナオくんです」
九条は答える代わりに目を鋭くした。
次の瞬間、九条がトゲトゲバットを俺めがけてぶん投げた。予備動作もないその動きに、俺もこはるも反応が遅れた。
急速に接近するバット。
……殺られる!
「にゃにゃあーーっ!」
どこからか三毛猫すずが飛んできた。手足をピンと伸ばした姿勢でバットにネコパンチを一発食らわして軌道を変えた。すず自体もその反動で飛ぶ方向を変化させ、最後は俺の胸にすっぽり収まった。
「にゃあ~」
「あ、ありが……」
ぽんつ!
栓を抜いたような音がして、すずの身体が白い煙に包まれる。
「……え?」
煙が晴れると、俺の腕の中にいたのは三毛猫ではなく女の子だった。
この子……裸で寝てた女の子だ。
「こらー!すず!ナオくんから離れて!」
頭上で巨大な顔が睨みおろす。
「お前は一体……」
「ニャーは生徒会の書記、猫又にゃ。喜べナオ、お前はニャーの飼い主決定にゃ」
「すず!裏切ったな!」
『真面目に仕事してるのに、みんなが離れていくでしゅう~……』
九条玲がすずをキッと睨む。頭上のミニ九条が肩を落とす。
「カリカリやってる恩を忘れたか!」
「ササミとかチュールがいいにゃ!安いカリカリは食べ飽きたにゃ!」
だいだらぼっち。
酒呑童子。
猫又。
この3人は生徒会役員。
そして生徒会役員の3人は学校の美少女トップ3と呼ばれている。
待て、つまり……、
うちの学校の美少女トップ3って、全員妖怪ってこと!?




