05 思いのほか楽しんでる
「おーい、どこまで行くんだ」
「にゃにゃ」
コンビニでチュール買ってやったのに、食べさせようとしてもネコは止まる事なく歩きつづける。俺が立ち止まれば、少し先で振り返って鳴く。
まるで「つべこべ言わずについて来い」と言われてるようだ。
やがて到着したのは、俺の通っている学校だった。
「なんでここ……?」
「にゃ~あ」
ネコは校門の柵をすり抜けて、どんどん先に進んでいく。
「お、おい待てって」
ネコが校庭の闇に溶けてゆく。
もしかしてと思い、同時にそんなはずないと否定する。ただここまで来たら確認せずにはいられない。
ネコの目的地が、こはるのいる裏山だとしたら……。
柵を乗り越えて、俺はネコの後を追った。
校庭を横切り、校舎の脇を抜けて、月夜で辛うじて視界を確保できる木々の間を歩きはじめる。
すると前方にほんのりとした明かりが見えた。自然と歩く速度が高まり、木の根に足を取られて転んだ。
「痛っ!」
それでもすぐ立ち上がって、ネコを追う。
見えてきたのは焚火とテント、それから倒木に腰を下ろすこはるだった。
彼女は緑色のポンチョに緑色のトンガリ帽子というスナフキンの身なりで、アコースティックギターを演奏しながら気持ちよさげに歌っている。
「八百万ラブ♪ 神さ~ま尊い~♪」
どこかで聞いたことある曲だ。
彼女の前には焚き火でつくった鍋料理と、周りにお菓子まで並べている。
ネコはこはるの前まで行くと、エジプト座りでひと声鳴いた。こはるは演奏を止めて、ネコを見る。
「すず、どこ行ってたのよ。急にいなくなるし、ぜんぜん戻ってこないし」
そしてすぐ俺に気づいて目を丸くした。
「……え、ええっ!」
「そいつに連れて来られた」
俺はネコを顎で示した。こはるはネコを睨みつける。そんな彼女を気にする様子もなく、ネコは俺のレジ袋に顔を突っ込んでチュールをねだる。
「となり、座っていいか?」
「う、うん……」
許可を得て、こはるのとなりに陣取る。
「ギター、すごく上手だな」
「ぜんぜん!まだ練習中なの」
焚き火の照り返しを差し引いても、こはるの顔が紅くなってて、ギターを膝に置いたまま硬直してる。幼馴染とはいえ森の中で男とふたりっきりだから、緊張してるのかもしれない。
なんとか空気を和ませなくては、なにか面白い話はないか。
ぐぅ~
俺の腹が鳴った。
そもそも晩飯食べに外出したんだった。でもネコが気になってコンビニで買ったまま、食べる間もなく歩きつづけていた。
「あ、シチュー食べる?」
見ると、鍋の中身はシチューだった。良い香りがする。
「もらっていいのか?だいぶ残ってるみたいだが」
「気合入れて作ったんだけど、いつも同じ味で飽きちゃった」
「コンビニで買った焼きそば食うか?」
「食べる食べる!そういうの食べたかったの!」
レジ袋に頭を突っ込んでるネコを持ち上げて、そこから焼きそばを取り出すと、割り箸と一緒にこはるに渡した。ネコにはチュールを出してやる。
「私が使った食器でいいかしら?」
その瞬間、俺の脳内でファンファーレが鳴った。
『間接キス』イベント発生っ!
唐突に来たあーっ!
もちろん望むところだ。むしろ全力で望んでいる。だが、ここで浮かれていることを悟られてはいけない。
自然に、あくまで自然に……。
「お、おーう」
器を受け取り、一緒にもらったスプーンでシチューを口に運んだ。
「……どう?」
「うんまい!」
「ほんと?」
「ああ嘘なんてつかない!掛け値なしの絶品だ!」
「よかったあ~」
ほっとした笑みのこはるを見て、不意に感じ入ってしまい。心の動揺を気取られないように顔をそむける。たぶんいまの俺はこはるより赤面してると思う。
「どうしたの?」
「あ、いや……」
即席の言い訳を考えてたらネコが目に入った。顔をチュールだらけにしてる。
「こはるの家ネコ?」
「すずは何というか、地域ネコって感じ」
焚き火がぱちりと爆ぜた。こはるは箸を止めて、すずの食べっぷりを眺めている。
「すずっていうくらいだから、メスか」
「そうよ」
「確認すれば分かるけど、面倒だから勝手にオスだと思ってた。そろそろネコ太郎って呼ぼうとしてたところだ」
「ネコ太郎でもいいんじゃない」
「にゃあ!」
「抗議してる。人間の言葉が分かるみたいだ」
「た、たまたまだと思うよ」
「そういえばこいつ、昨日、俺のアパートに入って来てさあ」
「……すずが?」
「ドアの郵便受けに顔を突っ込んだまま抜けなくなってた。間抜けだよな」
笑いながら、同意を求めるようにこはるを見ると、彼女は笑ってなかった。無表情というか、怖い顔というか。とにかく激変した。
刺すような視線をすずに向ける。
すずはゆっくり立ち上がり、その場から去ろうとするが、こはるが素早く抱きかかえる。
「にゃあああ!」
「お、おい、嫌がってるぞ」
「すずとは仲良しだから大丈夫。ね、すず」
「む、むにゅ……」
ネコを胸に抱いてる微笑ましい光景に見える。しかしよく見ると、ネコが動けないように両腕で強く包んでいる。
「で、すずをどうしたの?」
「ササミとかやったら懐いたみたいで、帰ろうとしないから泊めた」
「そのあとは?」
「居なくなったんだよ。部屋の鍵もかけたのに……」
「代わりに誰かいなかった?」
もっと早く気付くべきだった。この会話の行きつく先には、裸の女の子が俺の上に乗って寝てた事実が待っている。
「……い、いなかった」
「ほんと?」
俺は立ち上がる。ちょうどシチューも平らげたところだし、家に帰る頃合いだ。
「じゃあ、俺はこれで失礼する」
「あ、うん」
こはるは戸惑いながらも同意した。
「校舎まで送るわ。森は暗くて迷子になるから」
ついて来られたら、昨日の件を追及される。
「大丈夫だ。まっすぐ行けばいいだけだから」
「……そう」
「明日も来ていいか?差し入れする」
「ありがとう、待ってるよ」
俺は足早にこはるの元を離れた。さすがに「朝起きたら裸の女の子が俺の上で寝てました」なんて言えるわけがない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
暗い森を慎重に歩き続ける。
そういえば、突然の引っ越しや家の崩壊について聞き出す良い機会だったのに、雑談に費やしてしまった。
まあ、この先時間はいくらでもある。そんなことを考えていたときだった。
ふと、足を止めた。
何かいる。
周囲の木々から、かすかな気配がする。ひとつじゃない。俺を囲んでいる。
しかも、敵意がある。
やがてそのひとつが、俺めがけて飛んできた。
とっさに屈んで回避すると、飛来したそれは、近くの幹に張り付いた。
最初は風船に見えた。大きさも動きも似ている。全体的に丸っこくてツヤツヤしてる。誰かが操ってる赤い風船ってことか?
そう思っていたら、風船がこちらを振り向いた。
角が生えていて、開いた口には尖った牙が何本も生えていた。
風船じゃない……こいつは鬼だ。
初めて見た、本当に存在したんだ。
それにしても可愛らしいな。大きさ的に小鬼だろうか。
小鬼が木を蹴って、再び俺に襲いかかった。
「ぷぎゃーーっ!」
「うわあああーーーっ!」
反抗の手段なんて持ち合わせてない。だから両手を闇雲に振り回した。すると偶然、手が小鬼に触れた。
次の瞬間。
―――パンッ!―――
風船が割れるような音と共に、小鬼はたくさんの紙吹雪になってパラパラ舞い落ちる。
「なんだ?何が起きた……?」
周囲の敵意が驚愕に変わり、そして一層強い敵意に変わる。
それらが一斉に俺めがけて突っ込んできた。
「やばいっ!」
俺は急いで立ち上がり、森の中を駆け出した。
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