03 バカ猫、オレに懐く
『ママだけど、今どこ』
「アパートだよ。寝ようとしてたとこ」
『初登校どうだった?』
「何度も転校してるから問題ない。ちょっと疲れたけど」
『ごめんね、パパとママの仕事のせいで直人には大変な思いさせてる』
「今回の転校は俺から言い出したことだから」
『直人がもっと進学率の高い学校に行きたいって言いだすなんて、パパの血かしら』
「俺の我がままだから、パパとママには感謝してる」
『みんなと仲良くできそう?』
「ああ大丈夫。そういえばクラスに懐かしい子がいた」
『懐かしい……、ママも知ってる子?』
「もちろん」
『誰かしら?』
「大山だよ、大山こはる」
『大……山……』
「どうしたのママ?息を飲むような声がしたけど」
『いいこと直人、これからママが言うことをちゃんと聞きなさい』
「う、うん」
『大山こはるさんと交流しては駄目。必ず距離をとりなさい』
「なんで!?」
『すぐ転校の手続きをしなさい』
「ちょ、ちょっと待って!今日転校したばかりだよ!」
『ママがそっちに行って色々やりたいところだけど仕事中だし、パパはバチカンに詰めてるし』
「何がいけないのか教えてよ。大山こはるとは幼馴染だよ。ママだって一緒に遊んだこと覚えてるでしょ」
『それは互いが子供の頃の話。直人も見たはず、あの子の壊れた家を』
「それはこはるとは関係ない……関係あるの?」
『とりあえず莉子をそっちに行かせるから』
「妹がこっちに!?ツアーが始まったばかりで忙しいはずだよ」
『それまでは大山こはるさんと話しては駄目。分かった?』
「分かんない、ちゃんと理由言ってよ!」
……プツッ……
「ママ!ママって!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
一方的に切られた。
向こうから掛けてきてそれはない。
しかもこはると話すな、なんて無理も良いところだ。
ベッドに入ったまま、俺は手にしたスマホを枕の脇に放った。
でもすぐ手に取って妹・白石莉子のXを開いてみる。
巫女アイドル・白石莉子
八百万♡わたしの推し神ツアー
本日は北山神社で奉納ライブです♡
16:00 神事
17:00 ミニライブ
18:00 特典会
みんな待ってるよー
あいつ、頑張ってるみたいだな。いまでも巫女アイドルっていうコンセプトが意味不明だけど、たぶん両親がそれ系の仕事をしてる影響だろうか。
そんなことを思ってると新たな投稿がされた。
【大切なお知らせ】
明日以降の「八百万♡わたしの推し神ツアー」は、諸事情によりすべて中止となりました。
楽しみにしてくれていたみんな、本当にごめんなさい。
またみんなに会える日を楽しみにしています。
これ絶対、裏でママが動いてる。
莉子を本当にこっちへ寄越すつもりらしい。
もし来たとして、あいつに何ができるんだろう。ただただうるさいだけなのに。
パパやママにしてもそうだ。仕事で神や悪魔、魔法や呪術なんてものを扱ってるけど、俺から言わせればすべて宗教や心理学の範疇であって、超常的なモノや現象なんてあるはずない。
まあ信じるのは自由だし。詐欺的な事をしてなければいいのだけど。
そういえば、こはるに突然引っ越した理由や家が壊れた原因を聞けなかったな。また機会があったら聞いてみよう。
やがて俺の意識は眠りの中へ落ちていった。
……カリカリ
何の音だろう、
……カリカリ……カリカリ
「ああもう!」
愚痴りながらベッドを出た。音が気になって眠れない。
居間の灯をつけて音の出所を探すと、玄関の方から聞こえてるようだった。俺は玄関ドアを見て眉を寄せた。
「なんだ……ありゃ」
ドアの郵便受けからネコが顔を見せていた。俺と目が合ったネコは必死に身体を引いて顔を抜こうとするけれどできていない。
「なんて間抜けな……」
「にゃあああっ!」
「すぐ出してやる。そんな暴れると怪我するぞ」
俺はドアを開けて郵便受けを力づくで広げた。
するとネコの頭がすんなり抜けた。すぐ走り去ろうとしたから、素早く脇を掴んで持ち上げる。
かわいい三毛猫だった。
まだ子猫と呼んでもいいくらいの大きさで、首には鈴のついた首輪がある。なぜか尻尾が二本ある。そういう種類の猫もいるのだろうか。
「シャアアーー!」
「待て待て、怪我してるか見るだけだ」
心配したとおり、頭の一部に血がにじんでる。首輪してるから飼いネコだろうけど、いまどき外飼いしてるのはめずらしい。
傷口を消毒してから帰そう。それにしても、他人の家の郵便受けに頭を挟んで動けなくなるなんて、かなりのバカネコだ。
とりあえず家に入れた。するとドアノブにジャンプして逃走を試みる。近寄ると威嚇してくる。このままじゃ傷の手当てはできないなと困っていると、いいアイデアが浮かんだ。
俺は冷蔵庫からタッパウェアを取り出して、それをネコの前に置いた。
放課後、剛田から押し付けられたササミとブロッコリーだ。ネコは鼻を近づけてからガツガツ食べ始めた。
ネコがササミに夢中になってる間、俺は濡れたガーゼで傷口をきれいにしてから、別のガーゼで止血した。幸い深い傷ではないようだ。
ササミをきれいに平らげたあたりで、止血も止んだ。
俺はドアを開ける。そしてネコを見た。
「さあ帰れ、もう変なところに頭を突っ込むなよ」
ネコは思い出したみたいに外を見て、開いたドアから外の通路に出た。
が、出てすぐ俺を振り返ると、なぜかUターンして部屋に戻って来た。俺の足に顔を擦りつけてくる。
ご飯あげたら懐いたのかな。嫌な気はしないが、正直困る。
「おまえ家あるだろ。飼い主が心配するから帰れ」
……ゴロゴロゴロ
今度は身体を足に擦りつけて、そのままコロンと寝転がって、こちらに腹を見せると背伸びした。
うーん、かわいい。
「泊まってくか?」
「にゃん」
「帰るか?」
「…………」
「やっぱ泊まる?」
「にゃん!」
抜群のタイミングで鳴いてくる。一晩くらい泊めてやるか。俺はドアを閉めて寝室に向かった。照明を消してベッドに入り、目を閉じる。
ややあって、胸に重みを感じた。
目を開けるとネコが俺の上で寝ていた。そこで寝るのか、少し重いけど嫌じゃないから、このままにしておこう。
そうして俺は眠りに落ちた。
どのくらい経っただろうか。
……重い、
……重すぎる。
耐えかねて目を覚ました。
すると目に飛び込んできたのは、視界いっぱいに広がる女の子の寝顔だった。陸上やってそうな短髪の女の子。ネコっぽい顔してる。
「んなっ!?」
驚く俺とは対照的に、女の子は気持ちよさそうに寝てる。
「ちゅぴ~~、ちゅぴ~~」
誰だこいつ!?
空き巣か!?
一体どこから入った、鍵は閉めたはずだぞ!
「……おい」
俺が身体を揺らすと、上で寝ている彼女も揺れる。
「うにゃ……?」
ゆっくり目を開けた。
「おまえ、誰?」
「にゃああああああーーーーーっ!!」
彼女はものすごい速度で起き上がって背後に飛んだ。そして壁に背中をピッタリつけた。
こいつ……なんで全裸なんだ……??
俺は起き上がって彼女を見た。丸見えだった。
「こ、ここ何処にゃ!?」
と、あちこち見て、それから自身を見下ろして、さらにパニックが加速する。
「うわああああっ!見るにゃあああーーーっ!」
「す、すまん」
俺の部屋に勝手に入り込んで全裸で寝ておきながら、見るなとは理不尽な気もするが、とりあえず目を逸らす。
すると部屋中に彼女の服が散らかっていた。
「こ、これはあれにゃ!全裸の方が寝やすいにゃ!」
「全裸の理由は分かった。だがもっと大事な、なんで俺の家にいるのかという」
彼女は落ちてる服を手早く拾い集める。
「お邪魔しましたにゃあー!」
「あ、待てこら!」
彼女は服を小脇に抱えて、全裸のまま玄関に向かった。追いかけようとベッドから出た瞬間、俺はベッドの角に足の小指をぶつけた。
「ぐはぁっ!」
衝撃でバランスを崩して、今度は部屋の壁に頭を強打した。
―――ゴンッ!!
薄れゆく意識の中でドアの開閉する音を聞いた。
あの娘、全裸で飛び出してったぞ。




