02 解けない謎は増すばかり
「学食は地下にあって、購買部は3階にあるわ」
夕暮れの差し込む廊下を、俺とこはるは並んで歩いた。
彼女があちこち指で示す先を目で追いながら、横顔をチラチラ盗み見る。
きめの細かい肌や、優しく下がった目尻、夕日を滑らかに反射する髪を見る。
無意識にこはるを見る時間が長くなってしまい、とうとう気づかれた。
「聞いてる?」
こはるが立ち止まり俺を正面に見た。怒らせてしまったかと動揺してると、彼女は意外なことを言った。
「背、高くなったね」
子供の頃は同じくらい、もしかしたらこはるの方が背が高かったのに、いまでは俺の方が頭ひとつ分高くなってる。
そんな俺を見上げる格好のこはるは上目遣いで、可愛さ倍増だ。
俺は顔が熱くなってきた。
そんな自分を誤魔化そうと、頭をポリポリ掻きながら目を逸らす。
「中身はガキのまんまだけどな」
「あ、あそこ」
と、こはるが俺の肩越しを指さした。振り返ると校舎とは別の建物がある。
「あれが部室棟よ」
放課後とあって、校舎よりもあっちの方が活気がある。その屋上に見知った顔があった。パンツ一枚で昼飯を食う男、剛田岳だ。
彼は何もないところに話しかけながら、ボディビルダーっぽいポーズを決めてる。
「あいつ何やってんだ?」
「いつもやってるから私、聞いたことあるの。そしたら女性に筋肉を褒められた時の練習だって」
観察するとその通りで、見えない誰かに向かって『腕の筋肉、触ってみる?』とでも言っているようなジェスチャーと共に力こぶをつくってみせた。
すごくいい笑顔だ。
「悪い人じゃないの。ただちょっと努力の方向がズレてるというか」
「ああ分かる。いい奴だよ」
「じゃあ最後の場所、廊下のつき当たりに、私が在籍してる生徒会室があるわ」
俺たちは並んで歩き始めた。廊下には誰もおらず、ふたりが床を踏む音しか聞こえない。
「こはる」
「なにナオくん」
「昔の話、していいか?」
「……うん」
少し遅れた返事だった。けどちゃんと「うん」て言ってくれた。
「こはるが引っ越したとき、俺、お別れが言いたかった」
事前に教えてほしかったという直接的な批判を、俺なりに薄めてみた。
「それに、引っ越したって聞いて、お前の家に行ったらバラバラになってて」
「壊れちゃってたよね。私もよく覚えてる」
こはるは再び立ち止まり、俺に向き直った。
「その質問に答える前に、私、ナオくんに言わなきゃいけない事があるの」
こはるは真剣な眼差しで俺を見上げる。
どんな言葉が来ても冷静でいられるよう、俺は一度深呼吸してからこはるを見据える。
「よし、言ってくれ」
こはるは口を開きかけて、閉じた。
「……」
「どうした?」
「笑わない?」
「笑わない」
「実はわたし……」
躊躇うように視線を泳がせたあと、こはるは絞り出すように言った。
「……ぼっち……なの」
俺は困って頬を搔きながら言う。
「お前は人気者の部類に入ると思うんだが」
こはるは焦って首をぶんぶん振った。
「違うのそっちじゃない」
ぼっちといえばひとりぼっちだろ。他にどんなぼっちがあるというのか。
「私の言ってるぼっちっていうのは……」
そのときだった。
「こはる、何の話をしてる?」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
不意に声をかけられて、俺は肩をビクッと震わせた。
こはるも驚きの声を上げた。
いつの間にか俺たちの前に女生徒が立っていた。
制服の上からも分かる抜群のボディラインに、長くて艶やかな黒髪、最も印象的なのは切れ長の妖艶な瞳だった。
モデルと言われても納得するほどの美人だ。
そんな超絶美女がS字ポーズで腰に手を当てて、こっちを見てる。
「知り合いか?」
と、こはるの方を見ると……、
姿がない。
俺は背後を見た。彼女のいた反対側も見た。廊下の奥まで見渡した。でも彼女が見つからない。
大山こはるが……消えた!?
「そこの男子生徒、こっちを見ろ」
狐に摘ままれたような顔で、美人の指示どおり彼女を見る。
「そう、そのままだ」
「俺いま大山こはると話してたはず……」
「こはるなら後ろにいる」
振り返るとこはるが立っていた。彼女は「ははは……」と胸の前で小さく手を振っている。笑顔だけど明らかに動揺してる。
「いま、消えてたよな?」
「なに言ってるの人間が消えるわけないでしょ。たまたま視界に入らなかっただけだよ」
納得してない様子の俺を見て、こはるは更につづける。
「そ、そんなことより彼女を紹介するね」
こはるは黒髪美人に向かって手を伸ばす。
「彼女が生徒会長の九条玲さん」
「白石直人、でよかったな」
「なんで名前を知ってる?」
「昼休みに、こはるがお前の話をしていた。放課後に学校のあちこちを紹介するとな」
そういって九条玲は一歩前に踏み出した。
俺はますます困惑した。こはるが消えたときも驚いたけど、それを越える驚きが九条玲にはあった。
彼女の頭の上に、謎の物体が座っていたんだ。
それは幼児化した九条玲が、そのまま小さくなったような姿だった。手のひらに乗るくらいの大きさで、ちょこんと九条の頭に腰掛けている。
「頭の上に何かいるんだが」
俺は指さしながら言う。
「頭の上?」
九条は自分の頭を触ってみた。するとミニ九条は彼女の手をすり抜けた。
「なに言ってるのナオくん、九条さんの頭には何もないわよ」
こはるが不思議そうに俺を見つめる。
疲れてるのかな。転校は慣れっこだと思っていたけど、無意識の緊張が重なって視覚がバグったのか。
『まったく、こはるちんは危なっかしいんだから』
聴覚までおかしくなってきた。ミニ九条がしゃべりだした。
『あたちがナオちんの気を引いて、こっちを見させたから今回は誤魔化せたけど、これから先、ふたりの距離が縮まったら秘密がバレてしまう気がするでしゅ』
秘密ってなんだ……、
てか、ナオちんって俺のことか?
『今日のところはふたりを引き離すのが先決でしゅ』
「こはる、学校案内は済んだか?」
九条玲は冷たい声色で言う。
「あと生徒会室だけ」
「そんなところまで教える必要はない。ここで終わりだ。私と来い。まだ生徒会の仕事が残っている」
九条玲はこはるの手をつかむと、強引に引っ張って行った。こはるは戸惑いながらも、九条には逆らえないのか、素直に連行されてゆく。
「じゃあねナオくん、また明日」
こはるは振り返って言った。
「お、おう……」
ミニ九条がニッコリ微笑む。
『よしっ!うまく行ったでしゅ。これから生徒会の三人で「たけのこの里パーティー」のはじまりでしゅ!』
たけのこの里パーティー……、このワードで今の状況に白黒つけることができそうだ。
俺は九条玲に向かって言った。
「たけのこの里パーティーやんの?」
九条の足がピタリと止まる。そんな彼女にこはるが語りかける。
「九条さん、今日の秘密のおやつって、たけのこの里?」
九条は止まったまま何も言わない。その代わり頭上のミニ九条が大いに慌てている。
『な、なな、なんであたちの用意した秘密のおやつが、ナオちんにバレバレなんでしゅの!?』
正解ってことでいいのかな。
九条はこのあと役員三人でおやつを食べて過ごすつもりだった。それを俺に言い当てられて動揺してる。
『すずちんにナオちんの監視を命じた方がいいでしゅね。こはるちんにも秘密の厳守を命じないと、こはるちんの秘密は、あたちたち3人の秘密でもありましゅから』
九条玲は再び歩き出した。ほとんど走るようなスピードで、こはる共々廊下の奥に消えた。
そして俺だけが残った。
たけのこの里の予言は、明日こはるに聞けば確定するけど、たぶん正解したんだろう。とすると九条の頭に乗ってた、俺だけに見えるミニ九条は、九条玲と意識がリンクしてることになる。
あれは一体どういう存在なんだろう。
それにミニ九条が言ってた「すずちん」って誰のことだ。そいつに俺の監視をさせるとか言ってたけど。
こはるが消えた理由も分からないし、解けない謎は増える一方だ。




