01 幼馴染と再会
「白石直人です。今日からこのクラスでお世話になります」
教壇に立って、俺は滑舌よく言う。
転校は慣れている。このあとクスッと笑えるギャグをひとつ挟んで自己紹介を終えようとしたとき、
「……はっ」
息をのむ声が聞こえた。
俺に注がれていた視線がそっちに向いた。声を上げたのは窓辺の女子で、両手で口元を押さえ、大きな目で俺を見ていた。
なんだあの娘……。
彼女は手をゆっくり下げると、自信なさげな疑問形で言った。
「ナオ……くん?」
その呼び方が10年前の記憶を引っ張り出した。
頭の中に幼馴染の女の子の顔が浮かぶ。それが、いま見ている女子とゆっくり重なる。
「大……山」
間違いない。
むかし近所に住んでて、一緒に遊んだ幼馴染の大山こはるだ。
「知り合いなのか?」
担任が俺に言う。
「はい、むかし近所に住んでて」
「だったら都合がいい。大山のとなりの席が空いてるから、そこに座りなさい。学校のことも色々教えてもらうといい」
指定された席に向かっているあいだ、まわりの生徒たちが噂する。
「転校先で幼馴染に出会うって、すごい確率じゃない?」
「しかも大山さんと幼馴染って、なんかすごくない?」
雑音は無視して席につく。それからとなりの大山こはるを見た。
「久しぶりだな」
「本当にナオくんなんだ……」
こはるはまじまじと俺を眺めて、それから笑顔になった。
「ほんと……、10年ぶりくらいかな」
俺が黙ったまま見つめていると、不思議そうに首をかしげた。
「どうしたの?」
近くで見たこはるは昔の面影を残していて、それでいて、とても綺麗になっていた。
「あ、いや……」
思わず見とれてしまった自分に気づいて、気取られまいと急いで前を向いた。
授業中、俺は黒板と教科書を見ながら、意識は過去の記憶に向いていた。
たしか大山こはるとは幼稚園が一緒で、小学校も同じクラスのとなりの席だった。
つまりいまと同じ状況だ。
でも小学校に入ってすぐ、こはるは何の連絡もなく引っ越してしまった。
それが信じられなくて、俺は彼女の家まで行った。
するととんでもないことになっていた。
こはるの家が全壊していたんだ。昔からあるお屋敷みたいな家がバラバラに壊れていた。
あれは、一体何だったのだろう……。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
昼休み。
教室に初登場の俺には一緒に食べる相手なんていない。
となりのこはるはと言うと、あちこちの男女から「大山さん、一緒に食べない?」と声をかけられている。
「ごめん、生徒会のみんなと約束があって」
と、弁当を持って廊下に消えてしまった。
こはると一緒に食べられるとは思ってなかったけど、もう昔みたいなちびっ子同士でもないんだし。
そんなことを考えて、コンビニで買ったパンをバッグから出してると、
「よう転校生、一緒に昼メシ食べようぜ」
野太い声が降ってきた。
どこのクラスにも社交性のある男子がひとりはいるもので、さっそく現れた。こういう奴がいてくれると、他の生徒とも打ち解けやすくなる。
俺は「ああ、もちろん」と、バッグに落としていた視線を前に向けた。すると不思議なモノが目に飛び込んできた。
それはブーメランパンツと、その中心にあるこんもりとした膨らみ。
見上げるとパンツ一丁のマッチョが立っていた。
「オレは剛田岳ってんだ。よろしくな」
「お、おう……」
まじまじと眺めていると、剛田が笑顔で言った。
「そんなに気になるか、オレの大胸筋」
そう言って、大胸筋を左右交互に動かして見せる。
ヤバいの来たなあ……。
「気になるのは、きみが裸でいることなんだが」
「これはお前、モテるためだよ」
剛田は椅子を俺の机に寄せて腰を下ろす。
そして手に持ったタッパウェアを開けた。そこには、ゆでたまご、ブロッコリー、白米がぎっしり詰まっていた。
「ハリウッド映画でもバッキバキの俳優がブロンド美女に言い寄られたりするだろ。あれ目指している」
だからって昼休みにパンツ一枚になるのは女子に引かれると思うけれど、本人はいたって真面目なようで、クラスの誰も彼に注目してないところを見ると、日常の風景として定着してるらしい。
剛田はパンツから海苔を取り出して「これミネラルな」と弁当にパラパラかけながら言った。
「大山から学校のこと色々教えてもらえると思うが、オレも聞いてくれれば答えるぜ」
浮かんだのが大山こはるだった。生徒会がどうのって教室を出てったけど。
「大山って生徒会やってんの?」
「はははっ!さっそく女子関係かーい」
「べ、べつに深い意味はなくて……」
「否定することはない。きれいな女子が気になるのは男子として当然だ。しかも白石にとっては幼馴染だからなおさらだ」
どう答えていいか分からず、俺は黙り込んだ。剛田はそんな俺を気にする様子もなくつづける。
「大山こはるは生徒会の書記だ。役員は三人いて、全員かなり目立つ」
「目立つ?」
「三人は学校の美少女トップ3と言われてるんだ。そしていつも一緒にいる」
「そんなに仲がいいのか」
「仲がいいっていうか、結束が固いんだよ。あの三人だけでひとつの集団が完成してる感じだな。だから声かける隙がない」
生徒会の仕事が忙しいからかな。
「でもまあ、白石なら幼馴染だし、普通に話せるだろ。羨ましいぜ」
「何が羨ましいの?」
背後から聞き覚えのある声がした。
振り返ると、こはるが立っていた。
「はぅっ!」
剛田は途端に身体を縮こませた。でも主張しすぎる筋肉が邪魔してぜんぜん縮まってない。
「べ、別に何でもなくてだな……」
「そう?」
こはるが不思議そうに首をかしげる。
剛田は「さ、さて腹も膨れたし」と、まだ食べかけの弁当を持って自分の席に帰っていった。そんな彼を目で追っていると、こはるに声をかけられた。
「ナオくん、放課後時間ある?」
「ああ、あるけど」
「じゃあ学校の案内するから、つき合ってくれる?」
「もちろんだ。ありがとう」
こはるとふたりっきりで話せる時間ができた。
積もる話もあるし、あと、俺にひと言もなく引っ越してしまったことに文句のひとつも言いたかった。
そして何より、こはるの屋敷が壊れた経緯も聞きたかった。




