14 乙女の呪い
「ナオくん、おはよう!」
こはるの挨拶に「……おう」と小さく答えて席につく。
異変に気づいて、こはるは俺の顔を覗き込んだ。
「風邪ひいた?」
「いいや」
「顔色悪いよ」
「眠れなくてな」
俺は机に頬杖をついて、力ないため息を吐く。
「何かあった?」
「こはるのお祖父さんにもらった市松人形だよ」
「そういえば、何か投げ渡してたね」
俺は家に帰ってからのあれこれについて、こはるに説明した。
何よりも困ったのが、常に市松人形が近くにいるんだ。トイレに入れば足元にいるし、シャワーを浴びてるとシャンプーのとなりに立ってる。
気味が悪いからゴミ置き場に捨てても、俺より早く帰宅してる。
それだけじゃない。俺を殺しにかかってる。台所から包丁を持ち出して刺そうとしたり、伸ばした髪で首を締めあげてくる。
でも俺の妖怪ハンターの力が影響してるようで、俺を刺す前に包丁を落としてしまったり、首を締めあげる力も弱い。
最後はもう、体当たりでポコスカ攻撃してくる。痛くはないけど眠れない。
「そして俺は寝不足だ」
こはるは申し訳なさそうに肩を縮こませた。
「ごめんなさい」
「こはるは悪くない。ただ人形をなんとかしてくれると助かる」
「分かったわ。ナオくんのアパートに行っていい?人形を見みたいから」
「お、おう……」
棚からぼたもち!
ここに来てようやく、呪われるのも悪くないと思えてきた。
今日こそこはるに告白する。そのままの流れで、前回失敗したキスまで成功させるのだ。
俺は元気を取り戻して、教科書を出そうと鞄を開けた。
市松人形が入ってた。
「こはる、家に来る必要がなくなった」
鞄から人形を取り出して、こはるに見せた。
こはるが手を伸ばす。俺が人形を渡すと、彼女はまじまじと眺めた。やがて顔を顰めて身を引いた。
「面倒な呪いがかかってる」
「……そうか」
「解いてくれそうな妖怪に覚えがあるから、学校終わったら一緒に行きましょう」
「ありがとう、頼む」
そのときふと、主不在の机が目に入った。剛田岳の席だ。
担任に剛田の容態を聞いたとき、数日入院するって言ってたな。
可哀想な剛田。鬼とは知らず、九条玲に腕相撲を挑んだことは不運と言わざるを得ない。
「なあこはる、剛田の見舞いに行かないか?」
「私も気になってたの。剛田くんって腕相撲は負けなしって豪語してたから、華奢な九条さんに完敗してメンタル的にやられてると思って」
「じゃあ放課後行ってみよう」
「市松人形はいいの?」
「ちょっと寝不足になるくらいだ。後回しでいいよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
放課後、俺とこはるは剛田が入院している病院に向かった。
手ぶらで行くと格好がつかないので、スーパーでいくつかのタンパク質を買った。
受付で事情を話して、教えられた病室に入った。
剛田はすぐ見つかった。上半身裸の状態でベッドに腰をおろし、男の子に筋肉を披露している。
「ここが上腕二頭筋な。そしてこれが腹直筋」
「すげー!ムキムキだあ!」
「ここ大胸筋、触ってみ?」
「うわ動いた!ぴくぴくしてる!剛田兄ちゃんすげーーーっ!」
楽しそうだな。
「ヒロシくん、検査の時間ですよ」
看護師が病室に入ってきた。男の子の手を引いて廊下に消える。
すると、さっきまで笑顔だった剛田の表情に影が差す。
「おう剛田、見舞いにきてやったぞ」
「……ありがとう」
「剛田くん、調子はどう?」
「まあまあだな」
口数が少ない。やはり九条に完敗したことを引きずっているんだ。
「九条の件は気にするな」
「気にしてねえよ」
「そうは見えないわ。どう見ても落ち込んでる」
こはるが心配そうに身を乗り出す。すると剛田はガックリ肩を落とした。
「さっきのガキいるだろ。ヒロシって言うんだが」
「ああ、あの子がどうした」
「重い病に侵されてて、物心ついたときからずっと病院暮らしなんだと」
「……そうか」
剛田はヒロシの境遇に胸を痛めていたのか。
「だからオレ、ヒロシを助けてやりたくてさあ」
「千羽鶴でも折ったのか」
俺が答えを予想すると、剛田はゆっくり首を振る。
「いつもよりハードに筋トレしたんだ」
「……」
関連が分からない。でも雰囲気的に突っ込めない。
剛田は項垂れて長いため息を吐いた。
やがて彼の身体が震えはじめる。
「筋肉があれば何でもできると思ってた……」
剛田は声を押し殺して泣いていた。
「でもよお、筋肉じゃ人は救えない……ヒロシの病気を治せない。筋肉は、なんて無力なんだ……」
俺とこはるは顔を見合わせた。
剛田は、病気に対する己の無力さを痛感して悲嘆に暮れている。そこまでは俺たちも理解できる。でもそこに筋肉を割り込ませるものだから、結果、どうリアクションしていいか分からない。
戸惑う最中、俺は手にした鞄が振動してることに気づいた。スマホなら電源切ったはずと、鞄を開いてみると、震えているのは市松人形だった。
鞄から人形を取り出してみた。
そして驚愕した。
市松人形が、目から涙を流してる。
「……こはる、これ」
「人形が泣いてる。剛田くんの悲しみに共感したのかしら」
「古式ゆかしい人形だから、剛田の浪花節にハートを射抜かれたってことか」
剛田はティッシュで鼻をかんで、いつもの調子を取り戻した。
「すまん、辛気臭い話しちまって」
力ない笑みを見せた。そのとき、彼の目が市松人形に留まる。
「なんだそれ?」
「これは市松人形と言ってだな……」
「見舞いの品か。サンキュッ」
剛田は俺の手から人形を掻っさらい、いろんな角度から眺めはじめる。
「お、おい、それは見舞いの品なんかじゃあ……」
「オレが無類のフィギュア好きだと知ってたのか」
市松人形がフィギュアだと……?
「分かったぞ。これ岸田劉生の『麗子微笑』のフィギュアだろ。日本絵画のフィギュア化とは渋いねえ。作ったの海洋堂あたりかな」
剛田が勝手に勘違いして、勝手に納得してる。
こんなもの渡したら剛田の身に災いが降りかかってしまう。人形を取り戻そうと手を伸ばしたときだった。人形が剛田の手を離れて、彼の胸に張り付いた。
「……なんだ?」
剛田は人形を身体から引き離したあと、それを見下ろす。
「これ磁石でも内蔵してんの?」
それが理由でくっつくなら、剛田の身体は鉄や磁石で出来てることになる。
俺もこはるもどう答えていいか分からないでいると、剛田は俺たちの前に人形を突き出した。
「フィギュアの顔が変化してるんだが」
俺たちは人形に顔を近づけた。すると剛田の言うとおりだった。
表情の読めない市松人形の顔が、いまでは恋する乙女の顔になっていた。
「もしかして……」
こはるが口元に手を当てて言う。
「この人形、剛田くんに惚れちゃった?」




