13 こはるの家は大屋敷
こはるを自宅に送り届けるため、俺は彼女と下校した。また、ふたりきりの機会を利用して告白しようと思っていた。
ところが、なぜか九条玲がついてきた。
「なんでついてくる?」
迷惑だという表情を全面に出して九条に言った。
「ぬらりひょん様に用事があるのだ」
さも当然のように答える九条だが、頭上のミニ九条は違うことを言う。
『ふたりのそばにいることで、あたちもこはるちんの帰還に貢献したと思わせる作戦でしゅ』
こいつ、意外とセコいぞ。
一方、こはるは気にする様子もなく、九条と楽しく会話している。そんなふたりの横を、俺はふて腐れながら歩く。
仕方ない。告白はまた次の機会にするか。
やがて景色が住宅街から田園へ変わっていった。
波打つ田んぼを眺めていると、その向こうに巨大な建物が見えてきた。
漆喰の塀が横に長く伸びて、その奥から瓦屋根の古風な建物が聳え立っている。まるで戦国時代のお城の風情だ。
「あれなんだ、歴史的文化財とか?」
俺は建物を指さしてこはるに聞いた。
「私の家よ」
あれが家……、こはるの住んでる場所なのか。
あまりに時代劇じみた佇まいで、電気やガスが通ってる想像ができない。
急に空気が冷たくなってきた。
天気は変わったわけでもないのに、どういうことだろう。
「ナオくん、どうしたの?」
「温度が下がった気がする」
答えたのは九条玲の方だった。
「この辺は妖怪のテリトリーだから、空気が変わったのだ」
「テリトリーって?」
「この町の住人はほとんどが人間だ。でもここから先は古来より妖怪しか住んでいない。土地柄の違いが空気の違いになってる」
どこにでもある田園風景だけど、いま俺は異世界に足を踏み入れてるのか。
すると突然、足元がグラついた。
「地震!?」
慌てる俺の目の前で、地面がせり上がる。
「うわああああーーーっ!」
俺は急いで後ずさる。こはると九条はその場に立ち尽くしている。
「ふたりとも離れろ!地殻変動だ!」
「心配するな。地震ではない」
九条が落ち着き払って言う。
揺れが止むと、俺たちの前には進路を塞ぐように大きな壁ができていた。
「どけ塗壁!」
九条が壁をガンガン蹴ってる。
「塗壁って、妖怪の?」
「そうよ」
壁をよく見ると、小さなふたつの目が俺たちを見下ろしてる。
「これが塗壁かあ……名前どおり壁だな。なんで俺たちの進路を妨害するように現れたんだろう」
「妖怪ハンターが来たから警戒してるのよ」
そう言ってこはるは屋敷に目をやった。釣られて俺も見ると、屋敷のまわりをカラスが飛び回っている。
いや違う。顔と羽はカラスだけど、身体は人間だ。
「あれ、お祖父ちゃんの護衛のカラス天狗たち」
「騒いでる原因は俺か」
「安心して、私と九条さんがいるから。ナオくんに手出しはさせない」
「こはる、塗壁どうにかしてくれ。殴っても蹴ってもビクともしない」
「任せてちょうだい。ナオくんは少し離れてて」
言われたとおり、こはるから距離をとる。
するとこはるの身体が、見上げるほどに巨大化した。
巨大こはるは塗壁の端を両手でつかむと、地面から引っこ抜いた。塗壁の、図体の割に小さな足がパタパタ暴れる。
巨大こはるは塗壁を道の脇に丁寧に置いた。
「ここにいてね」
そんな様子を、俺は口をあんぐり開けて見ていた。巨大化したこはるを見るのは二度目だが、それでも圧巻の巨体だ。
そして、俺の立ち位置からスカートの中が丸見えだ。
『うわあ、ナオちんてばこはるちんのパンツをガン見してましゅ』
振り返ると、九条が腕組みして、半目で俺を見ていた。頭上のミニ九条はゲスな笑みを浮かべている。
「違うんだ九条。見えてしまったんだ」
「私は何も言ってないぞ」
そうだった。九条玲の頭上に座るミニ九条を認識できるのは俺だけだった。
「ナオく~ん」
こはるの声が降ってきた。
「どうした?」
見上げると、こはるは答える代わりに少し腰を落とした。そして顔の前で腕を交差させる。
「ジュワッ!」
「……?」
「……ジュワ」
「あ、はいウルトラマンね」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
屋敷に近づくにつれ、周囲にたくさんの気配を感じるようになった。
道と平行して流れる川には、水面に矢尻のような波がいくつも現れ、反対側の林では草を踏む音が聞こえる。
屋敷の前に到着すると、両側に櫓を配した大手門がゆっくり開く。
その向こうに見えたのは、カラス天狗の集団だった。みんな金剛杖をこちらに向けて、俺に襲いかかる気が満々だ。
地上にかぎらず、上空でもカラス天狗が旋回してる。
「どけカラスども、この方は客人だ!」
九条が声を張ると、カラス天狗たちは戸惑いながら道を開ける。
「さあナオくん、行きましょう」
こはるが俺の手を握って歩きはじめる。
向けられた敵意に腰が引けていたけれど、こはるに引っ張られる形で門を潜った。
隙を見て近づくカラス天狗を、九条は手で払ってけん制する。
塀の向こうから牛の頭を持つ鬼がこちらを覗いている。天守の屋根には鵺が陣取り、庭に掘った心字池では何匹もの河童が顔を出している。
俺はいま、妖怪の世界にいる……。
誰かに背中をツンツンと突かれて、思わず立ち止まる。振り返ると5歳くらいの女の子が俺を見上げていた。
「お兄ちゃんだあれ?」
おかっぱ頭に真ん丸の目。縞模様の着物に、上から赤いちゃんちゃんこを羽織っている。百年前の子供が現代にタイムスリップしたみたいだ。
「私の妹よ」
こはるが女の子の頭を撫でる。
「妹いたのか」
「ええ、千歳っていうの」
「もしかして、この子も」
「千歳は座敷童よ」
住み着いた家に幸福をもたらす座敷童。
この子がそうなのか。言われてみれば福々しいキラキラを纏ってる。
「俺は白石直人、こはるの幼馴染でだな……」
改めて自己紹介するが、終える前に千歳が叫ぶ。
「知ってる!こはるお姉ちゃんの好きなひとだ!」
「んなっ!?」
こはるの顔が一気に沸騰した。余計なことを言わせまいと、両手で千歳の頬をギューッと挟んだ。
「にょおおおお~~!」
「ちいちゃん!何言ってるの!」
そんなバタバタを断罪するように、低い声が響く。
「……こはる」
俺たちは一斉に声のした方を見た。そこにはカラス天狗たちを従えたぬらりひょんがいた。
九条がぬらりひょんの前に歩み寄る。
「こはるを連れて参りました」
「……こはる、こっちへ来なさい」
こはるは険しい目つきでぬらりひょんを見る。それから俺の手を握る。
「ナオくん、私をお祖父ちゃんのところへ連れて行って」
「わかった」
俺はこはるの手を引いてぬらりひょんの前に立った。
「ナオくんに説得されて、帰ってきました」
『や、ヤバいでしゅ!こはるたんがそんなこと言ったら、あたちの手柄が無くなるでしゅ』
「私も手伝いました」
九条がすぐ便乗する。
「直人くんも玲もよくやってくれた」
ぬらりひょんは身を翻すと、こはると千歳を伴って天守に向かった。
「待ってくれ」
「……なにかね?」
ぬらりひょんは立ち止まり、身体を捻って俺を見た。
「俺はあなたの依頼を達成した。見返りがほしい」
「見返りか……何がほしい」
「これからも、こはると一緒にいたい。その許可をもらいたい」
「ふむ」
ぬらりひょんは顎に手を当ててしばし考えたあと、
「許可を出すには、いましばらく時間が必要だ」
俺がこはるの隣に立つ男として相応しいか、しばらく見極めるつもりらしい。
「とりあえず、これを受け取ってくれ。こはるを家に送ってくれた礼だ」
そう言って、ぬらりひょんは懐から何かを取り出して、俺に放って寄越した。
何だかわからないまま受け取って確認すると、
―――市松人形だった―――
全体から禍々しい気配が滲み出し、切れ長の目がじっとりと俺を見上げていた。
これ、絶対呪われてるやつだ。
「ワシがくれてやったのだ。捨てるなよ」
有無を言わせぬ声だった。
「もっとも捨てたところで、すぐ戻ってくるがな」
俺は手の中の人形を見下ろす。
ひやりとした重みが、手のひらに伝わってくる。
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