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美人サキュバスに召喚されたので、ダンジョンで娼館を始めます! ~下心だらけの異世界経営~  作者: えりんぎえのき


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第5話 店主の仕事

【転生4日目 午前6時30分/マスタールーム】


 昨夜、帳面へ大きく書いた数字が、朝になっても気になった。

 残り172DP。


「……とりあえず、見本からだな」


 スライム、角兎、ゴブリン、森林狼。

 残していた4個を回収ボックスへ入れ、今度は変換を実行した。


《魔石4個を変換:95DP》

《保有DP:267》


「よし。増えた」

「おはようございます、ナオ様。髪を直してから、確認なさってもよろしかったのでは?」


 振り返ると、イドが寝台へ腰を下ろしたまま、こちらを見ていた。


「おはよう。髪?」

「寝癖が、昨日より元気です」


 頭を押さえる。

 今日は、店主の顔を整える仕事もあるらしい。


 顔を洗い、食卓へホットケーキを並べた。

 イドは添えられたシロップを、初めから生地へ染み込ませている。


「好みが決まってきたな」

「はい。次にいただくときは、こうしようと思っておりました」


 俺もバターを載せたところで、彼女が顔を上げた。


「ナオ様。わたくしが、何を楽しみにしているかも、お覚えでしょうか?」

「ダブル。今夜、持って帰る。俺も食ってみたいから、半分ずつにしようか」

「ナオ様も、まだ?」

「昨日は売ってばっかりでさ」


 イドが、自分の隣の椅子を見た。


「では、最初の味見は一緒に」

「うん。今日は忘れない」


 希望の親子丼を昼食用に用意し、帳面を袋へ入れる。

 売る物は、回収ボックスから店で出せばいい。

 俺は鍵を持ち、今度こそ髪も確かめてから出発した。


     *


【同日 午前10時50分/借りた食堂】


「ガレスが言ってた店、ここか?」


 看板を出したところへ、革手袋の男が来た。

 後ろには、短い槍を持った男もいる。


「肉がうまくて、薬が安いって聞いたんだが」

「合ってます! どっちも、今から売ります!」


 返事をしてから、俺は厨房へ戻った。

 まだ、最初のパンを温めているところだった。


 ガレスたちの話は、思っていた以上に広がっていた。

 料理を買いに来た客が薬の値段に驚き、薬を買いに来た客が肉の匂いで足を止める。

 リリが注文を取り、ミナが代金を数える間に、次の客が入ってきた。


 昨日の番号は、最初から使った。

 それでも、手は足りない。


「ニナ、こっちも包んでくれる?」

「待って。下を閉じないと、汁が漏れる」


 差し出しかけた皿を止めた。

 俺が置いた皿で、ニナの作業場所まで塞がっている。


「……俺が邪魔してた。2個ずつにする」

「うん。それなら、置ける」


 皿を戻し、焼く順番を見直す。

 ただ早く動けばいいわけではないらしい。


 最初に用意した肉が減ってきたところで、受け取った魔石をミナと確かめた。

 厨房の戸を閉め、回収ボックスへ移す。


《魔石25個を変換:350DP》


「これで、続きが焼ける……!」


 肉を買い足し、ボウルへ移してから戸を開けた。

 パンの買い足しには、トマが走ってくれる。

 ニナの横ではヨハンが皿を受け取り、客席へ戻っていった。


 俺が全部やろうとしていたら、もう何かが止まっていた。

 そのあとも、受け取った分を記録してから変換し、肉やソース、包み紙を補充した。

 魔石を受け取り、料理を作り、また次の代金をもらう。その順番で、夕方まで営業を続けた。


     *


【同日 午後4時/借りた食堂】


「……合った!」


 ミナが帳面へ指を置いた。

 現金と魔石、売れた数を確かめ終え、俺も息をつく。


「昨日より、売れてる?」

「はい。現金も、魔石も。料理は、おまけも入れて204個です」


 ニナが、自分の手を見た。


「私、それ、全部包んだの?」

「そう。助かった」

「……そっか。そんなに、できたんだ」


 指を曲げてから、ニナは残った紙を揃えた。

 ヨハンも運んだ数を聞きたがったが、俺が先に日当を渡す。

 仕事の時間は、ここまでだ。


「今日は、売上更新のお祝いにしよう。土産、チーズバーガーでどうだ?」

「チーズも入るの!?」


 リリとヨハンの声が重なった。

 ニナが揃えたばかりの紙へ、2人の視線が向く。


「待ってて。皆の分、19個焼くから」


 パンを買い足し、厨房で肉とチーズを用意した。

 焼けたパティへチーズを載せ、蓋をする。

 開けると、柔らかくなったチーズが肉の縁へ垂れていた。


「……それ、絶対おいしい」


 客席から見ていたリリが言った。


「食べて、確かめて。今日は、皆と祝ってきてくれ」


 包みを5つの袋へ分ける。

 ニナが底を確かめ、トマたちが受け取った。

 自分の分も持ったヨハンが、入口で振り返る。


「ナオさん、今日のこと、俺が説明していい?」

「頼む。皆が働いてくれたから、記録が出たって伝えて」


 ヨハンが頷き、袋を胸へ寄せた。

 俺は見送ってから、自分たちの夕食と、約束のダブルを持って帰った。


     *


【同日 午後6時/マスタールーム】


「……これは、かじる場所を考えますね」


 半分に切ったダブルを、イドが横から眺めていた。

 俺も自分の半分を持つ。


「思ったより厚いな」

「お作りになった方が、おっしゃいますか」

「売るときは、うまそうだとしか思ってなかった」


 2人でかじる。

 上の肉を噛んでも、下にもう1枚ある。

 イドは飲み込んでから、残りの断面へ目を戻した。


「……ガレス様が、こちらをお選びになるのも分かります」

「俺、売ってる場合じゃなかったな」

「売っていただかなければ、次をいただけません」

「それは困る!」


 味見のあとには、チーズバーガーも並べた。

 イドは肉へ絡んだチーズを確かめ、こちらもまた食べたいと言った。


「ガレスにも、明日これを渡そうかな。宣伝のお礼に」

「喜ばれると思います」


 食後は、翌日の商品を補充した。

 回復薬は10本へ。ほかの薬や道具も、元の数へ戻す。

 指輪は耐久、筋力、魔力に加え、素早さを2上げる物も選んだ。

 売値は50銀貨。それぞれ2個ずつ並べる。


 残高を確かめ、購入した商品を回収ボックスへ収めた。

 翌朝、店で取り出せば、そのまま売り場へ並べられる。


     *


【転生5日目 午前11時/借りた食堂】


 朝、市場のパンや野菜を運び込み、厨房では肉とチーズ、調味料と包み紙を買い足した。

 昨日補充した品を棚へ並べ、皆と準備を終えてから戸を開ける。


「今日は、俺から」


 ガレスの前へ、チーズバーガーを置いた。

 彼は席へ腰を下ろしかけた姿勢で、止まった。


「いいのか?」

「宣伝のお礼。昨日、ガレスに聞いたって客が、何人も来たんだ」

「話しただけだぞ」

「それで、皆がうちの場所を知ったんだから。食ってよ」


 ガレスが包みを持ち上げる。

 横から、溶けたチーズを見つけた。


「おい。昨日、これはなかっただろ」

「昨日の閉店後に作った。今日は、ガレスが最初」


 大きくかじった。

 噛んだところで肩が止まり、俺と断面を交互に見る。


「……何だ、こいつは」

「チーズバーガー」

「名前はあとで聞く! 肉に、チーズが……!」

「俺、今、名前を聞かれたと思ったんだけど!?」


 ガレスは返事をせず、もうひと口食べた。

 肉の脂を吸ったパンまで噛み、ようやく息をつく。


「うまい。こいつは、うまいぞ……! 肉の味を残して、チーズまで食える。なあ、次は――」

「待って。これはまだ、売り物に」

「俺にも、それをくれ!」


 革手袋の男が、客席から手を上げた。

 背後では、看板を読んでいた客も厨房を見ている。


「俺も。いくらだ?」

「そうね。あの顔を見たら、食べたくなるわ」


 ニナが俺のところへ来た。


「チーズ、まだあるよ」


 俺は、ガレスの半分なくなった包みを見る。

 彼は、次を頼むつもりで待っていた。


「……チーズバーガー。8銅貨で出します!」


 リリが看板を持ってきて、俺が名前と値段を書き足した。

 ヨハンは包み方をニナへ聞いている。


「とろけたところ、下へ垂れるから。ここ、折り返す」

「分かった。指についたら、もったいないしな」


 さっき渡した1個が、宣伝の続きを始めていた。

 午前中に受け取った魔石を変換し、追加の肉とチーズも用意する。

 新しい料理を出すなら、売り切れの心配まで増えるらしかった。


     *


【同日 午後0時35分/借りた食堂】


 ガレスは、まだ入口側の席にいた。

 食べているのは、代金を払って追加した普通のバーガーだ。

 さっきのチーズだけでは、足りなかったらしい。


 俺は焼き上がった料理を渡し、空になったフライパンの火を弱めた。

 そのとき、灰色の上着を着た男が陳列台の前へ来た。


「筋力が上がるのは、どれだ」

「こちらです。1個50銀貨」


 男が、並んだ2個を指した。


「両方、見ていいか。指に合うほうを選びたい」

「どうぞ。効果は同じです」


 渡す前に確かめる。

 銀製。筋力を2上げる指輪。2個とも、店の品だった。

 俺が小布ごと渡すと、男は片方ずつ持ち上げた。


「ナオさん。こっちの2個、何番の分?」


 リリの声に、厨房へ顔を向ける。


「先の番号。両方、普通だよ」


 男へ視線を戻すと、指輪は小布の上へ戻っていた。


「やめとく。思ったのと違う」

「そうですか」


 受け取り、棚へ戻す前に、もう一度鑑定した。


 片方は、銀製の筋力補助。

 もう片方は――真鍮。魔法の効果はない。


「お待ちください」


 男が、歩き出しかけた足を止めた。


「こちら、今お渡しした物と違います」

「何だと?」

「うちのは2個とも銀製でした。こちらは材質も、効果も違います」


 男は指輪を見たあと、俺を睨んだ。


「最初から、それを出したんだろ」

「渡す前にも、確認しています」

「じゃあ、そこの娘が替えたんじゃねえのか。客のせいにするなよ」


 指が、ミナへ向いた。

 帳面を持っていた彼女の肩が動く。


「私、指輪には――」

「この子は触っていません」


 俺はカウンターの横へ回り、ミナと男の間へ立った。


「渡したのも、受け取ったのも俺です。話は、俺にしてください」


 男の声が、一段大きくなった。


「何だ、その言い方は! 俺が盗んだとでも言いてえのか!」


 近くの客が、こちらを見た。

 俺は小布をカウンターへ置き、両手を空ける。


「リリ。衛兵を呼んできて。トマ、皆を厨房の奥へ」


 リリが戸口へ走った。

 男も、そちらへ身体を向ける。


「馬鹿らしい。帰るぞ」

「待ちな」


 ガレスが席から立っていた。

 入口の手前へ進み、男の左袖へ目を向ける。


「左手も見せろ」

「何の話だ」

「袖へ入れたのが見えた。返したあとも、そっちの手は隠したままだろ」


 男が脇を抜けようとした。

 ガレスの手が、その左腕を押さえる。

 袖口から銀の輪が滑り、床へ落ちた。


 硬い音がした。


 男も、俺も、その指輪を見た。

 ガレスは男から目を離さない。


「説明は、衛兵が来てからにしろ」


 男の右手が、腰へ動いた。


「下がれ!」


 ガレスの声が飛んだ。

 男の手に、短い刃があった。


 ――刃物。


 そう分かったときには、男が腕を振っていた。

 ガレスが左腕を放し、身体を横へずらす。

 刃が、さっきまで腕のあった場所を通った。


「どけよッ!」


 男が続けて踏み込む。

 ガレスは振り下ろされた刃から離れ、客席へ手を振った。


「奥へ行け!あいつから離れろ!」


 長椅子が床をこする音。

 客の悲鳴。

 トマがヨハンの肩を掴み、厨房の奥へ引いた。ニナも2人の後ろへ下がる。


 男は空いた通路を見た。

 入口には、ガレスがいる。

 次に向いたのは、カウンターの横だった。


 ミナが、まだそこにいた。

 帳面を胸へ抱え、下がろうとしている。


 男が長椅子を蹴りずらし、こちらへ走った。


「来るな! そこの娘、どけッ!」


 右手に刃物。

 伸びた左手が、ミナの肩へ向かった。


「ミナ!」


 俺は彼女の腕を引き、厨房側へ押し込んだ。

 自分もカウンターの内側へ身体を滑らせる。


 左腕に、熱い痛みが走った。

 固定された作業台の角へ、前腕を強く擦ったのだ。


「っ……!」


 痛い。

 だが、顔を上げるほうが先だった。


 男の左手は、誰も掴んでいない。

 ミナは俺の後ろで、壁に手をついていた。


「そのまま、奥へ!」


 俺が言うと、ミナが動いた。

 男がカウンターを回ろうとする。

 その横へ、ガレスが入った。


「相手は、俺だ」


 男が刃を横へ振る。

 ガレスは引いた。避けただけで、距離を詰めない。

 男がもう一度振ると、今度は半歩、外へ回る。


 戦斧は、席の壁際へ置いたままだった。

 素手なのに、男のほうが追い立てられている。


「くそっ……!」


 男が腕を引き、ガレスの腹へ短剣を突き出した。


 ガレスが動いた。

 身体を横へ逃がしながら、伸びた腕を押さえる。

 もう一方の手が男の胸元を掴み、そのまま肩がぶつかった。


 鈍い音。

 男の足が、後ろへもつれた。


「がっ――!」


 ガレスは離さない。

 掴んだ腕を引いて向きを変え、男を空いた床へ倒した。

 背中が落ちる音がして、短剣が手から離れた。


 刃が床を滑る。

 ガレスは男の腕を背へ回し、起き上がれない位置で押さえ込んだ。


「離せッ! てめえ……!」


 男が身体をよじる。

 ガレスの肩が動き、逃げようとした腕が止まった。


「やめろ。これ以上、暴れるな」


 声は低かった。

 大きく笑うときとは、全く違った。


 男はなお足を動かしたが、起き上がれない。

 やがて荒い息だけになり、床へ頬をつけた。


「ナオ。皆、無事か」


 呼ばれて、俺は後ろを向いた。

 ミナ、ニナ、トマ、ヨハン。

 4人が厨房の奥にいる。


「ミナ、怪我は!?」

「……ない。私は、ないです」


 ミナが俺の左腕を見た。


「ナオさん、血が」


 皮膚を擦ったところに、赤い筋ができていた。

 そこから滲んだ血が、腕を伝っている。

 遅れて、ひりひりと痛みが増した。


「台で擦った。刃物じゃない」


 言って、自分でも確かめる。

 深く裂けたところはない。

 だが、平気な顔を作ろうとしても、呼吸がうまく戻らなかった。


 ガレスは床の男を押さえたまま、俺を見た。


「こっちは任せろ。お前は、そっちを見てろ」


 俺は頷き、ミナたちのところへ戻った。


     *


【同日 午後0時45分/借りた食堂】


 リリが、衛兵2人を連れて戻ってきた。

 入口で足を止め、床の男と、俺の腕を見比べる。


「ナオさん!?」

「擦っただけ。呼んできてくれて、助かった」


 白髪の混じった衛兵が、ガレスへ頷いた。

 もう1人が、床の短剣を回収する。


「刃物はこれ1本か?」

「抜いたのは、それだけだ。左袖から、指輪が落ちてる」


 男の腕に手枷が掛けられた。

 ほかに武器がないかを確かめ、衛兵が引き起こす。

 男は口を開きかけ、ガレスを見て黙った。


 俺は、渡した品と戻された品の違いを説明した。

 すり替える瞬間は見ていないことも、隠さず伝える。

 ガレスは袖口への動きと、抜刀したところを話した。


 床の銀の指輪が拾われ、台の上で残る1個と並んだ。

 2個とも、筋力を2上げる品。傷はなかった。


「こちらが、店の物で間違いないか」

「はい。あと、この子は受け渡しに触っていません。俺が渡して、俺が受け取りました」


 俺がミナへ目を向けると、衛兵も頷いた。


「分かった。話は、そちらからも聞く」


 ミナは息を吸い、見ていたことを話した。

 声は震えていたが、最後まで自分で言えた。


 真鍮の指輪と短剣は、衛兵が持っていく。

 男が連れていかれ、戸口の人だかりがほどけた。


 俺は、ようやく左腕を水へ出した。

 井戸から汲んだ清潔な水で傷を洗うと、思わず歯を食いしばる。


「……痛そうじゃないか」


 ガレスが、そばへ来ていた。


「痛いよ。平気って言ったら、嘘になる」

「なら、そっちを先にしろ。商売は待てる」


 店の包帯を1巻開け、傷へ当てる分を切った。

 ガレスに留めるところを手伝ってもらい、残りは売り物と分けて置く。

 両手を洗い直してから、ミナの座った席へ向かった。


     *


【同日 午後1時/借りた食堂】


「……ごめんなさい」


 俺が隣へ座ると、ミナは腕の包帯を見て言った。


「私、もっと早く下がってれば」

「いきなりだったからな。俺も、すぐには動けなかった」

「でも、私を引っ張ったから」


 ミナの手が、膝の上で握られている。


「怪我がなくて、よかった。そこは、本当にそう思ってる」


 彼女が顔を上げた。


「俺が擦ったのは、台の角。ミナのせいじゃない。指輪のことも、受け渡してたのは俺だ」


 ニナが、向かいの席から頷く。


「私も見てた。ミナ、ずっと会計のところにいたよ」


 ミナは返事をしようとしたが、うまく声にならなかった。

 俺は急かさず、ほかの3人にも顔を向けた。


「トマ、皆を下げてくれてありがとう。リリも、衛兵を呼んできてくれて助かった」

「私、戻ったら血が出てて……何があったのかと思った」

「うん。怖い思いさせた」


 ヨハンは、膝へ置いた手を見ていた。


「俺、何もできなかった」

「下がってくれたろ。あそこで飛び込まれたら、俺、誰を見ればいいか分からなくなる」

「……うん」


 俺も、男を止められなかった。

 ガレスがいなければ、どうなっていたか分からない。


「今日の残り、怖くて働けなかったら言って。給料は変えない。店は、俺が考えるから」


 ミナは包帯から目を離し、帳面を見た。


「休んでから、もう一度やってみてもいいですか」

「もちろん。俺もひと息つく」


 ガレスが水の入ったコップを、俺の前へ置いた。


「お前も、まだ手が震えてる」


 言われて、自分の右手を見た。

 握っていないのに、指先が動いていた。


「……怖かった」

「そうだろうな。刃物を出されたんだ」


 ガレスは、向かいの長椅子へ腰を下ろした。


「あいつを追って来なかったのは、よかった。守る相手を下げたら、あとは距離を取れ。俺がいたんだからな」

「分かった。次、俺まで突っ込まないようにする」

「次が来ねえのが、いちばんいいがな」


 俺は、まだ飲めずにいた水を口へ運んだ。


     *


【同日 午後1時25分/借りた食堂】


 ガレスへ、中級回復ポーションを差し出した。

 彼が棚の札を見て、自分で選んだ物だった。


「朝の飯とは、別のお礼。俺も、ミナも助かった」

「……お前は、その腕に薬を使わねえのか」

「洗って、包帯もした。痛いけど、動かせるよ。この薬は、ガレスの仕事で持っててほしい」


 ガレスは俺の腕を確かめ、それから瓶を受け取った。


「なら、ありがたく。仲間が深い傷を負ったときにも、使える」

「使わずに、また飯を食いに来てくれたら嬉しい」

「注文が難しいな。飯は約束できるが」


 携行袋へ瓶を収め、ガレスが席へ戻る。

 途中まで食べた普通のバーガーが、皿の上へ残っていた。


「……冷めたな」

「作り直そうか?」

「いい。残りも食う。お前は、休んでから働け」


 俺は厨房へ戻る前に、指輪の渡し方を皆と決め直した。

 見せるのは、1個ずつ。

 戻されたら、その場で確かめる。

 別のことを聞かれたら、いったん品を置いてから答える。


 ミナが、新しい注文の行を開いた。

 ニナは包装する場所を空け、トマはずれた長椅子を戻す。

 俺も、乾いた手でフライ返しを取った。


 営業を再開すると、濃い緑の外套を着た女性が、魔力の指輪を選んだ。

 1個だけ差し出し、確認を待つ。


「これを買うわ」

「65銀貨です。ありがとうございます」


 女性はミナへ代金を渡した。

 数える間、ミナはいつもより慎重に硬貨を並べたが、最後まで自分で確かめた。

 俺が指輪を渡すと、女性は自分の袋へ収め、チーズバーガーも1個注文していった。


     *


【同日 午後2時/借りた食堂】


「こんにちは。……その腕、どうしたんですか?」


 リゼは入ってくるなり、俺の包帯へ目を向けた。

 事情を短く話すと、指輪より先に俺の顔を見る。


「擦り傷で済んだんですね?」

「うん。ガレスが止めてくれて、犯人は衛兵が連れてった」

「それなら、よかったです。無事だったからといって、同じように防げるとは考えないでくださいね」

「ガレスにも、言われた」


 リゼは頷き、それ以上は責めなかった。

 腰の剣を長椅子へぶつけないよう脇へ寄せ、棚の指輪を見る。


「今日は、素早さを上げる物もあるんですね」

「はい。2上がります。耐久や筋力の物とは、一緒に使えます」

「昨日買った筋力の指輪も、着けてきたんです。では、これも確かめさせてください」


 俺は1個だけ、小布へ出した。

 リゼは鑑定し、値札を確かめてから、購入を決めた。


 代金は、ミナへ渡してもらう。

 彼女の指が、銀貨の上で一度止まった。


「……確かめますので、お待ちください」

「はい。お願いします」


 リゼは急かさず、数え終わるまで待った。

 ミナが顔を上げ、俺も頷く。

 指輪はリゼの指へ収まり、代わりに銀貨が店へ残った。


「チーズの入った料理も、今日からですか?」

「そうです。8銅貨。ガレスにお礼で出したら、周りも食べたいって」

「……それは、気になりますね。1つ、お願いします」


 ミナが、今度は迷わず注文へ番号を付けた。

 俺はその行を確かめ、火の前へ立つ。

 フライパンに肉を置く音が、店へ戻ってきた。

 午後の仕込みにも、肉と足りない調味料を買い足した。

 閉店前には残る魔石を変換し、今日受け取った分を全て帳面と照らし合わせた。


     *


【同日 午後4時/借りた食堂】


 閉店後、現金の売上が昨日を超えていると分かった。

 ただし、大きかったのは指輪2個だ。

 料理の数まで増えたわけではない。


「今日は、チーズが増えたんだな」

「あと、皆、チーズの話ばっかりしてた」


 リリが言うと、ヨハンも頷いた。


「ガレスが、最初からすごい声出すから」


 俺は日当を渡し、今日も土産の分を用意した。

 現金売上の更新祝いに、チーズバーガーを19個。

 買い出しと残りの調理は俺が行い、5人には仕事を終えて休んでもらう。


 料理を包み終えたとき、ミナが席から立った。


「ナオさん。明日も、来ていいですか」


 袋を渡す手が止まる。


「来てくれると、俺が助かる」

「……はい」


 ミナが両手で袋を受け取った。

 隣でニナが底へ手を添え、トマがほかの袋を持ち上げる。


「腕、無理しないでね」

「うん。今日は、片づけが済んだら帰る」


 5人を見送り、台へ戻った。

 傷はひりつくが、出血は止まっている。

 指輪は戻り、客の代金も、皆の給料も確かめた。


 俺は使い終えた道具を洗い、最後に、さっき男が立っていた場所を拭いた。


     *


【同日 午後6時/マスタールーム】


「ただいま」

「お帰りなさいませ、ナオ様。今日は――」


 イドの言葉が止まった。

 彼女の目が、俺の左腕へ向いている。


「……何があったのですか」


 声が、静かになった。


「指輪をすり替えた客がいてさ。見つかったら、刃物を出して暴れた」


 イドがそばへ来た。

 俺の腕へ伸ばしかけた手を止め、包帯の縁を見る。


「刃物で?」

「これは違う。ミナを下げるとき、台の角で擦った。洗って、包帯もしてある」

「その方は、どちらに」

「衛兵。ガレスが捕まえてくれた。指輪も戻ったし、ほかに怪我した人はいない」


 イドは、俺が話し終えるまで聞いていた。

 それから食卓の椅子を引く。


「お掛けください」


 座ると、身体から力が抜けた。

 イドは水を置き、今度は俺の右手へ、自分の手を添えた。


「今も、痛みますか?」

「ひりひりする。でも、深い傷じゃないよ」


 彼女が頷く。

 俺も頷き返そうとして、途中で息を吐いた。


「……怖かったよ」


 イドの指が、俺の手へ重なった。


「刃物を見たら、何していいか分かんなくなって。ミナのほうへ行ったときだけ、動けた」

「はい」

「帰って顔を見たら、ようやく落ち着いた」


 イドは、俺の手を離さなかった。


「わたくしにも、頼ってください。お帰りになってからのことでしたら、お任せいただけます」


 俺は、持ち帰った夕食を見た。


「じゃあ、飯、一緒に食ってくれる?」

「もちろんです」


 包みを開け、水を飲む。

 いつもより食べるのが遅くても、イドは急かさなかった。


     *


【同日 午後7時/マスタールーム】


 食後、売れた分と贈った分を補充した。

 ガレスへ渡した中級回復薬も、開けた包帯も、忘れず数へ入れる。

 全て確認し、売る品は回収ボックスへ収めた。


 残高は2556DP。

 予備を残しても、昨日の朝より余裕がある。


 イドが帳面の薬の欄を押さえた。


「新しい物を選ぶ前に、売り場の置き方も考え直しましょう。お料理から離れずに、品物も見られるように」

「うん。今日みたいに、呼ばれるたびに手元を見失うのは、もう嫌だ」


 客席を増やしたい。

 自分たちの店を買って、地下もつなげたい。

 昨日までは、その先のことばかり楽しみにしていた。


 今は、そこで働く5人の立つ場所まで考えたかった。


「店を大きくするだけじゃ、足りないな」

「はい。皆さんが働く場所も、一緒に作ってまいりましょう」


 俺は帳面へ、指輪の置き場所と、受け渡す場所を書いた。

 その下へ、会計をする場所も。


 最後に、明日の仕込みの欄を開く。

 ミナが来て、ニナが紙を折り、リリが客を迎える。

 トマとヨハンも、いつもの持ち場へ立つ。


 俺はその人数を確かめてから、用意する肉の数を書き始めた。

《第5話リザルト/転生4〜5日目》


【転生4日目・開始】


現金:74銀貨7銅貨

DP:172DP

未変換の魔石:見本4個、95DP相当



【転生4日目・売れた物】


普通バーガー124個:現金100個=600銅貨/魔石払い24個

ダブルバーガー56個:現金20個=200銅貨/魔石払い36個

初級回復ポーション6本:現金1本=80銅貨/魔石払い5本

初級解毒薬8本:現金2本=80銅貨/魔石払い6本

中級回復ポーション3本:現金1本=500銅貨/魔石払い2本

初級魔力ポーション5本:現金2本=320銅貨/魔石払い3本

滅菌包帯14巻:現金4巻=52銅貨/魔石払い10巻

油ランタン4個:現金1個=25銅貨/魔石払い3個

補充用燃料油8容器:現金1容器=3銅貨/魔石払い7容器

耐久補助の指輪1個:50銀貨


現金売上:68銀貨60銅貨

道具購入のおまけ:普通バーガー24個

客への料理提供:204個(有料180個+おまけ24個)



【転生4日目・魔石とDP収入】


営業で受取:

スライム57・角兎31・ゴブリン238・森林狼4=330個


営業分を全変換:5595DP

前日の見本4個も全変換:95DP


DP収入合計:5690DP



【転生4日目・現金支出】


丸パン:232個×1銅貨=232銅貨

玉ねぎ:7kg×3銅貨=21銅貨

食用油250mL:5容器×10銅貨=50銅貨

薪:25kg×1銅貨=25銅貨

日当:5人×10銅貨=50銅貨


現金支出合計:378銅貨



【転生4日目・DP支出】


ホットケーキセット:2食×4DP=8DP

イド昼食・親子丼:1食×4DP=4DP

日本産牛ひき肉:28900g(100gあたり1DP)=289DP

塩・100g入り:3袋×1DP=3DP

黒胡椒・10g入り:6袋×1DP=6DP

ケチャップ・500g入り:8個×3DP=24DP

マスタード・200g入り:4個×2DP=8DP

ピクルス・正味300g入り:8瓶×3DP=24DP

耐油紙・20枚入り:12組×2DP=24DP

チーズ・100g入り:5個×2DP=10DP

持ち帰り用紙袋:5枚×1DP=5DP


初級回復ポーション:10本×40DP=400DP

初級解毒薬:8本×20DP=160DP

中級回復ポーション:3本×150DP=450DP

初級魔力ポーション:5本×60DP=300DP

滅菌包帯:14巻×3DP=42DP

油ランタン:4個×12DP=48DP

補充用燃料油250mL:8容器×2DP=16DP

耐久補助の指輪:2個×500DP=1000DP

筋力補助の指輪:1個×500DP=500DP

魔力補助の指輪:1個×500DP=500DP

素早さ補助の指輪:2個×500DP=1000DP


DP支出合計:4821DP


※夜の補充で回復薬10本、道具類も目標数へ。

※素早さ+2の指輪を追加。指輪4種類を各2個へ。

※商品補充4416DPは上記明細に含む。



【転生4日目・売上外の料理】


従業員5人とナオの昼食:普通6個

孤児院への売上更新祝い:チーズ19個

ナオとイドの夕食:チーズ2個

約束の味見:ダブル1個を2人で半分ずつ


調理総数:普通154+ダブル57+チーズ21=232個



【転生4日目・終了】


現金:7407+6860−378=13889銅貨

  =138銀貨89銅貨


DP:172+5690−4821=1041DP

未変換の魔石:0個



【転生5日目・売れた物】


普通バーガー73個:現金60個=360銅貨/魔石払い13個

ダブルバーガー45個:現金16個=160銅貨/魔石払い29個

チーズバーガー36個:現金30個=240銅貨/魔石払い6個

初級回復ポーション6本:現金2本=160銅貨/魔石払い4本

初級解毒薬6本:現金2本=80銅貨/魔石払い4本

中級回復ポーション2本:現金1本=500銅貨/魔石払い1本

初級魔力ポーション4本:現金1本=160銅貨/魔石払い3本

滅菌包帯12巻:現金4巻=52銅貨/魔石払い8巻

油ランタン3個:現金1個=25銅貨/魔石払い2個

補充用燃料油6容器:現金1容器=3銅貨/魔石払い5容器

魔力補助の指輪1個:65銀貨

素早さ補助の指輪1個:50銀貨


現金売上:132銀貨40銅貨

道具購入のおまけ:普通バーガー18個

客への料理提供:172個(有料154個+おまけ18個)



【転生5日目・魔石とDP収入】


受取:

スライム39・角兎28・ゴブリン168・森林狼3=238個


本日受取分を全変換:4015DP



【転生5日目・現金支出】


丸パン:200個×1銅貨=200銅貨

玉ねぎ:5kg×3銅貨=15銅貨

食用油250mL:5容器×10銅貨=50銅貨

薪:20kg×1銅貨=20銅貨

日当:5人×10銅貨=50銅貨


現金支出合計:335銅貨



【転生5日目・DP支出】


フレンチトーストセット:2食×4DP=8DP

イド昼食・親子丼:1食×4DP=4DP

日本産牛ひき肉:24500g(100gあたり1DP)=245DP

塩・100g入り:2袋×1DP=2DP

黒胡椒・10g入り:5袋×1DP=5DP

ケチャップ・500g入り:6個×3DP=18DP

マスタード・200g入り:3個×2DP=6DP

ピクルス・正味300g入り:8瓶×3DP=24DP

チーズ・100g入り:12個×2DP=24DP

耐油紙・20枚入り:10組×2DP=20DP

持ち帰り用紙袋:5枚×1DP=5DP

飲料水10L:1組×2DP=2DP


初級回復ポーション:6本×40DP=240DP

初級解毒薬:6本×20DP=120DP

中級回復ポーション:3本×150DP=450DP

初級魔力ポーション:4本×60DP=240DP

滅菌包帯:13巻×3DP=39DP

油ランタン:3個×12DP=36DP

補充用燃料油250mL:6容器×2DP=12DP

魔力補助の指輪:1個×500DP=500DP

素早さ補助の指輪:1個×500DP=500DP


DP支出合計:2500DP


※中級回復3本は販売2本とガレスへの贈与1本の補充。

※包帯13巻は販売12巻とナオの手当て用1巻の補充。

※贈与・自用の時点で、購入代を重ねて引かない。



【転生5日目・売上外の料理と贈与】


従業員5人とナオの昼食:普通6個

ガレスへの宣伝のお礼:チーズ1個

孤児院への現金売上更新祝い:チーズ19個

ナオとイドの夕食:チーズ2個


調理総数:普通97+ダブル45+チーズ58=200個


ガレスへの事件のお礼:中級回復ポーション1本

ナオの手当て:包帯1巻を開封、0.4m使用

開封した包帯の残り:4.6m、自用として別保管



【事件の結果】


筋力補助の指輪2個:無傷で店へ戻る

盗難による最終的な商品・現金の損失:0

備品の破損:0

報奨金・賠償金の受取:0


犯人の短剣と偽指輪:衛兵が回収

店の所有物には加えない。


ナオ:左前腕の軽い擦り傷

洗浄・包帯で保護、止血済み

HP99/100、MP30/30

自然回復・ポーション使用は未計上


ミナ・ほかの従業員・ガレス・客:負傷なし

犯人:ガレスが制圧し、衛兵へ引き渡し。死亡なし



【転生5日目・終了】


現金:13889+13240−335=26794銅貨

  =267銀貨94銅貨


DP:1041+4015−2500=2556DP

未変換の魔石:0個



【2日間の合計】


現金売上:201銀貨

現金支出:7銀貨13銅貨

DP収入:9705DP

DP支出:7321DP


営業受取の魔石:568個

変換:営業568個+前日の見本4個=572個


最終現金:267銀貨94銅貨

最終DP:2556DP(予備1000DPを含む)

預け保証金:15銀貨(手元の現金とは別)



【最終販売在庫】


初級回復ポーション10本/初級解毒薬10本

中級回復ポーション4本/初級魔力ポーション6本

未開封の滅菌包帯20巻

油ランタン5個/補充用燃料油250mL10容器

耐久・筋力・魔力・素早さの指輪:各2個

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