第5話 店主の仕事
【転生4日目 午前6時30分/マスタールーム】
昨夜、帳面へ大きく書いた数字が、朝になっても気になった。
残り172DP。
「……とりあえず、見本からだな」
スライム、角兎、ゴブリン、森林狼。
残していた4個を回収ボックスへ入れ、今度は変換を実行した。
《魔石4個を変換:95DP》
《保有DP:267》
「よし。増えた」
「おはようございます、ナオ様。髪を直してから、確認なさってもよろしかったのでは?」
振り返ると、イドが寝台へ腰を下ろしたまま、こちらを見ていた。
「おはよう。髪?」
「寝癖が、昨日より元気です」
頭を押さえる。
今日は、店主の顔を整える仕事もあるらしい。
顔を洗い、食卓へホットケーキを並べた。
イドは添えられたシロップを、初めから生地へ染み込ませている。
「好みが決まってきたな」
「はい。次にいただくときは、こうしようと思っておりました」
俺もバターを載せたところで、彼女が顔を上げた。
「ナオ様。わたくしが、何を楽しみにしているかも、お覚えでしょうか?」
「ダブル。今夜、持って帰る。俺も食ってみたいから、半分ずつにしようか」
「ナオ様も、まだ?」
「昨日は売ってばっかりでさ」
イドが、自分の隣の椅子を見た。
「では、最初の味見は一緒に」
「うん。今日は忘れない」
希望の親子丼を昼食用に用意し、帳面を袋へ入れる。
売る物は、回収ボックスから店で出せばいい。
俺は鍵を持ち、今度こそ髪も確かめてから出発した。
*
【同日 午前10時50分/借りた食堂】
「ガレスが言ってた店、ここか?」
看板を出したところへ、革手袋の男が来た。
後ろには、短い槍を持った男もいる。
「肉がうまくて、薬が安いって聞いたんだが」
「合ってます! どっちも、今から売ります!」
返事をしてから、俺は厨房へ戻った。
まだ、最初のパンを温めているところだった。
ガレスたちの話は、思っていた以上に広がっていた。
料理を買いに来た客が薬の値段に驚き、薬を買いに来た客が肉の匂いで足を止める。
リリが注文を取り、ミナが代金を数える間に、次の客が入ってきた。
昨日の番号は、最初から使った。
それでも、手は足りない。
「ニナ、こっちも包んでくれる?」
「待って。下を閉じないと、汁が漏れる」
差し出しかけた皿を止めた。
俺が置いた皿で、ニナの作業場所まで塞がっている。
「……俺が邪魔してた。2個ずつにする」
「うん。それなら、置ける」
皿を戻し、焼く順番を見直す。
ただ早く動けばいいわけではないらしい。
最初に用意した肉が減ってきたところで、受け取った魔石をミナと確かめた。
厨房の戸を閉め、回収ボックスへ移す。
《魔石25個を変換:350DP》
「これで、続きが焼ける……!」
肉を買い足し、ボウルへ移してから戸を開けた。
パンの買い足しには、トマが走ってくれる。
ニナの横ではヨハンが皿を受け取り、客席へ戻っていった。
俺が全部やろうとしていたら、もう何かが止まっていた。
そのあとも、受け取った分を記録してから変換し、肉やソース、包み紙を補充した。
魔石を受け取り、料理を作り、また次の代金をもらう。その順番で、夕方まで営業を続けた。
*
【同日 午後4時/借りた食堂】
「……合った!」
ミナが帳面へ指を置いた。
現金と魔石、売れた数を確かめ終え、俺も息をつく。
「昨日より、売れてる?」
「はい。現金も、魔石も。料理は、おまけも入れて204個です」
ニナが、自分の手を見た。
「私、それ、全部包んだの?」
「そう。助かった」
「……そっか。そんなに、できたんだ」
指を曲げてから、ニナは残った紙を揃えた。
ヨハンも運んだ数を聞きたがったが、俺が先に日当を渡す。
仕事の時間は、ここまでだ。
「今日は、売上更新のお祝いにしよう。土産、チーズバーガーでどうだ?」
「チーズも入るの!?」
リリとヨハンの声が重なった。
ニナが揃えたばかりの紙へ、2人の視線が向く。
「待ってて。皆の分、19個焼くから」
パンを買い足し、厨房で肉とチーズを用意した。
焼けたパティへチーズを載せ、蓋をする。
開けると、柔らかくなったチーズが肉の縁へ垂れていた。
「……それ、絶対おいしい」
客席から見ていたリリが言った。
「食べて、確かめて。今日は、皆と祝ってきてくれ」
包みを5つの袋へ分ける。
ニナが底を確かめ、トマたちが受け取った。
自分の分も持ったヨハンが、入口で振り返る。
「ナオさん、今日のこと、俺が説明していい?」
「頼む。皆が働いてくれたから、記録が出たって伝えて」
ヨハンが頷き、袋を胸へ寄せた。
俺は見送ってから、自分たちの夕食と、約束のダブルを持って帰った。
*
【同日 午後6時/マスタールーム】
「……これは、かじる場所を考えますね」
半分に切ったダブルを、イドが横から眺めていた。
俺も自分の半分を持つ。
「思ったより厚いな」
「お作りになった方が、おっしゃいますか」
「売るときは、うまそうだとしか思ってなかった」
2人でかじる。
上の肉を噛んでも、下にもう1枚ある。
イドは飲み込んでから、残りの断面へ目を戻した。
「……ガレス様が、こちらをお選びになるのも分かります」
「俺、売ってる場合じゃなかったな」
「売っていただかなければ、次をいただけません」
「それは困る!」
味見のあとには、チーズバーガーも並べた。
イドは肉へ絡んだチーズを確かめ、こちらもまた食べたいと言った。
「ガレスにも、明日これを渡そうかな。宣伝のお礼に」
「喜ばれると思います」
食後は、翌日の商品を補充した。
回復薬は10本へ。ほかの薬や道具も、元の数へ戻す。
指輪は耐久、筋力、魔力に加え、素早さを2上げる物も選んだ。
売値は50銀貨。それぞれ2個ずつ並べる。
残高を確かめ、購入した商品を回収ボックスへ収めた。
翌朝、店で取り出せば、そのまま売り場へ並べられる。
*
【転生5日目 午前11時/借りた食堂】
朝、市場のパンや野菜を運び込み、厨房では肉とチーズ、調味料と包み紙を買い足した。
昨日補充した品を棚へ並べ、皆と準備を終えてから戸を開ける。
「今日は、俺から」
ガレスの前へ、チーズバーガーを置いた。
彼は席へ腰を下ろしかけた姿勢で、止まった。
「いいのか?」
「宣伝のお礼。昨日、ガレスに聞いたって客が、何人も来たんだ」
「話しただけだぞ」
「それで、皆がうちの場所を知ったんだから。食ってよ」
ガレスが包みを持ち上げる。
横から、溶けたチーズを見つけた。
「おい。昨日、これはなかっただろ」
「昨日の閉店後に作った。今日は、ガレスが最初」
大きくかじった。
噛んだところで肩が止まり、俺と断面を交互に見る。
「……何だ、こいつは」
「チーズバーガー」
「名前はあとで聞く! 肉に、チーズが……!」
「俺、今、名前を聞かれたと思ったんだけど!?」
ガレスは返事をせず、もうひと口食べた。
肉の脂を吸ったパンまで噛み、ようやく息をつく。
「うまい。こいつは、うまいぞ……! 肉の味を残して、チーズまで食える。なあ、次は――」
「待って。これはまだ、売り物に」
「俺にも、それをくれ!」
革手袋の男が、客席から手を上げた。
背後では、看板を読んでいた客も厨房を見ている。
「俺も。いくらだ?」
「そうね。あの顔を見たら、食べたくなるわ」
ニナが俺のところへ来た。
「チーズ、まだあるよ」
俺は、ガレスの半分なくなった包みを見る。
彼は、次を頼むつもりで待っていた。
「……チーズバーガー。8銅貨で出します!」
リリが看板を持ってきて、俺が名前と値段を書き足した。
ヨハンは包み方をニナへ聞いている。
「とろけたところ、下へ垂れるから。ここ、折り返す」
「分かった。指についたら、もったいないしな」
さっき渡した1個が、宣伝の続きを始めていた。
午前中に受け取った魔石を変換し、追加の肉とチーズも用意する。
新しい料理を出すなら、売り切れの心配まで増えるらしかった。
*
【同日 午後0時35分/借りた食堂】
ガレスは、まだ入口側の席にいた。
食べているのは、代金を払って追加した普通のバーガーだ。
さっきのチーズだけでは、足りなかったらしい。
俺は焼き上がった料理を渡し、空になったフライパンの火を弱めた。
そのとき、灰色の上着を着た男が陳列台の前へ来た。
「筋力が上がるのは、どれだ」
「こちらです。1個50銀貨」
男が、並んだ2個を指した。
「両方、見ていいか。指に合うほうを選びたい」
「どうぞ。効果は同じです」
渡す前に確かめる。
銀製。筋力を2上げる指輪。2個とも、店の品だった。
俺が小布ごと渡すと、男は片方ずつ持ち上げた。
「ナオさん。こっちの2個、何番の分?」
リリの声に、厨房へ顔を向ける。
「先の番号。両方、普通だよ」
男へ視線を戻すと、指輪は小布の上へ戻っていた。
「やめとく。思ったのと違う」
「そうですか」
受け取り、棚へ戻す前に、もう一度鑑定した。
片方は、銀製の筋力補助。
もう片方は――真鍮。魔法の効果はない。
「お待ちください」
男が、歩き出しかけた足を止めた。
「こちら、今お渡しした物と違います」
「何だと?」
「うちのは2個とも銀製でした。こちらは材質も、効果も違います」
男は指輪を見たあと、俺を睨んだ。
「最初から、それを出したんだろ」
「渡す前にも、確認しています」
「じゃあ、そこの娘が替えたんじゃねえのか。客のせいにするなよ」
指が、ミナへ向いた。
帳面を持っていた彼女の肩が動く。
「私、指輪には――」
「この子は触っていません」
俺はカウンターの横へ回り、ミナと男の間へ立った。
「渡したのも、受け取ったのも俺です。話は、俺にしてください」
男の声が、一段大きくなった。
「何だ、その言い方は! 俺が盗んだとでも言いてえのか!」
近くの客が、こちらを見た。
俺は小布をカウンターへ置き、両手を空ける。
「リリ。衛兵を呼んできて。トマ、皆を厨房の奥へ」
リリが戸口へ走った。
男も、そちらへ身体を向ける。
「馬鹿らしい。帰るぞ」
「待ちな」
ガレスが席から立っていた。
入口の手前へ進み、男の左袖へ目を向ける。
「左手も見せろ」
「何の話だ」
「袖へ入れたのが見えた。返したあとも、そっちの手は隠したままだろ」
男が脇を抜けようとした。
ガレスの手が、その左腕を押さえる。
袖口から銀の輪が滑り、床へ落ちた。
硬い音がした。
男も、俺も、その指輪を見た。
ガレスは男から目を離さない。
「説明は、衛兵が来てからにしろ」
男の右手が、腰へ動いた。
「下がれ!」
ガレスの声が飛んだ。
男の手に、短い刃があった。
――刃物。
そう分かったときには、男が腕を振っていた。
ガレスが左腕を放し、身体を横へずらす。
刃が、さっきまで腕のあった場所を通った。
「どけよッ!」
男が続けて踏み込む。
ガレスは振り下ろされた刃から離れ、客席へ手を振った。
「奥へ行け!あいつから離れろ!」
長椅子が床をこする音。
客の悲鳴。
トマがヨハンの肩を掴み、厨房の奥へ引いた。ニナも2人の後ろへ下がる。
男は空いた通路を見た。
入口には、ガレスがいる。
次に向いたのは、カウンターの横だった。
ミナが、まだそこにいた。
帳面を胸へ抱え、下がろうとしている。
男が長椅子を蹴りずらし、こちらへ走った。
「来るな! そこの娘、どけッ!」
右手に刃物。
伸びた左手が、ミナの肩へ向かった。
「ミナ!」
俺は彼女の腕を引き、厨房側へ押し込んだ。
自分もカウンターの内側へ身体を滑らせる。
左腕に、熱い痛みが走った。
固定された作業台の角へ、前腕を強く擦ったのだ。
「っ……!」
痛い。
だが、顔を上げるほうが先だった。
男の左手は、誰も掴んでいない。
ミナは俺の後ろで、壁に手をついていた。
「そのまま、奥へ!」
俺が言うと、ミナが動いた。
男がカウンターを回ろうとする。
その横へ、ガレスが入った。
「相手は、俺だ」
男が刃を横へ振る。
ガレスは引いた。避けただけで、距離を詰めない。
男がもう一度振ると、今度は半歩、外へ回る。
戦斧は、席の壁際へ置いたままだった。
素手なのに、男のほうが追い立てられている。
「くそっ……!」
男が腕を引き、ガレスの腹へ短剣を突き出した。
ガレスが動いた。
身体を横へ逃がしながら、伸びた腕を押さえる。
もう一方の手が男の胸元を掴み、そのまま肩がぶつかった。
鈍い音。
男の足が、後ろへもつれた。
「がっ――!」
ガレスは離さない。
掴んだ腕を引いて向きを変え、男を空いた床へ倒した。
背中が落ちる音がして、短剣が手から離れた。
刃が床を滑る。
ガレスは男の腕を背へ回し、起き上がれない位置で押さえ込んだ。
「離せッ! てめえ……!」
男が身体をよじる。
ガレスの肩が動き、逃げようとした腕が止まった。
「やめろ。これ以上、暴れるな」
声は低かった。
大きく笑うときとは、全く違った。
男はなお足を動かしたが、起き上がれない。
やがて荒い息だけになり、床へ頬をつけた。
「ナオ。皆、無事か」
呼ばれて、俺は後ろを向いた。
ミナ、ニナ、トマ、ヨハン。
4人が厨房の奥にいる。
「ミナ、怪我は!?」
「……ない。私は、ないです」
ミナが俺の左腕を見た。
「ナオさん、血が」
皮膚を擦ったところに、赤い筋ができていた。
そこから滲んだ血が、腕を伝っている。
遅れて、ひりひりと痛みが増した。
「台で擦った。刃物じゃない」
言って、自分でも確かめる。
深く裂けたところはない。
だが、平気な顔を作ろうとしても、呼吸がうまく戻らなかった。
ガレスは床の男を押さえたまま、俺を見た。
「こっちは任せろ。お前は、そっちを見てろ」
俺は頷き、ミナたちのところへ戻った。
*
【同日 午後0時45分/借りた食堂】
リリが、衛兵2人を連れて戻ってきた。
入口で足を止め、床の男と、俺の腕を見比べる。
「ナオさん!?」
「擦っただけ。呼んできてくれて、助かった」
白髪の混じった衛兵が、ガレスへ頷いた。
もう1人が、床の短剣を回収する。
「刃物はこれ1本か?」
「抜いたのは、それだけだ。左袖から、指輪が落ちてる」
男の腕に手枷が掛けられた。
ほかに武器がないかを確かめ、衛兵が引き起こす。
男は口を開きかけ、ガレスを見て黙った。
俺は、渡した品と戻された品の違いを説明した。
すり替える瞬間は見ていないことも、隠さず伝える。
ガレスは袖口への動きと、抜刀したところを話した。
床の銀の指輪が拾われ、台の上で残る1個と並んだ。
2個とも、筋力を2上げる品。傷はなかった。
「こちらが、店の物で間違いないか」
「はい。あと、この子は受け渡しに触っていません。俺が渡して、俺が受け取りました」
俺がミナへ目を向けると、衛兵も頷いた。
「分かった。話は、そちらからも聞く」
ミナは息を吸い、見ていたことを話した。
声は震えていたが、最後まで自分で言えた。
真鍮の指輪と短剣は、衛兵が持っていく。
男が連れていかれ、戸口の人だかりがほどけた。
俺は、ようやく左腕を水へ出した。
井戸から汲んだ清潔な水で傷を洗うと、思わず歯を食いしばる。
「……痛そうじゃないか」
ガレスが、そばへ来ていた。
「痛いよ。平気って言ったら、嘘になる」
「なら、そっちを先にしろ。商売は待てる」
店の包帯を1巻開け、傷へ当てる分を切った。
ガレスに留めるところを手伝ってもらい、残りは売り物と分けて置く。
両手を洗い直してから、ミナの座った席へ向かった。
*
【同日 午後1時/借りた食堂】
「……ごめんなさい」
俺が隣へ座ると、ミナは腕の包帯を見て言った。
「私、もっと早く下がってれば」
「いきなりだったからな。俺も、すぐには動けなかった」
「でも、私を引っ張ったから」
ミナの手が、膝の上で握られている。
「怪我がなくて、よかった。そこは、本当にそう思ってる」
彼女が顔を上げた。
「俺が擦ったのは、台の角。ミナのせいじゃない。指輪のことも、受け渡してたのは俺だ」
ニナが、向かいの席から頷く。
「私も見てた。ミナ、ずっと会計のところにいたよ」
ミナは返事をしようとしたが、うまく声にならなかった。
俺は急かさず、ほかの3人にも顔を向けた。
「トマ、皆を下げてくれてありがとう。リリも、衛兵を呼んできてくれて助かった」
「私、戻ったら血が出てて……何があったのかと思った」
「うん。怖い思いさせた」
ヨハンは、膝へ置いた手を見ていた。
「俺、何もできなかった」
「下がってくれたろ。あそこで飛び込まれたら、俺、誰を見ればいいか分からなくなる」
「……うん」
俺も、男を止められなかった。
ガレスがいなければ、どうなっていたか分からない。
「今日の残り、怖くて働けなかったら言って。給料は変えない。店は、俺が考えるから」
ミナは包帯から目を離し、帳面を見た。
「休んでから、もう一度やってみてもいいですか」
「もちろん。俺もひと息つく」
ガレスが水の入ったコップを、俺の前へ置いた。
「お前も、まだ手が震えてる」
言われて、自分の右手を見た。
握っていないのに、指先が動いていた。
「……怖かった」
「そうだろうな。刃物を出されたんだ」
ガレスは、向かいの長椅子へ腰を下ろした。
「あいつを追って来なかったのは、よかった。守る相手を下げたら、あとは距離を取れ。俺がいたんだからな」
「分かった。次、俺まで突っ込まないようにする」
「次が来ねえのが、いちばんいいがな」
俺は、まだ飲めずにいた水を口へ運んだ。
*
【同日 午後1時25分/借りた食堂】
ガレスへ、中級回復ポーションを差し出した。
彼が棚の札を見て、自分で選んだ物だった。
「朝の飯とは、別のお礼。俺も、ミナも助かった」
「……お前は、その腕に薬を使わねえのか」
「洗って、包帯もした。痛いけど、動かせるよ。この薬は、ガレスの仕事で持っててほしい」
ガレスは俺の腕を確かめ、それから瓶を受け取った。
「なら、ありがたく。仲間が深い傷を負ったときにも、使える」
「使わずに、また飯を食いに来てくれたら嬉しい」
「注文が難しいな。飯は約束できるが」
携行袋へ瓶を収め、ガレスが席へ戻る。
途中まで食べた普通のバーガーが、皿の上へ残っていた。
「……冷めたな」
「作り直そうか?」
「いい。残りも食う。お前は、休んでから働け」
俺は厨房へ戻る前に、指輪の渡し方を皆と決め直した。
見せるのは、1個ずつ。
戻されたら、その場で確かめる。
別のことを聞かれたら、いったん品を置いてから答える。
ミナが、新しい注文の行を開いた。
ニナは包装する場所を空け、トマはずれた長椅子を戻す。
俺も、乾いた手でフライ返しを取った。
営業を再開すると、濃い緑の外套を着た女性が、魔力の指輪を選んだ。
1個だけ差し出し、確認を待つ。
「これを買うわ」
「65銀貨です。ありがとうございます」
女性はミナへ代金を渡した。
数える間、ミナはいつもより慎重に硬貨を並べたが、最後まで自分で確かめた。
俺が指輪を渡すと、女性は自分の袋へ収め、チーズバーガーも1個注文していった。
*
【同日 午後2時/借りた食堂】
「こんにちは。……その腕、どうしたんですか?」
リゼは入ってくるなり、俺の包帯へ目を向けた。
事情を短く話すと、指輪より先に俺の顔を見る。
「擦り傷で済んだんですね?」
「うん。ガレスが止めてくれて、犯人は衛兵が連れてった」
「それなら、よかったです。無事だったからといって、同じように防げるとは考えないでくださいね」
「ガレスにも、言われた」
リゼは頷き、それ以上は責めなかった。
腰の剣を長椅子へぶつけないよう脇へ寄せ、棚の指輪を見る。
「今日は、素早さを上げる物もあるんですね」
「はい。2上がります。耐久や筋力の物とは、一緒に使えます」
「昨日買った筋力の指輪も、着けてきたんです。では、これも確かめさせてください」
俺は1個だけ、小布へ出した。
リゼは鑑定し、値札を確かめてから、購入を決めた。
代金は、ミナへ渡してもらう。
彼女の指が、銀貨の上で一度止まった。
「……確かめますので、お待ちください」
「はい。お願いします」
リゼは急かさず、数え終わるまで待った。
ミナが顔を上げ、俺も頷く。
指輪はリゼの指へ収まり、代わりに銀貨が店へ残った。
「チーズの入った料理も、今日からですか?」
「そうです。8銅貨。ガレスにお礼で出したら、周りも食べたいって」
「……それは、気になりますね。1つ、お願いします」
ミナが、今度は迷わず注文へ番号を付けた。
俺はその行を確かめ、火の前へ立つ。
フライパンに肉を置く音が、店へ戻ってきた。
午後の仕込みにも、肉と足りない調味料を買い足した。
閉店前には残る魔石を変換し、今日受け取った分を全て帳面と照らし合わせた。
*
【同日 午後4時/借りた食堂】
閉店後、現金の売上が昨日を超えていると分かった。
ただし、大きかったのは指輪2個だ。
料理の数まで増えたわけではない。
「今日は、チーズが増えたんだな」
「あと、皆、チーズの話ばっかりしてた」
リリが言うと、ヨハンも頷いた。
「ガレスが、最初からすごい声出すから」
俺は日当を渡し、今日も土産の分を用意した。
現金売上の更新祝いに、チーズバーガーを19個。
買い出しと残りの調理は俺が行い、5人には仕事を終えて休んでもらう。
料理を包み終えたとき、ミナが席から立った。
「ナオさん。明日も、来ていいですか」
袋を渡す手が止まる。
「来てくれると、俺が助かる」
「……はい」
ミナが両手で袋を受け取った。
隣でニナが底へ手を添え、トマがほかの袋を持ち上げる。
「腕、無理しないでね」
「うん。今日は、片づけが済んだら帰る」
5人を見送り、台へ戻った。
傷はひりつくが、出血は止まっている。
指輪は戻り、客の代金も、皆の給料も確かめた。
俺は使い終えた道具を洗い、最後に、さっき男が立っていた場所を拭いた。
*
【同日 午後6時/マスタールーム】
「ただいま」
「お帰りなさいませ、ナオ様。今日は――」
イドの言葉が止まった。
彼女の目が、俺の左腕へ向いている。
「……何があったのですか」
声が、静かになった。
「指輪をすり替えた客がいてさ。見つかったら、刃物を出して暴れた」
イドがそばへ来た。
俺の腕へ伸ばしかけた手を止め、包帯の縁を見る。
「刃物で?」
「これは違う。ミナを下げるとき、台の角で擦った。洗って、包帯もしてある」
「その方は、どちらに」
「衛兵。ガレスが捕まえてくれた。指輪も戻ったし、ほかに怪我した人はいない」
イドは、俺が話し終えるまで聞いていた。
それから食卓の椅子を引く。
「お掛けください」
座ると、身体から力が抜けた。
イドは水を置き、今度は俺の右手へ、自分の手を添えた。
「今も、痛みますか?」
「ひりひりする。でも、深い傷じゃないよ」
彼女が頷く。
俺も頷き返そうとして、途中で息を吐いた。
「……怖かったよ」
イドの指が、俺の手へ重なった。
「刃物を見たら、何していいか分かんなくなって。ミナのほうへ行ったときだけ、動けた」
「はい」
「帰って顔を見たら、ようやく落ち着いた」
イドは、俺の手を離さなかった。
「わたくしにも、頼ってください。お帰りになってからのことでしたら、お任せいただけます」
俺は、持ち帰った夕食を見た。
「じゃあ、飯、一緒に食ってくれる?」
「もちろんです」
包みを開け、水を飲む。
いつもより食べるのが遅くても、イドは急かさなかった。
*
【同日 午後7時/マスタールーム】
食後、売れた分と贈った分を補充した。
ガレスへ渡した中級回復薬も、開けた包帯も、忘れず数へ入れる。
全て確認し、売る品は回収ボックスへ収めた。
残高は2556DP。
予備を残しても、昨日の朝より余裕がある。
イドが帳面の薬の欄を押さえた。
「新しい物を選ぶ前に、売り場の置き方も考え直しましょう。お料理から離れずに、品物も見られるように」
「うん。今日みたいに、呼ばれるたびに手元を見失うのは、もう嫌だ」
客席を増やしたい。
自分たちの店を買って、地下もつなげたい。
昨日までは、その先のことばかり楽しみにしていた。
今は、そこで働く5人の立つ場所まで考えたかった。
「店を大きくするだけじゃ、足りないな」
「はい。皆さんが働く場所も、一緒に作ってまいりましょう」
俺は帳面へ、指輪の置き場所と、受け渡す場所を書いた。
その下へ、会計をする場所も。
最後に、明日の仕込みの欄を開く。
ミナが来て、ニナが紙を折り、リリが客を迎える。
トマとヨハンも、いつもの持ち場へ立つ。
俺はその人数を確かめてから、用意する肉の数を書き始めた。
《第5話リザルト/転生4〜5日目》
【転生4日目・開始】
現金:74銀貨7銅貨
DP:172DP
未変換の魔石:見本4個、95DP相当
【転生4日目・売れた物】
普通バーガー124個:現金100個=600銅貨/魔石払い24個
ダブルバーガー56個:現金20個=200銅貨/魔石払い36個
初級回復ポーション6本:現金1本=80銅貨/魔石払い5本
初級解毒薬8本:現金2本=80銅貨/魔石払い6本
中級回復ポーション3本:現金1本=500銅貨/魔石払い2本
初級魔力ポーション5本:現金2本=320銅貨/魔石払い3本
滅菌包帯14巻:現金4巻=52銅貨/魔石払い10巻
油ランタン4個:現金1個=25銅貨/魔石払い3個
補充用燃料油8容器:現金1容器=3銅貨/魔石払い7容器
耐久補助の指輪1個:50銀貨
現金売上:68銀貨60銅貨
道具購入のおまけ:普通バーガー24個
客への料理提供:204個(有料180個+おまけ24個)
【転生4日目・魔石とDP収入】
営業で受取:
スライム57・角兎31・ゴブリン238・森林狼4=330個
営業分を全変換:5595DP
前日の見本4個も全変換:95DP
DP収入合計:5690DP
【転生4日目・現金支出】
丸パン:232個×1銅貨=232銅貨
玉ねぎ:7kg×3銅貨=21銅貨
食用油250mL:5容器×10銅貨=50銅貨
薪:25kg×1銅貨=25銅貨
日当:5人×10銅貨=50銅貨
現金支出合計:378銅貨
【転生4日目・DP支出】
ホットケーキセット:2食×4DP=8DP
イド昼食・親子丼:1食×4DP=4DP
日本産牛ひき肉:28900g(100gあたり1DP)=289DP
塩・100g入り:3袋×1DP=3DP
黒胡椒・10g入り:6袋×1DP=6DP
ケチャップ・500g入り:8個×3DP=24DP
マスタード・200g入り:4個×2DP=8DP
ピクルス・正味300g入り:8瓶×3DP=24DP
耐油紙・20枚入り:12組×2DP=24DP
チーズ・100g入り:5個×2DP=10DP
持ち帰り用紙袋:5枚×1DP=5DP
初級回復ポーション:10本×40DP=400DP
初級解毒薬:8本×20DP=160DP
中級回復ポーション:3本×150DP=450DP
初級魔力ポーション:5本×60DP=300DP
滅菌包帯:14巻×3DP=42DP
油ランタン:4個×12DP=48DP
補充用燃料油250mL:8容器×2DP=16DP
耐久補助の指輪:2個×500DP=1000DP
筋力補助の指輪:1個×500DP=500DP
魔力補助の指輪:1個×500DP=500DP
素早さ補助の指輪:2個×500DP=1000DP
DP支出合計:4821DP
※夜の補充で回復薬10本、道具類も目標数へ。
※素早さ+2の指輪を追加。指輪4種類を各2個へ。
※商品補充4416DPは上記明細に含む。
【転生4日目・売上外の料理】
従業員5人とナオの昼食:普通6個
孤児院への売上更新祝い:チーズ19個
ナオとイドの夕食:チーズ2個
約束の味見:ダブル1個を2人で半分ずつ
調理総数:普通154+ダブル57+チーズ21=232個
【転生4日目・終了】
現金:7407+6860−378=13889銅貨
=138銀貨89銅貨
DP:172+5690−4821=1041DP
未変換の魔石:0個
【転生5日目・売れた物】
普通バーガー73個:現金60個=360銅貨/魔石払い13個
ダブルバーガー45個:現金16個=160銅貨/魔石払い29個
チーズバーガー36個:現金30個=240銅貨/魔石払い6個
初級回復ポーション6本:現金2本=160銅貨/魔石払い4本
初級解毒薬6本:現金2本=80銅貨/魔石払い4本
中級回復ポーション2本:現金1本=500銅貨/魔石払い1本
初級魔力ポーション4本:現金1本=160銅貨/魔石払い3本
滅菌包帯12巻:現金4巻=52銅貨/魔石払い8巻
油ランタン3個:現金1個=25銅貨/魔石払い2個
補充用燃料油6容器:現金1容器=3銅貨/魔石払い5容器
魔力補助の指輪1個:65銀貨
素早さ補助の指輪1個:50銀貨
現金売上:132銀貨40銅貨
道具購入のおまけ:普通バーガー18個
客への料理提供:172個(有料154個+おまけ18個)
【転生5日目・魔石とDP収入】
受取:
スライム39・角兎28・ゴブリン168・森林狼3=238個
本日受取分を全変換:4015DP
【転生5日目・現金支出】
丸パン:200個×1銅貨=200銅貨
玉ねぎ:5kg×3銅貨=15銅貨
食用油250mL:5容器×10銅貨=50銅貨
薪:20kg×1銅貨=20銅貨
日当:5人×10銅貨=50銅貨
現金支出合計:335銅貨
【転生5日目・DP支出】
フレンチトーストセット:2食×4DP=8DP
イド昼食・親子丼:1食×4DP=4DP
日本産牛ひき肉:24500g(100gあたり1DP)=245DP
塩・100g入り:2袋×1DP=2DP
黒胡椒・10g入り:5袋×1DP=5DP
ケチャップ・500g入り:6個×3DP=18DP
マスタード・200g入り:3個×2DP=6DP
ピクルス・正味300g入り:8瓶×3DP=24DP
チーズ・100g入り:12個×2DP=24DP
耐油紙・20枚入り:10組×2DP=20DP
持ち帰り用紙袋:5枚×1DP=5DP
飲料水10L:1組×2DP=2DP
初級回復ポーション:6本×40DP=240DP
初級解毒薬:6本×20DP=120DP
中級回復ポーション:3本×150DP=450DP
初級魔力ポーション:4本×60DP=240DP
滅菌包帯:13巻×3DP=39DP
油ランタン:3個×12DP=36DP
補充用燃料油250mL:6容器×2DP=12DP
魔力補助の指輪:1個×500DP=500DP
素早さ補助の指輪:1個×500DP=500DP
DP支出合計:2500DP
※中級回復3本は販売2本とガレスへの贈与1本の補充。
※包帯13巻は販売12巻とナオの手当て用1巻の補充。
※贈与・自用の時点で、購入代を重ねて引かない。
【転生5日目・売上外の料理と贈与】
従業員5人とナオの昼食:普通6個
ガレスへの宣伝のお礼:チーズ1個
孤児院への現金売上更新祝い:チーズ19個
ナオとイドの夕食:チーズ2個
調理総数:普通97+ダブル45+チーズ58=200個
ガレスへの事件のお礼:中級回復ポーション1本
ナオの手当て:包帯1巻を開封、0.4m使用
開封した包帯の残り:4.6m、自用として別保管
【事件の結果】
筋力補助の指輪2個:無傷で店へ戻る
盗難による最終的な商品・現金の損失:0
備品の破損:0
報奨金・賠償金の受取:0
犯人の短剣と偽指輪:衛兵が回収
店の所有物には加えない。
ナオ:左前腕の軽い擦り傷
洗浄・包帯で保護、止血済み
HP99/100、MP30/30
自然回復・ポーション使用は未計上
ミナ・ほかの従業員・ガレス・客:負傷なし
犯人:ガレスが制圧し、衛兵へ引き渡し。死亡なし
【転生5日目・終了】
現金:13889+13240−335=26794銅貨
=267銀貨94銅貨
DP:1041+4015−2500=2556DP
未変換の魔石:0個
【2日間の合計】
現金売上:201銀貨
現金支出:7銀貨13銅貨
DP収入:9705DP
DP支出:7321DP
営業受取の魔石:568個
変換:営業568個+前日の見本4個=572個
最終現金:267銀貨94銅貨
最終DP:2556DP(予備1000DPを含む)
預け保証金:15銀貨(手元の現金とは別)
【最終販売在庫】
初級回復ポーション10本/初級解毒薬10本
中級回復ポーション4本/初級魔力ポーション6本
未開封の滅菌包帯20巻
油ランタン5個/補充用燃料油250mL10容器
耐久・筋力・魔力・素早さの指輪:各2個




