第6話 返された指輪
【転生5日目 午前6時30分/マスタールーム】
「これで、初級回復薬は10本。ほかは、元の数まで」
売れた数の横へ、買い足す数を書いた。
残っている物まで、もう1度買うわけではない。
そこを間違えると、まだ売れていない薬ばかり増えてしまう。
指輪は、耐久と筋力、魔力に加えて、素早さを上げる物も選んだ。
4種類を2個ずつ並べる。
「素早さが2上がる銀の指輪。これも50銀貨でいこう」
「はい。追加は6個ですね」
イドが帳面へ指を添えた。
売り切れた耐久を2個。筋力と魔力を1個ずつ。新しい素早さを2個。
「2個あれば、片方を俺が――」
「8個とも、販売用でございます」
「まだ、最後まで言ってない」
「では、続きをどうぞ」
俺は、指輪の表示を見た。
素早さが上がれば、肉を返す手も速くなるのではないか。
そう思ったのだが、先に用途を言われてしまった。
「……店へ持っていく」
「はい。お願いいたします」
商品を補充し、回収ボックスへ保管する。
残高を確かめてから、朝食を選んだ。
今日はフレンチトーストだ。
イドはひと切れを口へ運び、次に端の焼けたところを切った。
「そっち、好き?」
「はい。この端のところが」
「じゃあ、俺のと交換する? 俺、真ん中の柔らかいとこも好きなんだ」
同じくらいの大きさに切り、食具で交換する。
イドが受け取ったほうを見る。
「……よろしいのですか?」
「俺も、好きなとこもらったぞ」
彼女は端から食べた。
皿を見ていた時間より、次のひと口までが早い。
昼食には親子丼を用意した。
食後、水筒へ水を移し、帳面を閉じる。
「今日はガレスに、宣伝のお礼をする。チーズのやつ、1個」
「喜んでいただけそうですね」
「肉2枚の話ばっかりしてる人に、チーズって言葉も覚えてもらおう」
イドが食べ終えた皿を重ねた。
「ご説明が、長くなりませんか?」
それは、あるかもしれない。
俺は帰ってから何を聞かされるのか、今から楽しみになった。
*
【同日 午前9時/借りた食堂】
回収ボックスから商品を取り出し、棚へ並べる。
指輪は種類ごとに2個ずつ、小布の上へ。
既存の値札を書き直すと、売り場が昨日より埋まった。
耐久、筋力、素早さは50銀貨。
魔力は65銀貨。
市場で買ったパンと玉ねぎ、油、薪も取り出した。
厨房の戸を閉め、肉と、足りないソースやピクルス、チーズ、包み紙を購入する。
昨日、土産を作った残りのチーズも、食材のほうへ移した。
残高を見て、俺は親指を止めた。
《保有DP:1001》
予備にした1000DPと、あと1DP。
売り物は揃ったが、今日の肉を全部買い終えたわけではない。
「……今日も、受け取ったら変換だな」
帳面へ記し、ショップを閉じる。
新しい物を並べると、すっかり余裕ができたような気がする。
実際は、買ったぶんだけ減っている。
*
【同日 午前10時/借りた食堂】
「おはよう! 昨日のチーズ、皆すごかったよ!」
戸を開けたリリが、挨拶の続きで話し始めた。
「上のパン、持ち上げて見てた。入ってる! って」
「抜いて渡してないからな」
「わかってるよ。見たくなったんだと思う!」
ミナは前掛けを着けてから、エレナの伝言を教えてくれた。
ごちそうさまでした。売上が増えたことも、おめでとうございます、と。
「ありがとう。皆で食べてくれたか」
「うん。私も、あれ、また食べたい」
後ろからヨハンが手を上げた。
「俺も!」
「昨日、食う前から好きって言ってたもんな」
「食べたら、もっとだった!」
いい返事だ。
売っていない物の評判ばかりよくなるのも、妙な感じだった。
手を洗ってから、新しい指輪の札を皆で読む。
効き目は、装着している間だけ。
俺たちが試しにつける物ではない。
「素早くなったら、包むのも速くなるかな」
リリが言うと、ニナは空けておいた台を指した。
「先に、ここを空けておくほうがいい」
「はい。昨日の俺が、よく覚えてます」
俺は皿を、彼女の作業場所から離して置いた。
トマが受け渡し側へ立ち、ぶつからず通れるか確かめる。
昨日の失敗から、今日はここまで直せた。
*
【同日 午前11時/借りた食堂】
「来たぞ。今日は、何がうまい?」
ガレスが戸口から顔を出した。
「今日は、先に渡したい物がある」
「何だ?」
「宣伝のお礼。昨日、おかげで大勢来てくれただろ」
焼いた肉へチーズを載せ、蓋をする。
ガレスの視線が、俺の顔からフライパンへ移った。
「待て。今の、チーズか」
「そう。昨日、俺たちも食ってみたら、うまかった」
「何で、俺がいないときにやるんだ」
「今、作ってるだろ!」
蓋を開け、溶けたチーズごとパンへ挟む。
ソースとピクルスも入れ、包んで渡した。
「1個、俺から。ありがとう」
「おう。……ありがたく、もらう」
ガレスは両手で持ち、かじった。
飲み込む前に、もう次へ口を開きかける。
「どうだ?」
片手が上がった。
まだ喋れない、ということらしい。
ようやく飲み込んでから、ガレスが断面を俺へ向けた。
「おい。肉に、チーズがくっついてる」
「載せて溶かしたからな」
「肉の味がして、そのあとチーズが来るんだよ。……いや、一緒か。とにかく、うまい!」
近くで注文を待っていた、槍の男がガレスの手元を見た。
その後ろの革手袋の男からも、声が上がる。
「それ、看板のどれだ?」
「俺にも同じのをくれ!」
俺は、手元のパンを見た。
チーズもある。
作り方も、昨日確かめた。
「……売るか」
「ナオさん、いくら?」
ミナに聞かれ、そこで値段を決める。
「チーズバーガー。8銅貨で」
リリが看板へ書き足し、戸口のほうへ向けた。
魔石なら角兎1個とスライム1個で1個。
薬や道具のおまけは、今までどおり普通の物にする。
「俺、いい仕事しただろ」
ガレスが包みを掲げた。
「お礼の飯で、また宣伝してるぞ」
「食いながらなら、いくらでもできる」
「毎回、飯つける約束はしてないからな!」
ガレスは答えず、残りをかじった。
都合のいいときだけ、口が塞がる男だった。
*
【同日 午前11時15分/借りた食堂】
「素早さまで増えたのね」
リゼが、棚の前で足を止めた。
赤茶色の髪を肩の後ろへ払い、新しい札を読む。
「これも、50銀貨?」
「うん。敏捷が2上がる」
「前の2つは、つけて使ってるんだけど。これも一緒でいい?」
指にある、耐久と筋力の指輪を見せてくれた。
「上がる能力が違うから、3つとも効く。同じ素早さのを2個つけても、4にはならないけど」
「じゃあ、見せて」
1個渡す。
リゼは自分でも《鑑定》し、指に合わせた。
「買うわ。動きやすくなるなら、使いどころがある」
銀貨をミナと数え、受け取る。
リゼがその場で身につけると、俺は手元へ目をやった。
「似合ってる」
「指輪、3つ目よ?」
「3つとも似合ってる」
「全部に言うつもり?」
「似合ってたら、全部言う」
リゼは手を下ろし、厨房のほうを見た。
「じゃあ、あっちも勧めて。新しいの、何?」
「チーズバーガー。8銅貨。これは、食ってから感想を聞きたい」
言ってから、俺は先にフライパンへ向き直った。
見つめて食べにくくしたのは、前にやった。
「今日は、見てないのね」
「あとで、聞く」
背中のほうで、リゼの笑い声がした。
俺は焼けた肉へ、次のチーズを載せた。
*
【同日 午前11時35分/借りた食堂】
受け取った魔石を、ミナの記録と照らし合わせた。
確認の済んだ分を回収ボックスへ収め、厨房奥で変換する。
買い足す肉に、チーズ。
包み紙と、減ったソースも。
買った数を書き、手を洗って戻った。
「普通2個、先に出す。次、チーズな」
「こっちが、先の人!」
リリが渡す相手を示す。
ニナは、俺が置く前に紙を広げていた。
「ここへ置いて。次のは、まだ待って」
「うん」
置ける場所を見てから、次を作る。
昨日より、包みの前で皿が溜まらない。
ヨハンが渡し終えた皿を持ち帰り、トマが空いた物を洗い場へ運ぶ。
料理が出るたび、台も空く。
俺は、それを見てから肉を裏返した。
*
【同日 午後0時35分/借りた食堂】
ガレスが、入口近くの席へ戻ってきていた。
今度は代金を払い、普通のバーガーを頼んでいる。
「さっき、食ったよな?」
「歩いた」
「どのくらい?」
「腹が減るくらい」
わかりやすいようで、何もわからない。
できた分を渡し、俺は空になったフライパンの火を弱めた。
そのとき、灰色の上着を着た男が、指輪の前へ来た。
「筋力が上がるのは、どれだ」
「こちらです。1個50銀貨」
男は並んだ2個を見た。
「両方、見ていいか。指に合うか確かめたい」
「同じ効果ですけど、どうぞ」
渡す前に、材質と効果を確認する。
2個とも銀製。筋力を2上げる、店の品だ。
男が持ち上げたところで、リリに声をかけられた。
「ナオさん、この2個、何番の分?」
「ああ、先の番号。両方、普通だ」
焼き終えた料理を示し、男へ目を戻す。
男は指輪を布へ置いた。
「やっぱり、やめとく」
2個とも戻っている。
俺は棚へ戻す前に、もう1度《鑑定》した。
1個は、さっきの指輪。
もう1個は――真鍮。
魔法の効果はない。
「待ってください」
声が低くなった。
「こちら、今お渡しした物と違います」
「何だと?」
「うちのは銀製です。これは、効果のない別の指輪です」
男の目が、布へ落ちた。
すぐに、声が大きくなる。
「なら、最初からそんな物を出したんだろ。客のせいにする気か」
「渡す前に、2個とも確認しています」
「そこの娘が、入れ替えたんじゃねえのか」
男の指が、ミナへ向いた。
帳面を持っていた彼女の肩が、びくりと動く。
「私、指輪には……」
「この子は触っていません」
俺はミナの前へ出た。
「渡したのも、受け取ったのも俺です。話は、俺にしてください」
男がこちらを睨んだ。
近くに立たれると、肩の厚さがわかる。
俺は、レベル1だ。
今、腕を掴みにいっても、たぶん負ける。
「リリ、衛兵を呼んできてくれ。トマは火を弱めて。皆、こっちへ来ないで」
リリが戸口へ向かった。
男の身体も、入口へ向く。
「くだらねえ。もう帰る」
「待ちな」
ガレスが、席から立っていた。
戸口の手前へ回り、男の左手を見る。
「そっちも、開いてみろ」
「何の話だ」
「袖へ何か入れたのが見えた。右手だけ戻して、左は隠したままだろ」
男が、ガレスの横を抜けようとする。
ガレスは、その腕を押さえた。
椅子が鳴った。
ヨハンが動きかけ、トマが肩を引く。
「下がって。ナオさんが、来るなって」
ニナも、ミナの隣へ移った。
俺は指輪から目を離さず、布の端を押さえる。
ガレスは男を殴らなかった。
出口から離したところで止め、外へ声をかけた。
「衛兵を呼んでる。ここ、通らずに待ってくれ」
戸口の向こうで、客の足が止まる。
俺は、帳面を抱えたミナへ顔を向けた。
「大丈夫。今の受け渡しは、俺が説明するから」
ミナは頷いた。
だが、帳面を抱えた指は、まだ白くなっていた。
*
【同日 午後0時45分/借りた食堂】
リリが、衛兵2人を連れて戻ってきた。
白髪の混じった衛兵が俺へ事情を聞き、若いほうが戸口を空ける。
渡した品と、戻された品。
その間、誰が触っていたか。
俺は見たことと、見ていなかったことを分けて話した。
「入れ替える瞬間は、見ていません。ただ、渡す前の2個は銀製で、返された1個が真鍮です」
ガレスも、男が袖口へ手を動かしたことを話した。
衛兵が男へ、手を出すよう求める。
袖口から、銀の指輪が出てきた。
筋力を2上げる効果がある。
俺が渡した物と、同じ材質と効果だった。
「こちらが、なくなった品に当たるか」
「はい。渡した2個のうち、戻っていなかったほうです」
指輪を確認し、ミナは受け渡しに関わっていないことも伝えた。
男は何か言いかけたが、衛兵が先に声をかける。
「続きは、詰所で聞く」
真鍮の指輪は、衛兵が預かった。
銀の指輪は俺が受け取り、傷と効果を確かめる。
2個とも、戻った。
金は渡していない。
誰も、怪我はしていない。
男が連れていかれるまで見届け、俺はようやく息を吐いた。
「……ガレス、助かった」
「おう。俺も、やっと飯が食える」
席の皿を見た。
包みは、まだほとんど開かれていなかった。
「冷めたかも」
「お前の肉、冷めても食えるだろ。昨日、持って帰ったやつが言ってた」
こんなときまで、宣伝の話が出てくる。
俺は頷き、ミナのところへ戻った。
*
【同日 午後0時55分/借りた食堂】
「座ろう。交代で、休憩を先に取って」
ミナは頷いたが、帳面を手放さなかった。
俺は急かさず、その前へ腰を落とす。
「指輪は戻った。ミナは、何も取られてないし、何か見落としたわけでもない」
「でも……私のほう、見て言ったから」
声が、いつもより小さかった。
「うん。見てた。だから、違うって言った」
「私、何かしてたのかって、思って」
「してない。会計を見てくれてただろ。指輪は俺が持っていった」
ニナが隣へ椅子を寄せた。
「私も、見てたよ。ミナ、ずっとこっちにいた」
そこで、ミナの指が緩んだ。
帳面を台へ置き、手を膝へ下ろす。
「……うん」
俺は、ほかの4人へも顔を向けた。
「リリ、呼んできてくれてありがとう。トマも、ヨハンを下げてくれて助かった」
ヨハンは、口を結んでいた。
「俺、何も……」
「言われたとおり、下がってくれた。あそこで怪我されたら、それも困る」
彼は俺の顔を見てから、頷いた。
「……わかった」
俺も、取り返そうとはできなかった。
ガレスがいなければ、逃げられていたかもしれない。
「これから指輪は、1個ずつ渡す。戻してもらったら、その場で確認する。俺が別のことを聞かれたら、手元を置いてから返事する」
5人へ伝え、布の上へ指輪を戻した。
待っている客には、俺から遅れたことを謝る。
リリが順番を確かめ直し、ニナは包み紙を広げた。
俺は空のフライパンを火へ戻した。
*
【同日 午後1時15分/借りた食堂】
注文の間が空いたところで、ガレスを呼び止めた。
「さっきの礼をさせてくれ。朝の飯とは、別に」
「いいって。目の前でやってたから、止めただけだ」
「俺は、止められなかったんだよ。商品も、ミナも、助かった」
ガレスは、俺の横から会計のほうを見た。
ミナは休憩を終え、硬貨を数えている。
さっきより、背中が伸びていた。
「……そうか」
「5銀貨分まで、店の道具から選んでもらえないか。使う物があれば」
ガレスが棚へ目を向けた。
指輪には触れず、薬の札を読む。
「なら、中級の回復薬を1本」
「それでいい?」
「いい。俺が持ってりゃ、仲間が深い傷を負ったときにも使える。持ってて困る物じゃねえ」
俺は瓶を取り、札と中身の状態を確かめた。
1本で1回分の品だ。
「これ、俺から。今日の礼として」
ガレスは受け取り、携行袋の薬用の仕切りへ、栓を上にして収めた。
「助かる。使わずに済めば、そのほうがいいんだがな」
「うん。持って帰ってきたって話を、また聞かせてくれ」
ガレスが俺の肩を叩いた。
「そのときは飯を食いに来る」
「代金は、もらうからな」
「わかってるよ!」
俺も、今度は息を吐くだけでは済まなかった。
肩を叩かれたところへ手をやり、ありがとう、ともう1度言った。
*
【同日 午後1時30分/借りた食堂】
「魔力の指輪、見せてもらえる?」
濃い緑の外套を着た女性が、棚の前へ来た。
栗色の髪を三つ編みにし、杖を脇へ寄せている。
「はい。1個65銀貨です」
1個だけ、布から出す。
女性は受け取り、自分でも《鑑定》してから俺へ見せた。
「これを買うわ」
「ありがとうございます」
銀貨をミナと数え、指輪を渡す。
女性が袋へ収めたところで、ミナの手元へ目を向けた。
「待っていたけど、あの子、品には触っていなかったわね」
「はい」
「さっき、そう説明していたでしょう。聞こえていたわ」
ミナが顔を上げた。
女性は声を大きくせず、会釈した。
「買い物を、続けていい店だと思った。それだけ」
俺は、すぐに返事が出なかった。
代わりにミナが、頭を下げる。
「……ありがとうございます」
女性は厨房へ目を向けた。
「あと、チーズ入りを1個。待っている間、ずっと気になってたの」
「8銅貨です。順番に焼きます」
今度は俺も、そう答えられた。
いい匂いをさせておくのは、大事らしい。
*
【同日 午後2時/借りた食堂】
トマに、パンと玉ねぎ、油、薪の買い足しを頼んだ。
俺も厨房の戸を閉め、午後に使う肉と調味料を追加する。
手を洗って戻ると、ニナが空いた場所を指した。
「次、普通2個。ここへ」
「うん」
焼く。挟む。置く。
包まれた物を、ヨハンが運ぶ。
指輪を見たいという客が来るたび、手に力が入った。
だが、値段を聞いて帰る人もいるし、1個を眺めてから料理だけ買う人もいる。
皆が、さっきの男と同じではない。
俺は、1個ずつ渡した。
戻った物を確かめ、元の場所へ置く。
ミナが次の会計を受け、リリが待っている客へ声をかける。
その声を聞きながら、俺は厨房へ戻った。
*
【同日 午後3時45分/借りた食堂】
最後の注文を渡すと、リリが看板を裏返した。
15時30分で締めたあとに残っていた客も、これでいなくなる。
ミナと魔石を数え、帳面と合わせた。
午後の分を変換し、今日の受取分も、すべてDPになった。
料理は、おまけ込みで172個。
昨日より、少ない。
現金の売上は、指輪が2個売れたこともあって、昨日より増えていた。
「両方、書くよね」
ミナが聞いた。
「うん。料理が少なかったのも、そのまま」
ミナは頷き、数字を書き込む。
俺は、事件のときに空けた台へ目をやった。
待って帰った客もいた。
そこまで、なかったことにはできない。
火を弱め、皆で洗い物と掃除をした。
*
【同日 午後4時/借りた食堂】
給料を渡し、受け取った印をもらった。
今日も1人10銅貨、5人へ満額だ。
「お疲れさま。怖い思い、させたな」
ミナは首を振りかけてから、手を止めた。
「……怖かった。でも、違うって言ってもらえて、よかった」
「言うよ。触ってもいなかったんだから」
彼女は頷き、前掛けを畳んだ。
昨日ほど勢いのある返事ではなかったが、俺の顔を見て話してくれた。
「現金の売上は、今日も増えた。土産、皆へ持って帰ってくれるか」
「チーズの?」
ヨハンが、控えめに聞いた。
「うん。今日、売る物にもなったからな」
「俺、これなら勧められる。食べたことあるし」
「今日も、肉の話ばっかりしてなかった?」
リリに言われ、ヨハンが首を傾げる。
「チーズも言ったよ」
「パンも、勧めてあげて」
俺が言うと、トマが手元の布へ顔を伏せた。
このやり取りまで戻ってきたのが、嬉しかった。
仕事は終わりにし、5人には座ってもらう。
俺はパンを買い足し、店で肉とチーズ、紙袋も追加購入した。
孤児院へ19個、俺とイドの夕食に2個。
焼けた肉へチーズを載せると、ヨハンの視線が上がる。
「今日は、見なくても味、わかるだろ」
「わかる。でも、見たい」
俺も、溶けていくところを見た。
わかるから見たくなる、ということもあるらしい。
包みを袋へ分け、5人へ渡した。
ミナは通りへ出る前に振り返った。
「明日も、いつもの時間でいい?」
「うん。待ってる。台、先に空けとくから」
ニナが、隣で頷いた。
5人を見送り、俺は残った道具を洗った。
残った商品を数え、回収ボックスへ保管する。火を確かめ、戸締まりをして帰った。
*
【同日 午後6時/マスタールーム】
「ただいま」
「お帰りなさいませ」
イドへ夕食を渡し、寝台へ腰を下ろした。
彼女は包みを置いたまま、俺を見る。
「何か、ございましたか」
「……顔に出てる?」
「今日は、すぐにお話が始まりませんでしたので」
俺は、指輪のことを話した。
違う品が戻ってきたこと。
ミナへ責任を押しつけようとされたこと。
ガレスが止め、衛兵が確認してくれたこと。
「商品は戻った。誰も怪我してない。金も取られてない」
言い終えるまで、イドは口を挟まなかった。
「……それは、よかったです。ナオ様も、ご無事で」
「俺、腕掴みにいったら負けそうだなって考えてた」
「掴みにいかれなかったのですね」
「うん。呼んだ。ガレスがいてくれて、助かったよ」
イドの翼が、背中へ寄った。
俺は、ミナの帳面を抱える手を思い出した。
「ミナもさ。自分が何かしたのかって、思ったらしいんだ」
「お帰りの前には、お話しできましたか?」
「うん。怖かったって、言ってくれた。明日もいつもの時間かって」
それを思い出すと、帰り道で考えていたことが、やっと整理できた。
「明日も、普通に迎える。困ったら、言ってもらえるようにしたい」
イドが頷いた。
「ガレスへのお礼は、どうなさいましたか?」
「朝は、チーズバーガー。宣伝のお礼。それで客が食いたいって言い出して、メニューになった」
「ご心配のとおり、ご説明は長く?」
「長くなる前に、本人が食ってた」
イドは包みを持ち上げた。
俺も、自分の分を開く。
「指輪の件は、別に礼をした。使う道具を選んでもらって、中級回復薬を1本」
「ご本人が、お選びに?」
「うん。仲間にも使えるからって。俺が似合う物を考えるより、よかったな」
食べながら、ガレスが薬をしまったときの手つきを話した。
ふざけているときとは違って、栓の向きまで確かめていた。
「あと、リゼも来た。素早さの指輪、買ってくれた」
「そうですか」
「3つとも似合うって言った」
イドが、こちらを見る。
「3つとも?」
「前の2つも、つけてくれてたんだ。売った物、使ってもらえると嬉しいな」
それは、今日、何度も思った。
だからこそ、違う物が戻ってきたとき、あんな声が出たのかもしれない。
食後、カップを洗い、使った包みを畳んで回収ボックスへ保管した。
イドの昼食の空容器も一緒に片づける。
水を使い切ったので、空いた壺へ10Lを購入して補充した。
残ったチーズは、変換せずに保管する。
*
【同日 午後7時/マスタールーム】
最後に、今日売れた分を補充した。
ガレスへ贈った中級回復薬も、1本分を忘れずに足す。
初級回復薬は10本。
ほかの薬と道具も、今朝の数へ戻す。
指輪も、4種類を2個ずつ。
買った物を数え、回収ボックスへ保管した。
明日は店で取り出して、棚へ並べればいい。
「これで、足りる。予備1000も、残せた」
「はい」
帳面を閉じかけてから、筋力の指輪をもう1度見た。
2個ともある。
買い直したのではなく、戻ってきた2個だ。
「……明日は、1個ずつ見せる」
自分に言うつもりの声だった。
イドが頷き、俺の手から帳面を受け取る。
「今夜、何度も確かめておいででしたね」
「うん」
「では、続きは明日にいたしましょう」
帳面を寝台の脇へ置いた。
俺は、自分の手を見た。
「今日、怖かったな」
ミナへは聞けた言葉が、自分の口から出るまで、随分かかった。
イドが隣へ座り直す。
「はい。今は、わたくしだけです」
俺は頷き、背中を寝台へ預けた。
隣で、イドが俺の掛け布を広げた。
【第6話リザルト/転生5日目】
〈開始時〉
所持金:138銀貨89銅貨
保有DP:5513DP
未変換の魔石:0個
〈開店前の準備〉
初級回復ポーションを10本、ほかの薬と道具を元の数まで補充。
素早さ+2の指輪を追加し、指輪4種類を各2個に。
朝の商品仕入れ:4416DP
〈売れた物〉
普通バーガー73個
現金60個・魔石払い13個/現金360銅貨
ダブル45個
現金16個・魔石払い29個/現金160銅貨
チーズバーガー36個
現金30個・魔石払い6個/現金240銅貨
初級回復ポーション6本
現金2本・魔石払い4本/現金160銅貨
初級解毒薬6本
現金2本・魔石払い4本/現金80銅貨
中級回復ポーション2本
現金1本・魔石払い1本/現金5銀貨
初級魔力ポーション4本
現金1本・魔石払い3本/現金160銅貨
滅菌包帯12巻
現金4巻・魔石払い8巻/現金52銅貨
油ランタン3個
現金1個・魔石払い2個/現金25銅貨
補充用燃料油6個
現金1個・魔石払い5個/現金3銅貨
魔力補助の指輪1個
現金65銀貨
素早さ補助の指輪1個
現金50銀貨
現金売上合計:132銀貨40銅貨
料理の販売:154個
道具のおまけ18個を含む客への提供:172個
〈魔石とDP収入〉
スライム39個・角兎28個・ゴブリン168個・森林狼3個。
受取238個をすべて変換し、4015DPを獲得。
〈使った現金〉
パン:200銅貨
玉ねぎ:15銅貨
食用油:50銅貨
薪:20銅貨
従業員5人の日当:50銅貨
支出合計:3銀貨35銅貨
〈使ったDP〉
朝の商品仕入れ:4416DP
夜の販売・贈与分の補充:2134DP
私食・調理材料・包装・飲料水:363DP
支出合計:6913DP
〈贈った物〉
ガレスへ宣伝のお礼:チーズバーガー1個
ガレスへ指輪事件のお礼:中級回復ポーション1本
孤児院へ現金売上更新祝い:チーズバーガー19個
薬の贈与分150DPは夜の補充に含み、別の支出として重ねない。
〈事件の結果〉
筋力補助の指輪2個は、両方とも無傷で店へ戻る。
盗難による商品・現金の損失:なし
賠償金・報奨金の受取:なし
〈終了時〉
所持金:267銀貨94銅貨
138銀貨89銅貨+売上132銀貨40銅貨−支出3銀貨35銅貨
保有DP:2615DP
開始5513DP+変換4015DP−購入6913DP
未変換の魔石:0個
初級回復薬10本、ほかの道具も開店時の数へ補充済み。
指輪は4種類を各2個。予備1000DPを維持。
〈売上に含めない食事〉
道具購入のおまけ:普通バーガー18個
従業員5人とナオの昼食:普通バーガー6個
ガレスへのチーズバーガー1個
孤児院へのチーズバーガー19個
ナオとイドの夕食:チーズバーガー2個




