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美人サキュバスに召喚されたので、ダンジョンで娼館を始めます! ~下心だらけの異世界経営~  作者: えりんぎえのき


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第4話 魔石を払って、肉を食え!

【転生3日目 午前7時/マスタールーム】


「いらっしゃいませ! 何になさいますか!」


 寝台から降りたイドが、足を止めた。

 俺は食卓の横で、開店前の挨拶を練習していた。


「わたくしが、最初のお客ということでしょうか?」

「そう。どうぞ、お好きな席へ」

「では、ナオ様のお隣を」


 イドが椅子を引いた。

 俺まで腰を下ろしかけ、途中で止まる。


「……俺、店員だった」

「お客がわたくし1人でしたら、ご一緒にいかがですか?」

「店主が働かなくなるぞ、この店」


 出かける前から、帰ってきてここへ座るのが楽しみになった。

 まず顔を洗う。髪を直してから、朝食を2人分買った。


 今日はフレンチトースト。

 卵液を吸った厚いパンが、表面をこんがりと焼かれている。

 紙皿を食卓へ置くと、イドが湯気の上がる切り口を見た。


「こちらも、卵のお料理ですか?」

「うん。卵と牛乳をパンに染み込ませて、焼くんだ」

「……パンに」


 食具で切ると、黄色い中身がふわりと沈んだ。

 イドがひと口食べ、食具を止める。

 それから、まだシロップをかけていない皿の端を見た。


「そのままでも、甘いでしょう?」

「はい。端は香ばしいのに、中は柔らかくて……。これに、シロップまで?」

「好きなだけ。昨日、甘いの好きだって分かったから」


 イドは小さくかけ、染みたところを切り分けた。

 今度は俺を見ず、そのまま次のひと口も食べる。


 よかった。

 感想を聞く前から、答えが分かる朝飯だった。


「卵って、焼き方でずいぶん変わるよな」

「はい。昨日の親子丼とも、全く違います」

「昼は別の物にする?」

「親子丼を、お願いしてもよろしいですか」


 返事に迷いがなかった。


「強いな、親子丼」

「昨日は、ご飯にお汁が染みたところが、特においしかったのです」

「そこまで好きなら、用意しがいがあるよ」


 希望の昼食を1食買い、朝食の容器を片づける。

 カップを洗い、水筒を満たしてから、空いた水壺へ水も補充した。


 次は、店の代金の決め方だ。

 俺は昨日の魔石を、食卓へ並べた。


     *


【同日 午前7時30分/マスタールーム】


 ガレスから買った魔石は、4種類。

 昨夜は合計の見積もりしか見ていなかったので、今度は1個ずつ回収ボックスへ入れた。

 変換する前の表示を、帳面へ写していく。


《魔石1個のDP変換値》

スライムの魔石:5DP

角兎の魔石:10DP

ゴブリンの魔石:20DP

森林狼の魔石:60DP


「森林狼は、スライム12個分か」

「今ご覧になった、傷や消耗のない魔石でしたら、その値になります」

「使いかけだと、変わるんだな」

「はい。受け取る前に、状態をお確かめください」


 種類が同じなら何でも受け取る、では危ない。

 ショップで《鑑定 Lv.1》を購入し、自分へ付与した。


 取り出した魔石を見る。

 種類と、魔力の消耗、傷の有無が分かった。

 続いて指輪を見ると、銀製で、耐久を2上げる効果も読める。


「おお……。これなら、受け取る前に確かめられる」

「お客様へご説明するときにも、役立ちますね」

「これ、人が何を考えてるかまで分かったりは?」

「いたしません」

「よかった。俺、読まれる側だったら困る」


 イドの視線が、俺から指輪へ移った。


「お顔には、よく出ていらっしゃいますが」

「そこは黙っててくれ!」


 余計なことを考える前に、値段を決めよう。

 昨日のギルドの買取額と、今見たDPの値は、帳面の別の欄へ書いた。


「普通のバーガーは6銅貨。スライムの魔石2個なら、買取額と同じになる」

「はい」

「それと、肉を2枚にしたダブルも出す。こっちは10銅貨だから、角兎2個か、ゴブリン1個」


 書きながら、2枚のパティを挟んだところを想像した。

 これは、俺も食いたい。


「森林狼だったら……4人分の組み合わせにするか」


 ダブル3個と、普通1個。

 現金なら36銅貨だが、森林狼の魔石1個で出す。


「仲間で来たら、得だろ。そのぶん、肉を買うDPも入る」

「パンや薪、お給金には現金も必要です。そちらの残りも、ご覧くださいね」

「うん。魔石をもらって、金まで増えた気にならないようにする」


 薬と道具には、別のおまけを決めた。

 道具類だけで20銅貨以上の買い物をして、全額を魔石で払ってくれたら、普通のバーガーを1個。

 何品買っても、1会計につき1個だ。


「これも、看板に書いておく。俺の気分でつけたら、昨日はもらえたって話になるから」

「ご説明する皆さんも、同じ条件をお伝えできますね」


 売り場へ加える筋力補助の指輪も1個買った。

 指輪用の小布と値札を添え、売値は50銀貨にする。


 魔石4個は、見本として残した。

 今日受け取った品と、必要なら比べてみよう。


「行ってくる。今日は、本当に開店してくるぞ」

「はい。お帰りになったら、お話を聞かせてください」


 俺が袋を持つと、イドが入口までついてきた。


「ナオ様」

「ん?」

「落ち着かなくなったときは、ひと息ついてください。今朝、お決めになったことは、帳面に残っております」


 俺は袋の中の帳面へ触れた。


「……緊張してるの、分かる?」

「いつもより、お話が速いです」


 言われて初めて、息を吐いた。

 イドが頷くのを見てから、俺は戸を開けた。


     *


【同日 午前9時10分/借りた食堂】


 市場で買った物を運び込み、戸を閉めた。

 昨日の残りと合わせ、最初のパンは40個。

 戸棚に玉ねぎを置き、薪を竈のそばへ積む。


 厨房で牛ひき肉を買い、足りない調味料も補充した。

 今日はフライパンも、もう1枚使う。

 魔石用の小箱と、新しい看板、包み紙を用意してから、仕込みを始めた。


 2つのフライパンを並べてみる。

 片方で肉を焼き、もう片方で玉ねぎやパンを温めれば、昨日より早い。

 少なくとも、頭の中では。


「……あとは、俺の手だな」


 肉を量り、普通とダブルで使う枚数を分ける。

 回復薬と2種類の指輪も並べ、値札を正面へ向けた。


 10時になると、表の戸が開いた。


「おはよう! 今日、もういい匂いする!」


 リリが入ってきて、その後ろから4人も続く。

 前掛けを着けながら、ミナが土産のお礼を伝えてくれた。


「エレナ様が、皆でおいしくいただきましたって。小さい子たちも、すごく喜んでました」

「そっか。よかった」

「俺、何の肉か説明してやった!」


 ヨハンが胸を張る。


「牛肉だって?」

「うん。細かくして、丸めて――って」

「皆、聞いてた?」

「……途中から、食ってた」

「俺も、目の前にあったら食うな」


 昨日のあとのことを、初めて聞いた。

 俺の見ていない食卓でも、あの料理が役に立ったらしい。


 手を洗ってもらい、看板と持ち場を確かめる。

 魔石の状態は俺が確認してから受け取り、代金は現金と別に数える。

 その話を終えたところで、ヨハンが看板を指した。


「待って。このダブルって、何?」

「肉が2枚」

「2枚!?」


 看板と、厨房の肉を見比べる。


「俺、そっち食いたい!」

「昼は普通のほうな。ダブルは、売る手順に慣れてから、皆で味見しよう」

「……その約束、覚えててね」


 俺は帳面の端へ書いた。

 早くも、開店前に約束が増えた。


 ニナは、ダブル用の紙を折っていた。

 下だけでなく、横の折り返しも深くする。


「肉が重なるから、上だけ持つと、ずれそう」

「横も押さえるのか」

「うん。最初、包んだところを見てほしい」

「頼む。持ち方も、客に教えてやって」


 トマが看板を外へ出し、ミナが釣り銭を数える。

 俺は、話しかける前に仕事へ戻った。


 昨日、言われたことは覚えている。

 そうやって覚えることが、今日も増えるのだろう。


     *


【同日 午前11時/借りた食堂】


「ここだったか!」


 開けた戸から入ってきたのは、市場で話した荷運びの男だった。


「お前だろ。どんな飯なら食いたいか、聞いて回ってたのは」

「覚えててくれたんですね!」

「熱い肉の匂いがしてな。あの話を思い出した」


 男の目が、焼いているパティへ向いた。


「それ、全部挟むのか?」

「普通は1枚。肉2枚のダブルもあります」

「まずは普通をくれ」


 ミナが銅貨を受け取り、俺が肉を挟む。

 ニナが包み、リリが皿に載せて渡した。


「熱いから、気をつけてね!」


 男がかじる。

 2度噛んだところで、包みを顔から離した。


「おい、何だ、この肉!」

「牛肉です」

「いや、種類じゃねえよ! 何でこんなに、やわらかいんだ!?」


 次のひと口で、パンの端へ出た肉汁まで食べる。

 飲み込んでから、また断面を見た。


「胡椒も入ってるな。あと、この赤いやつ。甘いのに、肉と合うじゃねえか」

「ケチャップっていうソースです」

「初めて聞いた。……おい、これ、持って帰ることもできるか?」


 俺が頷く前に、男は戸口へ顔を出した。


「昼、ここで食え!」


 灰色の作業着の男が、通りで足を止める。


「まだ、仕事がある」

「持って帰れるぞ!」

「お前は、そこで食ってるだろ」

「今、食い始めたんだよ!」


 言い合いながら、もう1人分の注文も入った。

 俺はフライパンへ肉を置き足した。


 そのとき、入口に大きな人影が差した。


「おう。間に合ったな」


 ガレスだった。

 後ろには、槍、弓、剣を携えた男が1人ずついる。


「本当に連れてきてくれた!」

「来て確かめろって言ったら、全員ついてきた」

「胡椒を使った肉で6枚だろ?」


 槍の男が、看板から俺へ目を向ける。


「肉が薄いんじゃねえかと思ってな」

「今、焼けます。見てから決めてくれていいですよ」


 焼けたパティをパンへ載せる。

 ガレスはそれを見てから、もう一方の皿を指した。


「待て。そっちは2枚か?」

「今日から、ダブルも出してる」

「昨日はなかったぞ!」

「昨日、まだ開店してなかったんだよ!」


 ガレスが看板へ戻り、森林狼の魔石を1個取り出した。


「この4人分で頼む。俺はダブルな」


 弓と剣の男も、ダブルを選ぶ。

 槍の男だけが手を上げなかった。


「俺は普通でいい。朝、食いすぎた」

「腹を減らして来いって言っただろ」

「お前の話を聞いてたら、朝飯が足りなく思えたんだよ」


 俺は魔石の状態を確かめ、受け取ってよいとミナへ伝えた。

 初めての魔石払いだ。

 手順をひとつずつ確かめてから、肉を焼く。


 料理が揃うと、ニナが包みの底を指した。


「下を持って。上だけつかむと、肉がずれるから」

「おう。こうか?」

「うん、それ」


 ガレスが大きくかじった。

 噛む間もなく、弓の男が声を上げる。


「うわっ、やわらか……! 肉の汁が、こんなに!」


 剣の男は、食べかけを両手で持ち直した。


「この酸っぱいの、何だ? 肉と食うと、次が欲しくなる」

「ピクルス。野菜の酢漬けです」

「酢漬け? 俺、普段なら残すぞ」

「今日は?」

「抜いたら、もったいねえだろ!」


 ガレスは何も言わず、もうひと口かじった。

 それから、俺を呼ぶ。


「ナオ」

「どう?」

「昨日の時点で、2枚挟むのを思いついててほしかった」

「今日食べられたんだから、いいだろ!」


 隣で普通のバーガーを食べる槍の男が、ダブルの断面を見ていた。

 ガレスが自分の包みを胸へ寄せる。


「朝、食いすぎたんだろ」

「……見ただけだ」


 俺は次の肉を裏返した。

 厨房の外からは、まだ、あのソースは何だという声が聞こえていた。


     *


【同日 午前11時40分/借りた食堂】


「薬も、お前が売ってるのか」


 食べ終えた槍の男が、回復薬の札を読んでいた。

 値段を見て、瓶へ目を近づける。


「80銅貨か。普通の道具屋より安いな」

「品は確かめてください。初級の回復薬です」


 男は表示と中身を確かめ、ゴブリンの魔石を8個出した。

 俺が鑑定してから、ミナが受け取る。

 薬と一緒に、おまけのバーガーも包んだ。


「……俺、朝食いすぎたって話、したよな?」

「持って帰れますよ」

「じゃあ、頼む。あとで腹が減ったら食べる」


 弓の男も薬を買った。

 こちらも魔石払いで、持ち帰りの包みを受け取る。


「家で食わせたいと思ってたんだ。ちょうどいい」

「帰るまで、食わないようにな」

「ガレス。お前が隣で匂いを嗅ぐな」


 俺は、ほかに欲しい物があるか聞いた。

 毒消し。包帯。魔力を戻す薬と、持ち歩ける灯り。

 皆、何となく言うのではなく、依頼に持っていきたい理由があった。


「傷は薬で治しても、押さえる布は要る。安い包帯があるなら助かるな」

「灯りも。暗くなってから道を間違えると、飯より困る」


 俺が帳面へ書き込むと、ガレスが覗いた。


「全部、明日揃うとは言うなよ。探してからでいい」

「分かってる。買える物と、値段を確かめてくる」


 昨日は飯を作れるかどうかで悩んでいた。

 今日は、まだ置いていない品を尋ねられている。


「また仲間に話してくれると助かる。飯がうまくて、薬が安い店だって」

「それくらいならな」

「店主も感じがいいって」

「そこは、これから確かめる」


 ガレスは空の包みを畳み、腰を上げた。


「飯は本当だ。ギルドでも話しとく」


 そのひと言で、俺はまた買いすぎそうになった。

 先に、目の前の注文を焼こう。


     *


【同日 午後0時20分/借りた食堂】


「普通、2個!」

「ナオさん、魔石の確認!」

「ダブル、あとどのくらいかかる?」


 声がするたびに顔を上げ、すぐ肉へ視線を戻す。

 魔石はトマが皿へ載せ、俺の見える位置まで持ってくる。

 俺が状態を確かめ、ミナが小箱へ移す。

 リリが注文を伝え、ニナが包み、ヨハンが運ぶ。


 それで回るつもりだった。


「あの。俺の、まだですか」


 短剣を下げた若い客が、客席から声をかけた。

 スライムの魔石で普通を頼んだ人だ。


「俺よりあとに来た人、もう受け取ってたので……」


 俺は手を止め、ミナの帳面を見た。

 彼女が注文を指で追う。


「……この方、こっちより先でした。魔石を確かめてる間に、あとの注文を先へ書いてしまって」


 代金を確認し終わった順に、料理を作っていた。

 注文を受けた順とは、違っていたのだ。


「すみません。こちらの間違いです。今、焼ける分を先にお渡しします」

「急かしたいわけじゃなくて。忘れられたのかと思って」

「そうですよね。何も言わず、お待たせしてしまって」


 俺は焼き上がる分を確かめ、包みを用意した。

 客へ渡してから、ミナとリリを呼ぶ。


「受けたときに番号を付けよう。魔石を調べる間も、順番は先に決める」

「私、厨房へ言うとき、数しか伝えてなかった」


 リリが帳面の端を押さえた。


「俺も、数しか聞いてなかった。これからは番号も一緒に。あと、待つ時間は、分からなければ俺に聞いて」

「うん。すぐできるよって、言いすぎた……」


 俺が最初に、すぐ食えると言ったせいもある。

 早く出したい気持ちと、実際に出せる早さは別だった。


 若い客は包みの底を持ち、その場でひと口かじった。

 次の瞬間、眉が上がる。


「……あ、うまい」


 断面を見てから、もうひと口食べた。

 飲み込んで、俺へ顔を向ける。


「明日も、スライムの魔石で買っていいですか?」

「もちろん。待ってもらうときは、先に伝えます」


 客が頷くのを確かめ、俺は厨房へ戻った。

 リリが次の注文を、番号と一緒に伝える。

 今度は帳面の行を確かめてから、肉を皿へ移した。


     *


【同日 午後1時10分/借りた食堂】


 客足が落ち着いたところで、交代で昼飯を食べた。

 俺たちも、普通のバーガーを1個ずつ。

 ヨハンは食べる前に、昨日より厚くなっていないか、横から眺めていた。


「どうした?」

「皆に、うまいって言われてたから」

「うん」

「俺のも、昨日よりうまく感じるかなと思って」


 かじった顔を見たら、聞くまでもなかった。

 ヨハンは包みを置かずに、空いたほうの手で水を取った。


 パンが少なくなったので、トマへ買い足しを頼んだ。

 代金と釣り銭はミナと確かめてもらう。

 注文が途切れた間に、俺も厨房の戸を閉め、肉を買い足した。

 自分たちの夕飯の分も、忘れずに数へ入れる。


 午後には、角兎の魔石でダブルを頼む女性も来た。

 黒髪を低く結び、背には弓を持っている。


「持ち帰りにできる?」

「はい。厚いので、最初は座って食べたほうがいいと思います」


 ニナが、横も支えるように包んで渡した。

 女性は重さを確かめ、空いた席へ腰を下ろす。


「……そうね。これ、歩きながら食べるのは惜しいわ」


 まだ、食べる前の感想だった。

 最初のひと口のあとは、しばらく言葉が出てこなかった。


     *


【同日 午後2時/借りた食堂】


「こんにちは。昨日、露店で指輪を買った者です」


 声に顔を上げた。

 赤茶色の髪を後ろへまとめ、動きやすそうな革の防具を着た女性が立っている。

 指には、見覚えのある銀の輪。


「あっ、昨日の! 来てくれたんですね!」

「通りから薬の札が見えたので。もう、お店を借りられたんですね」

「今日、開けたばっかりです。……指輪、使ってくれてるんですね」


 彼女が自分の手へ視線を落とす。


「はい。仕事に使う物なので。昨日は、おまけまでありがとうございました」

「こちらこそ。最初に買ってくれた方ですから、忘れませんよ」


 きれいな人だから、という理由も大きい。

 そこまで顔に出ていないかは、自信がなかった。


「私、リゼといいます」

「ナオです。よろしくお願いします」


 名前を聞けた。

 フライ返しを持ったまま握手を求めなくてよかった。


 リゼは棚の指輪を見比べ、筋力の札へ手を添えた。


「こちらは、昨日の物と一緒に使えますか?」

「はい。上がる能力が違うので。耐久と筋力なら、両方使えます」

「同じ能力の物を2個だと?」

「この系列では、強いほう1つだけです。2個分にはなりません」


 リゼは自分でも品を確かめ、頷いた。


「では、こちらを。力が足りれば、楽になる作業もあるので」


 銀貨が並ぶ。

 ミナと一緒に数え、小布へ包んで渡した。

 リゼは、受け取った指輪を荷物へしまう。


「料理も、よかったら――」

「食べていってもいいですか? さっきから、匂いが気になっていて」


 誘う前に、言ってもらえた。


「ぜひ! 普通のほうから、どうですか」

「はい。まずは、そちらを」


 ミナが代金を受け取り、俺は注文の番号を確かめた。

 肉を焼き、ソースを塗り、ニナへ渡す。


 リゼが席で包みを持ち上げるまで見ていたら、こちらへ顔を向けた。


「ナオさん」

「はい」

「食べた感想を、お聞きになりたいんですよね?」

「……分かりました?」

「とても」


 俺は隣のフライパンへ向き直った。

 今日は、食ってもらうたびに顔へ出ているらしい。


 客席から、小さく息をのむ声がした。


「……えっ。こんなに柔らかいんですか」


 振り返りたい。

 だが、こっちは今、肉を返すところだ。


「牛肉なんですよね? 胡椒も、こんなに……。すごく、おいしいです!」


 俺は肉を返してから、ようやく顔を上げた。

 リゼは断面を見直し、今度はピクルスの入ったところをかじっていた。


「また、食べに来ます」

「お待ちしてます!」


 声に力が入りすぎた。

 リリが戸口から、俺と客席を交互に見ていた。


「ナオさん。次、普通1つだよ」

「はい、焼きます!」


     *


【同日 午後3時10分/借りた食堂】


 客へ渡した料理は、おまけを含めて50個を超えていた。

 それでも、15時30分には注文を締める。

 片づけと休憩も含め、皆の仕事は16時までだ。


 トマが戻した皿を、作業台の端へ置いた。


「明日、洗う皿はこっちに置かない? 料理を渡すところと、ぶつかる」

「そうだな。そこ、空けよう」


 俺が教えるつもりで雇ったのに、俺もずいぶん教わっている。

 ニナは包み紙を数え、ミナは受け取った魔石を確かめていた。


「皆、今日も土産を持って帰れる?」


 5人が顔を上げた。


「今日も、いいんですか?」

「開店祝い。昨日は準備だったけど、今日は本当に店を開けたから」


 ミナの手が、帳面の上で止まる。


「皆の分なら、19個です」

「うん。頼む。俺も、一緒に祝ってもらいたい」


 トマへ、パンと足りなくなる食用油の代金を渡した。

 俺は残りの注文を確かめ、土産用の肉と調味料、包み紙と袋を追加する。

 自分とイドの夕食を先に焼いてから、19個の仕込みへ移った。


 15時30分。

 リリが看板を裏返し、新しい注文を締めた。

 皆は交代で道具を洗い、台を拭く。


 16時に、1人ずつ給料を渡した。

 残りの調理と包装は俺が続け、仕事を終えた5人には客席で待ってもらう。

 袋が揃ったのは、その10分後だった。


「4個入りが4袋、3個入りが1袋。これで19個」


 ニナが袋の口を確かめ、底へ手を添えた。

 ヨハンは、口を開きかけたまま俺を見る。


「……今日は、途中で食うなって言わないの?」

「言わなくても持って帰ってくれるだろ」


 ヨハンは袋を持ち上げ、胸を張った。


「任せて。皆に、開店祝いだって言う!」


 入口で、ミナが俺を振り返る。


「今日、順番を間違えて、ごめんなさい」

「俺も途中で確かめてなかった。明日は、最初から番号でやろう」

「はい。書く場所、分けておきます」


 5人が通りへ出ていく。

 戸を閉め、俺は洗い残したフライパンへ手を伸ばした。

 今日は何度、肉を返しただろう。

 フライパンを持ち上げたところで、右手がだるくなっているのに気づいた。


     *


【同日 午後5時20分/市場通り】


 片づけと戸締まりを済ませ、薬店と道具屋を回った。

 毒消し、中級の回復薬、魔力を戻す薬。

 包帯と、持ち歩けるランタン。補充用の燃料油。

 値段と効能を聞き、札も鑑定で確かめる。


「毒消しは、どんな毒にでも使えるんですか?」


 薬店の女性店員は、瓶を戻して首を振った。


「初級で対処できる範囲は限られます。強い魔物の毒まで、同じにはできません」

「なるほど。傷を治す薬とも、別なんですね」

「はい。何に当たったか分からない場合も、無理をしないでください」


 俺は効能と注意することを分けて書いた。

 売るなら、安いと伝えるだけでは足りない。


 道具屋では、包帯の密封とランタンの燃料を確認した。

 食用油と燃料油は、置く場所も分けよう。


 今日は、こちらでは買わない。

 帰ってからショップの同等品と比べ、仕入れる数を決める。


     *


【同日 午後6時/マスタールーム】


「ただいま! 売れた!」

「お帰りなさいませ。お疲れさまでした」


 イドが食卓の上を空けてくれた。

 商品と夕食を置き、俺は魔石の小箱を開ける。

 朝の見本4個と、営業で受け取った分を分けて数えた。


「間違いない。今日の分、54個」


 回収ボックスへ入れ、変換を実行する。


《魔石54個を変換:990DP》

《保有DP:2592》


「……戻ってきた」


 朝から、肉も調味料も買った。

 それでも、魔石を受け取った分だけDPが増えた。


「現金も、給料と買い出しを払って、74銀貨7銅貨。筋力の指輪が売れたのが大きいけど、飯だけでも売れた」

「お料理は、何個ほど?」

「全部で86個。土産とか俺たちの飯も入ってるから、売れた数とは違うけど」


 イドが俺の右手を見た。

 俺は、握ったり開いたりしていた指を止める。


「痛むのですか?」

「痛いってほどじゃない。こんなに肉を返したの、初めてだから」

「では、お話は座ってから。まず、お食事にしましょう」


 椅子へ座った途端、脚まで重くなった。

 イドが水を注ぎ、俺は夕食の包みを開く。

 冷めたバーガーでも、ひと口かじると腹が減っていたことを思い出した。


 ガレスと仲間の反応。

 注文の順番を間違えたこと。

 ニナの包み方と、トマの買い出しがなければ困っていたこと。

 食べながら話すと、どこから始めても、次の話が出てきた。


「俺、店を始めたら、皆に教えるほうだと思ってた」

「実際に、教えたこともございますでしょう」

「うん。でも、皿を置く場所まで教わった。俺がいちばん動いてるのに、いちばん周りを見てないときがある」

「それを教えてくださる方が、5人いらっしゃるのですね」


 俺は、水をひと口飲んだ。

 今日はもう、誰もいない厨房で慌てなくていい。


 イドが包みを持ち直す。


「ところで、ナオ様」

「ん?」

「先ほどから伺っている、ダブルとは……」

「肉が2枚のやつ。今日から出してみたら、評判よかった」


 イドは自分のバーガーを見た。

 そこには、肉が1枚入っている。


「わたくしは、まだいただいておりません」

「……ごめん。出す前に、味見を頼むんだった」

「はい。お忘れにならないよう、お願いいたします」


 帳面を引き寄せ、イドの味見、と書いた。

 その隣へ、従業員5人も、と加える。


「希望者が増えてきたな」

「最初の希望者を、優先していただけますか?」


 イドは俺の顔を見たまま、返事を待っていた。


「うん。イドの分、忘れない」


 彼女が自分の包みへ戻った。

 俺も残りを食べ、空の紙を畳んだ。


     *


【同日 午後6時40分/マスタールーム】


 食後、イドと一緒にショップを見た。

 街で聞いた値段と、仕入れに要るDPを並べる。


 解毒薬を10本。中級回復を4本。初級魔力を6本。

 包帯は20巻、ランタンは5個、補充油は10容器。

 売れた筋力の指輪を1個補充し、魔力の指輪も1個加える。


 合計は2300DPだった。


「……揃うな」

「購入後は、292DPになります」


 俺は今の残高へ目を戻した。

 増えたと思ったばかりのDPが、ほとんどなくなる。


「1000は予備にするって、言ってたな」

「はい。今回は、その分にも手をつける仕入れです」


 イドは、購入を勧めずに待った。

 俺は、売れ残った耐久の指輪を見る。

 今日欲しいと言われた品でも、明日すぐ売れるとは限らない。


「俺が明日も今日と同じだけ売れるつもりだったら、止めて」

「承知しました。お肉も、生活に使う分も、残りから必要になります」

「うん。……それでも、今回は揃えたい。薬と灯りは、使うところまで聞けたから」


 イドが、帳面の翌日の欄を指した。


「でしたら、先に使う物を決めておきましょう。新商品の追加より、営業するためのお肉を」

「分かった。魔石を受け取ったら、必要な分をその都度変換して、材料を出す」

「見本の4個も、明朝は変換に回せますね。種類と状態は、鑑定で確かめられますから」

「そうしよう。飾っておいて、肉が買えませんじゃ困る」


 明日の最初の仕事に、見本魔石の変換、と書いた。

 今日は、まだ残しておく。


 商品の売値も決めた。

 街で見た同等品より安くし、薬と道具のおまけは、朝に決めた条件を続ける。


「魔力の指輪は、65銀貨か」

「はい。お客様へは、お値段もお伝えくださいね」

「似合います、だけで渡すつもりはないぞ」

「先に確認できて、安心いたしました」


 俺は、購入する数量へ戻った。

 声をかけたくなる美人が増えても、仕入れ代は増えてくれない。


     *


【同日 午後7時/マスタールーム】


 購入を実行した。

 薬瓶と密封された包帯、ランタン、栓付きの燃料油が、部屋の隅へ並ぶ。

 最後に、銀の指輪が2個。


「ランタンは、最初の油も入ってるんだな」

「1個につき250mLです。追加の容器とは別に含まれております」

「試しに火をつけるのはやめとこう。売る前に減らしたら、また数えにくくなる」


 残った回復薬は3本。

 そちらも、ショップで追加の数量を選ぶ。


「残った分で、こっちも買い足しておくか。まず3本。明日の肉と飯の分は、残しておきたい」

「120DPです。購入後は172DPになります」

「うん。それで」


 回復薬は6本になった。

 10本用の木箱へ、回復薬6本と魔力薬4本を収める。

 入りきらない瓶は、種類ごとに分けた。

 指輪は耐久、筋力、魔力の3個。既存の小布へ並べ、数を確かめる。


 食卓の上で帳面を広げ、イドが読み上げる数と照らし合わせた。

 数え終えた商品から、回収ボックスへ一時保管していく。

 薬の木箱も、箱外の瓶も、包帯もランタンも。

 変換はせず、売る品のまま収めた。


「これで、店に着いてから出せばいいな」

「はい。棚に置く物から取り出しましょう」

「明日は、棚のどこへ置くかで困りそうだ。飯より薬の種類が多くなってきたぞ」


 帳面へ、売り場の配置を書き足す。

 油は火から離す。薬は、似た瓶を隣に置いても札で見分けられるようにする。


「イドにも、店を見てもらいたいな」


 彼女が顔を上げた。


「お伺いしても、よろしいのですか?」

「もちろん。今日は、あそこで肉を焼いたんだって、見てほしい」

「……はい。ぜひ」


 俺が帳面の店の絵を指すと、イドは椅子を寄せた。

 入口から厨房まで、指で順番に確かめている。


「ここが、皆さんの立つ場所ですね」

「そう。で、この前にガレスが座ってさ」


 話しかけて、昼の別のことも思い出した。


「あ、そうだ。昨日、指輪を買ってくれた人、リゼっていうんだって。今日も来てくれた」


 イドの指が、帳面の上で止まる。


「先ほどの、筋力の指輪をお買い上げになった方ですか?」

「うん。料理もうまいって。また来るって言ってくれた」

「……それは、何よりです」


 言葉は丁寧なのに、さっきより短かった。

 俺が顔を向けると、イドはこちらを見返す。


「わたくしの味見も、お忘れなく」

「書いてある! ほら、ここ!」


 帳面を見せると、イドがその行を確かめた。


「はい。楽しみにしております」


 俺はその下に、今のDPを書いた。

 172DP。

 明日はまず、肉を買うところからだ。


 帳面を閉じ、食卓へ両手を置いた。


「……なあ、イド。開店の練習、もう1回だけ付き合って」

「はい」


 俺は椅子から立ち、彼女へ向き直った。


「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「ダブルを1つ、お願いします」


 今度は、迷わず注文を帳面へ書き込んだ。

《第4話リザルト/転生3日目》


【開始時】


現金:21銀貨21銅貨

DP:2486DP

未変換の魔石:4種類各1個、計4個(95DP相当)



【売れた物】


普通バーガー:35個

 現金30個×6銅貨=180銅貨

 魔石払い5個


ダブルバーガー:20個

 現金4個×10銅貨=40銅貨

 魔石払い16個


初級回復ポーション:7本

 現金3本×80銅貨=240銅貨

 魔石払い4本


筋力補助の指輪:1個×50銀貨=50銀貨


現金売上合計:54銀貨60銅貨



【売上に含めない料理】


薬購入のおまけ:普通バーガー4個

孤児院への開店祝い:普通バーガー19個

従業員5人とナオの昼食:普通バーガー6個

ナオとイドの夕食:普通バーガー2個


調理総数:普通66個+ダブル20個=86個

牛肉のパティ使用数:106枚



【受け取った魔石とDP収入】


スライムの魔石:6個×5DP=30DP

角兎の魔石:8個×10DP=80DP

ゴブリンの魔石:38個×20DP=760DP

森林狼の魔石:2個×60DP=120DP


受取魔石:計54個

変換した魔石:本日受取の54個すべて


魔石変換によるDP収入:990DP

滞在・死亡・その他の物質変換によるDP収入:0DP


※前日からの見本4個は未変換。

 95DP相当は、今回のDP収入に加算しない。



【現金支出】


丸パン:85個×1銅貨=85銅貨

玉ねぎ:3kg×3銅貨=9銅貨

食用油・250mL:2容器×10銅貨=20銅貨

薪:10kg×1銅貨=10銅貨

従業員の日当:5人×10銅貨=50銅貨


現金支出合計:174銅貨



【DP支出・品目別】


フレンチトーストセット:2食×4DP=8DP

イドの昼食・親子丼:1食×4DP=4DP

飲料水・10L入り:1組×2DP=2DP


ナオへの鑑定 Lv.1付与:1件×200DP=200DP


筋力補助の指輪:2個×500DP=1000DP

魔力補助の指輪:1個×500DP=500DP

指輪用小布:1枚×2DP=2DP

木製の値札:1枚×1DP=1DP


蓋付きフライパン:1個×12DP=12DP

木製の看板:1枚×5DP=5DP

魔石用の蓋付き小箱:1個×5DP=5DP

耐油紙・20枚入り:4組×2DP=8DP


日本産牛ひき肉:10600g(100gあたり1DP)=106DP

塩・100g入り:1袋×1DP=1DP

黒胡椒・10g入り:2袋×1DP=2DP

ケチャップ・500g入り:3個×3DP=9DP

マスタード・200g入り:1個×2DP=2DP

ピクルス・正味300g入り:4瓶×3DP=12DP

持ち帰り用紙袋:5枚×1DP=5DP


初級解毒薬:10本×20DP=200DP

中級回復ポーション:4本×150DP=600DP

初級魔力ポーション:6本×60DP=360DP

滅菌包帯:20巻×3DP=60DP

油ランタン:5個×12DP=60DP

補充用燃料油・250mL:10容器×2DP=20DP

初級回復ポーション:3本×40DP=120DP


DP支出合計:3304DP


※筋力の指輪は、朝の追加1個と売却後の補充1個。

※朝食はシロップ・使い捨て食器込み。

※親子丼は容器・木匙込み。

※ランタンは初回燃料250mL込み。

※耐油紙は計80枚。追加の袋は5枚。



【終了時】


現金:2121+5460−174=7407銅貨

  =74銀貨7銅貨


DP:2486+990−3304=172DP


未変換の魔石:見本4個、合計95DP相当

預け保証金:15銀貨(手元の現金とは別)



【販売用在庫】


初級回復ポーション:10−販売7+補充3=6本

初級解毒薬:10本

中級回復ポーション:4本

初級魔力ポーション:6本

滅菌包帯:20巻

油ランタン:5個

補充用燃料油250mL:10容器

耐久補助の指輪:1個

筋力補助の指輪:0+購入2−販売1=1個

魔力補助の指輪:1個


※新商品は翌日から販売。

※今回は予備1000DPも使って仕入れ。

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