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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第4シーズン  作者: 鉄猫


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9/12

一人だけの軍隊

「ほら、さっさと失せな」

 また森へ帰ろうと通りを歩くボルトの耳に、その声が聞こえてきた。見ると、口入屋の店先で、明らかに農奴と分かる服装の中年男が、口入屋の使用人に突き飛ばされていた。ボルトは男に駆け寄る。

「何してやがる」

 ボルトの鋭い声に、使用人は二歩ほど下がる。

「何って、金もないのに仕事を頼みに来たから、追い返しただけだ」

「仕事だって?」

「村に野盗が来たって言ってる」

 使用人は手をひらひらとさせると、店の中に入っていった。ボルトはそれを見送ると男の方を向く。男は自分を抱き起しているのがケイナインであることに驚きの顔をしているが、諦めたかのように息を吐いた。

「詳しく話てくれ」

 ボルトの言葉に、男は話し始めた。七日ほど前に、村が野盗に襲われたという。野盗はそのまま村にいつき、税のためや冬を越すための農作物を食い荒らしはじめたというのだ。男は野盗たちの目を盗んで村を脱出し、ここにたどり着いたというわけである。

「それで冒険者を雇おうとしたわけか」

 ボルトは使用人の方を向く。使用人は「関わらない方がいい」という顔をして、首を振った。その仕草に、ボルトは胸の奥に怒りが沸き上がるのを感じていた。男を座らせると、口入屋の店頭へと向かう。

「俺が報酬を出す。冒険者を集めろ」

「いや、それはできない。あんたはここの街の住人じゃなし、村の住民でもない。関係無い人は口出ししないほうがいい」

「じゃあ、どうするんだ?」

 使用人は道にへたり込んでいる男をちらりと見、ボルトの方に身を乗り出すと、小さい声で言った。

「野盗も食い物をあらかた喰えば出て行くさ」

「見殺しにしろと」

「農奴たちもその辺はわかってる。あいつが逃げたぐらいだ、抜け道の一つや二つ知っているはずだ。森かなんかに逃げ込んで、野盗が去るのを待っているかと」

「……そうか」

 ボルトは振り返ると大声で言った。

「誰か手を貸してくれるやつはいないか! これから村を襲った野盗を蹴散らしにいく!」

 その行為に慌てた使用人がカウンターを越えて飛び出して来る。

「やめてくれ! こんな事されたら、ウチの評判に傷がつく」

「そうか。それなら仕事の依頼を引き受けるか?」

「いや。その仕事を受ける冒険者はいない。口入屋を介しない仕事を受けたとすれば、帳簿にその旨が残る。だから、あんたには誰も手を貸さない」

 ボルトは辺りを見回した。何人の冒険者がいるが、彼らはボルトと眼を合わせないようにしている。

「……わかった」

 ボルトはふんっと鼻息を出すと、中年男の前に立った。

「どこの村か案内してくれ。俺が助けに行く」

 その言葉に、男は頭をさげた。

「報酬は……」

「そんなものはいらん。これは俺の意志だ」

 ボルトは鋭い視線を冒険者と口入屋に向けた。これも社会の(ことわり)だとはわかっている。弱い者はいつまでも弱いままなのだ。その仕組みを変えることはできない。しかし、誰かが怒りを見せねばならないのだ、とボルトは思った。冒険者も口入屋も「金」という価値でしか動けないのだ。「純粋な正義」などという考えは、この世界では夢物語でしかない。

 だが、ボルトは心の中から湧き上がる、得も言われぬ感情に身を晒していた。それは怒りを超えた、熱い感情だった。怒りの矛先は仕事を断った口入屋や、我関せずを決め込んだ冒険者たちでもない。この世界そのものへの想いだった。

「どいつもこいつも、くそったれが」

 ボルトは中年男を立たせると、まずは市へと向かった。そこで食事をとらせた。男は貪るように食事をとった。野盗の襲撃から街までの間、満足な食事をとっていなかったのだ。ボルトは食事の間、野盗の数や武器の様子を聞いた。一人では対処しきれないかもしれなかったが、それでもやるしかない。と思った。それだけの火力は充分にある。

 食事も終わると、ボルトと男は門をくぐった。そこから街道を歩き始める。

「あ、出てきた」

「おまえらは……」

 門のすぐ外で待っていたのは、スカルドとイルドレドの二人だった。

「話は聞いたよ。噂になってる」

「魔女の右腕が凄い怒ってるって。商業ギルドなんか、今にも魔女が攻めてくるんじゃないかって慌ててる」

「で、おまえらは何をしにきた。もしかして、俺をギルドの連中に突き出す気か?」

「そうじゃない。あんたを助けに来たの。意外かな?」

 イルドレドが笑顔を見せる。

「もう門の外に出てるから、帳簿の事を気にすることはないし。それにこのユニットのテストにもなるしね」

 スカルドがストライカー装備を示して見せる。ボルトは呆れた顔をする。

「そうか。報酬は無いぞ」

「わかってる」

「では、急ぐとしよう」

 ボルトと男、姉妹は荷馬車を止めると、御者に銀貨を握らせた。普段真鍮貨でやり取りをしている御者は、久しく見ていなかった銀貨に喜び、全員を荷台に乗せると、馬車を急ぎ足で走らせた。そして、1回の野宿の後に、男の言う村の近くで馬車を降りた。

「殴り込むの?」

「いや。まずは偵察だ。敵の布陣もわからないところに行くのは危険すぎる」

 ボルトは村の方角を聞くと、バックパックを姉妹に預けて、先を進んだ。森を抜け、村のすぐそばの茂みに潜り込む。双眼鏡を取り出し、村を見る。

 村の家々の周りに、数人の野盗らしい足長が見えた。鶏の羽根がその近くに散らばり、豚の頭が転がっている。野盗たちは、文字通り村を食い物にしているだ。

 視線を動かし、野盗の数と武器を確認する。何挺かのクロスボウが見えた。あとは剣と槍のようだった。

「……なんだ?」

 ボルトは野盗たちがたむろしている、村の中央の井戸の付近でそれを見た。頭一つ背の高い男がいるのだ。オーガやジャイアントではない。明らかに足長なのだが、雰囲気が違っている。ボルトは茂みから這い出ると、スカルドたちが待っている場所に戻った。

「どうだった?」

「連中はまだいる。数は20というところだ」

「楽勝ね」

「いや、一人気になる奴がいてな」

 ボルトは二人に、例の背の高い男の話をした。

「ただの背が高い男でしょ?」

「あんたのそれで一発よ」

「……嫌な予感がするんだ」

 ボルトはそれでも村に向かうことにした。イルドレドが村の中央に向かう道を進んで注意を引き、その隙に横合いからボルトとスカルドが飛び込む作戦である。

 イルドレドは茂みを踏み抜け、道に出ると、大きく息を吐いた。彼女にとって、ストライカーとしてのはじめての実戦となる。両腕の装備を確認し、足を踏み込み、前に向かってダッシュする。

 聞きなれない音に気づいた野盗たちが、談笑を止め振り向いた。イルドレドは左腕を上げると、衝撃波を放った。空気を揺らしながら波が飛び、野盗の何人かを地面にたたきつける。そこに右腕のドリルを発射する。荷車や芋を干すスタンドなどを突き抜けてドリルが飛び、野盗の一人をひっかけてズタズタにする。ドリルは飛び、イルドレドの手元に戻った。

「よし、行くぞ」

 ボルトとスカルドが森の中から飛び出す。畑の中を突っ切り、村へとまっすぐに走る。

「地面が柔らかすぎる」

 重さでめり込む足にスカルドが不満を口にする。

「相手が待ってくれるわけないだろ」

 ボルトはイルドレドの方に向いている野盗を見つけると、M4を肩づけし、二発の銃弾を放った。銃弾は短い飛翔を終えると野盗を弾き飛ばす。

「あたしだって!」

 スカルドは走りながら左腕をあげた。ハサミ状のユニットの表面に穴が開き、そこから火炎弾が発射される。火炎弾は炎の道を作るかのように着弾し、何人かの野盗を吹き飛ばした。

 ボルトは足を止めることなく村へと入り込んだ。まずはクロスボウの射手を見つけるか、クロスボウ自体を無力化するのを目的としていた。射程ではこちらが有利ではあるが、それでも射撃・投擲武器は脅威には違いない。

「そこか」

 ボルトはクロスボウが偵察した時と同じところにあるのを見ると、手榴弾を取り出し、そこに向かって転がした。近くの小屋の陰に隠れて爆風から身を護る。手榴弾の爆圧でクロスボウは破壊された。

「あいつはどこだ?」

 ボルトはあの背の高い男を探した。あいつがこの戦いのキーパーソンであるとを思っていた。そして、それは的中した。

 小屋の脇を抜けたボルトの頭上を鉈が通過する。ボルトは反射的に前転し、膝立ちでM4を構える。目の前にあの男が立っている。手には曲がった刀身を持つ、大きな鉈を持っていた。

 ボルトは相手を良く見た。髪や髭、服の間から見える胸毛が長くふさふさしている。後ろ髪が背中まで覆っている。

 ボルトは敵の正体を知った。

「ワーウルフ!」

 ボルトが叫ぶと同時に、男の口が大きく開いた。メキメキと音がし、牙が伸び、耳が尖り毛に覆われていく。男の頭は狼のそれに変わっていく。鉈を持つ手が筋立ち、爪が鋭く長く伸びる。

 狼の眼がボルトを見据える。ボルトは相手が悪いと思った。ワーウルフには通常の武器は通用しない。たとえ、驚異的な破壊力を持つマリンコの銃であってもだ。

 咆哮とともに鉈が振り下ろされる。それをかわし、距離を取る。

「くそっ」

 ボルトは無線が無いことに腹がたった。ラチェットがいれば、ワーウルフもそんなに怖い相手ではない。だが、今は違った。スカルド姉妹に危機を伝える方法が無いのだ。

 牽制のために銃撃をくわえるが、弾頭はワーウルフの表皮にめり込むも弾き返される。ボルトは後退しながら、敵を村の中央に引き寄せようとした。そこに行けば、ストライカーの二人が待っている。

「ボルト!」

 銃を撃ちながら後退してきたボルトを見て、イルドレドが叫ぶ。

「ワーウルフだ!」

「わかった!」

 イルドレドがワーウルフの方を向き、衝撃弾を撃ちだす。ワーウルフが衝撃波の壁に行く手を阻まれ、数歩さがる。

「あとはまかせて!」

 横滑りしながらスカルドがイルドレドの前に立つ。そして、ワーウルフめがけてダッシュした。

「無謀だ!」

 ボルトの声を無視してスカルドは前進した。ワーウルフが鉈を振り下ろす。スカルドはそれを振り上げた左腕で受け流す。鉈が横滑りし、胸の装甲の上を刃が走る。火花がスカルドの顔に降りかかる。スカルドは片目を閉じてそれに耐え、右腕のユニットを前に押し込んだ。棘付き鉄球をつけた柄が伸びる。

「これでも喰らえ!」

 スカルドは右腕を振り上げ、炎をまとった棘付き鉄球(モーニングスター)を振り下ろした。鉄球はワーウルフの肩にめり込み、上半身を引き潰していく。

「もう一発!」

 スカルドは鉄球を横に振った。ワーウルフの胴体が爆ぜ、血しぶきが小屋に飛び散った。

 村に静寂がやってきた。ボルトは大きく息を吐いた。スカルドとイルドレドもほっと息をついている。

「これで最後だな」

 死体を集め、数を数える。何人かは逃げているが、ほぼすべての野盗を倒したようだった。

「まぁ、奴らの奥の手は潰したから、二度と出てくることはないだろうな」

 ボルトは自分が震えていることに気づいた。今にして恐怖が襲ってきたのである。自分の武器が効かない相手。レンチやラチェットがいれば、なんてことはなかったのだろう。今回もスカルド姉妹がいたからこそ倒すことができたのだ。それに気づくと、膝から崩れ落ちそうになった。これが無力感というものか、とボルトは思った。

「──大丈夫?」

 イルドレドがボルトの顔を覗き込む。

「い、いや。少し疲れただけだ」

 しばらくして、中年男が森に避難した村人とともにやってきた。小屋の中にも何人かの村人が隠れていた。その話によると、例のワーウルフは一晩に一人ずつ村人を食い殺したという。

 ワーウルフの死体は集められ、村から遠く離れたところで火の中に投じられた。野盗の死体は森の奥に埋められた。

 それらの処理を数日かけて行ったあと、ボルトたちは村を発った。報酬は特に無い。

「これは手伝ってくれた報酬だ」

 馬車の荷台の上で、ボルトは銀貨の入った袋をスカルドに渡した。

「別にいいけど。あんたがそう言うのなら」

 スカルドは袋をザックにいれると、ストライカー装備の方を見た。

「装甲の表面で刃が滑ったわ。このままだと顔や腕に当たるかも」

「まぁ、その辺はおいおい突き詰めていくしかないな」

 ボルトはM4に眼をやり、それを見つめた。もし、たった一人であの怪物に立ち向かっていたら──

 一人ということがどんなに危なく脆いのかを、ボルトは知った。

 

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