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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第4シーズン  作者: 鉄猫


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神託

 また街に戻ることになったボルトは、件の酒場にいた。村を救ったことは特に口にすることはなかったが、どこからか話が回っており、冒険者たちはボルトを避けるか、ひそひそと盗み見ては何事かを小声で言葉をかわすだけだった。

 ボルト自身は、そんな態度は気にしていなかった。それより、自分の一歩先を考えていた。自分が弱い、と思ったのではない。一人でも戦えると思っていた自分が、現実と言う壁にぶつかってしまったということである。シュウジを鍛えていた自分は、どんなに思い上がっていたのかと自問した。自分は魔女と共にあるゆえに、強者の立場にいたのだと。

 エールをあおる。冒険者たちが酒を呑む気持ちがわかったような気がした。鈍らせたいのだ。鋭くささくれだった気持ちを忘れるためにである。

「となり、いいかしら?」

 ふと、酒場には似合わない匂いが漂ってきた。花ような深い甘い肉体の匂い。そちらを見ると、薄衣をまとった美人がいた。ボルトは彼女が何者かすぐにわかった。二階(娼楼)の住人だ。と。

「何か用か?」

 彼女は娼婦にしては歳を重ねていた。しかし、それゆえの美貌と存在感があった。男なら一度は抱きたいと思うだろう。現に、彼女はこの店の稼ぎ頭であった。

「少しお話をしない?」

「お相手はどうした?」

「お酒に酔って、先に寝てしまったわ。だから、今夜は空いてるの」

 彼女は手を伸ばして、ボルトの右手を触った。ボルトは反射的に手を引っ込めた。あら? と女は不思議そうな顔をする。

「もしかして?」

「ああ。俺には大切に想ってる人がいる」

「それは、残念」

「で、他に用事があるのか?」

「噂を聞いたわ」

「ビビっちまった件か?」

「そんなとこ。かしら?」

 娼は指をボルトが肌身離さず抱えているM4にはわせた。普段なら払いのけるのだが、今夜のボルトはそうではなかった。

「あなたは……悩んでる」

 図星をつかれてボルトは驚いた。経験を積んだ娼婦は、人の心を読めるようになる、と聞いたことがある。目の前の女性はまさにそれなのだ。ボルトは酔いがどこかに飛んでしまったことを感じた。

「俺が……悩んでいる、と」

「戦う意味を探してる。ここの男たちはみんなそう」

「答えは見つかるのか?」

 ボルトの問いに、女は視線をそらして明るく言う。

「私は、ここから遠い村から来たの。人買いに買われてね。そして、この街にたどりついた」

 いきなりの身の上話だったが、ボルトは黙って聞いていた。

「ねぇ、知ってる? 私たちがどこにいくのか?」

「どこって……?」

「娼婦たちの行きつく先」

「それは……」

 さすがにそんな話は聞いたことが無かった。ボルトは改めて、自分が何も知らない事を自覚した。今まで戦う事しか考えず、社会がどういう構造になっているかは、表面的な事しか知らなかったのだ。

「大半の()は、身体が錆びて(病気で)死んでしまうわ。あとは、どこかの金持ちのモノになるか、商家の下働きになるか、(娼婦)たちを束ねるやり手婆になるか……」

「じゃあ、あんたも……?」

 彼女は屈託のない笑顔をボルトに向け、うなずいた。

「私は、どこかの良い人が身請けしてくれることを願ってる。そのために本を読めるようになったし、詩も覚えた。愛の言葉を書く事もできる。でも、今の娘たちはそんなことはしない。短い時間を過ごすだけ……」

 カウンターの向うで親父がボルトと娼婦を見ている。ボルトは銀貨を指で弾いて親父に渡す。親父は奥に引っ込んだ。

「心配するのもわかる。私は籠の鳥で、このお店に多くの客を呼び、お金を落とさせる道具に過ぎないわ」

「この話が、俺の悩みと何か関係があるのか?」

 ボルトの問いに、娼婦は流し目で応える。鋭くも悲し気な視線である。

「今のあなたは私と同じ。戦うことだけしか、自分を見つけられない。でしょ?」

 ボルトは胸が大きく鳴るのを感じた。冷や汗が背中を流れる。

「でも、それじゃダメなの……あなたは言った。想い人がいると。あなたは、自分のために、そして、自分が帰るべき場所にいる人のために……」

 彼女はふふっと微かに笑った。

「あんたには……帰る場所があるのか?」

「いいえ。そんな場所はないわ。故郷の村に帰っても、誰も私のことなんて覚えてない。それに帰るつもりもないわ。私はここにいるしかないの。そして、自分のためだけに戦ってる」

「戦う……」

「武器を持って戦うだけが、戦いじゃないわ。日々を暮らしていくことも、そうじゃないかしら?」

 彼女は指をM4にはわせ、ボルトの胸に触り、首から顎まで動かし、そして止めた。ボルトは息を呑んだ。

「私が神託をもたらす巫女ならよかったのに。あなたに向かう先を示せたでしょうね」

 ボルトは全身の力が抜けたかのように大きく息を吐いた。娼婦はくすくすと笑う。

「からかうのはよしてくれ」

「まだ夜ははじまったばかりよ。時間ならあるわ」

「早寝早起きなんでね。あんたの上げ代なら支払っておく。今夜はゆっくり寝てくれ」

「つれないのね」

「言ったろ。想い人がいるって」

 二人は笑った。



 翌朝。事件が起こっていた。

 街を貫く川の岸に、入水自殺をした男女の遺体が上がったと言うのである。男は商家で働く使用人。女は娼婦だった。二人は互いに手と足を紐で結びあい、川に飛び込んだとみられていた。

 ボルトは遠巻きにその様子を見ていた。娼婦を身請けするには、彼女たちが属している娼館や娼楼を持つ宿屋などに、多額の金を支払わねばならなった。その金は娼婦の稼ぎに比例して重くなるのだ。そして、それが叶わぬとなると、二人そろって自殺する道を選ぶ者がが出てくる。

 ボルトは昨晩話した彼女を身請けできる者が果たしているのか、と思った。花はいつか枯れる。そうなったら、彼女はどうするのだろうか?

 ボルトはふと思った。それが彼女が言った「戦い」の意味なんだと。明日の朝日を見るために、今日を生きること。それは剣を振うことも、偽りの愛をささやくのも何の変わりがないのだと。

 遺体が運ばれていくと、野次馬も一人二人と去り、そこにはボルトだけが残された。

 ボルトは手を見た。M4のトリガーを引き、幾多の人やモンスターを撃ち抜いてきた手がそこにある。いつか、この手は愛する人を離さないための手になるのだろうか。と感慨深げにながめた。

 自分が生きる理由を探すため、ボルトはその場を立ち去った。


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