神託
また街に戻ることになったボルトは、件の酒場にいた。村を救ったことは特に口にすることはなかったが、どこからか話が回っており、冒険者たちはボルトを避けるか、ひそひそと盗み見ては何事かを小声で言葉をかわすだけだった。
ボルト自身は、そんな態度は気にしていなかった。それより、自分の一歩先を考えていた。自分が弱い、と思ったのではない。一人でも戦えると思っていた自分が、現実と言う壁にぶつかってしまったということである。シュウジを鍛えていた自分は、どんなに思い上がっていたのかと自問した。自分は魔女と共にあるゆえに、強者の立場にいたのだと。
エールをあおる。冒険者たちが酒を呑む気持ちがわかったような気がした。鈍らせたいのだ。鋭くささくれだった気持ちを忘れるためにである。
「となり、いいかしら?」
ふと、酒場には似合わない匂いが漂ってきた。花ような深い甘い肉体の匂い。そちらを見ると、薄衣をまとった美人がいた。ボルトは彼女が何者かすぐにわかった。二階の住人だ。と。
「何か用か?」
彼女は娼婦にしては歳を重ねていた。しかし、それゆえの美貌と存在感があった。男なら一度は抱きたいと思うだろう。現に、彼女はこの店の稼ぎ頭であった。
「少しお話をしない?」
「お相手はどうした?」
「お酒に酔って、先に寝てしまったわ。だから、今夜は空いてるの」
彼女は手を伸ばして、ボルトの右手を触った。ボルトは反射的に手を引っ込めた。あら? と女は不思議そうな顔をする。
「もしかして?」
「ああ。俺には大切に想ってる人がいる」
「それは、残念」
「で、他に用事があるのか?」
「噂を聞いたわ」
「ビビっちまった件か?」
「そんなとこ。かしら?」
娼は指をボルトが肌身離さず抱えているM4にはわせた。普段なら払いのけるのだが、今夜のボルトはそうではなかった。
「あなたは……悩んでる」
図星をつかれてボルトは驚いた。経験を積んだ娼婦は、人の心を読めるようになる、と聞いたことがある。目の前の女性はまさにそれなのだ。ボルトは酔いがどこかに飛んでしまったことを感じた。
「俺が……悩んでいる、と」
「戦う意味を探してる。ここの男たちはみんなそう」
「答えは見つかるのか?」
ボルトの問いに、女は視線をそらして明るく言う。
「私は、ここから遠い村から来たの。人買いに買われてね。そして、この街にたどりついた」
いきなりの身の上話だったが、ボルトは黙って聞いていた。
「ねぇ、知ってる? 私たちがどこにいくのか?」
「どこって……?」
「娼婦たちの行きつく先」
「それは……」
さすがにそんな話は聞いたことが無かった。ボルトは改めて、自分が何も知らない事を自覚した。今まで戦う事しか考えず、社会がどういう構造になっているかは、表面的な事しか知らなかったのだ。
「大半の娘は、身体が錆びて死んでしまうわ。あとは、どこかの金持ちのモノになるか、商家の下働きになるか、娘たちを束ねるやり手婆になるか……」
「じゃあ、あんたも……?」
彼女は屈託のない笑顔をボルトに向け、うなずいた。
「私は、どこかの良い人が身請けしてくれることを願ってる。そのために本を読めるようになったし、詩も覚えた。愛の言葉を書く事もできる。でも、今の娘たちはそんなことはしない。短い時間を過ごすだけ……」
カウンターの向うで親父がボルトと娼婦を見ている。ボルトは銀貨を指で弾いて親父に渡す。親父は奥に引っ込んだ。
「心配するのもわかる。私は籠の鳥で、このお店に多くの客を呼び、お金を落とさせる道具に過ぎないわ」
「この話が、俺の悩みと何か関係があるのか?」
ボルトの問いに、娼婦は流し目で応える。鋭くも悲し気な視線である。
「今のあなたは私と同じ。戦うことだけしか、自分を見つけられない。でしょ?」
ボルトは胸が大きく鳴るのを感じた。冷や汗が背中を流れる。
「でも、それじゃダメなの……あなたは言った。想い人がいると。あなたは、自分のために、そして、自分が帰るべき場所にいる人のために……」
彼女はふふっと微かに笑った。
「あんたには……帰る場所があるのか?」
「いいえ。そんな場所はないわ。故郷の村に帰っても、誰も私のことなんて覚えてない。それに帰るつもりもないわ。私はここにいるしかないの。そして、自分のためだけに戦ってる」
「戦う……」
「武器を持って戦うだけが、戦いじゃないわ。日々を暮らしていくことも、そうじゃないかしら?」
彼女は指をM4にはわせ、ボルトの胸に触り、首から顎まで動かし、そして止めた。ボルトは息を呑んだ。
「私が神託をもたらす巫女ならよかったのに。あなたに向かう先を示せたでしょうね」
ボルトは全身の力が抜けたかのように大きく息を吐いた。娼婦はくすくすと笑う。
「からかうのはよしてくれ」
「まだ夜ははじまったばかりよ。時間ならあるわ」
「早寝早起きなんでね。あんたの上げ代なら支払っておく。今夜はゆっくり寝てくれ」
「つれないのね」
「言ったろ。想い人がいるって」
二人は笑った。
翌朝。事件が起こっていた。
街を貫く川の岸に、入水自殺をした男女の遺体が上がったと言うのである。男は商家で働く使用人。女は娼婦だった。二人は互いに手と足を紐で結びあい、川に飛び込んだとみられていた。
ボルトは遠巻きにその様子を見ていた。娼婦を身請けするには、彼女たちが属している娼館や娼楼を持つ宿屋などに、多額の金を支払わねばならなった。その金は娼婦の稼ぎに比例して重くなるのだ。そして、それが叶わぬとなると、二人そろって自殺する道を選ぶ者がが出てくる。
ボルトは昨晩話した彼女を身請けできる者が果たしているのか、と思った。花はいつか枯れる。そうなったら、彼女はどうするのだろうか?
ボルトはふと思った。それが彼女が言った「戦い」の意味なんだと。明日の朝日を見るために、今日を生きること。それは剣を振うことも、偽りの愛をささやくのも何の変わりがないのだと。
遺体が運ばれていくと、野次馬も一人二人と去り、そこにはボルトだけが残された。
ボルトは手を見た。M4のトリガーを引き、幾多の人やモンスターを撃ち抜いてきた手がそこにある。いつか、この手は愛する人を離さないための手になるのだろうか。と感慨深げにながめた。
自分が生きる理由を探すため、ボルトはその場を立ち去った。




