恨みと負い目
スカルド姉妹と別れたボルトは、いよいよ北の森に帰れるかと荷物をまとめ、食糧や水の用意をし、門へと向かおうとした。そこに街の顔役からの使いがやってきた。今度はなんだよ、とボルトは思ったが、魔女の代役という体面もあり、話を聞きに行かねばならなかった。
顔役はボルトに、とある冒険者の一団にくわわり、とあるものの回収を無事に終わる手伝いをしてもらいたいという話をした。
「それはわかったが……そのとあるものとは何なんだ?」
「仕事を受けていただいたらお話します」
「手に縄がかかる話はごめんだ」
ボルトは交渉の席を立とうとした。それを顔役が引き止める。
「では、それらを回収する者たちを護る、というのはどうでしょうか? その者たちが生きて帰ることだけをあなたは考えればいいんです」
「……見返りはなんだ」
ボルトは椅子に座りなおしながら言った。魔女ならどうする? ボルトは頭の中で選択肢を探った。
「お金では、あなたの腕は買えないことはわかっています。どうでしょう。いくつか魔法のアイテムを差し上げます。あなたが使っても、売るのも自由です」
「…………」
沈黙が流れる。ボルトは選択肢を進め、最適な答えを探そうとした。断るのも手だが、そのために顔役に不信感を抱かせたり、恨まれることは避けたかった。自分たちはすべてができる無敵の存在ではない。食糧や水の調達。安全な寝床の確保。情報網の確立。これらがあってこそ、「北の森の魔女」は向かうところ敵なしの存在たりえるのだ。借りを作れるのなら、いくらでも作っておくべきだった。
「……わかった。その者たちを護衛する、という仕事を引き受ける。そいつらが何を拾って帰るかは知らん」
「お引き受けいただきありがとうございます」
顔役は肩の荷が下りた、かのような顔をし、頭を下げた。
「それで、その連中と言うのは、どこの誰だ?」
「俺が今回の依頼を受けた者だ。犬っころ」
ボルトは見下ろされ、侮辱の言葉を受けたが、それを一瞥して受け流した。相手の大男は、挑発に乗らなかったことに驚きの顔を見せた。
部屋の中には大男の他に5人の冒険者がいた。それぞれ派手な服装をしていたが、袖の部分に同じ装飾のパッチをつけている。
「同じクランの連中ということか」
ボルトは男をじろりと見つつ言った。
「クラン」とは、いわば冒険者たちの互助組織であった。有力な冒険者数人が組み、若手の冒険者を勧誘して集団を構成するのである。パーティとは違い、仕事に合わせてクラン内の人員を組み合わせて対応することができた。それゆえ仕事の達成率も高く、重要な仕事を任され、実際実入りも多かった。しかし、クランの上層部に上納金が必要であったり、大けがを負ったり病気になると、クランを追い出されることもある。冒険者にとっては、庇護を受けることもできるが、自由を失う可能性もあり、クランの存在は一長一短な面があった。
「まぁ、腕は確かだ。はっきり言って、あんたの助けは必要無い」
「俺はお目付け役だ。正直、あんたらがしっかり仕事をしてくれればいい。あと言っておくが、俺は自分の身しか守らん」
ボルトはM4を軽く叩いた。
「こいつはおまえらを援護するためにはない。せいぜい死なないように頑張れ」
ボルトの言葉に数人が立ち上がろうとする。それをリーダーの大男が制する。
「そういうことだ。あんたも自分の身だけを守ってくれ」
リーダーの言葉に、クランのメンバーがくくっと笑う。ボルトは意にも介せず、リーダーに向き合う。
「出発はいつだ?」
「今すぐにでも」
冒険者たちが席を立ち、それぞれの得物を手にする。戦士が多い。傷の回復は神官戦士崩れの男が担当するのだろう。魔法使いはいない。ボルトは皆の後ろに続いて部屋を出る。
消耗品を市で買いそろえ、街の門を出る。馬車に乗り、西の方に向かっていく。何日か宿を取り、そこで冒険者たちは夜通し騒いでいたが、ボルトは少しでも多くの睡眠をとることに努めていた。翌朝、冒険者たちは半分寝ている状態で馬車に乗り、揺れる荷台で眠りについている。しかし、リーダーの男だけは起きており、果物の皮をナイフで剥き、口に運んでいる。
「聞かないのか?」
「何を?」
「俺たちが回収する物さ」
リーダーは果物を種をぷっと走る馬車から道端に吐き捨てる。
「俺が知ってどうする。知れば厄介事が増えるだけだ。それに俺はそれに興味がない」
「話に聞いた通りだ」
「話?」
「ああ。北の森の魔女たちは、金にも財宝にも女や地位にも興味がない。まるで修行僧だ。だから、俺は逆に興味がある。あんたは何のために戦うんだ?」
リーダーの視線を受け、ボルトは少し考え、視線を空に向けた。その問いの答えは考えた事も無かった。自分は魔女をために戦っている。魔女を護り、仲間を護る。では、魔女がいない今は、何のために戦いの場に向かうのか。
神妙なボルトの表情にリーダーはふふっと笑った。
「もう少し狂っているかと思ってたぜ。戦闘狂ってやつか。ただ戦いたい。そんな奴かと……だが、目の前にいるのはただの男だ」
リーダーは馬車の揺れの中で眠っている一同に視線を送った。
「俺たちも似たようなモンよ。傍から見たらただの戦闘狂だ。だが、一皮むけばただの男たちだ。生きて帰り、酒や女で昨日を忘れ、絶望の明日が来ないことを祈っているのさ」
「──あんたの方が修行僧みたいだな」
ボルトはリーダーの男の言葉に内心舌を巻いた。冒険者たちはいわゆる「学」が無いと、見下していた面もあった。ボルト自体は魔女の教えもあり、いろいろな考えを学んでいた。そんな自分より、生き方について深く考えている者がいるとは、と思った。
「……この稼業では、皆、消耗品だ。危険な仕事を引き受け、命を金との天秤にかけ、生きて帰ることすらも忘れて戦う。俺がクランを立ち上げたのは、若い連中に戦う技と、生き抜く方策を教えるためだ。上の連中は汚い。少しでも多く金を吸い上げ、俺たちが自分たちのところに這い上がることを邪魔してくる。まぁ、そんな世の中だからこそ、俺たちも生活することができるんだがな」
リーダーは話し過ぎたな、と笑ってごまかした。ボルトはM4をぐっと抱きしめ、自分の行方を見据えた。
馬車は進む。
「右! 来るぞ!」
右の通路から数体のオークが突っ込んでくる。その突進を盾で受け、戦士は剣を振って撃退する。
一行が突入したのは、最近見つかったという地下迷宮であった。過去の文献にはここに関する情報は無かったが、先に突入した冒険者のパーティが、最深部らしきところでいくつかのアイテムを見つけたという。そのパーティはそれの回収に失敗したが、情報だけを持ち帰ってきた。今回の突入は、アイテムの回収が目的であった。
ボルトは最後尾につき、後方からの襲撃に備えていた。自分はあくまで彼らの援護であり、攻撃はクランのメンバーに任せる事にしていた。
オークの集団を討ち取り、何体かのオーガも倒した。このクランのメンバーはかなりの経験を積んだ精鋭である、とボルトは感じていた。後退する敵を不用意に追うこともせず、休息をこまめにとり、警戒も怠らなかった。ボルトがM4を使う機会は全くなかった。
「それがマリンコの飯か?」
顔に大きな傷のある元神官戦士が、ボルトが食べているMREのパックを指さす。ボルトはうなずき、一口をスプーンにすくって差し出す。戦士はそれを口に入れる。
「妙な味だが……うまいな」
「何度も喰ってるとうんざりしてくるがな」
ボルトはリーダーの方に視線を送る。今回の突入には、一人だけ若者が加わっていた。おそらく現在「教育中」の者だろう。リーダーはその彼に足の休め方をレクチャーしている。
「良いリーダーだ」
「ああ。元傭兵だったという話だ。なんでも、数百人の兵を率いていたこともあったそうで。だが、領主様が争いで死んでな」
「元地頭か」
地頭とは、領主から土地を任され、そこで配下の者たちと共に農作物や家畜を育てることを仕事とする者である。領主が戦いに赴く時には、兵を率いてそれにくわわるのだ。数百人の兵を率いていたとなれば、よほどの実力者となる。
「どこの領主かは知ってるか?」
「たしか……ファアン卿だったか。その後はエメン卿の……」
ボルトは聞きなれた名前が出てきた事に愕然とした。ファアン卿と言えばレンチの親であり、エメン卿は自分たちが王都で文字通り攻め落とした人物である。
「──よし。行くぞ」
リーダーが立ち上がる。ボルトはリーダーの表情を盗み見た。彼の没落は自分たちの行動の結果だと、ボルトは知ったのだ。
「どうした?」
「いや、別に」
ボルトはヘルメットをかぶり、M4を構えて背を向けた。
「あと二階だ。その奥に目的地がある」
一行は敵を屠りながら前進した。ホブゴブリンを引き連れたオーガを数体倒し、罠をかいくぐり、階段を降りる。
「この向こうだ」
リーダーが扉の横に立つ。
「──ここは俺にやらせてくれ」
ボルトがそう言うと、皆がボルトの方を向いた。
「敵が強力だった場合、俺の火力の先制攻撃が有効になる。だから、俺が一番先に入る」
リーダーとボルトの視線が交錯する。二人の想いが無言の会話を生む。
「……わかった。任せる」
ボルトは扉の前に立ち、息を整えた。そして、扉を開けるように合図した。扉が開けられ、ボルトは中に飛び込み、扉の左右に敵がいないことを確認し、前を見据える。
「……ワイト?」
部屋の奥に青白い肌の人影が見えた。その周りにボッと光る鬼火が舞っている。人影が立ちあがる。服装と様々な道具や本、スクロールが転がる床から見て、相手が魔道士のワイトだと判断した。
「もう一度死にくされ!」
ボルトはワイトに向かって的確な銃撃を放った。そして前進する。その後ろからリーダーを先頭に一行が部屋に突入してきた。
「俺は、奴に魔法を使わせないようにする」
「こっちには当てるなよ」
「心配するな。射撃は精確だ」
ボルトはマガジンを交換し、ワイト目掛けて銃弾を放つ。ワイトは死霊の一つであるが肉体を持っている。しかし、魔法や銀以外の武器には耐性を持っていた。ボルトの銃撃はワイトの身体にめり込むが、死をもたらすことができないのだ。しかし、衝撃を与えることはできる。ワイトは呪文を詠唱しようとするが、その動作を銃弾の衝撃が邪魔しているのだ。
リーダーたちはそれを横目にワイトに向かって走った。途中で元神官戦士が呪文を唱え、戦士たちが持つ武器を聖別する。こうすれば、死霊に損傷を与えることができるのだ。
ボルトは空になったマガジンを振り落とし、新しい物に交換する。その隙をついて、ワイトが魔法の矢を放った。十数本の銀色の矢が飛び、リーダーたちの身体にめり込んだ。血が飛び、若者が床に転がった。
「大丈夫か!?」
「ああ。いける!」
ボルトは銃撃をワイトに浴びせた。リーダーと戦士たちがワイトの近くに達し、剣と槍でワイトを串刺しにする。聖別された武器を受けたワイトが床に崩れ落ちた。やれやれと戦士たちが額の汗をぬぐう。元神官戦士が若者に近寄り、抱き起すと治癒魔法をかける。
「これか」
リーダーは、ワイトの首にかけられていた大きめの赤い多角形の石がはまったペンダントに手をかけた。その瞬間、ワイトの眼が開き、リーダーの手首を両手でつかんだ。
「──!」
リーダーが声にならない悲鳴をあげる。他の戦士たちは、戦利品を探すのに気を取られ、リーダーの危機には気づいていないようだった。
銃声が響き、ワイトの肘を粉砕する。リーダーは剣を振い、ワイトの胸に深々と刺しこんだ。ワイトの手から力が抜け、白目をむく。リーダーはワイトの首を落とし、M4を構えているボルトに大丈夫だと手を振った。ボルトはそれに応えずに、部屋の周りに注意を向け続けた。
戦利品を入れたずた袋を背に、戦士たちは帰路についた。列の最後尾にボルトが立ち、追いかけてくる者がいないかを確認しながら歩を進めた。
地下迷宮から外に出ると、一行は疲労から座り込んだ。ボルトも緊張の糸が切れ、岩に背をあずけて腰を下ろした。
そこにリーダーがやってくる。ボルトは右手を拳銃のグリップにはわせる。
「──聞いたか?」
「ああ。聞いた」
「恨みが無いわけじゃない。だが、これも世の理だ。享受するしかない」
「それならよかった」
「本当は殺すつもりだった」
「そうだと思った。顔役に手を回したのはあんただろ?」
リーダーは苦笑した。ボルトは拳銃にはわせた手を開いて挙げた。リーダーも同じように手を開いて見せる。
「もう終わったことだ。このまま街に帰って、ただの冒険者と『魔女』に別れようじゃないか」
「そうしよう」
ボルトは立ち上がり、リーダーと拳と拳を合わせた。




