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北の森の魔女 "The Baba Yaga of the Northern Forest" 第4シーズン  作者: 鉄猫


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犬の首輪

 歩荷の男と別れたボルトは、あの酒場に宿をとった。店主は北の森に帰ったはずのボルトの登場に、いささか面食らった感があった。幸い部屋は空いていたので、ボルトは壁向うの偽りの愛のささやきや煽情的な音の中で、一夜を過ごした。

 翌日。ボルトは酒場を後にし、大通りへと出た。いつもと変わらぬ日常がそこにはあった。馬車や荷物を背負った人が行きかい、浮浪者がゴミを集める。仕事帰りなのか、埃まみれの数人の冒険者が少し背を丸めて通りを行く。その姿から、もしかすると仕事に失敗したのかもしれない。とボルトは見た。

 ボルトは興味を持った。話や、魔女と一緒に街に出ていて、それなりの社会的(ことわり)に関しては知識はあった。だが、ここまで視線を落として街を見ることははじめてであった。ボルトは通りを行き、とある店の前に立った。

「仕事だ! 早い者勝ちだぞ!」

 店の前に木の札を吊るした掲示板が出される。その前に待っていた、半分浮浪者と言ってもいい風体の冒険者たちが、我先にと木札に群がった。ボルトはその様子を、豪奢な服や鎧をつけた者たちが嘲笑うかのような表情を見せて眺めているのに気づいた。そういうことか、と思った。木札に記された仕事は、駆け出しや喰うに困った者たちに向けたものなのだ。ベテランの冒険者は別に仕事が用意されているのだろう。

 ボルトはその店──口入屋のカウンターに向かった。横では使用人が、木札を示した者に何やら書き込まれた札がついたトークンを渡している。その様子を見、ボルトは前に立った人物に話を切り出した。

「一つ聞きたいんだが」

 珍しい狗頭人、しかも普通ではない服装と武器を携えているボルトの姿に、使用人はすぐさま使用人頭とおぼしき人物を呼んできた。頭はボルトに向き合う。

「何か用か?」

「いや。興味があってな。何か、仕事の口があれば、と思って」

 ボルトは次々と交換されていく木札とトークンを指さしてみた。

「生憎だが、あんたに回せる仕事はないよ」

 頭の言葉にボルトは「えっ」とした顔をした。名前こそ知られていないが、服装から魔女の眷族であることはわかるだろう、というあやふやな自信はあった。それを頭は受け流したのだ。

「どういうことだ?」

 ボルトは半目を細くし、怒りの表情を演じて見せた。そのような脅しの演技に慣れっこになっている頭は、ボルトに顔を寄せる。

「あんたは知らないと思うが……ここは口入屋だ」

「それは……見ればわかる」

「口入屋の意味は、依頼人とそれを受ける者の間に口を挟む、というものだが、もうひとつに『口に入れる物』を商うというのもある。この場合の口に入れる物は、当然食い物だ。その食い物を得るために必要なのが金だ。その金を稼ぐための仕事を斡旋する、というわけだ」

 頭の説明に、ボルトは少し不満げな顔をする。

「それはわかるが」

「私らもただ仕事を斡旋するわけじゃない。仕事を得られるのは、いわゆる『家無し』だけなんだよ」

「家無し……」

 『家無し』とは、文字通り雨露をしのぐ固定された家を持たない者たちを指していた。

「家無しにも二つある。商家の手伝いをする下男下女、飯場に出入りしてる職人などの、屋根を借り仕事をして給金を得る者たち。そして冒険者だ」

「てことは、俺は家を持っているから、仕事の口が無いってことか?」

「まぁ、簡単に言うとそういうことだ」

 使用人頭はふはっと笑った。ボルトは唖然として辺りを見回す。トークンを受け取っていた冒険者たちの姿は無い。それらがいなくなったのを見計らってか、派手な衣装の冒険者と、服装から見て明らかに街で暮らしているであろう人たちが、口入屋のカウンターに並ぶ。

「それに、あんたはこの街の人間じゃない。ウチで仕事を得るには、ウチの帳簿に名前を載せなくちゃならない。その帳簿には、仕事の履歴と、仕事への取組みの度合い、評判などが記されるわけだ。その内容によっては、受けられない仕事もある」

「もしかして、街ごとにそんな仕組みがあるのか?」

「ああ。誰彼かまわず仕事を斡旋するわけじゃない。中には他の街で悪さをした者や、逃亡犯などもいる。そんな連中が入り込んで、日銭を稼がせないようにするわけだな」

 ボルトはへぇと感心の声をもらした。それまでは、口入屋はただ仕事を斡旋するだけの職だと思っていたからだ。

「晴れて帳簿に名前が載ると、こちらからはこれを渡す」

 使用人頭は、カウンターに薄い楕円形の真鍮製の金属板を置いた。大きさは指二本分ほどだ。

「これが、いわば身分を証明するモノになる。ウチで仕事をもらっているという証だ。名前なんかを打ち込む」

「俺はこれと同じようなものを持ってる」

 ボルトは左足のブーツを示した。そこには、紐の下に編み込まれたアルミ製の楕円形の板がある。

「これは『ドッグタグ』と言ってな。これを付けているのが誰か。血液型はなにか。などを記録してある」

「ほう。魔女のところでもそんな事が」

「もしかすると、マリンコの風習を受け継いだんじゃないか?」

「それもありえるかな。口入屋のこの管理の方法も、遡ると厄災戦までつながるらしい。神殿の奥で、古い記録なんかが見つかることもある」

 ボルトはカウンターに背をあずけ、横を見た。隣で何かの手続きをしている冒険者たちの何人かが、目配せしたり、微かに笑い合ってもいる。

「何か用か?」

 ボルトは何気ない口調で言った。それを聞いた冒険者たちが吹き出して、背を丸めて笑い出した。

「この犬、喋れるんだ」

「さっきから臭いと思っていたら、横にこんなのがいるなんてな」

 冒険者たちは腹を抱え、笑いで出た涙などをぬぐっている。ボルトはずいっと一歩踏み出した。

「まぁ、あんたら田舎モンが長年亜人間(デミヒューマン)を差別してるのは知ってる。俺も足長じゃない。だが、あんたらの言葉もわかるし、何を考えているのかもわかる」

 ボルトはにたりと笑った。

「その身体に教えてやろうか」

 その言葉に冒険者たちが色めきたつ。ボルトは両手をぶらりとさせ、全く無防備な身体を見せた。

「どっちからはじめる?」

 冒険者の一人が殴り掛かる。ボルトは拳を空振かせ、手首をとって投げ地面に叩き伏せる。足でそれを踏みつけ、もう一人の拳を腕で払うと、腕をとり、ぐるりと回すように投げ伏せた。

「そこまでにしとけ」

 カウンターで使用人と話していた冒険者が呆れたような声をかける。ボルトは、その人物が地面に這いつくばっている者たちのリーダーだと見抜いた。つかんでいた腕から手を離し、足をどける。

「頭。今のは無かったことにしてくれ」

 リーダーがカウンターに数枚の銀貨を置く。使用人頭はそれを銭函に入れる。

「おまえら、お客人に迷惑をかけるな。そいつは『北の森の魔女』の(せがれ)だぞ」

 リーダーの言葉に、立ち上がる二人は顔を見合わせた。そして数歩さがった。

「すまない。仲間が迷惑をかけたな」

「いいってことさ。慣れてる」

 ボルトは手から埃をはたき落とし、リーダーの横に立った。

「無かったことにしろって、どういう意味だ?」

 リーダーは、ボルトとこそこそと視線から外れようとしている二人を交互に見て言った。

「街中で、しかも口入屋の前での喧嘩はご法度だ。それが知れ渡れば、口入屋の帳簿にその旨が記載される。カッとしやすい、手が先に出る、という奴には良い仕事は回さないようにするためだ。帳簿に載った一文を消すには、長い時間と金が必要になる。だから……そういうわけだ」

 ボルトは口入屋と、そこから仕事を得る方法をなんとなく理解した。それは「信用」という構造である。ただ強いだけでは、良い仕事を得られないのだ。仕事を着実にこなし、品性を良くし、トラブルを起こさない。商家の金や高価なものに触れることのある使用人には必要な素質であり、暴力の塊である冒険者の手綱でもあるのだ。

「俺たちもずっとこの稼業をやっているわけじゃない。もちろん、こんな格好をして、遊び歩き、飲み歩いているのも悪くはない。だが、いつかはこの『板』を捨てる時を目指しているんだ」

 リーダーは首にさげた真鍮板を示してみせた。

「太く短く。多くの冒険者連中はそう思っているさ。だが、俺は違う。こんな生活から、一日でも早くおさらばするのさ」

 ボルトは話を聞いている使用人頭に聞く。

「その、『板を捨てる』ってどういうことだ?」

「板と帳簿は一体なんだよ。板の持ち主が家を持つ──店を開いたり、どこかの商家か鍛冶などのギルドに入るとかな。とにかく、板が必要となくなった時に、口入屋に返すんだ。口入屋は板と帳簿を保管庫に入れておしまい。というわけだ。そうだな。『板』は家無しの証。板を持たない者は、街の住民ということだ」

 ふうん。とボルトは辺りを見回した。この木や石、スレートで造られた街の中は、森と同じだと感じた。複雑な構造を維持するための、生きている者たちのつながりがあるのだ。と。

 ボルトは使用人頭に礼を言い、リーダーと拳と拳を当てる挨拶をして、その場を立ち去った。


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