猟犬
「よしっ」
串焼きを喰い終わり、水を飲み、ハイドレーションパックに水を満タンにしたボルトは、門に向かって歩き出した。目指すのはもちろん北の森の我が家である。
「……あ、あそこにいる」
ボルトは背中にかけられた声と、足音を聞いてM4のグリップに手をかけながら振り返った。そこに数人の若い男女がやってくる。服装は街の住人とは違い、使い込まれた皮鎧と剣、それに槍や弓などを携えている。典型的な冒険者の風体である。
「なんか用か?」
ボルトは一同をじろりと見まわし、弾薬ポウチに手をかけた。あと数歩で門の外に出る。そうすれば、街の中の決まり事は効力を失い、言わば「殺し」が許されることになる。王国の人々の中では「北の森の魔女」の威明が轟いてはいるが、己の名声のためや、復讐のためにその首を狙う者もいる。ボルトはその魔女の「右腕」として名が知れ渡っていた。
ボルトは目の前の冒険者のパーティが、自分を狙っている者と思ったのだ。そのためにいつでも撃てるようにはしておきたかった。
「用が無いなら、俺は行くぞ」
数歩歩き、色の違う石畳を越える。素早くポウチから弾倉を引き抜き、M4に差し込む。その背に一同の中の少年と言っても良い年頃の若者が声をかける。
「あんたは、北の森の魔女の仲間だって聞いた」
ボルトは振り返り、一同の目の前でM4のチャージングハンドルを引き、薬室に弾を送り込んだ。その機械音に一同がびくっと身体を震わせる。
「別にあんたと戦う気があるわけじゃない。あんたを雇いたいんだ」
「はぁ?」
ボルトは大きく首をかしげた。若者の仲間たちは息を飲んでいる。
「助っ人なら他を当たれ。俺は暇じゃない」
「魔女は見返り次第で願いを叶えてくれると聞いた。あんたもそうだろ?」
なるほど。とボルトは思った。ここまでメムの話が伝わっているのかと。同時に詳細は大きく歪められているとも。
「少ないかもしれないが……俺たちが出せる全額を払う」
若者は腰のパウチから重そうな革袋を取り出した。添えた手の動きから、数十枚の銀貨が入っていると見えた。
「どうしても、あんたのような凄腕の手を借りたいんだ」
「ふむん」
凄腕と呼ばれて、少しこそばゆく感じたのは事実である。話だけでも聞いてやるかと、ボルトは馬車の邪魔にならないような道端に移動し、そこに皆を呼んだ。
「で、どういった理由だ?」
「俺は……」
「名前はいい。知る必要はない。理由だけ教えてくれ」
若者は仲間を一度見ると、思い切って話しだした。
「オーガを倒す依頼を受けたんだ」
「ほう。それは思い切ったな」
オーガとは、身長も体重も足長を大きく超える人型の知的生物である。怪力と、強い闘争心、そして人を喰うという性質を持っていた。多くが山や森林に住み、動物やゴブリンなどを喰って生きているが、たまに人里に近い洞穴などに住処をかえ、周辺の村などを襲うことがあった。対抗した経験者の言からすると、非常に強靭で強い相手であった。
そのオーガに彼らは立ち向かおうというのだ。
「で、勝ち目はあるのか?」
ボルトは彼らの装備を見た。それぞれの武器は使い込まれている気配があったが、彼らの手に馴染んでいる感が無い。
「装備は借り物か?」
ボルトの声にそれぞれが頷く。駆け出しの冒険者にはよくある話で、武器を扱う商店や酒場などが武具を貸し出すのだ。帰ってくれば、借り賃や修理代などを冒険者から受け取る。そういう仕組みであった。自前の武器や防具を買えるのは、地道に仕事をこなしていった者か、一山当てた者だけである。
「しかして、いきなりなオーガ狩りとは? そんなに金に困っているのか?」
若者は頷いた。一人を指さし、言葉を続ける。
「こいつの親が金貸しに金を借りてる。期限までに返さないとなると、こいつの妹が人買いに借金のカタでつれて行かれることになるんだ。それで……」
ボルトは先ほどまで浮かべていた少し嘲笑が混じった表情を捨て、静かで真面目な顔つきになった。
「……そうか」
オーガを倒す依頼の大体の相場を思い浮かべ、街の下層民が負う借金の額、人買いが少女と引き換えにする銀貨の重さを総合して考えた。ここでボルトがそれを肩代わりすることはできた。だが、それでは問題は解決できない。
しかし、だからと言って彼らに手を貸す義務も義理もなかった。彼らは彼らの理由で戦いに行くのだ。自分は街での仕事を終え、森に帰るという使命がある。
「すまんが……」
ボルトはM4からマガジンを引き抜いた。その動きを見た一同が肩を落とした。
「俺にも理由がある。別に金が足りない、というわけじゃない。道端で誰かに手を貸せば、それは際限がなくなる。頼み事には俺の手に余ることもある。すべてを助けることはできない。だから、誰の頼みも聞かない。それだけはわかってくれ」
ボルトはがっかりしているパーティに背を向けた。
「生きて帰れることを願っている」
ボルトは街道を歩きだした。
数日が経った。ボルトは街道をゆっくりと歩いていた。物見遊山というわけではなかったが、今まではHMMWVに揺られての素早い行軍の日々だった。自分の足で踏み固められた道を遠くまで歩くというのは初めてであり、それまで見過ごしてきた草や花、虫や動物に眼を向けていた。世界はこんなにも広かったのか、と思った。
街道を行く馬車に道を譲り、12リーグ毎に建てられている里程標に腰掛け、昼飯を口に入れる。
そこに数騎の一団がやってきた。それらはボルトの前で立ち止まった。影が落ち、ボルトは顔を上げる。馬上の顔に傷のある男が見下ろしている。派手な服装からその男と他の乗り手も冒険者だと見た。
「風景を眺めながら飯を喰ってるんだ。邪魔だ。どけ」
ボルトは抱えているM4のグリップをつかんだ。その動きに馬上の者たちが色めき立つ。だが、傷の男がそれを制した。
「あんたが魔女の仲間か?」
「そうだとしたらどうする?」
「いや、あの連中が仕事を頼んだと聞いてな」
「あの連中?」
ボルトは立ち上がった。
「あんたが門の前で話していた連中だ」
「それがどうした?」
「オーガ狩りに行くと言ってなかったか?」
「そうだが。俺にはしなければならんことがある。仕事は断った」
傷の男はははっと嘲笑った。
「それはよかった。もしあんたが一緒に行っていたら、俺たちは無駄骨を折るところだった」
「あ?」
ボルトはこいつは何を言っているんだ、と思った。傷の男は困惑するボルトに向かって言葉を続けた。
「表向きはオーガ狩りだが、そこはゴブリンの巣でもあるんだ」
「ああ。そういうことか」
ボルトは相手が何を考えているかを理解した。目の前にいる連中は、あの若者のパーティを「猟犬」に使うつもりだと。「猟犬」とは、迷宮の敵や罠を倒したり踏ませたりして、その数を減らす者たちを指す言葉である。
「そろそろ、半分ぐらいは攻略している頃だろうな」
ボルトは血が沸騰するのを感じた。強き者が弱き者を食い物にする。この世界の摂理とはいえ、それを享受する気はなかった。義理は無いとはいえ、一度は袖が触れた相手だ。ボルトは自分の直情さに呆れながらも、矜持を貫こうと思った。
それらの考えを顔には出さず、平静を装った。
「──たしか、山間の村だったな」
「ああ。この街道をしばらく行って左の山道を進めばいい。あの連中は近道だと思って、街道を外れて森の中を突っ切って行ったがな」
「教えてくれて、ありがとよ」
ボルトは素早い動きで傷の男の足首をつかむと、馬からその身体を引きずり落とした。そして、馬に飛び乗った。
「あいつらは仕事をやり遂げるさ。これから俺が仲間になるからな」
ボルトは馬の腹を蹴った。背後から聞こえてくる傷の男の声を振り払いながら、馬を走らせた。
若者のパーティは窮地に陥っていた。肝心のオーガに出会う前に、ゴブリンの群れと遭遇したのだ。一体一体は弱いとはいえ、集団で襲ってくるゴブリンは、駆け出しの冒険者たちには強敵であった。戦いのペースを体得していない者は、過度な反応をしがちになる。早々に魔法や矢を撃ち尽くし、傷が増していた。うまく退くこともできないため、傷を癒すことも、一息つく間もなかった。
ゴブリンたちが嵩にかかって攻め立ててくる。一本道に盾と槍で防御態勢を布き、突進を止めることはできたが、情勢をひっくり返す方策はなかった。
そしてさらなる敵が現れた。ゴブリンの奥からオーガが出てきたのだ。血の匂いに誘われたからか、目をらんらんと輝かし、歯をガチガチと鳴らしている。パーティに絶望の空気と死の匂いがやってきた。
「──頭をさげろ」
突然の背後からの声に、若者たちはあわてて頭を下げた。背後で破裂音が響き、群がっていたゴブリンの数体が弾き飛ばされた。
「さて、仕事の続きと行こうか」
ボルトはM4を発射しながら若者たちの簡易陣地に歩み寄った。ボルトの的確な射撃によってゴブリンの半数が倒れている。ボルトは必死に盾を構えている少年の肩を叩き、後ろに退くように言った。
「とりあえず、水を飲め! そうすれば周りが見えるようになる」
ボルトはハンドガード下のショットガンを発射し、ドラゴンブレス弾でゴブリンを火だるまにしながら弾き飛ばす。ゴブリンがあらかた倒れると、オーガの巨体が迫ってきた。
「水は飲んだか? 槍を構えろ! 相手の突進を止める。それから反撃だ」
水を飲んで文字通り一息ついたパーティが態勢を立て直し、槍をオーガに向ける。ボルトは2本の槍の間にしゃがみ込み、ショットガンに弾を込めた。
オーガが叫びながら突っ込んできた。そして槍に激突する。オーガの頑強な表皮に槍の穂先が浅くめり込む。
「そのまま支えろ! 下げるな!」
槍持ちに魔法使いと弓使いが加勢し、オーガの突進に精一杯の力で耐える。ボルトは槍とオーガの上半身でできた空間に滑り込むと、ショットガンをぶっ放した。至近距離なら板金鎧ごと人体を貫通するスラッグ弾が、オーガの胴体に連続して撃ち込まれた。突然の激痛と打撃にオーガはのけぞり、後退する。ボルトは膝立ちになるとマガジン一本分の銃弾をオーガに叩き込んだ。
「腹を破った。もう立ち上がれねぇ……援護する。殺れ」
ボルトの言葉にうなずき、若者たちがオーガに向かっていく。ボルトは戦いの最終局面になると、なぜ魔女が煙草を吸うのかがわかった。勝利を確信し、その興奮を鎮めるためだったのだと。ボルトは何かないかとポケットを探ったが、それらしきものはMRE付属のスプーンしかなかった。まぁ、いいやと、ボルトはスプーンを口にくわえた。
オーガの首を落とし、それを仕事の依頼をした村まで運ぶ。そこで村の長が若者にオーガを倒したという証明となる一筆を渡した。これと依頼を受けたというトークンがそろって口入屋に渡されると、若者たちは報酬を受け取ることができるのだ。彼らは村で傷の手当と体力の回復のため、数日過ごすことになった。
ボルトはオーガの巣から村の手前でパーティと別れた。一緒に村に入るのが憚られるのと、やることがあったからだった。
予想通り、彼らは街道の脇で待っていた。ボルトは馬を降り、その腹を叩いて走らせた。
「うまくいったようだな」
傷の男が唾をぺっと吐く。
「おまえらが汚ねぇ手を使うからだ。駆け出しを使って、『猟犬』をさせようなんてな」
「そんなもんは誰もがやってるさ」
走ってきた馬の手綱をつかみ、傷の男が叫ぶように言う。
「まぁ、それが冒険者のやり口だというのなら、今後もそうすればいい。二重に仕事を受けさせる口入屋も大概にしろってんだ」
ボルトはM4を素早く構える。銃口が傷の男を向く。
「まぁ、その辺はいいが。あいつらは見逃せ。手ぇ出したら、俺がおまえらを殺す。あいつらもいつかは死ぬかもしれないが、おまえらの方が先になるのは嫌だろう? 俺は見ている。俺は悪魔だからな」
ボルトの殺気に何もすることができない傷の男たちは、M4を下げて歩き出したボルトの背中をただ見送るだけだった。




