魔法使いの生涯
朝。ボルトが二階から降りてくると、酒場には朝食の良い匂いが漂っていた。と言っても、主なものは何やらわからない肉の煮込みと、少し乾いたチーズの匂いだ。他には、市で買ってくる焼いたばかりのパンの香りが漂っている。その中に、人間の体臭が混じる。夜に帰ってきてそのまま寝てしまったための汗の匂い。抱いた娼婦からうつった残り香。酒とげっぷの匂い。そんな空気が部屋には満ちていた。
そんな中、その男はテーブルにつき、煮込みとパンを食べていた。冒険者にしては歳をとっており、物腰も柔らかい。その顔には高い知性が感じられた。ボルトは興味を覚えた。
「よぉ。ここで朝飯を喰っているってことは、ずいぶんと稼いだみたいだな」
ボルトは使用人に金を渡し、焼いたチーズを持ってくるように言った。そして、男の目の前の席につく。突然のケイナインの登場に男は驚いてはいたが、すぐに居住まいをただした。
「あなたは……その武器は」
男はボルトが身体の前に大事にさげているM4を、失礼のないような手つきで指差して見せた。
「ああ。これが『魔女の指』だ」
「これが……あの」
二人の前に焼いたチーズを載せた木の皿が置かれる。ボルトは少し取ると口に入れ、残りを男の方に差し出す。男はボルトとチーズを何度か見ると、その意味を察し、軽く頭を下げた。
「あんたは、普通の冒険者じゃないな。あんたからは、礼儀正しさと知恵の深さを感じる」
「これはこれは。そんなに頭は良い方ではありませんで……長らく魔法使いなぞをやらせていただいています」
「魔法使い……」
『魔法使い』とは、その名の通り魔法を武器とする冒険者の事である。ボルトにとっては、敵であったら最初に倒さねばならない相手であると同時に、ラチェットやスカルド姉妹のように、いざという時に力を発揮する頼れる存在であった。
「一つ質問なんだが……魔法使いというのは、どうやってなるんだ?」
ボルトは長年疑問に思っていたことを口にした。戦士は武器を持ち、それを扱う事を覚えるだけで、誰でもなることができる。だが、魔法は「技法」である。人が魔法使いになる方法をボルトは知らなかった。
「ええと。魔法使いになるには、まずは師匠に弟子入りしなければなりません」
「師匠?」
「多くが、街にいる錬金術師や薬師です。中には魔法のアイテムを作る工房の主や、長年魔法自体を研究している人もいます。彼らに弟子入りを申し出て、認められれば晴れて弟子となります。弟子と言っても、最初は下働きです。掃除に洗濯、食事の用意にお使い。その他もろもろです」
ボルトは魔法使いに蜂蜜入りのお茶をすすめる。男はそれを少し飲み、話を続けた。
「そのうちに、読み書き計算を教わります。魔法を扱うには、文字が読めなければなりませんから。そして、数周期が過ぎると、弟子の中から素質のあるものだけが選びだされます。その者たちだけが、魔法を学ぶことができるのです」
「そこで選ばれなかったのは?」
「はい。そのまま下働きを続けるか、師匠の下を離れて、商家や鍛冶工房で働くことになります。読み書きと計算ができる若い人材は貴重ですからね。特に計算は大事です。さらには帳簿をつけられる者は少ない」
魔法使いはチーズをパンにのせ、口の中に入れる。
「魔法を学ぶようになると、呪文書や古語の読み方、魔法の器具の鑑定法と使い方、薬草やモンスターから採れる物の判別と効能を学びます。ここからは素質と鍛錬の勝負になります。魔法というのは、ある種の才能なのです。基礎訓練の時点で、突出した力を発揮する者もいます。師匠はそれを見抜いて、様々な教えを授けることになります。もちろん、途中で脱落する者もいます」
「脱落か。そうなるとどうなる?」
魔法使いはははっと小さく笑った。
「多くは、私のような冒険者になりますね。商家の使用人になるにはいささか歳をとりすぎていますので」
「脱落しなかった者たちはどうなるんだ?」
「師匠の地位を継ぐことになります。さらなる魔法の探求や、新しい魔法の制作、弟子の育成など、ですか」
「ふむん」
ボルトはお茶をすすり、男の方を見た。改めて見ると、疲れやつれた顔をしている。そんなに若くは見えない。
「となると、あんたら『魔法使い』は、修行の途中で」
「そうです。ついていけなくなったり、素質の無さを見抜かれた者たちになりますね。放り出されると『家無し』です。だとすると冒険者にならざるを得なくなるわけです」
ボルトはなるほど、と思った。自分たちが交戦する『魔法使い』が、話に聞くほどの能力を持たないのは、これが理由の一つなのだと。魔法の鍛錬が充分ではなく、使える呪文も少ない。あとは経験と運だけを頼りにするしかないのだ。
「魔法使いが、新しい呪文を覚えるのはどうするんだ?」
「ええ。普通は師匠から教えを授けるのですが、放り出された魔法使いとなると、充分な魔法を学んでいません。そこで、魔法使い同士が互いに教えあったり、ダンジョンで見つけた呪文書などから新しい魔法を得ることになるのです」
「ダンジョンの奥に転がっている呪文書……」
ボルトは脳啜りとの戦いを思い出した。あんなところにある呪文など、ただの魔法ではないだろう。思わず背筋が震えた。
「まぁ、多くは簡単には習得できないような複雑な呪文だったり、厄災戦前の判読不能な古語で書かれた物もあります。そういう呪文書を錬金術師に売って、代わりに新しい呪文を得る、ということもあります」
「うまくできてる」
「そうですね。うまい構造です。でも、弱点もあります」
「弱点?」
ボルトは興味を示し、ずいっと身を乗り出す。敵の情報は少しでも知りたいところである。
「この構造では、師匠が生涯で教えられる人数に限りがあります。さらに、師匠が自分が知りえる知識を教える前に死ぬと、そこで知識が失われることになります」
「それはそうだな」
「そして、途中で脱落し、『魔法使い』になった者たちは、限られた魔法しか使うことができません。魔法使いが死ぬと、そこでも知識の断絶が発生することになります。いつになるかはわかりませんが、最終的には魔法そのものがすべて失われることにもなるのです」
「おっかねぇ話だ」
「まぁ、それも仕方がありません。元々魔法を使う人たちは、互いをライバルとして見ています。もちろん、私もそうです。自分が知り得る呪文も、そう簡単には手放す気はありません。融通する魔法も、その辺に転がっているような基礎的なものだけです。そんなことを繰り返して人間不信に陥った魔法使いは地下に潜るか、村はずれに塔を建てて引きこもります」
「それで地下迷宮があるわけだな」
「そこで魔法使いは、自分が見つけた呪文書などを頼りに、その呪文を使用可能にしたり、新しい呪文の構築などの研究をします。その研究を邪魔されないために、迷宮にはモンスターや罠を配置し、他の魔法使いが繰り出して来る冒険者たちを迎え撃つんです」
「まるで戦争だ」
「ええ。文字通りの戦争です。中にはモンスターを使って、近隣の村を略奪したりする者もいます」
ボルトは何度か、そんな魔法使いを排除したなぁ、と思い返した。
「その魔法使いも弟子をとります。多くが冒険者になった魔法使いで、もちろん身の回りの世話をさせるためですが……彼らは師匠の研究を手伝いながら隙をうかがい、魔法が完成したら呪文を奪ったり、師匠を刺す者もいますがね」
「なんてこった」
「そうならなかった魔法使いは、多くがそのまま知られずに死にます──中には、自らアンデットになる者もいますがね──そうして、魔法使いが作った地下迷宮や塔が残されます。その中には、集めた魔法の器具や呪文書が残される、というわけです」
魔法使いは笑った。ボルトはなぜ地下迷宮の奥でそれらが見つかるかを理解した。
「ところで、あんたのような魔法使いは、ずっと魔法使いなのか?」
ボルトの言葉に、魔法使いは少し言葉に詰まったような顔をした。
「──そうですね。多くが冒険の最中に死んでいきますので、そういう意味では私のような生き残りは少ないです」
「生き残っちまったらどうするんだ?」
「そうですね。どこかの村にでも行きついて、獣を畑から追い出す仕事をしながら、皆に読み書きと計算でも教えることになりますかな」
「あんた。今、そう思っているだろ?」
ボルトの言葉に魔法使いは頭をかいて笑みを見せた。
「そうなんです。そろそろ潮時かと思いまして。冒険者を辞めて、この街のどこかの店で働くか、近隣の村にでもいこうかと」
「そこで何だが……ちょうどいい話がある」
「ちょうどいい?」
ボルトは少し笑って言葉をつないだ。
「あんたのような人を探していたんだ。経験のある魔法使いをな。俺の知り合いに、売り出し中の魔法使いの姉妹がいる。その二人に生き残り方や、あんたが戦いの中で学んだことを教えてやって欲しいんだ。もちろん、魔法もだ。収入は冒険者稼業よりかは少ないが、少なくとも死ぬ確率は断然少なくなる」
魔法使いはボルトの言葉に驚いていた。
「私のような……で、いいんですか?」
「その歳まで魔法使いをやっていたんだ。その知識を誰かに伝えたいんじゃないのか?」
「それは……」
魔法使いが苦笑する。
「私が師匠ですか」
「悪い話じゃないだろう?」
ボルトは使用人を呼び、卵と肉を焼いた料理を注文した。
「卵ですか。いつ以来でしょうかね」
「前祝いだ。ぱっーと行こうじゃないか」
ボルトは少し涙を浮かべた魔法使いの肩をぽんっと叩いた。




