隣街まで突っ走れ!
「お、ちょうどよいところに」
通りを門に向かって歩いていたボルトを、口入屋の使用人頭が呼び止める。
「今度はなんだ?」
少しキレ気味にボルトは応える。
「俺は、今度こそ家に帰るんだ」
「いえ。ちょうどよい仕事がありまして」
使用人頭はもみ手をせんばかりにボルトに近寄る。
「仕事だって? 帳簿に名前が無ければ受けれないのでは?」
「ああ、いえ。この仕事は、いわばついででありまして」
「ついで?」
「あなたと同じ方角に街道を行く馬車を、護衛していただきたいのです。謝礼は前払い。街道が西に向かうところで別れてしまって構いません」
「護衛?」
街道を行く隊商を護衛する仕事は、冒険者の仕事の中でもいたって簡単な仕事だった。大きな街道ともあれば、そんなに危険性はない。どちらかというと、駆け出しの冒険者に、野外での行動を学ばせるためにあると言ってもよかった。
「それなら構わんが……」
ボルトは右手を出す。そこに使用人頭が木札と布袋を載せる。街でいろいろと使ったのと、同じ額ぐらいが入っている重さだった。
「では、お頼みします。隊商は門の外で待っています」
「邪魔したな」
ボルトは背中を向けて、右手を振って別れの挨拶をする。
門をくぐり、馬車が待機する広場へとやってきた。そこには二台の馬車とその御者、そして護衛につく数人の冒険者の姿があった。ボルトが近づくと、冒険者たちがひそひそと話す。まぁ、ケイナインなぞ見たこともないからだろうなと、ボルトはそれを無視して、御者に口入屋からの木札を渡す。御者はそれを確認すると、ボルトに空いている御者台を示した。ボルトはそこに乗り込む。
冒険者たちがめいめいに荷台にへと乗る。それぞれの馬車の荷台には、梱包された木箱がいくつか載っていた。見た目と荷台の軋みぐあいから、かなり重いものだとボルトは見た。
「何を運んでいるんだ?」
「わかりません。ただ、隣街まで運べとしか言われていません」
「ふむん」
まぁ、荷馬車が密書や人には言えない商品を運ぶことはある。隣街となれば、かなりの距離がある。途中途中で通りかかる村などで物資を補給する必要もあるが、もちろん荷主はその準備は怠っていないだろう。ボルトは自分が口出しする必要はないと、馬車の揺れに身体をまかせた。街道ともあれば、大型の動物もモンスターもそう出てはこない。自分がM4を使うことはないだろう、と思った。
「なぁ、あんた。北の森の魔女のとこの人だろ?」
荷台から御者台に若者が顔を出す。若者と言っても、まだ少年と言ってもいい年頃に見えた。他のメンバーも同じような年頃である。腕試しと、この仕事を請け負ったのだろう。
「それならどうする?」
ボルトは我関せずという視線を前に向け、飛んでいく紅いトンボを眼で追った。
「いや、噂は聞いてる。それが遠くから人を殺せる道具か? 見るのは初めてだ」
若い戦士は手を伸ばしてM4に触ろうとする。ボルトはその手を押さえて、荷台へと押し戻す。
「いいか。武器は戦士の魂の一部だ。不用意に触れば、最悪手首を落とすことになる。肝に銘じておけ」
「わ、わかった」
強めの声に退散するかと思ったが、若者はまだボルトの方を見ていた。ボルトはその視線を無視していたが、たまりかねて顔を向ける。
「だから、何の用だ!」
「いや、俺たち、今回の仕事が初めてなんだ。だから、あんたにいろいろ教わりたいんだ。いいだろう?」
「俺が教えることはない。それに街道を行くだけだ。覚える事と言えば、野宿の仕方ぐらいだ」
「それでも構わない。俺たちは、あんたに『教わった』ということだけでいいんだ」
ボルトはああ、と思った。ようは「箔付け」の出しに使われるということだ。「魔女の手の者」と一緒に仕事をした、ともなれば格が上がる。格が上がれば、より儲けが見込める仕事を受けることができる。
「どいつもこいつも……」
あの酒場の親父も、この冒険者たちも、使えるモノは躊躇なく利用してくる。これも世の理なのだと、ボルトはため息をついた。
荷馬車は街道を進み、一度野宿をし、次の日は村に入った。そこで水と食料を補充する。それらの時間を使って、ボルトは冒険者たちに戦う方法ではなく、観察の重要性を教えた。
「いいか、索敵が大事だ。先に敵を見つける。それだけでも、こちらが数段も有利になる──そこの小僧、話を聞け」
よそ見をする弓使いにボルトの声が飛ぶ。
「おまえが一番眼を見開いている必要があるんだ。弓の射程は魔法使いの魔法のものと同じぐらい、場合よっては上回っていると言ってもいいだろう。先に見つければ、魔法を使われる前に仕留められる」
ボルトは地面に木の枝で図を示しながら教授する。最初はなんだこいつ、と聞いていた若い駆け出したちも、段々とボルトの言葉を聞き、図を見、質問するようになった。ボルトはそれらに身振り手振りをそえて応えた。
「そろそろ出発か。半分は昼寝をしろ。休息も戦いのうちだ」
冒険者たちは荷台によじ登る。
二度目の野宿をし、荷馬車は峠道に差し掛かった。重い馬車を曳く重馬でも、荷台に積まれた重い荷物のため、足取りが重い。ボルトは皆に降りるように言い、少しでも軽くなるようにした。若者たちはあくびをし、身体を伸ばす。ボルトも肩と腰を回して軋みを取った。
峠道に陽が差しこんでいる。空気も爽やかである。しかし──
「…………」
何かを感じたボルトの眼が細くなる。
「──周りをみろ」
ボルトはM4を構える。
「何が──」
「こっちを見るな。周りを見るんだ」
その声に冒険者たちはそれぞれの武器を構え、周囲に視線を送る。街道の両脇には森の緑がある。
「こんなところにいるのは普通の人間じゃねぇ。躊躇するな」
若者が息を呑む。ボルトは森の中に眼を向け、自然界には無い直線や色を探す。
その時、弓使いが弓を引き絞り、一矢を放った。矢は空を切り、森の中に飛び込んだ。
「何かが居たんだ!」
弓使いが叫ぶと同時に、森の中から武装した集団が飛び出してきた。
「野盗か!」
ボルトはM4を肩づけするとトリガーをひいた。発射音とともに薬莢が飛び、射弾を受けた数人が飛び出してきた勢いをそのままに地面を滑る。
「馬車を背にしろ!」
M4をリズミカルに撃ち、襲撃に驚いて腰が引けてしまった若者を左手でつかみ、馬車に押し付ける。
「ここなら背中を気にせずに戦える。前を見ろ」
若者が何回もうなずく。ボルトは肩を軽く叩き、交戦する弓使いの下に行く。
「よく見てた」
ボルトはM4のマガジンを交換しながら、心の底から褒める言葉をかけた。
「あそこに見えたんです。人の頭が」
「それでいい。次も頼むぞ! ……魔法使い!」
「は、はい!」
初めての交戦であたふたする魔法使いに声をかける。
「深呼吸を2回しろ。そうしたら、緑の頭巾をかぶったあのふざけたヤツに全弾撃ち込め」
「わ、わかりました」
若い魔法使いはボルトに言われたとおりに息を吸い、そして魔法の矢を緑の頭巾の男に向かって放った。4本の銀色の魔法の矢は男に命中し、男を地面に転がした。ボルトは倒れた男のところに滑り込み、頭巾を剥がす。
「言え、なぜ襲った」
重傷を負った男がぱくぱくと口を開く。
「き、金、だ……」
「なるほど」
ボルトは何となく感じていた違和感が、確信に変わったことを知った。男をそのままにし、荷馬車に駆け寄る。
「よし、出せ!」
ボルトは御者に言い、魔法使いと弓使いに馬車に乗るように指示し、へっぴり腰で剣や槍を構える戦士たちに馬車を護らせながら先に進んだ。ボルトのM4に恐れをなした野盗たちは森の中に逃げていく。
「や、やった……」
若者たちが勝利の興奮に包まれる。ボルトの助けがあったとはいえ、彼らの勝ちには違いなかった。
「停めてくれ」
峠を越えたところでボルトは御者に言った。馬車が止まり、冒険者たちは不思議そうな顔をする。ボルトは無言で銃剣を抜き、木箱の蓋をぎりりと引きはがした。
「やっぱりな」
ボルトは箱の中から鈍い灰色の塊を取り出した。
「鉛だ」
その言葉に冒険者たちは首をかしげる。振り向いてこちらを見ている御者も同じだった。ボルトはため息をついた。
「俺たちは囮だ。俺たちが金塊を運んでいると噂を流して、こっちを襲わせている間に、別の荷駄が本物を運ぶ、という寸法だ」
「じゃあ……」
「ま。そんなところだ」
ボルトは血の気がひいて青い顔をしている面々を見て、笑いながら肩をすくめた。
「ここから先、何回か野盗どもと戦うことになるだろうな。何、簡単な事だ」
M4のチャージングハンドルを引き、初弾を装填する。
「死ななければいい」
本来なら別れて北の森へと向かう曲がり角で、ボルトは荷馬車を降りなかった。そのまま目的地へと向かったのだ。その途中、何度か野盗や明らかに冒険者のパーティなどに襲われたが、それらを若者たちとの連携で撃退した。
しばらくして隣街に到着した。荷馬車はそのまま商会へと向かい、ボルトたちは門の辺りで待つことになった。
「どうだ?」
ボルトはへとへとになっている若者たちに、市で買ったオレンジ色の果実を手渡していく。
「思ってたのと違う、かな?」
「どんな風に?」
「何て言うか、怖いというか」
戦士の告白に、ボルトは口元を曲げて見せた。
「そりゃそうさ。おまえらも相手も、命をやり取りをしてるんだ。加減したり、気を抜いた方が死ぬ。単純な話だ」
ボルトは果実の種をぷっと吐き出し、若き冒険者たちを見回した。
「最初は誰でもビビる。周りも見えない。だが、そのうち周りが見えてくる。どう戦えばいいのか。仲間がどこにいるのか。それを会得できれば、長く生き残ることができる」
ボルトの言葉を意味を察した何人かが息を呑む。自分たちが「生き残り」を掛けた世界にいることに。
「さて、帰り道だ。お礼参りの連中が出てくるだろう。矢の補充をしておけ。もちろん、俺も一緒に行く」
また帰りが遅くなるな、とボルトは苦笑した。
そして、こんなにも俺は世話焼きだったとは、と内心可笑しかった。




