2話
本日2話目の投稿です!
元々は、数々の芸術家を支援してきた裕福な伯爵家だった。
しかし、少女の祖父である当代で過度な浪費が続き、有名な文化人も一向に輩出されなくなった。
そうなると、あとは困窮の道へ転がり落ちるばかり。
両親はそんな祖父に愛想を尽かし、弟と妹を連れて母の生家へ移った。
長女であり、幼少期から美貌で広く知られていた少女を残して。
「こそこそとこんなグロテスクな趣味にお金をつぎ込んで、おじい様はどうかしてる」
温室を歩く少女の後ろには、いつも通り召使の少年と世話役の老婆が従う。
整えられた歩道の両脇を眺めながら、少女は目元をひきつらせた。
ガラス張りのさびれた温室に、植物はほとんどない。
その代わりに、いくつもの檻があった。
——中にいるのは、合成獣だ。
上半身が土竜に似た鼠は、前足で器用に土を掘りながら、長い尻尾で体のバランスを取る。
背中の翼を落ち着きなくばたつかせては転がる犬は、荒い呼吸を繰り返す。
さらに進むと、蛇の胴体に猫の顔と手足が付いたキメラがキイキイと鳴いていた。
「先代までは世に敬われる芸術家を支援していたと聞くのに、今は違法な獣医に金庫を明け渡しているようなものね」
薄暗い室内と湿った匂い、聞こえてくる奇妙な鳴き声。少女からしたらとても気味が悪い空間だ。
足早に通り抜けると、少女は奥にある鳥かごの前で足を止めた。
「わたしを美しいと言うその口でこれらに愛を囁くおじい様のこと、どう思う?」
口元をゆがめて老婆に問うと、お嬢様は美しいですよと素知らぬ顔で返される。
言い返そうと口を開いたところで、こんにちはと明瞭な声がした。
視線を上げた先には鸚鵡がいて、お元気ですかと囁いた。滑らかな発音で、ひどく人間の声に似通っている。
目が合ったような気がして、思わず少女は後ずさった。
「もう! 趣味がどんどん悪化しているわね。人間じみた動物を生み出したくて仕方ないのよ」
鋭く息を吐くと、少女は豊かな金髪をかき回す。
怒りをぶつけるようにぎゅっと引っ張ると、ひんやりした手がそっと止める。
「この鳥は初めて見ました。……旦那様は人に似た動物をお望みなのでしょうか?」
召使の静かな問いに、少女は一瞬瞳を見つめて黙った。そして、首肯する。
「小さな頃に海でおぼれて、人魚に助けられたことがあるんですって。黒々とした髪の毛ひと房と大きな鰭の一部を切り取って、砂浜まで帰って来たのよ」
先代が顔を青くして周辺を探していると、顔を赤らめた祖父がそれらを握り締めていたと聞く。
「恩ある者に小刀を振りかぶったというんだから、元々どこかおかしい人なのよ」
「……人魚、ですか。伝説上の生物と聞きますが、一応保護する法律は整備されていますからね。それが歯止めになって、キメラで気を紛らわせているといったところでしょうか」
特に人魚の鱗と称したものは秘密裏に高額で売買されており、それゆえに国は厳重に目を光らせているという。
実際に保護された人魚はいないのだから、その存在の信憑性は薄いが。
慎重に相槌を打つ少年を見て、少女はひょいと肩を竦めた。
「キメラだって法で許容されているわけじゃあないけどね。それに——」
人外に魅せられた貪欲なあの人は、それだけじゃ満足しない。
心の中で呟いて、温室を後にした。
その日の晩。静まり返った暗い屋敷の廊下に、突如灯りがともされた。
寝つけずに窓辺のソファーで月を眺めていた少女は、ドアの隙間から漏れ出る光に目を丸くする。
ここに住むのは世話役の老婆のほか、老いた執事と召使の少年くらい。通いの使用人はとっくに帰宅した。
なにごとかとドアを薄く開けると、伯爵を先頭に、大きな荷物を抱えた男たちが廊下を横切る。
「お嬢様」
ひそりと囁く声が聞こえて、少女は飛び上がって驚いた。
声を上げそうになるのを、冷たい手が口を優しく塞ぐことで留める。
続き間に控えていた召使の少年だった。
一同が突き当りの部屋へ行き、またぞろぞろと戻ってくるのを、ドアに耳を押し当てて確認する。
階段を降りる音がして、ほどなく男たちは屋敷から出ていった。
階段を上ってきた伯爵は突き当りの部屋へ行き、少しして自室に戻っていく。
「……ねえ、何があるか気にならない?」
声を潜めていても、わくわくと弾む声色は隠せていない。
ふうと息を吐いた従者が、お供しますよと囁き返した。
こうなった時の少女が意地でも気を曲げないことを知っていたから。
ランプを持って、二人でこっそり例の部屋へ入る。
目の前に翳し、ひゅっと鋭く息を吸ったのはどちらだったか。
ランプの弱い灯りに照らされた大きな水槽に、細長い影が見えた。
それは揺らめき、ほのかに青の光を放つ。
「……人魚だわ」




