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1話


短めの新作です!本日3話投稿予定です!




 この島国には、古くから伝わる人魚の伝説がある。


 今から数百年前、家臣の裏切りに合った王は傷ついた身体で海に飛び込み、その後行方をくらませた。

 逆徒同士が争い、沸き立ち、そうして一つの家門が勝利を手にした時、王は帰還する。

 立派な船の先頭に立って現れると、みるみるうちに海を制し、荒れた国を再び統一したのだ。

 

 王はのちに、人魚の住む島で加護を受けたと語った。

 存在すら不確かな人魚を保護する法律があるのは、その伝説によると言われている。


 

 *   *   *


「もし生まれ変われるのなら、次は魚になりたいわ」


「魚……、ですか」


 窓辺のソファーで物憂げに外を眺めていた少女は、おもむろに呟いた。

 その言葉を拾った召使の少年が、目を丸くして主人を見る。


「そうよ、魚! 気楽に生きられるでしょう?」


 少女が室内を振り返ると、豊かな金髪を飾る焦げ茶のリボンが踊るように跳ねた。

 瞳は透き通るような空色、本日のドレスも少女によく似合う陽の光に似た黄色。持っている他のドレスも、揃って淡い色ばかりだ。

 そんな彼女に、その武骨な暗色は少し不釣り合いに見える。


「人間ってなぁんでこんなに美醜にこだわるのかしら? 美しいだけがすべてではないのに」


 やれやれと首を振り、少女はドアノブに手を掛けた。部屋を出て廊下を進み、突き当たりの大部屋へ入っていく。

 分厚いカーテンは閉め切られ、部屋の奥にあるものが、ドアを開けて差し込んだ光をちかりと弾いた。

 

「魚ならそんなことに気を取られずに、気ままに泳いでいればいいだけなんだから、羨ましいわ。ほら、見てよ。広い家でご飯を食べて漂うだけの子たちを!」

 

 壁に沿って設置された見上げるほど大きな水槽では、観賞用の魚が優雅に泳いでいる。

 透明な器を、少女は指でこつんと突いた。

 後ろにいる少年へ寄り掛かり、視線を上向ける。

 

 お嬢様、あまりそのように近しく接してはなりません、という世話役の小言は無視をして。


「この魚たちだって本当は川で泳いでいたかったかもしれませんし、必ずしも今が幸せとは限りません」


「あら、じゃああなたも本当は田舎の海辺でのんびり暮らしていたかった? ごめんなさいね、窮屈な思いをさせて!」


 冷静な声に諭されて、少女は憤慨したように一歩従者から離れた。

 主人が頬を膨らませて不貞腐れたのを、見つめる少年の眼差しは柔らかい。


「いいえ、私は今の暮らしがいちばんです。お嬢様に拾っていただけたことが幸運でした」


 宥めるような声に、少女はふんと顔を背けた。その口角はきゅっと持ち上がっている。


 機嫌が戻ったのか、すぐにまた従者の方を向く。そして、顔をまじまじと眺めた。


 出会った時からいやに白い肌。海辺にいた時よりも、この屋敷で働く今の方がまだ健康的に見える。

 ぎこちなく引きずっていた足は、今は難なく動かせている。

 黒々した瞳は、初めて見た時から気に入っていた。


 引き寄せられるように手を伸ばして、指で輪郭をなぞる。触れて伝わる体温は、ひんやりしていて心地よい。

 真面目くさった表情が気に食わなくて、両手の人差し指で頬をむに、と引き上げて遊ぶ。


 いくら召使いでも異性に軽々しく触れてはいけない。そうやってまた後ろから聞こえてきたお小言に、はあと息を吐いた。


「気が滅入るから、あんまりうるさく言わないで。こうして気楽に過ごせるのも残り僅かなんだから」


 吐き捨てられた言葉は、怒気を孕んでいる。


「あと半年後にはめでたくどこかの金持ち男に貰われてあげるんだから、少しは好きにさせてよ」


 ——かつ、かつ。

 苛立たしげに、水槽に爪を立てて音を鳴らす。

 僅かな振動を嫌がるように、魚は遠くに泳ぎ去る。


「あーあ、もううんざり」


 

 困窮し始めた伯爵家のもとに、際立って美しい娘が生まれた。

 その少女は、まもなく初老の大商人に嫁ぐことになっていた。





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