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4.裳萩津遺跡と飯名神社

 結子の気が済むまでじっと待っていた雄峰が口を開いた。

「ここはそろそろ終わりでいいですか? 次は『裳萩津遺跡』に行きましょうか?」

「そうね」

「それでは、この間見せていただいた『裳萩津遺跡』の住所をもう一度見せていただけませんか?」

 結子が手帳を開いて挟んであったメモを渡してくれた。それをじっと見ていた雄峰は独り言を言い始めた。

「何だかこの住所、見たことがあるような気がするなー」

 雄峰はバッグから『筑波ふれあいの里』に関する資料を取り出して、その住所を確認した。

「やっぱり、そうだった。『裳萩津遺跡』の住所は、『筑波ふれあいの里』のすぐ近くということになっています」

「ええっ、どういうこと?」

 雄峰は自分が準備してきた『筑波ふれあいの里』の資料に印字されている住所と結子から渡されたメモに書かれている『裳萩津遺跡』の住所とを示しながら説明した。

「『裳萩津遺跡』の住所は『つくば市臼井XXYYのC他』となっていますよね。そして、『筑波ふれあいの里』の住所は『つくば市臼井XXYYのAB』となっています。番地から見ると、『裳萩津遺跡』は『筑波ふれあいの里』の直ぐ傍にあることになります。番地の表記が正しいかどうか怪しいのですが、もしかしたら両方が同じ場所の可能性だってあるのかもしれません。ちょっと待っててくださいね」

 そう言うと、雄峰は自分のバックからパソコンを取り出し、マップを開いて『裳萩津遺跡』の住所を打ち込んで検索してみた。

「あら、いつもパソコンを持ち歩いているの? 準備万端なのね」

「いえいえ、私はそれ程しっかりとした人間ではありませんよ。これは車のセールスマン必携の道具ですから、常に携行しているんです」

 結子の納得した様子を見てから雄峰は検索を続けた。

「ああ、やっぱり。結子さん、見てください。このマップによれば、『裳萩津遺跡』の場所は『夫女ケ石』の直ぐ傍ということになっていますよ!」

「ああ、本当だ。『裳萩津遺跡』はこの辺りだったのね」

「そうすると、『かがい』が行なわれていたのは、ここ、『筑波ふれあいの里』一帯ということで決まりなんですかね?」

「そう簡単には決められないわよ。『裳萩津遺跡』の住所表記が本当に正しいものであるかどうかはまだ確証があるわけではないからね。こうなると、『飯名神社』にも行ってしっかりと確認しなくちゃいけないわ」


「『飯名神社』の住所はつくば市臼井AのAとなっているので、一応ここと同じ臼井地区になるのですが、直ぐ近くではないようです。地図ではこんな感じです」

「あら、本当。結構離れているのね」

「それじゃ、車に戻りましょう」

 二人は『筑波ふれあいの里』の中にある登り勾配の細い道を駐車場まで歩いた。

 雄峰は車に乗り込むと、準備してきた地図を確認してから結子に告げた。

「さっき通った道とは違う道で一旦、神郡(かんごおり)の交差点まで戻ります。それから『つくば道』を少し上に行って、左に曲がると『飯名神社』があるのですが、神社の直ぐ近くには駐車場がないみたいなんです」

「そうなの。私は普段調査で歩き慣れているから、遠くにある駐車場でも全く問題ないわよ」

「それは助かります。それじゃ、神郡の交差点の傍にある駐車場に車を置いて歩いていきましょう」


 神郡の駐車場から歩いて筑波山の方向に進むと、道路わきに石柱が立っていた。そこに書かれていた文字を見て結子が口を開いた。

「あら、この道は『関東ふれあいの道』になっているのね」

「そうなんです。この道は『つくば道』と言われていて古くからある筑波山への登山道です。昔は随分と賑わっていたようです」

「ああ、そうなんだ。ここが『つくば道』だったのね」

「ちなみに、茨城県で『日本の道百選』に選ばれている道は二つあって、どちらもこのつくば市にある道なんです。そのうちの一つは『東大(ひがしおお)(どお)り』で、さっき私たちが車で通ってきた道です。つくばの中心街を『西大通り』とともに囲むように通っています」

「そうなんだ。それじゃ、もしかしたらもう一つはこの道なの?」

「そうです。もう一つの『日本の道百選』に選ばれているのは、ここ、『つくば道』なんです」

「なるほどね。近代的な都市部の道路と、それとは対照的な昔から存在していた古い道が選ばれたということなのね」

「茨城県ではつくば市が独占してしまったのです。なんだか誇らしいです」


「大昔から『西の富士、東の筑波』って言われていたんだから、まあ頷ける話ではあるわね」

「うわー! 嬉しいですね、結子さんがこのフレイズをご存じだなんて。筑波山近辺に住んでいる者にとっては自慢の一つなんですから」

「なんせ、『あの富士山より筑波山の方が良い』って大神様が言ったのだからね」

「へー、そうなんですか?」

「あらっ、この地方の人たちの自慢の話なのに、詳しい話を知らないの?」

「恥ずかしいんですけど、出典はよく知らないのです」

「じゃ、教えてあげるからよく覚えておいてね。この話も『常陸国風土記』の中の『筑波郡』の項に書かれているの。昔、大神様が諸国の神様たちを巡り歩いたそうなの。駿河の国の富士山まで来たところで日が暮れてしまったので、富士の神に『泊めてほしい』ってお願いしたんだけど、『新嘗(にいなめ)祭の期間なので、今日は勘弁してください』って断られてしまったの。すると、大神様は残念がって『私は富士の神の祖先なのに、どうして泊めてくれないのだ。お前の住む富士山はこれからずっと雪や霜に覆われ、寒くて人たちが山に登って来なくなるだろう。食べ物をお供えする者もいなくなるだろう』って言われたそうよ」

「富士の神としては、世の中の決まり事に仕方なく従っただけだったのでしょうね」

「まあ、そういうことなんでしょう。それでね、大神様は筑波の山に登って筑波の神に宿をお願いしたわけ。すると、筑波の神は『今晩は新嘗祭ですが、大神様の要請をお断りすることもできません』と言って食事を用意して大いにもてなしたそうなの。大神様が大変喜ばれたのは想像に難くないわね。こうして、富士山はいつも雪に覆われ登ることができなくなり、筑波山は人々が集い歌い踊り、神とともに飲食し宴を行なう山になった、という訳なの」

「なるほどね。そんな神話があったんですね」

「ただね、出典が『常陸国風土記』だからね。筑波山に相当贔屓(ひいき)しているのかもしれないわね」

「確かにそうかもしれませんね」

「江戸時代になると、筑波山は大いに人気が出て、富士山と並び称されるようになったそうよ」

 雄峰はさらに嬉しそうに頷いた。


 しばらく歩くと道はやや上り坂になった。(すけ)(がわ)家住宅を過ぎた所で左に曲がると、道は平坦になった。少し歩くと細い坂道が見えてきて、角のブロック塀に、『飯名神社入口』の小さな看板がぶら下がっていた。

「結子さん、どうやらこの細い道を上がった所に『飯名神社』があるようです」

「そのようね。『飯名神社』って、この辺りでも古くて由緒ある神社のはずなのに、随分寂しい道なのね」

 二人が半信半疑でカーブしている登り勾配の道を上がっていくと、二、三分で境内の入り口に建っている石製の鳥居の前に着いた。それ程長くない階段を上ると拝殿があった。有名な神社によく見られるような大きくて(きら)びやかなものではなく、地域の守り神的な小さな構えの拝殿であった。毛筆で書かれた由来記があったので、結子はじっくりと読んでみた。

「八世紀前半に編纂されたと言われている『常陸国風土記』にこの神社のことが記載されているので、創建はそれ以前ということになるようね。相当古い神社であることは間違いなさそう。でも、『かがい』に関しては何の記載もないわ」

 二人は拝殿の裏手に回ってみた。そこには結構手の込んだ彫刻が施されている本殿が鎮座していた。さらに本殿の裏手にはかなり大きな岩があり、その上には小さな(ほこら)が祀られていた。

「この岩がご神体の『女石』のようね。ある日突然、設置された当初にはなかった割れ目がこの石にできたらしいの。それで『女石』ということになり、別の場所にあった『男石』をここに移したらしいわ」

「ああ、大きな岩の上に乗っている細長い小さな石ですね。『女石』とは随分存在感が違いますね」

「そうね。当時の男女の存在感の違いを示していたりして」

「本当ですか?」

「思い付きよ。何のエビデンスも持っていないわ」

 結子は笑いながらそう言った。

「しかし、拝殿の前の敷地も広くないし、ここで『かがい』が行われていたという確かな根拠は見つからないわね」

「ここで『かがい』が行われていたという資料とかはあるんですか?」

「確実な文献とかは私はまだ見ていないわ。インターネットで検索したら、それらしきことが書いてあるものが引っかかってきただけなの」

「そうなんですか……」


「これ以上ここにいても収穫はなさそうね。今日のところはこれで切り上げましょうか」

 そう言うと結子は暫く何かを考えていたが、雄峰を正面から見つめて言った。

「今夜はつくばに泊まって、明日は地元の資料館を回ってみることにしようと思うの。それで、今日は東京に戻るつもりで来たんで、お金の持ち合わせが泊まるには十分じゃないの。悪いけど二万ほど貸してくれない?」

 雄峰は財布を取り出し、中身を確認した。

「ああ、ありました。普段あまり現金を持ち歩かないものですから、二万円もあるかちょっと心配でしたけど、辛うじてありました」

「私はカードを信用していないので、基本現金なの。ご免なさいね。次回会った時にきちんと返しますから」

「いつでも結構です。私は結子さんのこと、信用していますから」

「有難う」

「本当は明日もお相手できるといいんでしょうが、出社しないと首になりかねないので、お許しください」

「あら、大丈夫よ。今日こんなに付き合ってくれただけでも私としては大満足よ。ほんとに有難う」

 雄峰はいつも泊っていると言ったホテルの前で結子を下ろしてからアパートに戻った。



 数日後、雄峰はいつものようにハンバーガーショップでバンズを頬張っていた。

 入り口に目を遣ると、丁度結子が中に入って来るところであった。雄峰の姿を見つけるとにこやかな表情で手を挙げてからカウンターに行き、注文したコーヒーを載せたトレイを持ってやって来た。

「この間はほんとに有難う! 助かったわ」

「いえいえ。お役に立てたのなら光栄です。翌日の調査はうまくいきましたか?」

「うーん、いろいろと調べてみたり、係の人に訊いてみたりしたんだけど、『かがい』開催の決め手となるような情報は得られなかったわ」

「そうでしたか。それはちょっと残念でしたね」

「まあ、調査ってこんなものなのよ。そう簡単に物事が進むんだったら、既に誰かが報告しているでしょうしね。あっ、忘れていた。借りたお金を返さなくちゃ。有難う」

 そう言いながら結子は二万円を雄峰に渡した。

「はい、確かに」

 雄峰は嬉しそうに応えた。

「ところで、この間、桜井さんは『ご家族の方に「かがい」について訊いてみる』って言っていたでしょ。何か情報が得られた?」

「一応、家族の皆に訊いてみたんですけど……、結子さんがご存じの情報以外のことなど全く知らないようでした。『結子さんの知識って凄いんだ』ということを実感させられました」

「そうなの、それは残念ね……。それじゃ、今日も少し調査を続けてみるつもりなんで、これで失礼するわ。またね」

 そう言って結子は急いでコーヒーを飲み干すとハンバーガーショップを出ていった。

 雄峰は結子がお金を返してくれたことに大きな安堵感を得ていた。

「思った通り、結子さんは信頼できる人だったんだ」


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