表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

エピローグ:現代に咲く、新たな絆

第11話

真夏の東京。

灼けるような陽射しが高層ビルの隙間を縫い、眩い光となって地面に降り注いでいた。

喧騒のなかにぽつりと残された、ひとつの静かな公園。

その一角に、緑深き小さな日本庭園が、まるで時の流れから取り残されたように息づいていた。


その庭の片隅に設けられた木のベンチに、一人の少年が腰掛けていた。

まだ幼さの残る、あどけない表情。

けれどどこか、言葉にできない静けさを瞳の奥にたたえていた。


彼は、もはや剣を握る者ではない。

死の病に侵された薄命の剣士でもなかった。


現代という穏やかな時を生きる、ごく普通の少年――

愛情に包まれ、健やかに育ち、何ひとつ欠けることなく、まっすぐに日々を過ごしている。


だが、ときおり。

彼の胸の奥には、言葉にならない“温かい何か”が灯ることがあった。


それは記憶ではない。

誰のものでもない、けれど確かに“在った”としか言いようのない、懐かしさのようなもの。

遠いどこかで、誰かと強く結ばれていたような……魂の深いところで、結び目がまだほどけずにいるような……。


その日も、少年は静かに池の鯉を眺めていた。

風が吹き、葉が揺れ、水面がきらきらと光を散らす。

何気ない、けれど心を安らげる時間。


──その時だった。


小さな影が、ふいに足元に近づいてきた。

視線を落とした少年の目に映ったのは、一匹の漆黒の猫。


艶やかな毛並み。しなやかな肢体。

そして何より、その瞳。


その深く透き通った瞳に、少年は思わず息をのんだ。


人ではないのに、人以上に言葉を知っているような……

いいや、言葉すら超えた“想い”を、まっすぐに伝えてくる眼差しだった。


胸の奥が、ふいに温かく、切なくなる。


猫は、まるで昔から知っていたかのように、少年の足元にすり寄った。

そして顔を上げ、「にゃあ」と一度、小さく鳴いた。


その鳴き声が、少年の心の奥に触れた。

ぽん、と軽く。

それだけなのに、涙がにじんだ。


理由なんてわからなかった。

ただ、たしかに“出会ってしまった”のだと、そう思った。


少年は、震える手でクロをそっと抱き上げた。

柔らかくて、あたたかくて、ずっと探していた“なにか”が、ようやく腕の中に戻ってきたような気がした。


クロは、抵抗することなく、その胸に身を預けた。

そして、少年の頬に、自分の頬をそっと寄せる。


その仕草は、まるでこう言っているようだった。


──やっと、会えたね。

──もう、大丈夫だよ。


少年は瞳を閉じた。

涙が、音もなく頬を伝ってこぼれ落ちる。

悲しみではない。喪失でもない。


それは、“再会”の涙だった。


心のどこかで、ずっとずっと、会いたいと願っていた存在。

生まれるよりも前から、何かを超えてつながっていたような――そんな命の記憶。


クロの瞳の奥には、深く、静かな愛情が宿っていた。

それは、時を越えても色褪せることのない“約束”の光だった。


「……ねえ、もしよかったら、うちに来ない?」

少年が、涙まじりの声でそう呟くと、


「にゃあ!」


クロは、かつてよりもずっと生き生きとした声で、力強く応えた。

その声に、少年はもう一度、涙をこぼしながらも、微笑んだ。


何かが始まった。

何かが、癒された。


少年はクロを抱いたまま、ゆっくりと立ち上がる。


強い夏の日差しが、まるで二人を祝福するように降り注いでいた。


現代の街を、少年と黒猫が並んで歩いていく。

過去の痛みも、記憶も、何も知らないはずなのに――

魂は、たしかに知っていた。


そう、これは再会なのだ。

命を越えて、時を越えて、ようやく巡り合った魂と魂。


新しい物語が、またここから静かに始まっていく。


そしてその物語には、きっともう、別れではなく希望の光が差し込んでいる。


少年の胸の奥で、小さく咲いたその光は、やがて大きく、暖かく、

これからの人生をやさしく照らしてゆくだろう。


――さようならの先に、はじめましてがある。

そのことを、少年も、クロも、確かに知っていた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ