後編!!
8 攻撃! ──そして
「……これはこれは」
扉にぴたりとくっつけ続けて、いい加減我慢の限界だった耳の痛みが一瞬で吹き飛ぶ。
「いいこと聞いちゃった! ふっふっふ!」
また鼻先にずり落ちていたメガネを指一本でくいっと戻す。
その下の口元にこらえきれない笑みが浮かぶ。
それでも第四魔祖の結界を乱さないよう、慎重にその扉から離れることは忘れない。
さすがわたし。第五の……じゃない、原初の魔導始祖。緒源の魔導士。永遠の破壊者。
フィラ・フィセラ・ラディカカッサ──それこそが、このあたしの本当の……
「──キリハ? 何してるのこんなとこで」
「へ?」
いきなり人の名前で呼ばれて、同じ姿勢を取り続けいたせいで固まっていた体がバランスを崩しそうになって、わちゃわちゃと手を振って、どうにか耐える。
なんとかその場で立ち直り、声の主に背中を向けたまま「こほん」と咳払い。
改めて相手の方へ振り返りつつ、肩に残ったポニーテールをさっと払う。
鼻先の銀フレームメガネをくいっと持ち上げ、何事もなかったかようにニコッと笑って。
「えっと、ユユカこそどうしたの? 授業は?」
「え? ──ええと、だから休講になったでしょ。ちょうどあなたが問題を当てられた時に」
「休講? ……わたしのせいで?」
「ていうか、だから幾何の問題でラオ先生がキリハを指名した直後に、なぜかいきなり頭痛がしたとかで」
「……あのアホ風見鳥、何勝手なことを」
「何? 鳥がどうしたって?」
「ううん、こっちの話! で、そっちは?」
ユユカは胸元へ上げた両手で同時に学生会室の先の方を指さしながら、
「どうせ教室にいてもヒマだから、食堂でコーヒーブレイクでもしようかなって」
それは学校の規則からすれば立派な違反行為なのだが、それをあえて指摘する気もない。
子ども時代から無数の「規則」をぶっちぎって生き抜いてきた彼女を、たかが校則ごとぎで縛れるわけがない──当時からずっとその姿を追ってきたキリハにはそれがよくわかっていた。
「キリハこそ。いきなり教室から出て行ったと思ったら、こんなとこで。何してるん?」
「ああ、うん、ええと……そうそう、ユユカにちょっと話があったから、追ってきたの!」
「いやいや、だから先に教室を出たのはキリハの方だって。それで話し相手がいなくなって、仕方なくわたしも外に出てきたんだけど──」
「そうだっけ? でもほらほら、あんたってば、たまにぼうっとしてるし。どこかでまた記憶が飛んだんじゃないの?」
「かなー、やだなー」
肩を落としてうう~っとうなだれるユユカを前に、こちらはほっと息をつくキリハ。
ユユカもすぐに立ち直って顔を上げると、
「それで、話って?」
「え? ああそれはあとででいいよ。そっちの用事を優先して」
「用事って、だから食堂で何か飲もうかなってくらいだけど──ん?」
ユユカは、指さしポーズのまま学生会室の扉へと向き直り、
「今、なんか声が聞こえなかった……?」
「ま、まさか。まだ他は授業中の時間でしょ」
第四魔祖の結界は張られたままだ。普通の人間に中の声が聞こえるわけがない。
「いや、確かに聞こえた。無人のはずなのに」
両手を上げて、扉の横にある「空室」の札を指さすユユカ。
「もしかして、お化け? 例の学校七不思議ってやつ?」
「……知らんわそんなの」
だいたい魔法も異世界も何でもありの世界だ。今さら何が出てきても不思議はない。
だいたいそれを言うなら、今この場に神話級の魔導星霊が人の姿で顕現していること自体、まさにお化けレベルの超常現象だ。
いやそんなことより。
今この扉を開けられたらいろいろ面倒なことになりそうで、それだけは避けたい。
しかしそのキリハが何か言う前に、ユユカは扉をノックすると、
「失礼しまーす!」
さっさと扉を開けて、中をのぞき込むように頭を突っ込んでしまう。
「ちょっとユユカ── !」
さすが企業連合内でも最上位クラスの役職にある養父を持つ悪名極めし最悪令嬢。
控えめな性格に見えて、これで学校内では結構遠慮がない。
「キリハ? 誰もいないけど?」
「いない? 誰も?」
ユユカよりも頭ひとつ分高い場所から、キリハも室内に目をやった。
さして広くもない室内には、コの字型に並んだ長机と、その前にきちんと並べられた数客の折り畳み椅子があるだけだった。
人の姿はどこにもない。
ただ椅子のひとつが、戻し忘れたように引き出されたままになっていた。
まるでついさっきまで、そこに誰かが座っていたように。
ユユカの頭の上で、銀縁メガネをのせた鼻をくんくん、と鳴らす。
かすかだけれど、第四魔祖の気配が残っている。
連中は確かにここにいたのだ、ついさっきまで。
そして消えた。
魔法か? 時間の流れが乱れている。空間にも少し揺らぎが見える。
もしかしたら、どこか別の、もう一つの学生会室と繋がっていたのかもしれない。
普通に考えればありえないことだが、とにかくこの三日月銀河世界では、どこで何が起こっても不思議はない。
「キリハ? 匂う?」
キリハの下で、頭に手をやりながらユユカが顔を向ける。
「新しい洗髪剤(か。またどこかの実験台にされてる?」
「商品開発部の試作品。今週中に使用レポートとアンケート。三枚」
「相変わらずだねえ──で、対価は?」
「ガルムパウダーと鳩」
「がる……に、はと?」
「地球産のスパイス。それとこの世界では入手困難な最重要食材だよ」
にこりと笑うユユカ。
「これで本物のガンボが作れる!」
「ガンボ、って、あんたがいつも作ってる、あの地球風ごった煮スープ?」
それはユユカの自称得意料理で、キリハも彼女の家で何度か食べさせられたことがある。
人に非ざる身ゆえ、人のような食事を必要としない彼女だが、食べようと思えば食べられるし、得意料理というだけあって、確かに不味くはなかった(ような気がする)。
それは人の料理を食べつけていないキリハにとっては手放しに近い高評価だったのだが、当のユユカには上手く伝わらなかったようで、「そっか、ちょっと失敗しちゃったかな?」などと落ち込ませてしまったけれども。
そんなユユカが作るガンボは、たいてい自ら「レアル風」と呼んでいた。
地球のそれを再現したくても、このレアルセアでは揃わない食材があって、別のもので代用するしかなかったからだ。
特に一部のスパイスと、何より重要なメイン食材である食用鳥の一種──「鳩」と呼ばれる小型の鳥が、その入手困難食材の代表格だった。
もっとも本物の味を知らないキリハにはどうでもいい話だったが。
むしろ彼女の高評価は、今にして思えば鳩の代用品である「ハトメイヴ(企業連合戦略食品部がメイヴ鳥を改造して作り出した地球風食材の一つ)」あってのものだったのだが。
使い魔のメイヴィーからは「共食いです~」だの「同族殺し~」だのと散々文句を言われたが、それも含めて「美味」だったので余計たちが悪い。
「この洗髪剤のおかげで、その食材がやっと手に入るってわけ」
「なるへそ」
「へそ?」
「言わない? 地球の方言らしいけど」
「知らないよ」
「ふむ
実はキリハ自身も、たまに記憶が混乱することがある。
四大魔祖に封印されていた数万年の間に、それでも稀に人の姿を得てその時々の地球に降り立ったことが何度かあったらしい。
もちろん魔力など使えるはずもなく、あくまでもただの人間としてだが
たまに尻尾の多い猫だったり、余計な足を持った鳥だったりしたこともあったらしいが。
その時に得たらしい知識や所作が我知らず無意識に出てしまうことがあって、自分でもびっくりすることがある。
そうした記憶の断絶や混乱も、こうして人の姿を引きずっている以上は仕方のないことだとキリハ自身は割り切っている。なのでユユカほど深刻に悩むことはないけれど。
そのユユカは、改めて学生会室内を見渡すと、
「誰もいないか……まあいいや。お邪魔しました~」
「──待って」
扉を閉めようとするユユカを制して、今度はキリハの方から部屋の中へ進み出る。
やはりさっき感じた違和感が気になる。
まだ空間の歪みが残っているせいか、時間の流れもちょっとおかしい。
ほんの一部だが、本来とは逆の方向に流されている。
扉の向こうにいるユユカは、なぜかその場から動かず、部屋の中に入ってこようとしない。
警戒心の強い猫のように、顔だけ出してそっとこちらの様子をのぞき見ている。
あの子もこの違和感が気になってる?
でもそれは第五魔祖としての自分がやっと感じ取れる程度のものだ。多少の魔法素養があるとはいえ、基本的にただの人間である(はずの)ユユカにわかるはずはない。
だいたいこの程度の歪みなど、この世界ではそう珍しいことではない。
この学舎内には、キリハから見ればもっとヤバいところが他にいくらでもある。
ユユカの言っていた学校七不思議の出所も、だいたいそのあたりだろう。もっともそういう場所は、その歪みのせいで逆に人が入り込めなくなっていたり、無意識に避けられていたりして、まず大事になることはないけれど。
一方で「ここ」の気配は、それらの場所とはやはり違う気がする。
第四魔祖の残り香のせいか? それもあるかもしれないが、それだけじゃない。
もっと、もっと何か別の流れが──「力」が集まっている気配がする。
要するに気持ちが悪い。どうも嫌な予感がする。
おびえている? 人の身に堕ちているとはいえ、第五魔祖──いや諸源の魔祖たるこのフィラ・ラディカカッサが?
「キリハ? ……やっぱり、なんかいるっぽい?」
「どうかな」
一瞬走った悪寒をごまかすように笑いながら、
「別に何もないみたいだし──まあいい、か」
じわじわ後ずさりするように後退しつつも努めて明るく、ゆっくりとした声で語りかける。
「ユユカ。さっきの話だけど、これからいいかな? 食堂で、コーヒーでも飲みながら」
本当はそんなものないのだが──あえて言えばトライゴーGの件くらいだが、それは本来学校内でする話ではないし──とにかく少しでも早くこの場所から離れたかった。
ぶっちゃけ逃げたかった。ユユカをこの場から引き離したかった。
「さ、行こうユユカ──ユユカ?」
「……キリハ」
けれどユユカは、どこかためらうように、その場でゆっくりと振り返ると、
「……キリハ?」
「何?」
ユユカが、不安げにあたりを見回す。
「ここは、どこ?」
「は?」
「わたし、誰?」
「待って、なんの冗談……」
「違う……わたし、わたしは、」
次の瞬間、その体から力が抜けて前のめりに倒れ込んでくる。とっさに進み出てなんとか体ごと受け止める。
くそう手遅れか!
「ユユカ、ユユカ聞こえる? 大丈夫!?」
答えはない。
ユユカの体は、キリハの腕の中で凍り付いたように止まっていた。
まるで全てのエネルギーを失い、全機能が停止して関節の保持すら不能になったロボットのように。実際キリハには、その人を越えた感覚には、彼女の体温がぐんぐん下がっていくのがわかった。
このままだと低体温になって危ない。どころか本当に凍り付いてしまいそうだ。
魔法? 遠隔魔法攻撃? まさか。
この学園都市は、他ならぬ地球謹製の魔導障壁で守られている。
魔法仕掛けの結界を地球の魔導科学の力で強化したもので、宇宙戦艦の魔導防壁にも使われている純然たる軍事技術だ。
お世辞抜きで人類最強レベルの魔導兵器の直撃にも耐えられる強度がある。
それを一撃で打ち破れるのは、当の宇宙戦艦自身を除けば、超級と称されるごく少数の特別な魔導巨人兵器か、さもなくばそれこそ四大魔祖くらいだろう。
それも搾りカスだの燃えカスだのではなく、せめて元の姿で顕現できる程度の力が必要だ。
「氷属性……水の下位属性が。となれば第三位の『あいつ』絡みか?」
だが『やつ』は今、かつて月と呼ばれていた地球の衛星に張り巡らされた結界の中に囚われていて、身動きできずにいるはずだった。
現在は企業連合の地球総本社が置かれているその場所──『クレッセント・ステラメアリー』から、魔導回廊を越えて異世界たるこの世界の、それも強固な魔導障壁に守られたこの場所の、この一点を狙った超精密魔法攻撃を仕掛けることなど、できるわけがない。
確かになんでもあり、何が起きても不思議はない世界ではある。
とはいえやはり限度ってものはある。
特に人や惑星や恒星などの物質が集積している場所は、たいていそこまで「世界」は破綻していない。局所的ではあっても、かなり安定した時空構造を維持している。
だからこそ物質としての星や人が存在できるのだし、その存在がさらにその周囲の時空を安定させることで、総じて──辛うじて、この三日月銀河世界を支えているのだ。
仮にそれでも、この「極々超長距離からの異世界間ピンポイント魔法攻撃」などというふざけた行為が可能だったとして、なぜその標的がユユカなのか。
現在キリハが進めている計画では、少なくとも彼女は『やつ』の「敵」ではない。
キリハのあずかり知らぬところで、『やつ』──第三位の魔導始祖「ドーラ・ドーリィ」をそれだけ怒らせるようなことを、彼女が何かやらかしたのか?
それともこれからやらかすのか?
いやいや、と頭を振るキリハ。
余計な詮索は後回しだ。今ここで「ユユカ」を失うわけにはいかない。
火属性の魔法を発現させるのは癪だったが、仕方がない。
とにかくユユカの内に魔法の火を灯して温めるしかない。
だが意を決してその魔法を発動させるよりも先に、今度は急速にその体温が上がっていくのが感じ取れた。
まるで先のことが嘘だったかのように──なかったかのように、勝手に元の体温まで戻ると、そこで安定する。
「……ユユカ? あんた何やってんの?」
自分がしたのでなければ、ユユカ自身がやったのだ。でなければつじつまが合わない。
いやそれを言ったら、さっきからずっとつじつまの合わないことだらけなのだが。
「──ハ?」
声がした。
「キリ……ハ?」
「ユユカ? ──うわ!」
キリハの腕の中でぐったりしていたはずのユユカが、突然勢いよく抱きついてきた。
キリハは膝立ちのままおっとっと、と両腕を回しながらどうにか体勢を立て直す。
ユユカがちょっと顔を上げて、
「大丈夫、キリハ?」
「そりゃこっちのセリフだ!」
本気で怒る。怒った。怒らなくてどうする。
抱きついたままのユユカを支えるようにしながら、とにかく立ち上がる。
本当に何事もなかったかのよう自分の足でしっかりと立ったユユカは、そこでやっとキリハから離れて、
「ええとキリハ、だよね?」
「違うわ!」
「は。え?」
「ああ違う! 違う! キリハ、キリハよ今は!」
今? と少し首を傾げたユユカは、でもすぐにまたキリハの方を見て、
「キリハ、あのね」
「なんじゃい!」
「なんじゃい? って、だからわたしね」
「だから何!」
「わたし、記憶が戻ったみたい」
「そりゃよかった! ──じゃない!」
鼻先へずり落ちたメガネもそのままに、残像を残す勢いで廊下の真ん中に立つユユカへと詰め寄る。
「記憶? 記憶ってなんの? まさか昔の?」
内心穏やかではないキリハに対して、ユユカはむしろ開き直ったかのような笑顔で、
「昔っちゃ昔、かな? でも子どもの頃とか、そんなんじゃなくて、もっともっと、もーっと昔」
そこでユユカは、いったん目と口を閉じて大きく息を吸い込むと、意を決したように、
「戻ったのは、このわたしが生まれるずっとずっと前の記憶。もうひとりのわたしの記憶──前世の記憶」
「前世って、ユユカ?」
「わたしは『ユユカ』じゃないよ」
相変わらずの笑顔。
でもちょっと寂しそうに目元を伏せて。
けれどまたまっすぐ、彼女よりも背の高いキリハの方を見上げるようにしながら。
「わたしの名前は、ゆうか。地球の古典的表意文字様式で佳き友人と書いて、友佳」
言って、一人こくりと頷く。
「何百年も前の地球で、とある事故で死んだ女の子。死んだはずの──でも再びこの世界に命を得て生まれて来た、生まれて来れた存在」
言葉のないキリハに、ユユカ──「友佳」はしかし気にした風もなく、むしろ胸のつかえがやっと取れたかのようなすっきとした顔で、
「わたしはこの未来の異世界に転生した、二〇〇年前の地球人なの」
9 最新鋭戦艦の秘密
漆黒に近い空を背に、メタリックブルーに輝く「船」が浮いている。
そのほとんどが暗黒に覆われた三日月銀河を一望できる高緯度地方特有の夜空の下。
まるでその空を映したかのように黒々と広がるレアルシア大湖水海の上に、全長六〇〇メートル、一G下における最大離昇質量二〇万トンの巨大な宇宙戦艦がその半身を浮かせていた。
スーパーガンドロメダ級一番艦・新型魔導宇宙戦艦ガンドロメダ。
先の「レアルセア戦役」で主力だったスーパーイスカンデル級宇宙戦艦の最終艦スターエグゼリオン以降、それは実に(地球年で)一八年振りの新造かつ新型の宇宙戦艦だった。
魔法駆動式宇宙戦艦の様式に従い、その艦容は、人型のそれに対応する「頭(艦橋部)」、「胴体(艦体部)」、「腕(武装プラットフォーム部)」、「脚(エンジンナセル部)」の四種六部分に分かれている。
けれど最新型だけあってその外観は美しく洗練され、全体としては鋭い艦首を持つ鋭角的なシルエットにまとめ上げられている。
その見た目はさておき、現状はあくまで建造を請け負ったレアルセア地球圏企業連合軍需部艦船局に所属する民間船扱い。
だが出航前の式典を経て正式に帝国宇宙総軍へと引き渡された後は、地球太陽圏連合宇宙軍宇宙艦隊麾下にある全ての魔導打撃任務部隊を指揮する筆頭旗艦となる予定。
レアルセアとの戦争が事実上終結して早十数年。
実のところ企業連合の軍需部門は、その間規模縮小の一途をたどっている。
自身初の「異世界間銀河宇宙戦争」を経て、天の川・三日月両銀河世界にまたがる一大星間軍事国家を自称するまでになった地球魔導帝国。
だがその戦前戦後を通じて、この国──この世界は未だ光速を越える術を確立できずにいた。
それは外洋を渡るための帆もエンジンも持っていない海洋国家のようなもの。
魔法の回廊によって言わば「地続き」となったレアルセア世界以外の宇宙は、まだまだ遥か先の「異世界よりも遠い世界」だ。
今や戦うべき「敵」もなく、といって新たな世界で新たな敵との邂逅も望めない中で、その過大な戦力を維持する軍部への批判は日々高まる一方。
この手の大型宇宙戦闘兵器に対しては、特にその傾向が強かった。
今回の新型宇宙戦艦建艦計画も、軍需部門の軍艦建造能力及び関連魔導技術力維持のため、企業連合側が帝国に泣きついてようやく実現したという。
この最新鋭宇宙戦艦の艤装員長であり、ゆえに初代艦長への就任が決まっているオオキタ・ジュウジ上級大佐(上佐)にとって、だがそんな「表向き」の事情なぞはどうでもよかった。
その最初の任務が「トライゴーG」──地球世界初の本格魔導ロボットである旧型「トライゴー」を、真空及び無重力の宇宙空間機動に改造し、以降の空間戦術型魔導巨人兵器のテストベッドとしたもの──たた一騎を地球へ搬送するだけであることも、その見届け役として、わざわざ企業連合の伝説的トップ、レント・フェスタリーフ総会長が急遽予定にない乗客となったことも、全て些事に過ぎない。
なんとなれば、この宇宙戦艦が建造された真の目的、真の任務は──
「むっふっふ」
出航式典参加者が集まる送迎用デッキを一望できる乗組員用タラップの上で一人ほくそ笑む。
そこからでは艦体に近すぎて、逆にこの巨艦の全容はほとんど見通せない。だが今この場所を独占できるのは「将来の艦長」ならではの役得なのだった。
「やあ。ご機嫌だね、艦長どの」
そのメタリックブルーの巨大な艦容に見とれていたオオキタ上佐は、式典に合わせて纏った上級将官用の冬季第一種軍礼装の黒い外套の肩をぽんと叩かれて、ちょっとムッとしながら背後を振り返ると、
「ん、何かな少佐──ああいえ総会長! これはお見苦しいところを……!」
そのふざけたように大きな黒メガネだけではなく、軽く羽織った佐官用の外套の下に軍装ではない真っ白なセビロスーツを認めるや、態度を一変させ慌てて笑みを消し敬礼する。
「この外套せいかな? 今回は軍人ではなく民間人の立場だと確かに伝えたはずだが、きみの部下が気を利かせて用意してくれたらしい。せっかくだからちょっと使わせてもらったけれど、かえって誤解させてしまったようだね」
少佐の階級章に加え、その功績や受勲を示すリボン状の「略綬」まで付いた外套を風に遊ばせながら、トレードマークの黒メガネ越しに口元だけで笑って見せる。
「それにこの|船にしても、宇宙軍にとって──いや我が企業連合にとっても待望の新型戦艦だ。思わず見とれてしまうのも無理ないさ!」
「は! そう言っていただけると助かります!」
あくまで気安い口調のレント総会長に、こちらも敬礼を解きつつ盛大なため息をつく。
だがその真っ白な吐息の向こう、彼の頭上に一瞬、何か黒い鳥のようなものが飛ぶのが見えたような気がして、オオキタ上佐は思わず目をこすって二度見してしまった。
しかし当の彼は、相変わらず機嫌のよさそうな笑顔のまま、
「こちらこそ。出港準備で忙しい中、予定外の急な乗艦申請だったのに快く許可を頂けて助かったよ」
「いえ本当に急な話で……いやいや総会長をお迎え出来て、こちらこそ光栄です!」
実際、その乗艦申請が出されたのはほんの一時間前のこと。
事前通告のない本当にイレギュラーな要請で、事実彼の乗艦審査(兼地球帰還・帝星特別区域内入域手続き)はまだ完了していなかった。
この軍艦は地球圏へ直接乗り入れることになっている。そのためたとえ相手が「星間企業のトップエリート」であっても、その審査は厳格に行われている。
何かあれば全責任を艦長となるオオキタ上佐自身が負うということで、現状はどうにか黙認されているにすぎない。
「しかし総会長は、例の『特別監視対象』がいるという学園都市にご滞在中と聞いておりましたが。この一時間足らずでよくこの大湖水海基地まで来れましたな。てっきりルイルセア宇宙港から出るシャトル便に同乗されるものと思っておりましたが」
「そこは『監視対象』の存在も含めて企業秘密さ……と言いたいところだが、この船──いや、この艦の艦長になる貴方ならもう知っているだろう?」
オオキタ上佐が言外に誘ってきた「秘密の会話」に応えるように、にやりと笑う。
「この宇宙戦艦を、現実的な時間内での恒星間航行が可能な真の『宇宙戦艦』とするためのある特別な魔導技術──これはその先行実験の成果だよ」
「ちょ……っ! そ、総会長! それは!」
「あっは、ごめんごめん! これはまだ最高レベルの軍事機密だったっけか」
ほんの少しでもこの訪問の真意が見えれば──と自らかけた誘いが、とんでもない回答を引き出してしまった。
オオキタ上佐は頭の制帽も吹っ飛ぶ勢いで周囲を見回して、離れた場所にある式典用の送迎デッキを除き、少なくとも目に見える範囲に自分たちだけしかいないことを確かめた。さらに、機密保持用の魔導結界が実行中であることを腕時計型のモニタ画面で再度確認する。
その上で白い髭を蓄えた頑強そうな顔をぐっと寄せて、必要以上に絞った声で、
「お気をつけて! いかに総会長とはいえ、それ以上口にされたら、司令官専用の特別室ではなく、二四時間武装警務兵監視付きの重営倉で地球までお送りすることになりますよ!」
「もちろんわかってるって! ……ところでルイルセアから飛ばす予定のシャトル便の受け入れ状況だけど。そちらの方はどうなってるかな?」
ころころ変わる総会長の話の展開の早さにオオキタ上佐はもうついて行くのがやっとだった。
「ああ、はい、はい! そちらも急がせています──が、かなり厳しい状況です」
地球圏への出立を控えて、艦内の全部署は今、上を下への大騒ぎを演じている。
今はまだ極秘だが、ゆくゆくは「人類初の超光速宇宙戦艦」として、あの「トライゴー」と並んで銀河の歴史に名を残すことになる大艦である。
全軍から引き抜かれた乗組員たちは可能な限り優秀な人材を揃えていたが、この新造戦艦にとって今回は初の本格的な異世界間宇宙航行でもある。
これまでとはまったく異なる魔導システムを搭載した特別な宇宙戦艦──その初出航の準備がスムーズに進むわけがない。
ここまで大きな事故もなくこれているのがむしろ不思議なくらいだった。
まだまだ不慣れな新型艦に、こちらも有能とはいえ寄せ集めのスタッフで、彼らはいわばぶっつけ本番で銀河世界を渡ろうとしているのだ。
そんな状況で、この上さらに民間の大型シャトルを丸ごと一機載せろという。
「しかも出航後、大気圏外ギリギリでの空中収容など──正規の軍事作戦でもめったにやらない危険なミッションになります」
「万事承知の上だよ。万一のことがあってもその責任は全てこの自分が取るし、それは申請書面でも明記されているはずだ」
「でしたな──ちなみにその書面では、シャトルの積み荷の方は『特殊魔導機器』としかありませんが」
「気になるよね、やっぱり。艦長としては」
「いえ機密事項なのは理解しております。ただ……」
「積み荷の中身はトライゴーの遠隔操縦システム──『Vクロス号改』だよ」
あっさり告げられて、オオキタ上佐は再び頭をぶん回して周囲の機密保持確認をするはめになった。
「総会長……頼みますよ。どうかこれ以上のポロリは勘弁願います!」
思わず本音が漏れる。
「ではこれはここだけの話ってことで。それでいいかな?」
相変わらずどこか吹っ切れたような笑顔の総会長に対して、オオキタ上佐は「はあ」と気の抜けた返事を返すのがやっとだった。
それにしても「Vクロス号」とは──艦長は、以前ミュージアムで見たことのある旧地球時代の銀色と黒のツートンカラーの「自動車」を思い出しながら、
「……はて? 『あれ』は確か、ミュージアムで永久展示することになっていたのでは?」
「現場との調整ミスでね。研究と整備のために学園都市のラボに搬入してあったんだが、やっぱりトライゴーと一緒に持って行くことになった」
この期に及んで二転三転する状況にこっちもてんてこまいさ、とレント総会長。
「何せトライゴーの移送自体が、この新造戦艦の地球行きに便乗する形で急遽決まったことだし。そちらもそちらでどたばたしていて、まだまだ問題山積みだしね」
総代表はやれやれ、という感じで頭を振ると、
「それで、最後はこの自分が最終責任者として直接指揮を執れってことで、こうして出張ってきたわけさ」
「事情は理解できます。今は艦載機用の格納庫が空いているので、大型とはいえシャトル一機くらいの受け入れはじゅうぶん可能ですし……しかしあそこにはトライゴーGがあります。手続きの関係上、一緒に収容することになりますが、よろしいので?」
現在トライゴーが収容されている艦載機デッキは、出航後は物理的な封印と魔法的な結界によって完全に封鎖される。
以降は地球──正確には、かつて「月」と呼ばれていた企業連合の地球総本社「クレッセントメアリー」に到着するまで、その封印結界が解かれることはない。
逆に言えば、そこへシャトルも加えて一緒に封印してしまえば、余計な手続きを凍結したまま地球まで運ぶことができる。後回しにした諸々の審査や手続きは改めて地球でやればいい。
全てにおいて時間に余裕のない中で、それは現実的な選択肢ではある。
「とはいえ一度封印処置を実行してしまったら、この艦が地球へ着いて再度封印解除の許可が出るまでは、もうその中には誰も入れませんし、何も対処できませんが」
「好都合」
「──は?」
「いやいや、なんでもない。こっちの話だよ。それで肝心のトライゴーだけど──」
※ ※ ※
「──大丈夫そうね」
話を続けながら偉そうな軍人と一緒に乗艦用タラップを上ってゆく「レント」の姿を、送迎デッキに集った参列者に混ざって見届けていた学生服姿の銀縁メガネ少女──キリハが、ポニーテールに結った黒髪を揺らして一人こくこくと頷く。
「今度こそ上手くやりなさいよ。メイヴィー!」
彼らが目の前の巨大戦艦に乗り込むのを最後まで見届けることなく、ごった返す参列者たちから離れる。
軍港エリアの人気のない倉庫街を速足で進みつつ、傷だらけの古い地球製軍用腕時計にちらりと目をやって時間を確認する。
「ちょっと遅刻かな?」
倉庫の一つで足を止め、その非常口の取っ手に手をかざす。
「開錠」
瞬間、ぽわんと赤い光が取っ手を包む。
自ら仕掛けた魔法封印を解いて中に入ったキリハは、がらんとした倉庫内の中心で、わずかに揺らいで見える黒い筋のようなものに近づいてゆく。
それはまるで、何かの力で強引に引き裂かれた空間が、その痛みにあがきもがいているよう。
あの学生会室で感じた違和感を再びキリハは感じる。だがこちらの方が圧倒的に「強い」。
「はてさて、まだ元の場所に繋がってるといいけど……」
軽口を叩きつつ、でも少しだけ緊張しながら、足の先からゆっくりとその「裂け目」に体を滑り込ませてゆく──なあに、第四魔祖にできてあたしにできないわけがない!
やがて彼女の全身は黒い裂け目の「中」に完全に消えてしまった。
直後その裂け目自身も、周りの空気に溶けるかのように音もなく消滅したのだった。
10 悪だくみで行こう!(+最後の晩餐付き)
放課後を過ぎて、本日最後のチャイムが響き渡る。
町の中心にある小高い丘を巻くように建てられた学舎群の光が一つ、また一つと消えてゆく。
同じく夕暮れ時を迎えたお膝元の食堂街──ここではまるでそれに代わるように、道々を飾る丸い「提灯」や四角い「ランタン」に次々と魔法の灯が入ってゆく。
その色とりどりの光の下。並ぶ店々の前を通り過ぎるごとに、それぞれ違った匂いや香りが誘うように漂ってくる。
それは甘く辛く香ばしく。立ち並ぶ露店ではぐつぐつと大鍋が煮え。じゅうじゅうと肉が焼かれ。その出来たてに群がる学生たちの喧騒も加わって、ここでは毎日がお祭りのよう。
その匂いや音を楽しみながら歩いていると、つい歩調がゆっくりになってしまう。
約束の時間はとっくに過ぎていたので、食材を詰め込んだ保冷バッグを手に足を速める。
ごった返す学生たちの間を縫うようにしてしばらく行くと、食堂街の終わり近くでとある店にたどり着く。
背後の喧騒をよそに、比較的落ち着いた雰囲気の店がぽつんと一つ。
『湖畔の友人亭』
基本的に地球系の料理を扱うお店が軒を連ねている中で、そこは数少ないレアルセア料理の専門店だった。
それもかなりの本格派。わざわざ町の外から、特別な入域許可証を得てこの店を訪ねるレアル人もいるくらいだ(この町はで原則として学園関係者以外の来訪は禁止されている)。
もちろん一言で「レアルセア」といっても、諸国地方ごとに個性や特色がある。
この店では主に、レアルシア大陸中央部から南にかけての、比較的暖かい地方の料理を楽しむことができる。
基本的に寒冷なレアルシア大陸でも、平均気温の高い南端付近では、地球でいえばコーヒーやスパイスに当たる食材が生産されていて、この店でもそれらを使った料理が売りだった。
ただしその収穫量は少なく、その全てが貴重品だ。なのでこの店には、学生であれば無償提供される通常のメニューはない。全ての料理が有料扱いになっている。ちょっと残念。
いやまあ銀河級大企業VIPの子たちにはどうでもいい話かもしれないが──いやいやそれを言うなら、今の「わたし」だってそうなのだが。
でもトライゴーの横で軍用の固いチョコバーを齧っていた頃の「自分」はそう簡単には変わらない。
さておき、その本格的すぎる味わいは、純粋な地球人学生たちには敷居が高いらしい。
そのせいか開店直後はお客が誰もいないことも珍しくない。
そんなお店の(自動ではない)扉の前に、でも今日は先客がいた。
といっても人ではない。猫。
「マーギ」
声をかけると、ぐにゃー、でも、びにゃあ、でもない微妙な返事が返ってくる。
この学園都市を根城とする野良猫。
ここらではちょっと珍しい銀灰色で、わたしのお気に入り。
「マーギ。いつも話し相手になってくれて、ありがとね」
転生した記憶が戻ってから、唯一の「家族」にすら話せないことがめっきり増えた。
でもこのマーギになら話せる。まあ完全な一方通行なんだけど。
わたしが「もやもや」を抱えてる時にふらっと姿を見せてくれて、しかも絶妙なタイミングで合いの手、というか鳴き声を入れてくれるので、とても話しやすい。
そもそも「マーギ」というのは、わたしが『友佳』だった時代に自分の家にいた猫の名前でもある。
ここではそれは野良猫全般の代名詞だが、たまにわたしは、この世界で出会う「マーギ」が全てあの子の生まれ変わり──もしくは子孫なんじゃないか、と思うことがある。
さすがに全部というのは言いすぎかもしれないけれど。でも自分だってこうして転生したのだ。猫が転生したって不思議はない。毛色だって同じだし(もっともマーギの毛色は、三毛色を除いてその魔法でいくらでも変えられるけど)
もしかしたら逆に未来の、この世界のマーギが過去の時代に生まれて来たのかも──ああいやいや、だからこんなこと考えてる暇はないんだっけ。
「わたしね、しばらくこの町を離れることになるんだ。うまく行けばまた戻ってこられるけど、
もしかしたらもう帰って来れないかもしれない」
時間がないのはわかっていたけれど、やっぱり手提げ袋を抱えてマーギの前にしゃがみ込む。
するとマーギも前足を立ててわたしの前に腰を下ろした。
すくっとその顔を上げて、その深碧色の瞳でわたしの方をまっすぐ見つめる。
「でもきっと戻って来るよ。マーギには地球のカリカリ、おみやげに買ってくるから。そしたら猫ガンボ、作ってあげるね。楽しみに待ってて」
むぎゃあ、とマーギが鳴いて、腰を上げる。わたしも立ち上がって、
「じゃあマーギ、またね」
暗がりに消えて行く黒猫を見送って、改めてお店の重厚な扉と向き合う。
えいやっと気合を入れてその扉を開ける。
ルイル杉製の一枚扉だけあって、けっこう重い。これだけでもこの店を避ける理由になりそうなくらい(わたしだけ?)。
円形のテーブルが並ぶメインフロアに人の姿はない。
厨房前のカウンターに目を向けると、一人だけ、学生服姿の人影があった。
わたしと同じ、地球の古典的な女子用制服。
「キリハ。待った?」
「待った。でも許す。どうせ今夜は貸し切りだし。それにこっちも一つ用事を済ませてきて、ここに来たのはついさっきだから」
なぜか知らないけど思いのほか機嫌がよさそうで、ほっと一息。
「そういえばキリハ、午後の授業全部休んでたよね。何してたの?」
「だから野暮用だって。それで時間に遅れたのはこっちも一緒。それでもたっぷり一〇分は待ったかな」
「あーごめんて。これが寮舎に届くの待ってたら、遅くなっちゃって」
手にした保冷バックをキリハの方へちょっと振ってみせてから、カウンター席の端にある仕切りを開けて厨房へ入る。
「それとマーギとも、ちょっとお別れの挨拶してたから」
「野良猫のマーギ?」
カウンターの向こうで眉を顰めるキリハを横目に保冷バックを作業台に置く。手を洗って壁にかかっていたエプロンを着ける。
「連中に何か悪い魔法でもかけられてその落とし前をつけに行ってたとか?」
「その挨拶と違う! あのマーギはそんなことしないよ。友だちだもん──そっちこそ、用事って?」
保冷バックを開き、中に入っていたものを作業台の上に並べていく。
カウンター越しにその様子をどこか胡散臭げな瞳で眺めつつ、キリハは、
「ちょっと悪だくみ……何そのピンクの肉塊?」
「だから鳩だって。地球の鳥。本物の」
「ああそれが。で、食べられるの、本当に?」
「当たり前でしょ! 転生前の記憶が戻って最初の料理だし、食材も揃ったし。おまけにせっかくの貸し切りだもん、気合入れて作るから期待してて──悪だくみ?」
ビニル袋から出した鳩肉を適当に切り分けてゆく。
わざわざ遠い異世界から莫大な費用と手間をかけて運ばれてきたそれも、切り刻んでしまえば見た目は鳩メイヴと大差ない。
まあいい。どちらも大切な命を頂くことに変わりはないのだから。
「そそ。──あんたこそ、まさかまた『忘れたあああ~』とか言わないでしょうね」
「何その言い方──言わないよ」
小学生(もちろん前世のね)の時に初めて体験した本場のガンボ。そこに入っていた鳩が食べられずに泣いていたわたしに、銀髪に青い目の祖母が言った──このガンボも、あんたの好きなカラアゲと一緒さ。どちらもかけがえのないたった一つの命を頂くための、大切な機会なんだ。さあ手を合わせて、その命に感謝して、ちゃんとおいしく食べておあげ。
「大丈夫。ちゃんと覚えてるし、むしろ気合じゅうぶん!」
鍋を火にかけて乳脂を溶かす。地球のバターよりも風味が濃くてお気に入り。
これも現地産のルイル麦の粉を入れて混ぜ、あとはざく切りした玉ねぎやセロリにピーマンと、さらにオクラやトマトなどなど貴重かつ高価な地球産食材を、片っ端から無造作に放り込んでとにかく炒め合わせる。人間用なのでハーブやスパイスも遠慮なく──ってオクラは最後だっけ? あれ? じゃない鳩肉忘れてた! とそれも後からぶち込んで、作り置きの自家製チキンブロスもどきを注ぎ入れながらとにかく混ぜる。混ぜて煮込めばなんとかなる!
転生したという記憶が戻っても、記憶の混乱自体は続いているらしい。困ったもんだ。
……などと責任転嫁してる間にも、それなりに匂いは立ってきた。悪くはないけれど、はてさてどんな代物が出来上がるのやら。
なあに、これが「家庭の味」ってやつですよ。はっはっは。
「何笑ってんだか──楽しいのはいいけどさ、でもわざわざ貸し切りにしたのは、別にあんたに料理させるためじゃないんだけどね」
「わかってるって。だから悪だくみの相談、でしょ」
悪だくみ──トライゴーG奪還作戦。
わたしの顔から笑みが引っ込むのを待っていたかのように、キリハは「本題」に入った。
「あんたの記憶が戻ろうが、前世が誰であろうが、あたしたちの『作戦』はもう始まってる」
カウンター席のキリハがパチン、と指を鳴らす。すると彼女の背後、円形テーブルが並ぶメインフロアの天井から下がっていた四角い箱が輝き出して、その四面に同じ動画を流し始める。
漆黒の宇宙空間を背に、メタロックブルーに輝く宇宙船──いや宇宙戦艦。
新型宇宙戦艦ガンドロメダ。
曲がりなりにも戦争がなくなって、巨大軍事兵器の需要がなくなった中で、奇跡的に計画にゴーサインが出た企業連合軍需部艦船局──キリハのお父さんが責任者を務めている部署──の悲願の結晶。
「戦争世代待望の最新鋭宇宙戦艦──ただしそれは表向きの話」
ぐつぐつ煮える鍋から沸き立つ匂いに鼻をくんくんさせながら、キリハは、
「あたしが掴んだ情報では、あの戦艦こそが、この先この二つの銀河世界を滅ぼしかねない『元凶』になる」
キリハによれば、地球圏帝国と銀河宇宙総軍は、企業連合地球総本店に封じられている第三位の魔導始祖──水の星霊王、水龍『ドーラ・ドーリィ』をガンドロメダに取り込むことで、銀河史上最強最悪の超魔祖級宇宙戦艦に仕立て上げようとしている……らしい。
そんなものが完成したら、レアルセアなんて文字通りほんの一瞬でこの世界から消し飛ばされてしまう──どころか、その気になればその「世界」ごと破壊できるだろう。
「……でも銀河世界を滅ぼせる力なんて、本当に使う気はあるのかな? だって本気で使ったら、レアルセアどころか、地球自身だって危ないわけだし」
「だったらなぜ作る?」
キリハの声が厳しい。
「作れるなら作る。作ってしまう。作ったら作ったで使いたくなる。その力を誇示したくなる。そして結局使ってしまう──っていうのが、人間という存在の性。決して変えることの出来ない悲しき本性だもの」
「そこまで言う?」
「あんただって、自分で作ったガンボをそのまま食べずに捨てるような真似はしないでしょ」
作れるなら作る。作ったら食べたくなる。食べたら何としてもうまいと言わせたくなる。
「そこまで無理強いしてるつもりはないけど……それにガンボと宇宙戦艦を比べられても」
「あたしに言わせればどっちも一緒。まったく人間ってのは、つくづく業の深い生き物よね」
「まるで自分は人じゃないみたいな言い方だね」
「かもね!」
キリハはいたずらっぽく笑って、でもすぐにそれを引っ込めると。
「あんたこそ、本当にいいの? これから先は、もう何があっても後戻りはできないよ?」
わたしは煮詰まっていく鍋をじっと見つめながら、
「わかってる」
頷く。それはこの料理と一緒。一度作り始めたら、もう元には戻せない。たとえ中断したところで、このために締めた鳩の命はもう帰ってこないのだ。
「どんな形であれ、あたしたち──『反地球圏帝国戦線』と行動を共にするってことは、地球圏帝国や企業連合はもちろん、レントやあなたの養父も敵に回すってことよ?」
「それもわかってる」
わたしを見つめるキリハ──その正体はあのルインシア動乱を引き起こした反地球勢力の若きリーダーだった! ──の、その鍋の湯気に曇る銀縁メガネの奥にある漆黒の瞳をしっかりと見返す。
今のわたしの立場で、地球に対して反旗を翻している反乱勢力と手を組んで、トライゴーを奪還したらどうなるか。
でも蓮兎──「レント」はそれを破壊しようしている。
悪い連中に操られて、第三位魔祖と合体した宇宙戦艦と戦える唯一の存在であるトライゴーを、この世界から消し去ろうとしている。
そうしたら、悪の宇宙戦艦を止める手段がなくなるだけじゃない。わたしもトライゴーには二度と乗れなくなる。転生前の──本当の父さんとの絆が途絶えてしまう。
養父との約束──再びトライゴーが動く姿を見せることもできなくなる。
父さんたちの夢が消えてしまう。そしてもう二度と取り戻すことはできない。
それはわたしを産んだ時、その命と引き換えに死んでしまった母の命のように。
二〇〇年前、後のことを蓮兎に託して死んでいった父さんの命のように。
遠いあの日に食べた、そして今もまたこうして煮込まれている鳩たちの命のように。
一度死んでしまった人の命にも、食材となった鳩の命にも、代えはない。
いくら泣いても悔やんでも、それが戻ることはない。
たとえ「転生」できたとしても、それは変わらない。
今のわたしが、たとえその記憶が戻ったとしても、やはり二〇〇年前に生きていた、そして死んでしまった「彼女」そのものではないように。
「そういえば、あんたが前世の記憶を取り戻したこと、王子さまたちには話したの?」
「ううん。まだわたし自身、自分が転生した友佳だって思い出したばっかりだし、どう話していいか迷ってる。蓮兎はもちろん、養父にも、できればさっさと話した方がいい気もするけど。でもやっぱり、もう少し考えてからでもいいかなって」
「うん。その方がいいよ」
「だよね」
キリハに言われて、わたしも胸の迷いが一気に晴れた気がして楽になった。
でも一方で、逆に何か焦りのような思いも残ってる。何か忘れてるような……もやもや?
そんなわたしに、勢いよくカウンターに手を着いたキリハは、いきなり大きく頭を下げて、
「今更だけど、巻き込んじゃって、ごめん!」
「キリハ?」
「せっかく前世の記憶とかってのが戻って、あのレントがあんたの大切な人だってわかったのに、それを話せないどころか、大変な仕事を押し付けちゃって」
こんなことに巻き込まなければ、優しい養父と高級ホテル暮らしを満喫できたのに。
「だからいいって。それはキリハだって一緒でしょ」
企業連合軍需部のトップを母に持つ彼女が、どういう経緯で反地球勢力のリーダーなんて立場になったのかは知らない。だいたいその組織のことも、わたしには最小限のことしか教えてくれない。実際に会ったことのある組織のメンバーだって、実はこのキリハしかいない。
余計なことは知らない方が結果的にあんたのためよ──とキリハは言っていたけれど。
でも、そんなことはどうでもいい。
「大丈夫。何も知らずに利用されてるレントたちを助けられるなら、わたしはやるよ」
「そうだね。その通り。それを絶対忘れないで」
キリハの強い言葉に応えるように、わたしは再び大きく頷いてみせる。
彼女の方も満足そうに目を細めると、火を弱めて後はひたすら煮込むだけになったガンボを、まるで魔法の大鍋を前にした魔法使いのようにのぞき込んで、
「ところでそれ、シャトルが出る時間に間に合うの?」
「大丈夫。反帝国戦線の人たちが改造してくれた『Vクロス号』があるし。それにシャトルに乗ったら最後、地球に着くまでの三日間、わたしたちずっとその中で缶詰でしょ? 隠れる手間は省けていいけど、その間じゅう軍用糧食を齧ってるだけってのもね。せめて最初の食事くらい、ちゃんとしたものを食べたい!」
「最初のそれが最後の晩餐にならなきゃいいけど」
「キリハ!」
キリハは、メガネを持ち上げながら、はっは、と笑って、
「けど食べ物なら、あのくっそまずいバー以外にも、防腐用の乾燥魔法をかけたパンとか、果物とかだってあるでしょ。それにあたしは、どちらかというと前に作ってくれた、ええとなんて言ったっけ、ベーゴマなんとか」
「ベーコンエッグ?」
「そう、それそれ! そっちの方がもう断然好みなんだけど!」
「あれかー。あれも地球産の鶏卵とか使うし、ベーコンってもいろいろあるし、見た目以上にお金と手間がかかるんだよね。それに煮物と違って、作り置きできるようなものでもないし」
「そっか……くう、残念!」
「普段食べ物には興味ないくせに、ベーコンエッグにだけは食いつくねえ」
食べ物だけに──と、地球共通語圏ですら通用しない伝統遺産言語ギャグをかますわたしに、キリハはどこか遠くを見るような視線で、
「ずっとずっと昔に、誰かが同じものを作ってくれたような気がするんだよね。誰だっけ……顔も思い出せないけど。でもあの味だけははっきりと覚えてる。あんたが作ってくれたそれを口にした時、本気で時間が二万年くらい飛んだわ!」
「よく戻って来れたね」
わたし的には「たったの二〇〇年」ですら遥か彼方の昔の感覚ですが。
「四万年かも──いやほんと、そのまま記憶の彼方で溶けちゃいそうだったよ」
よくわからないが、そこまで言われて悪い気はしない。
ていうか、そんな昔からあったのか、ベーコンエッグって。
「まあ調理自体は簡単だから、機会があったらまた作ってあげるよ」
約束だぞ、とキリハ。
「じゃあしゃあない、今回は地球風ガンボで我慢するか」
「嫌な顔しない! 美味しい料理に地球もレアルセアもないよ」
「美味しければね──美味しいの?」
「美味しいわい!」
……たぶん。
ともあれ出来上がったそれを魔法仕掛けの保温容器に入れ、蓋をする。
少しだけ温度が高めになるよう魔法をかけておいたので、シャトルの中で食べる時はさらに煮詰まっていい感じになっているだろう(と期待してる)。
厨房内も片づけて、最後にぐるっと一通り見回して、頷きながら大きく一息。
「ふう……じゃ、行こか」
「うん」
キリハも頷いて、先に扉に向かう。
あの重い扉を片手で開けて(何気に力持ち)、ガンボ入りの手提げを持ったわたしを外に出してくれる。
だがキリハの方は、そこで立ち止まったまま。厳しい目を食堂街の方へ向けている。
「キリハ?」
「ええとごめん──ちょっとまた野暮用」
「済ませたんじゃなかったの?」
「別件。忘れてた。大丈夫、すぐ片付けて追いつくから。でももし時間までに戻らなかったら、あんたはVなんちゃら号で先にシャトルと合流して。パイロットとは話がついてるから」
「キリハは?」
「わたし一人なら、地球へ行く手段はいくらでもある。地球で合流しましょ」
「でも……」
「ほらほら、もう本当に時間がないから。遅れても、わたしと違ってシャトル便は待っててくれないぞ」
「わかった──じゃあキリハ、待ってるから」
「うん、ユユカ。トライゴーによろしく」
※ ※ ※
大勢の学生たちが勝手気ままに歩き回る中を、初等部の制服を着た小さな女の子──蓮兎が駆け抜けてゆく。
まるで高い木々が密集した森の中を突っ切るような気分。
おまけにその木々はふらふらと動き回るので余計にたちが悪い。
「あいつだ、あいつだったんだ!」
小さな拳を握って走りながらも、思わず声が出る。
『壊れた時空のすき間を行き来できるのは、今のところは我ら魔導始祖だけじゃからな』
心の中で、第四魔祖も同意する。
『レントを操って戦艦に乗り込ませるために、相当無理をしたようじゃな。おかげでやっと、あやつの尻尾をつかむことができた』
最初から『第五魔祖』自身が裏でこそこそ動いているのはわかっていた。
ただ、どんな形でこの世界に顕現しているのかは今ひとつ確証が持てなかった。
そして全てに気づいたときには、完全に後手に回っていた。
戦艦の方は間に合わない。
それに乗っているレントには、現状ではもう手を出せない。そちらは後で考えるしかない。
だが。
だがユユカの方は、まだ間に合う!
食堂街の端の方まで来て、やっと人通りが少なくなってきた。
目的の店はもうすぐそこだ──と。
その店──すっかり人気のなくなった『湖畔の友亭』の前に、しかし一人の女子生徒が立っていた。
「詩亜鹿──いや、反逆の第五魔祖、フィラ・ラディカカッサ!」
「待ちくたびれたわよ、おちびさんたち!」
「ユユカはどこだ!」
「さあね。今頃はもうVなんちゃらとやらに乗って、シャトルに向かってるかも」
キリハが空を見上げる。食堂街の明かりにメガネの銀縁がきらりと光る。
そのキリハの様子をうかがいながら、慎重に蓮兎も同じを空を見上げる。
そんな二人の遥か頭上を、タイヤを収納して小ぶりの安定翼を展開させた銀と黒の車体が、光り輝く星々に向かって音もなく飛び去ってゆく。
「くっそう!」
「残念でした!」
両手を腰にやったキリハは勝ち誇ったような笑みを浮かべると、
「あの子が飛び立つまであんたの足止めをするつもりだったけど、いらなかったわね。というわけで、あたしもここで退散させてもらう。地球であの子と合流する約束もしてるしね」
「させるか!」
「たかが燃えカス風情が、第五魔祖──じゃない緒源の魔祖に向かっていい度胸」
『搾りかすに言われたくないわ!』
蓮兎よりも先に第四魔祖が応じ、そしてどちらともなく魔導結界を展開する。
「本気でやり合う気か? ここで?」
「本来のあたしたちなら、それだけでこの星がなくなるでしょうね。でもご心配なく。燃えカスと搾りかす同士の戦いなら、せいぜいどちらかが消し飛ぶくらいで済むから!」
地球へ行く前の余興を兼ねて懸案を潰しておくのも悪くないしね、とキリハ。
「フィー、わかってるな! あいつ中身こそ第五魔祖だけど、体の方はただの人間、乗っ取られてるだけだ!」
『体には傷一つつけずに片付けろってことじゃろ! ちょうどいいハンデじゃい!』
「序列最下位の第四魔祖ごときが余裕ぶってると後悔するぞ!」
『人から四大魔祖に列せられなかったのがそんなに悔しいか!』
「悔しくない! 悔しくなんかない! ちくしょー!!」
実に数万年の時を経て、そうして再び魔導始祖同士による戦いが開始されたのだった。
戦い自体は両者が展開した魔導結界の中で行われたため、幸か不幸かそれを目にすことができた人間は~当事者の蓮兎を除いて~一人もいなかった。
ただ、さらに夜も深まった頃になって、臨時休業と知らずにやってきたレアル人の一人が、その店の前でぼうっと立ちすくんでいるメガネにポニーテールの学生を見つけた。
彼は彼女を寮舎まで連れて行ってやろうとしたのだが、当の本人は自分の寮舎が分からず、どころかここ数年分の記憶が曖昧で、自分が誰かもよくわからないような状況だったという。
他にも誰かがいたような気がしたものの、目の前の彼女のことで頭がいっぱいだった彼は、結局そちらは無視して、とにかく助けを呼びに食堂街へと戻っていった。
11 地球へ
地球圏魔導帝国──正式には地球圏太陽系星王連合魔導帝国。
自称天の川銀河系唯一の星間魔導帝国の首都惑星──地球のすぐそばに、『それ』はあった。
『クレッセント・ステラメアリー』
それは大きく三日月状に欠けた、地球の衛星。
それは異世界レアルセアへと至る異界の門。
その異世界と戦うことになった元凶を封じた星の柩。
そして今は、レアルセア地球圏企業連合──レアルシア&ブルーアクアン・アライアンスの地球総本店でもある。
星体の八割を超える部分は、まるで巨大な手で抉られて握り潰されたようにその中心に向かって圧縮され、固められ、高次元時空内部に押し込まれたいわゆる極小ブラックホール(疑似グラビスター天体)となっていた。当然ながらその姿はもう肉眼で見ることはできない。
現在は、その中心核を覆うようにして設置された直径約二・四kmの球殻魔導結界──通称『天球珠』によって、ブラックホール特有の不可侵領域「事象の地平線」を含む周囲の空間ごとこちらの世界から「切り離されて」いる。
見た目も中身も物騒かつエキセントリックな半人工天体だが、表向きはあくまで連合企業体の地球側本社であり、限定的ながら一般の来客や観光客さえも受け入れている。
さらにかつて丸い月であった頃とその質量自体はほとんど変わらないため、地球上では相変わらず「月の引力」による潮汐力も働いている。なのでその見た目を除けば、意外にも大きな混乱は起きていない。
そもそも月がこの姿となってすでに二〇〇年。
今の地球人類にとっては、もはやこれが空に見慣れた「月」の姿であり、その新しい「月」もまた、かつてのそれと変わらない軌道で地球に寄り添うようにその周りを巡り続けている。
だが一歩、星の「裏側」へと踏み込めばその事情は一変する。
この地球世界と遥か異界の銀河世界レアルセアとを繋ぐ異次元宇宙航路『大魔導回廊(グレートコリドール)』と、その回廊へと至る門『奇跡の門』を内包する『天球珠』は、その周囲を幾重にも取り巻く強力な魔導障壁結界によって厳重に封じられている。
さらに魔導宇宙戦艦と戦術級魔導巨人たちで構成された宇宙総軍及び企業連合の合同守備隊が、二四時間体制で周辺宙域を臨戦警戒。
その姿はとても民間企業の一施設ではない。どこから見ても難攻不落の軍事宇宙要塞であり、事実その通りなのだった。
まだあちこち急ごしらえの保護パッドで覆われている第一航宙艦橋に立つ「レント・フェスタリーフ総会長」は、クリスタルスチール製の舷窓越しに顔を上げた。
彼が乗る最新鋭超魔導級宇宙戦艦『ガンドロメダ』は今、異世界レアルセアから地球側世界へと「浮上」しつつあった。
『天球珠』の魔導結界をさらに物理的物質的に覆っていた球状構造体の一部が開き、湧き出るような青い輝きに押し出されるようにして、その「異世界の門」に比べれば小さな──けれどその周囲を飛ぶ護衛の魔導巨人たちから見ればとてつもなく巨大なメタリックブルーの艦体が、徐々にその姿を現してゆく。
トレードマークの白いスーツに黒メガネ姿のレント──レンの視界に、三日月状に抉り取られた『クレッセント・ステラメアリー』の「裏側」が見えてくる。
裏側とはいっても何もないわけではない。整地された岩盤上には宇宙港のドッキングゲートや各種研究施設、さらには滞在者用のホテル施設などもあって、それらの光で意外と賑やかだ。
大きさも色もまちまちの光の幾つかはゆっくりと動いていて、それが『ステラメアリー』側の明かりではなく、周囲を警戒する宇宙戦艦たちであることを示していた。
ざっと見える範囲だけでも、補助艦艇も含めれば三〇隻以上はいよう。数だけなら優に魔導打撃艦隊一個分に相当する。
全体としては主力艦だけで一〇〇隻以上──四個魔導打撃艦隊規模の宇宙戦艦群が展開しているとの情報もある。
だが具体的な総数や詳しい配置状況は、たとえ総会長であっても知ることはない。
戦艦の魔導装甲よりもぶ厚く強固な開閉扉のゲート幅ぎりぎりの巨体が、その宇宙軍最大級の艦体を自ら光らせるように誇示しつつ、ゆっくりとゲートを抜け出てゆく。
そのまま『ステラメアリー』の影から出ると、まるで待っていたかのように、レンの見つめるその先に白いベールに包まれた青い惑星が姿を現した。
地球だった。
「……とうとうここまで来たか」
実はレンは、魔導義体として目覚めて以降、地球を直に目にできる場所まで来たのはこれが初めてだった。
まん丸の「満地球」をその双眸に捕らえつつ、だがレンの関心はあくまでも頭上の『ステラメアリー』に──その最深部で眠り続けている「もう一人の自分」へと向けられていた。
「待ってろよ、『蓮兎』──」
湧き上がる思いが人知れず口から漏れ出る。
「もうすぐだ。もうすぐオレはお前になる」
じっと目線の先の地球を見つめ続けているレンの横に、ゲート通過の指揮を終えた「オオキタ艦長」がやって来た。
先の出航式典を経てこの艦の正式な初代艦長となった彼は、レンの隣に並ぶようにして立ち止まると、彼と同様その鋭く尖った艦首の先にある地球へと顔を向ける。
「本当に何度見ても感動的な光景ですな」
そしてレンからの返事がないことを気にする風もなく、
「初めてレアルセアを見た時もそれなりに感慨はありましたが、あちらは惑星全体にかかっている魔導結界のせいで赤っぽく見えますし。結界を越えた先も、その半分は青い氷に覆われた極寒の世界ですからな──まあ場所によっては、むしろ地球よりも豊かな世界に見えなくもないのですが……ああいや、別に今の地球がどうこう、というわけではないのですが」
傍目には人類が初めてその目で見た時と変わりないように見える地球だが、よく見れば赤茶けた不毛の砂漠は確実に広がっているし、北南両極の氷も、大掛かりな魔導科学技術によって辛うじてその喪失を免れているに過ぎない。
ここからでもかすかに見える、地球を取り巻く赤道上の細い三連リング──『トロア・テスタメント』がもし崩壊したら、ほんの数年で数百年分の異常気象が世界各地を席巻し、地上から人類を一掃してしまうだろう。
「レアルセアとの戦争以前に、人類同士でその魔法の力を奪い合い殺し合ったことの当然の報いさ」
つぶやくようなレンの言葉に、横に並ぶオオキタ艦長も静かに頷くと、
「もしそこでかの英雄──後の初代魔導帝王となる『ルース大尉』の活躍がなければ、その時点で地球は滅んでいたかもしれません」
彼女は、その卓越した魔法力と「敵は異世界に在り!」の言葉を旗印に、混乱の極みにあった地球世界を事実上たったひとりで統一。後の魔導帝国の基礎を築く共に、宇宙史上初の異世界間宇宙戦争を仕掛けた張本人でもあった。
「ルース大尉……ルースか。また懐かしい名前が出てきたね」
「そういえばレント総代表は彼女と直接の面識、ご親交があったとか」
「オレ自身じゃないけどね」
「──は?」
「いやこっちの話。いずれにしても一〇〇年以上も前の話だよ」
レンはじっと地球を見つめたまま、
「あれから一〇〇年以上──でも地球は、まだこのざまさ」
「一時はレアルセアへの大規模移住も考慮されたと言いますが……もし本当にそれを強行していたら、今頃あの戦争は、終わりの見えない泥沼の戦いになっていたかもしれませんしな」
「だろうね」
相変わらず前を向いたままのレンに、それでもオオキタ艦長は、我が意を得たとばかりに大きく頷き、
「ですがこの先の人類には、やはりどうしても新しい世界が、新しい星が必要なのです!」
この先も天の川、三日月両銀河の盟主として、この美しい地球と共に繁栄し存在し続てゆくためには──と。
「そのためには、その新しい世界へと人類を導くための新しい航路と、その航路を行く新しい船が必要であり──」
自ら一歩前に出ると、オオキタ艦長は大きく両手を広げて、
「そしてその航路を拓き人類を導く希望の船こそ、この宇宙戦艦ガンドロメダなのです!」
くるりと振り返った艦長は、さらに声を張って、
「次にこの『奇跡の門』を越える時、この艦はもはや単なる魔法仕掛けの戦艦ではない。人類史上初の超光速恒星間航行能力を持った真の宇宙戦艦として旅立つことになるのですよ!」
それを実現させるための超光速魔法駆動機関『ステラメアリー・ドライブ』の研究開発は、すでに理論上の存在から、実証実験が可能なレベルまで到達しつつあった。
簡単に言えば、それは宇宙の時空構造をも破壊してしまう魔導始祖の力で、目的の場所まで強引に「道」を切り開いてしまおうというものだった。
この時点で人類の側に知る者はいないが、それは先に第四魔祖のフィーや第五魔祖のキリハが行った「時空の裂け目を利用した瞬間的空間移動」そのものだった。
この宇宙戦艦は、それを地上ではなく宇宙空間で──光年単位で隔てられた恒星間でやろうとしているのだ。
むろん、そのためには四大魔祖とされる四柱の魔導始祖のいずれかの力が必須。
だが当初は第四位の「フィーラ・フューリー」一柱しか確認されておらず、その力もやっと人を越える程度であったこともあり、早々にその候補からは外されてしまっていた。
しかしその後、レアルセアとの異世界戦争を経て事態は急展開する。
戦争後改めて月を破壊した魔力の出所を調査していた過程で、『天球珠』内部に第三位の魔導始祖──固有識別名称「ドーラ・ドーリィ」が封じられているらしいことがわかったのだ。
きっかけは、戦後の地球とレアルセアの合同調査だった。
戦争の発端となった月の破壊──それをもたらしたのは当初、先に顕現した(誤って地球に召喚された)第四魔祖だとされていた。
だが実際には「彼女」の推定放出魔力はあまりに小さく(月破壊に最低限必用な魔力の数億~数十億分の一以下)、それこそ小さな魔導工房一つを潰すのがせいぜいだというのがわかってきた。そこで再調査が行われた結果、「彼女」と同時に「第三位の魔導始祖」までもがこの地球世界に顕現していたことが判明したのだった。
この調査結果に、魔導始祖の力を利用した超光速宇宙航法の研究開発担当者たちはいっせいに色めき立った。
もし月をここまで破壊できるレベルの力を宿した魔祖の力を「利用」することができれば、机上の空論扱いだった超光速航法が──その実現が一気に現実味を帯びてくる。
かつて異世界の銀河の大半を破壊した力──その力で、たとえば特定の恒星間を隔てている時空間構造だけを狙って壊すことができれば、その間に「現実的な時間内で行き来することが可能な近道」を穿つことができるかもしれない──と。
その当初から「宇宙を破壊しながら飛ぶのはどうか」という意見はあった。
だが広大な宇宙世界に比べればその範囲は微々たるものだし、これはもっと「エレガント」な超光速移動魔法が確立されるまでのつなぎのようなものだということで、全て押し切られてしまった。
どのような形であれ、これで人類はやっと念願の超光速宇宙戦艦を持てるのだから。
この銀河に君臨する一大星間軍事国家たるべく邁進する地球圏帝国にとって、さらに第二第三の地球を手にするためにも、「恒星間超光速航行能力」は絶対に譲れない条件だった。
このガンドロメダには、すでに先行実証試験用に試作されていた超光速魔導機関『ステラメアリードライブ』の第二次段階改良型試験機関が実装されている。
残された課題は、月に在る第三位の魔導始祖『ドーラ・ドーリィ』を、レアルセアの四大魔祖召喚儀式を応用した魔導科学的手段によって戦艦の魔導コアに強制召喚し、人の手で使える形へと変換した上でコア内部に封印すること。
それさえできれば、後はその力のみを切り離す形で再展開し、艦体最下層部に架設された、戦争時に猛威をふるった要塞型電磁魔導力線砲をさらに三連装化した超光速魔導機関の主力装置、通称『ハイパードライブキャノン』──口の悪い技官たちの間では「超時空間破壊砲」などとも呼ばれている──を、狙った時空構造へ向けて「撃ち出す」だけだ。
もちろんその「照準」を定めるのは簡単ではない。具体的にどの方向へどれだけの力で発射するのかについては、超光速航行支援専用に開発された人工魔導知性体をフル稼働させて「計算」する必要がある。
ところで第三魔祖を無事に『天球珠』から引き抜けたとして、その後の『ステラメアリー』の運用自体に支障はないのか、という疑問も当然あった。
たとえばそれで異世界間のゲートが閉じたりはしないのか?
結論から言えば、ゲート自体はすでに空間に安定的に存在しているので、閉じる事はない。
悪く言えば、それはもはや直らない傷のようなものだ。単にその原因となったもの(第三魔祖)を取り除いただけでは、その「傷口」はふさがらない。
完全にふさぐためには、その「傷口」を覆う新たな時空構造体が必要となる。
それは事実上、局所的であれ新たな世界、新たな宇宙を創出するということだ。
にビッグバンに匹敵する「無限の超真空エネルギー」の発生源である「特異点」を人為的に発生させる──そんなことは、たとえ第一位の魔導始祖の力であっても不可能だろう(できるなら当の三日月銀河でとっくにやっているはずだから)。
要するに一度傷ついた宇宙は、宇宙自身によってしか癒すことはできないし、癒されなかった時空間は、おそらくこの宇宙が終わるまで永久的にそのまま……ということになる。
それはステラメアリードライブによって穿たれる時空の断絶による「傷」についても同様。
たとえどれだけ小さくてもその「傷」は、この宇宙に対して人類がその意思を持って行った「破壊行為」の証明──自らがつけた傷跡に他ならない。
一方でそのことは、一度穴を穿ってしまえば、後に続く宇宙船はたとえステラメアリードライブがなくても、そこを通るだけで恒星間を短期間で移動できるということを意味する。
恒星間をゆく宇宙船の全てがステラメアリードライブ搭載艦である必要はなく、それは未到達の恒星系を目指す「航路開拓艦隊」のみが装備すればいいことになる。
とはいえ現状、実際に使える魔導始祖級の力は、偶然手に入れた第三魔祖ただ一柱だけ。
「恒星間航路開拓艦隊」どころか、ガンドロメダに続く第二のステラメアリードライブ搭載艦の建造予定もない。
それでも「最初の一隻」が完成しつつあることに変わりはない。
それは、地球にとっては間違いなく「無」から「有」への創造的飛躍であり、不可能を可能にする偉大な一歩だった。
超光速恒星航行宇宙船──人類がその歴史上初めて手にする、まったく新しい移動手段。
大航海時代の帆船や産業革命期の蒸気船をも越える、人類史上例を見ないパラダイムシフトが訪れようとていた。
それをもたらすのは、未踏の氷海を行く砕氷船ならぬ、広大無辺の宇宙空間を切り裂いて進む「砕宙艦」とも言える存在。
その是非は別論として、その存在をただの夢として切り捨てることは、もはや地球にはできない相談だった。
「レアルセア側の召喚儀式はすでに始まっています」
オオキタ艦長が、第一艦橋の天井の半分を占める巨大なパネルスクリーンを見上げる。
そこにはこの艦に搭載されたステラメアリードライブの初期化状況及び今後の再起動手順、現在の進捗具合などが表示されていた。
「うむうむ。全て順調、予定通り進行しております。ランチを予約するなら早めにしておいた方がいいかもしれませんな。まもなく歴史的瞬間をその目にする機会が──」
とそこで頭上のパネルスクリーンが一瞬明滅し、そのまま消えてしまった。
「……やあジェニー、ジェニファー? 悪い冗談はやめてくれ」
艦長の歴戦の戦友であり、個人的な親友でもある当艦の機関長ジェニファー・スコット技術大佐を直通回線を通じて呼び出す。
その口調は気安いが、レンが見る限りその顔はまったく笑っていない。
緊急事態? 想定外の? ──と、そこでレンの立つ艦橋の床面がぐらり、と揺れた。
『クレッセント・ステラメアリー』に対して相対停止軌道を維持し、自律慣性重力制御下にある宇宙戦艦が、そのように揺れるというのは、それこそ「想定外」の事態だった。
現状で考えられる事態としては、二つ。
当のステラメアリードライブを含め、どこかで大きな爆発があったか。
それともいきなり宇宙戦闘を仕掛けられたか。
もしくは──その両方か。
そこで突然パネルに明かりが戻った。
だがそこに映し出されたのはステラメアリードライブの情報ではなく、一人のレアルセア人少女の顔だった。
パネルいっぱいに大写しされたその銀灰髪の少女の顔を、レンはよく知っていた。
だが彼がその名を口にする前に、画面の中の彼女が自ら名乗りを上げる。
『わたしはユユカ──いえ、ユウカ! 羽澄・友佳!』
直後再び艦橋が揺れて、今度こそ間違いなく、非常事態を告げる警報が鳴り始めた。
「下層第四デッキで異常発生! 減圧警報!」
「艦載機射出口がオフライン! 破壊された模様!」
「本艦右舷直近に高出力魔導反応! 戦艦級!」
「なんだそれ!」
戦術担当士官の一人が思わず叫ぶ。
『わたしよ!』
空間戦闘機か魔導巨人の操縦席のような場所にいるらしい友佳が、パネル越しに勝ち誇ったような声を上げる。
『わたしと、そしてトライゴーよ!』
「トライゴー? トライゴーだと!?」
思わず聞き返すオオキタ艦長に、友佳は大きく頷いて、
『あなたたちの悪事もここまでよ! 第三魔祖の力を取り込んで最強最悪の存在になる前に、わたしとトライゴーで、この戦艦を──ガンドロメダを沈めます! 沈めてみせます!』
「待て、待て! 何を言ってる! トライゴーだって? きみは何か大きな誤解を──」
だがそこでモニタ画面が再び消えた。
入れ替わるようにして、今度は各部署から上がって来る緊急報告で画面がいっぱいになった。
一瞬言葉を失かったかのように茫然とそれを見上げる艦長以下第一艦橋要員たちの背後で、レンは一人、艦橋後方のエレベータユニットへと乗り込んだ。
「──第五格納庫」
『本艦に当該区画は存在しません』
「レント・フェスタリーフ。認証コード、RTB‐0009」
さらにどこからともなく照射されたビーム光が、黒メガネ越しに彼の瞳を赤く照らし出す。
『スキャン終了。コード確認。機密運用モードへ移行します。ユニットをロック。移動開始』
ようやく動き始めたエレベーターユニット内で、レンの口元にかすかな笑みが浮かぶ。しかしそれはすぐに消えてしまった。
12 戦います!
「ふう……」
ガンドロメダ側との回線を切ると、思わず大きなため息が出た。
やっぱり緊張していたらしい。
あのVクロス号とはまた違う狭い操縦席の中で、赤を基調にトライゴーのカラーに合わせてデザインされた宇宙服に包まれた体を倒すようにして大きく息をつく。
でもすぐに体を起こして、通信の間は横に浮かせていたヘルメットを手に取り、再び被る。
額のⅤ字型アンテナの下にあるクリアオレンジのバイザーを下ろす。
顔全体を覆う必要はない。操縦席は魔導結界で守られているし、それを越えて気密が破られたら、その時はトライゴーごとバラバラになっているだろう。
何より魔導兵器にとっては、人の口──そこから発せられる人の声こそが、時に大きくそのパフォーマンスを左右する。この先の厳しい戦いを思えば、トライゴーとわたしとの間に、たとえバイザー一枚であっても「邪魔もの」は挟みたくなかった。
重力制御・慣性制御を戦闘モードへ。魔導エネルギー節約のため事実上無重力状態だった操 縦室全体が〇・三Gの戦闘用慣性重力フィールドに包まれる。
「敵」への通告を終えて、戦闘準備も完了。
やっと呼吸が落ち着く。体の震えが止まる。
でも本番はここからだ。
なんたって相手は最新鋭の宇宙戦艦。
キリハの話では、今のところその武装のほとんどは封印されているらしい。
でも油断はできない。
なんとしても第三魔祖と合体する前にケリをつけなければ。
あと数分もしないうちに守備隊の戦闘艦が文字通りすっ飛んでくるだろうし、トライゴー級の戦術魔導ロボだってダース単位で積んでるはずだ。
その上第三魔祖と合体・融合されてしまったら、もうこっちに勝ち目はない。
冗談じゃなくトライゴーごと一瞬でこの宇宙から消えてなくなる。
「大丈夫。そんなことさせないから!」
わたしはトライゴーにその意思を伝えるように、左右の操作レバーを握る手に力を籠める。
「最初から全力全開で行くよ!」
それもキリハから言われていたことだ。
とにかく相手に反撃されたら終わりだ。その前に致命傷を与えて離脱する。
そのためにキリハは、「企業連合艦船局内部に浸透した反地球帝国戦線の仲間」を通じて、このトライゴーにいくつか「戦術魔法」を用意してくれていた。
具体的にはそれは三つ。
一つはさっき使った、艦載機発進口の封印を破壊してトライゴーごと脱出する爆裂魔法。
人が使うだけなら頑張っても自動車を吹っ飛ばす程度の魔力(もちろん違法)だが、トライゴーの魔導回路を経由して最大限強化したそれなら、宇宙戦艦の魔導装甲だって破壊できる。
ただし使えるのは一度だけ。
発進口の扉を吹き飛ばすのに使ったので、この魔法はもう使えない。
残る二つのうち、最後のやつも、戦艦の攻撃には使えない。
それはわたしとトライゴーを逃がすためのものだ。
トライゴーを一時的に亜光速(光速の一〇分の一)にまで加速して、このクレッセントステラメアリー空域から一気に離脱する。
魔法が切れるあたりには反乱勢力の回収船が待機していて、収容してくれる手筈になってる。
わたしはトライゴー(正確には宇宙空間機動用に改造された「トライゴーG」だが、わたしにとっては、トライゴーはどこまでも「トライゴー」だ)を宇宙戦艦のメタリックブルーの艦体にこすり付けるように飛ばして、その「下」に出た。
そこには、この戦艦の全長の半分の程の長さの「主砲」──巨大な電磁魔導力戦砲が三本、くっつくようにして並んでいる。
狙いはその後端、魔力供給部。
戦艦の主魔導機関と直結しているそこを攻撃すれば、第三魔祖との融合を阻止できるだけではなく、当のステラメアリードライブごと、この宇宙戦艦の魔導中枢を破壊することができる。
もちろんそのためにはとてつもなく強力な攻撃魔法が必要で。
それがキリハの用意した第二の魔法──「時空破壊魔法」だった。
それは目の前の宇宙戦艦ではなく、この世界そのものに作用する特別な魔法だ。
戦艦の周りにある宇宙空間自体を切り裂き、壊してしまうらしい。
そうなれば当然、その空間内に存在する戦艦自体もただではすまない。どれだけの重防御を誇ろうとも、周りの時空間自体が崩壊してまえば、そんなものまったく意味はない。
「魔力チャージ。全出力を戦術魔導砲へ!」
あらかじめシャトルの方に用意されていた対戦艦用魔導ライフルを、トライゴーの両手で抱えるようにして支えつつ、その長大な砲身を、目標の魔力供給部へと向けてロックオン。
「魔力チャージ開始しました。魔法発動臨界点まであと二〇。一九、一八、一七……」
自動でカウントダウンが始まる。
発射トリガーを兼ねたレバーを握る手が、思わず緩む。
たとえ「大儀」のためとはいえ、この宇宙そのものを破壊するような魔法を使っていいのか。
でもキリハは「迷うな!」と一喝した。
こんな危険な魔法がこの宇宙に存在を許されている理由は唯一つ。
たとえこの宇宙の一部を傷つけようとも、その全体を救うためには必要なものであるからだ。
『今こそその使い時。ここで使わずしていつ使うのだ!』
──って、どこかで聞いたようなセリフだけど。
「わかってるよ、キリハ、迷わない──迷いはない」
……けど。
先の戦艦との通信を思い出す。
向こう側の様子を映し出していたモニタの中に一人、見慣れた顔があった。
レント・フェスタリーフ。
なぜ、どうして彼がここに?
キリハは何も言わななかった。
レント──蓮兎。
過去の地球からやって来た、あの時代を直に知っている、この世界で唯一の人。
わたしに──「友佳」にとって、ただ一人の同時代人。大切な友人──そして。
「一二、一一、一〇……」
転生したわたしと違い、彼は地続きの過去からリアルタイムで、この未来世界にまでやって来たらしい。
それは「わたし」を追って。「友佳」のために──
でもなぜ、その彼が今この戦艦に乗っているのか。
彼もこの「悪だくみ」に加担しているのか。
だったら──いや、今はそれどころじゃない!
わき出る「もやもや」を振り払うように、頭を振って意識を切り替える。
切り替えようとする。
「八、七、六、五……」
この攻撃で、戦艦は間違いなく致命傷を負う。最悪、真っ二つになる。
それでも蓮兎のいた場所なら、まだまだ逃げる余裕はあるはずだ。
大丈夫。きっと──でも。
でも最悪、蓮兎を犠牲にすることになるかもしれない。
いやそれだけじゃない。戦艦に乗り込んでる人たちの命だって……
それでも、わたしは──わたしは、この世界を、この宇宙を守るためなら……
くっ──!
「二、一、ゼロ──」
魔法発動可能のコール音と共に、正面の魔導火器管制モニタにグリーン表示が出る。
反射的に右手のレバーにあるトリガーを引きかけて、でも、それ以上指が動かない。
魔法発動を促すコール音が続く中、わたしはじっと半球形モニターの前面に映し出された戦艦の、そのブルーメタリックの艦体を見つめていた。
ピー、と別の警報が鳴った。
士官候補生学校の特修コースで体験した戦術訓練が頭をよぎる。
「ロックオンされた!?」
瞬時に両手のレバーを押し出す。トライゴーが弾かれたようにぐん! と横滑りする。
直後、何もないはずのその空間が「爆発」した。
「爆裂魔法か!」
それも訓練用の威嚇じゃない。明確にこっちの破壊を狙った実戦出力のガチ攻撃!
「守備隊の魔導ロボ!? ──上!?」
操縦席を囲む球形の全周モニタに三つ、敵性を示す赤い印が出る。急速接近中の警告。
クレッセントステラメアリーのインサイド(内側)を背に、その「下」に浮かぶ戦艦──の直近にいるわたしに向かって、突出する一騎を挟むようにして二騎が続いてる。
「くっそおおお!」
トライゴーをさらに加速させつつ、それでも手にした魔導スマートライフルの銃口がロックオンした目標を指向し続けているのを確認、声にならない叫びと共にトリガーを引く。
──が。
「爆発、しない?」
何も起こらない。何の反応もない。
魔法が失敗したか──だが火器管制モニターに異常サインはない。
全て正常で、チャージされていた「魔法」が予定通り発現したことを示していた。
魔法は発動した。それは間違いない。
でもそれは、戦艦を破壊するためのものではなかった──?
では、わたしは一体、なんの魔法を放ったんだ?
キリハは、わたしになんの魔法を託したんだ?
どかん! と横殴りの衝撃が来て、魔導結界が瞬時に限界を超えて消失する。
こちらの動きが止まった瞬間を狙った爆裂魔法の直撃。
ぎりぎり結界が持ったけれど、次はもう耐えられない。
迫る守備隊の魔導ロボたち。
だがトライゴーにはもう反撃の手段はない。防御の術もない。
あとは脱出用の亜光速魔法で逃げるだけだ──でも。
目の前の戦艦は健在。そこには「蓮兎」もいる。
わたしは何もできていない。できなかった。
トライゴーは取り返せたが、それだけだ。
それだけでは、意味がない。
けれど、トライゴーにはもう戦う力はない。
左右の操作レバーをめちゃくちゃに動かして、とにかくトライゴーを一か所に留まらせないようにする。
戦艦から離れず、逆にその魔導結界障壁面ぎりぎりを移動し続ける。
戦艦を後ろにすれば守備隊も攻撃しにくいのではと思ったからだが、思いのほか容赦がない
それだけ戦艦の防御力を信頼しているのだろう。ちくしょう。
「だめか、このままじゃ──」
これ以上トライゴーにダメージを喰らえば、肝心の脱出魔法も発動できなくなる。
もうそれしかないか。逃げるしか──発動待機中の最後の魔法にゴーを出そうとして、
ためらいつつも口を開き、最後の呪文を唱えようとした、その瞬間。
戦艦が、咆哮した。
真空の宇宙空間を揺るがせて、それはトライゴーの操縦席にいるわたしの「耳」に、直接聞こえてきた。
それはまるで何かの生き物のように。
それもただの生き物ではない。
とてつもなく巨大で、強力な魔導生物。
凶悪な「意思」の籠った、異界の底から灼熱の怒りと共に噴き上がる怨嗟の雄叫び。
体の震えが止まらない。
たまらずレバーから手を放し、自分の体を抱きしめるようにきつく腕を巻き付ける。
動きの止まったトライゴーには、だが覚悟した攻撃はない。
どうやらそれが聞こえたのは、わたしだけではなかったらしい。
全周モニター上に散らばる無数の赤い光点たちにも動きがない。守備隊の魔導ロボたちも、その場で凍り付いたように動きを止めてしまっているらしい。
逃げるなら今だ。逃げろ、逃げろ──! でも体が動かない。
不気味な咆哮を上げ、まるでのたうつようにその巨体を蠢かせている魔導宇宙戦艦ガンドロメダ──そのそのすぐそばで、ただ茫然と漂っているしかない。
「苦しんでる? 戦艦が? まさか……」
いや気のせいじゃない。
目の前の戦艦が、それ自体がまるで生き物のようにその身を震わせているのだ。
その強固な魔導装甲に無数の亀裂が走ってゆく。ひびだらけになった装甲がまるで鱗のようにささくれ立ち、さらにその装甲を内側から突き破るようにして、幾本もの「角」が突き出してきた。
その中の一本が、ちょうどその直上にあったトライゴーの体を突き飛ばした。
虚空へと押しやられ、戦艦と離れるにつれて嫌でもその全貌が目に飛び込んでくる。
戦艦は──地球帝国が誇る最新鋭超魔導宇宙戦艦ガンドロメダは、まだあちこちにその一部が残っているとはいえ、もはや「戦艦」と呼べる代物ではなくなっていた。
まったく別の何か──それは異世界レアルセアにすら実在しない、無敵の魔装光鱗を輝かせ、無数の角と牙を持つ、大きく禍々しい口を開き黄金の瞳で人類を睥睨する有翼の魔獣──
「……ドラ、ゴン?」
それはキリハが予言し、わたし自身が恐れていた事態そのものを象徴する姿だった。
『そう! あれが水龍ドーラ・ドーリィ──第三位の魔導始祖に人が与えた姿じゃよ!』
わたし以外に誰もいないはずの操縦席内に、いきなりの人の声が響き渡った。
「……誰?」
体を抱きしめていた腕からやっと力を抜いて、ぼんやりと顔を上げる。
『はっは、待たせたの!』
ヘルメット越しに、場違いに元気な女の子の声が聞こえてくる。
『もちっと早く登場する予定じゃったが、先に寄るところがあっての!』
通信用の小さな画面に、赤い髪をツインテールにした女の子が映し出される。
同時に実景を映している全周モニタ上でも、何か複雑な形をした宇宙船が近づいてくるのが見えた。
一見して大型の航空宇宙両用戦闘機のよう。けれどあちこちにごついパーツがくっつていて、どこか急造品っぽいノリがある。
魔導工房でよく父さんたちがでっち上げていた試作品と同じ「匂い」がして、少しだけ懐かしく、不思議な気分になる。
「あなたは、フィーちゃん、だっけ?」
あの全ての発端ともいうべき魔導工房の爆発事故で見かけて以来、いつも蓮兎たちと一緒にいた謎の女の子……って、わたしはいつの間に「彼女」の名前を知ったのだろう?
『細かいことは気にするでない!』
画面の中で、ちっちっと女の子が小さな指を振る。
『とっくに時系列の崩壊した世界じゃ。多少の記憶違いや前後の混乱くらい、笑って受け流しておればよいさ』
それでも簡単に自己紹介してくれた。
『わしは実は第四魔祖──の燃えカスみたいなものじゃ』
ちなみに工房のことはわしの責任というより、力不足のくせに四大魔祖を召喚しようとした人間どものせいだが。
もちろんあの場にいたおまえの御父上は悪くない。むしろ、そのまま消え去ってしまうはずだったわしをこの姿で現世に留まらせることができたのは、そなたの父上のおかげでもあったしな。
それでちょっと協力してやることにしたのだ──と。
『他にも、蓮兎が時を越えてここまで来たのは、最悪の運命にあった転生後のおぬしの未来を救うためだったとか、まあいろいろあるが、今はそんなことはどうでもよい!』
「いやいや待って待って、そのあたりこそ一番聞きたいんですけど!」
どこかロボットアニメのキャラクター風の女の子(その見た目はわたしの父さんの影響だったらしい、納得)は、けれどわたしの声をさらりと無視して、
『残念じゃが、ここまではフィラの──第五魔祖の思い通りの展開になってしまっているようじゃの』
「フィラ? 第五の? 五番目の、魔導始祖?」
『それはまだ知らなんだか。とはいえ知らんのも無理はない。そもそも存在するのはずのない存在じゃからな』
謎々のような説明をされても、逆に謎が深まるばかりで何もわからない。
ただ、わたしがどうやらその「第五魔祖」とかに操られてここまで来たらしいこと、そしてトライゴーは、今まさに最悪の状況を迎えつつあるこの状況を創り出すためのトリガーにされたらしいってことだけは、どうにか理解できた。
要はブービートラップ。
第五魔祖フィラが艦船局トップの「キリハの母」を操って仕込んであったもの。
第三魔祖ドーラを取り込むタイミングでわたしに「第二の魔法」を使わせて戦艦のシステムを暴走させ、そのどさくさで憑依させた艦ごと第三魔祖を奪う作戦──だったらしい。
『第五魔祖の方は、レアルセアを出る直前にどうにか見つけることができたんじゃが……』
だが憑りつかれていた人間──キリハの体から追い出すことはできたものの、その後の身柄の確保には失敗してしまったらしい……って!
「──キリハ? キリハって、あの子が第五の、魔導始祖?」
いつもわたしの横でポニーテールをなびかせ銀縁メガネを光らせていた彼女──キリハが?
あの彼女が、この一連のトラブルを引き起こした元凶?
『違う。その娘も今のおぬし同様、フィラに操られていただけじゃ』
それはもう何年も前からな──と。
「じゃあわたしと出会った頃には、もう彼女は……」
『というか、おぬしと接触するために、あの娘は第五魔祖に利用されたんじゃ』
そのキリハがフィラから解放されたことで、彼女経由でわたしにかかっていたフィラの支配魔法も解けたらしい。
「けど、そんな──友だちだと思ってたのに」
キリハは、あの学校で独りぼっちだったわたしに自分の方から声をかけてきてくれた、たったひとりの「同級生」だった。
でもそうして近づいてきたのは、友だちになるためじゃなく、ただわたしを利用するためだったんだ……
『──大丈夫か?』
その声に答えようとした瞬間──頭の「中」から何かが飛び出す気配がした。
「鳥……?」
頭の中がすうっと晴れ渡ってゆく。
ずっと続いていたもやもやがすっきりと消えてゆく。
一方で心にはなぜかとてつもない寂しさが、とても大きな喪失感が押し寄せてくる。
「そっか。あれか──あの鳥だったんだ」
よくわからないけれど、でもなぜかいろいろ納得できた気がして、大きく息をつく。
『まあ気持ちはわからんでもない──と思うが、今はこちらに集中せよ』
「ですね──」
確かに今はキリハのことは後回しだ。
もう一度大きく息をついて、強引に頭を切り替える。
「で、あの戦艦ドラゴンは?」
『当の本人、というか本神……てか元凶か。それがおらん以上、戦艦に封じられた第三魔祖は暴走する一方じゃろな。現状では手の打ちようがない』
「でもなんとかしないと!」
『それはそうじゃが。さてどうしたものかの』
ドラゴン化した戦艦から散発的に射出される救命ポットや脱出カプセルを、まるで他人事のように眺めているフィーちゃん──確かに人ならぬ「第四魔祖」たるその身にとっては文字通り「他人事」なんだろけど──はさておき、
「でも早くなんとかしないと! あの戦艦には蓮兎だって乗ってるんだし!」
そう、今はキリハよりも蓮兎だ。脱出ポットに乗っていれば別だけど、でもあいつは自分からさっさと逃げ出すようなやつじゃない。絶対あの中でなんとかしようと頑張ってるはず──
『ああそのことじゃが。あれに乗っている「レント」、あやつは本物の「蓮兎」ではないぞ』
「は? はあああああ~~~~!?」
ここまできてニセ蓮兎とか、どこぞの宇宙ヒーローじゃあるまいし!
「そもそも蓮兎に本物だの偽物だのがいるってこと自体初耳なんですけど!」
『確かに紛らわしいな。じゃからわしらも当人も「レン」と呼んで区別しとるが──』
「呼び方なんてどうでもいいです! じゃあ蓮兎は、本物の蓮兎は今どこにいるんです!?』
『あれじゃ。あの中におる』
モニタ画面に、女の子に代わって金色に耀く魔導球体──『天球珠』が映し出された。
『といっても、あれにあるのはその体だけじゃがな。あの中で、時空の彼岸で、時間を止めて封印しておったんじゃ。そしてついさっき、わしの中に宿していた蓮兎の心をその体へと置いてきた』
順調にいけば、そう時間を置かず勝手に目を覚ますじゃろな、と。
『じゃが状況が状況ゆえ、かなり無茶をした。心を体に戻すことはできたが、それだけじゃ。この先本当に目を覚ますかどうかは本人次第。神の身ならぬ第四魔祖の、さらにその燃えカスごときこの身が知るところではないが』
「そんな!」
『ましてや人の身なれば、その手の届く範囲で頑張るしかあるまいて。あやつも、そしておぬしもな』
「わたしも……って、わたしに、今のわたしに何ができるんです?」
トライゴーの魔法は尽きた。正確にはまだ一つ残っているけれど、それはあの「第五魔祖」に支配されていたキリハがくれたものだ。下手に使ったら何が起こるやら。
『なあに、さすがに手ぶらでは行かせんよ』
通信画面の中で、いっそどこか楽し気にすら見えるフィーちゃんが、『ぽちっとな』とその小さな指で操作パネルのひとつつをつつく。
『こんなこともあろうかと、ってな──そら受け取れい!』
その声と同時、こちらの操縦席を覆う球状全周モニタに映っていた例の宇宙船の一部が分離して、トライゴーに向かってきた。
『おぬしの──ユユカ嬢の養父殿謹製、トライゴーG専用追加武装じゃ!』
勝手に飛んできたバックパック式の後付け装備一式が、自動制御で背中のジョイント部に接続される。
直後、眠ったように暗くなっていたモニタ画面の半分に明かりが戻る。
続いて魔導火器管制が自動で再起動、アップデートされ、新たにオンラインとなった各種武装を次々に表示してゆく。
その間に魔力ゲージも急回復。魔導防御結界も復活し、再展開される。
一方でキリハ──フィラが付与した魔法は、未使用分も含めて危険因子と判定されて削除されてしまっていた。その削除情報によれば、最後の「亜光速魔法」の中身は「空」で、実体のないフェイクだった。
『どうやらあやつは、トライゴーも一緒にあの化け物の中に取り込もうとしたらしいな』
などと言われても、もうショックはない。
トライゴーをもっと強くする──「父さん」はその約束を守ってくれた。
今度はわたしが、「父さん」との──「父さんたち」との約束を守る番だ。
『微力ながら全魔導武装に第四魔祖謹製魔法のおまけつきじゃ。これなら第三魔祖の魔導結界越しでも攻撃が通るぞ!』
「あざっす!」
『あざ……?』
いけない、前に聞いたキリハの「昔言葉」が──いやそれは第五魔祖のものか。
いやいやもうどっちでもいい。
「逆に言えば、現状であの戦艦ドラゴン──ええと水龍化戦艦? に直接ダメージを与えられるのは、このトライゴーしかないってことですね!」
わたしが前面に出て戦うしかないってことだ。上等!
『ネーミングなぞどうでもよい。とにかくそういうことじゃ。頼んだぞ!』
「はい!」
あとネーミング大事!
この世界では本人のやる気や気合次第で、武器の威力も違ってくるのだから。
『好きにせい──なんにせよこのまま黙って見ていてもあの化け物は止まらん。逆に放っておけばそれこそ無制限、かつ無差別に宇宙空間が切り裂かれてしまうじゃろな』
それもかつての月軌道近く──要するに地球のすぐそばで。
『となれば、遅かれ早かれ地球本星が巻き込まれるのは火を見るよりも明らかじゃ』
火の星霊王だけにな! ──という言葉は聞かないことにした。
魔導始祖級につまらない冗談は別論、本気で地球が危ないのは間違いない。
銀河世界レベルの話ではないとしても、この太陽系くらいは滅んでしまうかもしれない。
純然たる地球人の蓮兎はもちろん、転生前の「わたし」にとっても、この太陽系世界は──そこにある地球は、かけがえのない故郷の星だ。
「友佳」として生まれた命を、守り育んできてくれた世界。
そして今はこの「わたし」が守るべき世界──だってわたしには、それを守る力があるのだから。
企業も帝国も異世界もない。
全てはそこに生まれ、住んでは暮らし、そして死を迎え死んでゆく人々のために。
もっとも表向きのユユカは、半分だけ地球の血を継いでいるとはいえ暦とした異世界レアルセアの民。
ここで「侵略者の星(地球)を破壊すべく顕現した第三魔祖」と戦うとなれば、当世界での「最悪令嬢」としての悪評はさらに地に落ちる──かもしれない。
だったらこのわたしが「守るべき世界」はレアルセアか。
それともやっぱり友佳や蓮兎の生まれた地球か。
自分にできること。この自分にしかできないこと。
誰を何を、誰から何のために守るのか。
それはたとえ守ろうとする当の人たちから誤解されようとも。
悪役や裏切者扱いされ続けようとも。
そうだ。
守るんだ。異世界も。そして地球も。
わたしが、この手で。
だってそれができるのは、地球から異世界に「転生」したわたしだけなのだから。
双方の世界を故郷とするわたしだけが、本当にその世界のために戦うことができるのだから。
『乗員の半分ほどは脱出に成功したようじゃが、残りは絶望的じゃろな』
何気に脱出したカプセルやポッドの数をチェックしていたらしいフィーちゃんは、
『これ以上は待っているだけムダか。よし戦闘開始じゃ! 遠慮無用、覚悟はよいな!』
巨大宇宙戦艦ガンドロメダの正規の乗組員数は、その見た目に比べれは意外と少ない。
記録上では艦長以下上級士官八名、下級士官及び特務技官級が二四名、さらに各種の魔導兵装類や魔導機関を扱う魔装兵たちが二九〇名。合計で三二二名。
ただし今回は、蓮兎──の身代わりを始めとする一般の招待客も乗り込んでいたはず。
他にも初航海を見守る技術スタッフ、宇宙軍や企業の関係者などなど……フィーちゃんの言葉を待つまでもなく、まだ一〇〇人単位の「逃げ遅れ」がいても不思議はない。
それでも。その命を背負ってでも。背負いきれないとわかっていても。
「トライゴー、友佳・ユユカ、行きます!」
宣言して、左右の操作レバーを力いっぱい押し出す。
艦体に急接近するトライゴーに向かって、無数の「角」が伸びてくる。途中で分離し、ミサイルのように飛んでくるものまである。
「トライコライダー・ブレイド!」
強力な電磁魔導力を付与させた魔導刀で、迫る巨大な「角」を片っ端から切り飛ばしてゆく。
魔導兵器は、そうして「操縦者たる人」が声にして初めて具現化し、力を得る。
魔導ロボたちが基本的に全て有人機であるのはそのためだ。
ミサイル化して飛んで来るやつに関しては全て魔導防御結界頼み。そちらは早くも過負荷状態に近づきつつある。このまま飽和攻撃を受け続けていたら、本体に取り付くまで防御結界がもたないかもしれない。
「あと少しなのに! ──え?」
左後方から迫りつつあった「角ミサイル」の一群が後方監視モニターから消えた。
さらに右側の一部も爆散し、クリアになる。
『勝手ながら背中は守らせてもらう!』
オープンになっていた軍用チャンネルを通じて、いきなり「外」から通信が入って来た。
思わず身を乗り出してバックシート越しに操縦席後方を振り返る。背後を映す全周モニター上で、ダイヤモンド編隊の魔導ロボが二組、計八機が飛んで行くのが見えた。
サブ画面に各魔導ロボのプロフィールが出る。
どうやら皆、クレッセント・ステラメアリー守備隊所属の連中らしい。
トライゴーの周りを行く魔導ロボは、しかし彼らだけではなかった。
後から後から続々とやって来て、水龍戦艦が放つ「角ミサイル」の迎撃に参加してくれる。
その後方にはさらに宇宙戦艦たちも陣取って、脱出カプセルの回収や、ミサイルにやられた魔導ロボの支援を行っている。
「みんな、どうして──」
『あんな化け物を相手にできるのは伝説級のスーパーロボ、トライゴーGだけだ!』
『憧れのトライゴーと一緒に戦えるだけで文句はないさ!』
『頼む。守ってくれ、地球を!』
わたしが何か答えるよりも先、次々と通信が入ってくる。
『地球を──いや世界を! おれたちと、そしてきみたちの世界を!』
『その手で! トライゴーで!』
わたしは微小無重力下で目を覆って離れない涙を拳でぐいぐいとこすり飛ばしながら、
「はい! 任されました!」
正面の「敵」を見据えて大きく頷く。
「わたしも頑張る。だから頑張れ。一緒に頑張れ、トライゴー!」
※ ※ ※
「そろそろかな?」
どこか生体を思わせる有機的な「肉塊」に半ば侵食された区画の中で、それでも白スーツ姿の「レント」──レンは、その黒メガネ越しに静かに正面のモニタ画面を見つめ続けていた。
特設第一五デッキ・特別格納庫区画。
通常の手段では出入りできない特殊管理エリアにある、要人用待機室。
外の戦況を映し出していたモニタ画面から、脇のクリスタルスチール製の窓に目を移す。
視線の先には、一機のスマートな純白の航空宇宙両用機があった。
それは艦隊司令長官専用の脱出艇だった。艦載戦闘機よりも高性能で、単独でゲートを抜けて異世界レアルセアへも行き来できる異世界間航宙能力がある。
レンは手元の操作卓で、その機体の状況を確認する。元々が二四時間常時発進待機態勢下にある機体であり、特に何もしなくても今すぐにここから飛び立つことができる。
再びモニター画面へと目を戻したレンは、第三魔祖の攻撃が天球珠にも届き始めたのを確認すると、その場を離れて純白の脱出艇へと向かって行った。
13 諦めません!
水龍化した戦艦から飛び出した一隻の真っ白な大型脱出艇が、そのまま天球珠へと向かうのが見えた。
「まだ生き残りがいた?」
呼びかけのための通信回線を開こうとして、けれどその瞬間に戦艦からの魔導ビーム攻撃を受けてトライゴーが大きく揺さぶられる。ろくに通信する余裕すらない。
『おぬし、レンか!』
一方で繋がりっぱなしだったフィーちゃんとの回線から、そんな声が聞こえてきた。
レン? って、蓮兎──じゃない、フィーちゃんが言っていた「偽レント」?
『悪いね、フィー』
辛うじて、そんな相手の声も聞こえてくる。
『この期に及んで、まだフィラの呪縛が残っておったか!』
『いや。そっちのユユカ同様、もう解けているよ』
その声と同時に、どこか聞き慣れた鳥の声のようなものが聞こえたような気がしたけれど、でもフィーちゃんの怒鳴り声でかき消されてしまう。
『だったらなぜ!』
『これがオレの本心だからさ』
まるでそれに応えるかのように、戦艦の攻撃が天球珠へと集中し始める。
「フィー、フィーちゃん! どうなってるの!?」
『レンは、あやつは蓮兎を、天球珠に封印されているその体を狙っておるんじゃ!』
「蓮兎の、体を?」
『あやつもまた、蓮兎の体を手に入れて本物の人間に──「蓮兎」に成り代わりたいという願望をフィラに利用されて、あの戦艦と第三魔祖を融合させる手助けをさせられておったんじゃ!』
「でもその呪いは解けたって──」
『じゃがそれで「レン」自身の願望まで消えてなくなったわけじゃない』
フィーちゃんに言わせれば、むしろその思いは、第五魔祖に利用されていたせいでより強くなっているらしい。
『それこそそれが最初から自身の内からあった願いなのか、それとも第五魔祖の魔力によってより強化されたものなのか、もう自分では区別できなくなるほどにな』
さらに悪いことに、第五魔祖の力で一時的に繋がっていた第三魔祖とのチャンネルもまだ残っているらしく、それがレンの「思い」に呼応して蓮兎のいる天球珠を攻撃しているらしい。
『このままでは、本当に蓮兎の体が乗っ取られてしまうやもしれん!』
「そんな、誰か止めに── !」
でも余裕のある者はいない。化け物戦艦と直接対峙してるわたし自身はもちろん、守備隊も、フィーちゃんの飛行メカも、みんな目の前の敵に対処するのでせいいっぱいだ。
逆にあいつは──「レン」は、この時を待って飛び出していったのだ。
だめ、だめだ。
このままでは蓮兎が。
せっかくここまで来たのに。
何百年もの時を越えて、やっと。
やっとまた、再会できそうだったのに。
「お願い、お願い蓮兎! 蓮兎! 目を覚まして!」
無駄と知りつつ、気がつけばそう叫んでいた。
その隙をつくようにして戦艦の放った新たな魔法弾が飛んでくる。
正面モニタの左半分が真っ赤に染まる。
反応が遅れる。直撃──はしなかった。防御結界ギリギリをかすめて行っただけだ。
外れた? 違う。狙ったのはわたしじゃない。
じゃなくって。
「蓮兎!?」
戦艦の攻撃で、あちこち傷ついた天球珠──それでも局所的に残っていた防護魔導結界が青色の光を放って次々と砕け散ってゆく。
破壊の後も生々しい、むき出しとなったその内部構造の一点へと向かって、さらに魔法弾が放たれる。
「だめ! その先には蓮兎が!」
正面モニターに割り込み表示された画面の中でフィーちゃんも叫んでいるが、耳に入らない。
全ての感覚が、ただ一点、蓮人のいる天球珠が表示された画面に集中している。
そのむき出しになった封印エリアに。
蓮兎がいるだろうその場所に。
そこへまっすぐ飛んで行く真っ赤な火の玉に。
だめだ──当たる!
だがその直前で赤い魔法の光が弾けた。
もうだめだと閉じかけた目の先で、音もなく、無力となった赤い光が拡散してゆく。
「まさか──!」
でもそのまさかだった。
あの白い大型脱出艇が横から魔法弾に突っ込んで爆発させたのだ。
脱出艇の魔導結界の強さがどの程度かはわからないが、たとえ魔導ロボ級の防御力があっても、魔物化した戦艦から発射された魔法弾をまともに食らって無事でいられるわけがない。
「レン……!? どうして!」
『ユウカ! 前、前じゃ!』
「うわっと! ──ええい!」
こちらはこちらで、戦艦の遠隔操作機能経由で乗っ取られたらしい味方魔導ロボの体当たりを受けてふっ飛ばされる(もうなんでもありだな第三魔祖戦艦!)。
疑似重力制御用魔導慣性機構に加えてサイドスラスター(バーニア)まで全力噴射してどうにかこらえる。
だがそこからでは戦艦の巨体が邪魔になって蓮兎たちの状況を目視できない。
「蓮兎! ──レン!」
操作レバーを握り直し、トライゴーを戦艦の影から「浮上」させる。
「蓮兎は無事? まだ目覚めないの!?」
『わからん! どの道ここからではどうにもならん!』
「行って、フィー!」
『じゃがトライゴーが!』
「こっちはこっちで頑張るから!」
『──わかった!』
フィーちゃんの操る機体が翼を翻して飛び去って行く。
その姿を横目にトライゴーの状況監視モニターを確認。
トライゴーブレイドは喪失。
魔導スマートガンのエネルギーは残り三射分。
魔導防御結界の消失まで一六分。
一方で第三魔祖に憑依された「水龍戦艦」はいまだ健在。
目に見えるダメージはない。
一方で戦艦に対する推定侵蝕率は七割を超えて八割に迫っている。
もうすぐあの凶悪な「星砕き」──三連装主砲も使用可能になるだろう。
守備隊の魔導ロボたちも、今や自分たちのコントロールを奪われないようにするだけでせいいっぱい。とてもトライゴーの支援どころではなく、むしろ邪魔になりつつある。
絶体絶命。大ピンチ。──でも。
それでもまだ戦える。
戦うんだ!
操作レバーを全力全開で押し込む。全速前進。最大戦速!
失った刃の代わりに突き出した拳に電磁魔法をチャージ。
そのまま水龍戦艦の艦体に殴りかかる。
「トライコライダーパーンチ!」
そうだ。まだトライゴーがある。この拳がある!
諦めない。最後まで!
トライゴー活動限界まで、残り一四分──
14 対決
……その店の前で地面にへたり込むようにして座っていた「女の子」の前に止まったのは、とんでもなく年代物の、でも「彼女」の目にはとても懐かしい地球製の自動車だった。
大きく二つに結んだ赤い髪を引きずるようにして顔を上げて、その車を見る。
地上を走る車ながら「最上の滑空機」の異名を持つスマートな、いっそ華奢と言ってもいいツードアクーペ。
そのクリーム色メインのツートンカラーの大きなドアを開けて、中から白衣に黒縁メガネ姿の男性が姿を現す。
「失礼。蓮兎さんですね、本物の」
「あなたは?」
「グイス・クラブバレー。ユユカの父です」
どこから来たのか、ネクタイのないスーツによれよれの白衣姿で、いかにも仕事中に飛び出してきたと言わんばかりの格好だった。
女の子は──「蓮兎」は、店先に体を預けたまま、ゆっくりと左右を見て、
「キリハは……? もう一人の女の子は?」
「わたしが来たときにはもういませんでした。たぶん先に誰かが見つけたのでしょう」
「そっか、あっちはもう第五魔祖の結界がなくなって、『見えて』たのか」
蓮兎は大儀そうに顔を上げて、
「……けど、あなたは? どうして『おれ』を見つけられたんです?」
「あなたの、あなたたちことは、うちの猫、エバ経由でマーギという黒猫がら聞いて、その黒猫がここまで案内してくれたんです……なんて、突然言われても信じてはくれないでしょう」
自嘲気味に笑う。
「自分でもまだ半信半疑なのですから。でも大切な一人娘と、その子の一番大切なトライゴーがピンチなのは間違いない。そこであなたにお願いがあります」
ユユカの父だというその男性が、見た目は小さな女の子に頭を下げる。
「どうか娘を救いに、地球へ行ってくれませんか」
彼女──蓮兎は、どうにかこうにか立ち上がると、
「望むところです──でもどうやって地球まで?」
待ってましたと言わんばかりに、彼がにやりと笑う。技術者の笑顔。いい笑顔だった。
けれど彼らがそういう笑い方をする時は特に用心が必要だということは、蓮兎にはかつての魔導工房で嫌というほど経験済みだった。
「こんなこともあろうかと──なんて、技術者たるもの一度は口にしたい名言ではありませんが、以前から用意していたものがあります」
それは早い話が、トライゴー専用の武装パックを搭載した異世界往還機だった。
──トライゴーをもっと強くしてくれる? 大切な人たちを守れるように。
「あの子との、娘とのその約束を、これでやっと果たすことができます」
娘を、トライゴーをよろしくお願いします──そんな彼の声が聞こえた次の瞬間には、蓮兎はもう学園都市直近の宇宙港にいた。
その企業連合VIP専用エリアから、直接宇宙へ──地球へと向けて飛び立ってゆく青と白と赤の三色で彩られた美しい機体。
トライゴーG専用支援ユニット──通称『トライソアラー』。
自分が乗っているはずなのに、なぜかその姿が見える。
……夢?
これは、夢か?
いや──「現実」だ。
実際にあったことだ。
確かにずいぶんと長く眠っていたような気がする。
だが、逆についさっき目を閉じたばかりのような気もしている。
夢は見ていたかもしれないし、見ていなかったのかもしれない。
どちらにせよ、「それ」は終わった。たった今。
目覚めよ、と。その声で。
それは誰の声か。
きみか? きみなのか?
「友佳──」
「残念だったな……彼女じゃなくて」
目を開けると、「自分の顔」がこちらを見ていた。
被っている与圧ヘルメットはバイザーシールドに大きくひびが入り、さらにはみ出した金髪も半分以上赤い血で染まっていたが、自分の顔だ。見間違えるわけもない。
「──どうして助けちゃったかなあ」
自分の言葉の先を越すように、相手の声が──「自分の声」が、聞こえた。
「ドーラのやつ、ちょっとやりすぎだ……でもあのまま見殺しにしていれば、魔法弾がお前の体ごと全部吹き飛ばしてくれたのに」 そうなれば、オレのこの悩みも苦しみも、全部一緒にふっ飛んでくれたのに。
「なのに、どうしてオレは、こうまでしてお前のことを……」
「仕方がない。それがおれなんだよ──たぶん」
だっておれは、友佳の父さんを助けようとして、考えるよりも先に半壊した工房へ駆け込むような人間なんだから。
「そんなやつだったんだ、お前は」
「知らなかったのか。自分のことなのに」
笑う。と、まるで鏡写しのように、血まみれの顔も笑顔になる。
「そっちこそ。今がどういう状況かわかってるのか?」
二〇〇年ぶりに目を覚ましたくせに。
「蓮兎としての意識はずっとあったさ──そういやお前、いつもの大層な黒メガネはどうした」
「もういらないさ、あんなもの──意識があったって、あのちびっこの中でだろ? 元の体に戻った今のお前とは違う」
どうなんだ? と。
「わからない──わからなかった。でも、なんでかな? わかるようになった」
それはたぶん、目の前の「自分」の記憶。この「もう一人の自分」が経験してきたもの。
それが今、どういうわけか蓮兎の中に次々と湧き上がってくる。
まるで忘れていた記憶を思い出すかのように。
ほんの数瞬で、彼は──蓮兎は、他者の視点から改めて自分の現状を「思い出し」、そして理解した。
「これは、お前の記憶か?」
「でもって、こっちは蓮兎の記憶か」
どうやら向こうにも、こちらの記憶が移ったらしい。
ヘルメット越しの顔を上げて、何かの思い出に浸るように目を閉じる。
「自分から崩れ落ちる工房に飛び込んで行ったのか」
顔を戻して、あきれたような声で言う。負けじと蓮兎も、
「そっちだって。やってることは同じだろ」
軍用とはいえ脱出用の非武装船で、魔法の巨竜が放った攻撃の盾になるなんて。
「ここまで来て、目的まであと一歩ってところで、それを全部放り出して、死にかけてるんなんて」
まったく。「おれ」ってやつは。
一〇〇年? 二〇〇年? それだけあっても変わらない。変わらなかった。──けれど。
「バカだなあ」
笑う。そっくり同じ顔が笑い返す。
「自分に言ってるようなもんだぞ」
「言ってるんだよ。自分に」
「だな、バカだ」
大バカだ。
言って、再び目を閉じる。与圧服の体から力が抜けたのか、その体がふわりと浮き上がる。
「おい、待て、待てよ」
その身にぴったりくっつくような保護用タイトスーツ姿の蓮兎は、横になっていたカプセルからやっと体を起こし、その手を伸ばす。
だがすんでのところで届かず、相手の体はじわじわと漏れ出る空気の流れに乗って、緩やかに離れてゆく。
天球珠の慣性重力制御機能が切れている。
おそらく全ての魔力をその中心核の封印維持に回しているのだろう。巨大な魔導重力源を直下に封じている天球珠にとっては異常事態だが、どうにかコントロールはできているらしい。
「だめだ。おい、死ぬな──」
──死んでない。
動きのない与圧服が、かすかに声だけで答える。
「この体は作り物だ。人形だ。不老不死なんだぞ、おれは……でも、おかしいな」
すごく、すごく眠い。寒い。寒いんだ。
もしかして、これが死ぬってことかな?
ははは。
「知るか! 笑うな!」
「なあお前、おれ、蓮兎。悪いけど、よかったらオレの仇をとってれないか?」
あいつに、あの銀縁メガネ女に。それとあの鳥──なんていったっけ?
「ユユカに頼んで、ガンバ汁とかの具にしちまえ」
「ガンボだ──お断りだ。自分でやれ、自分で!」
砕け残った天井に当たった体が、その反動でまたゆっくりと戻ってくる。
今度こそしっかりとその体を抱きとめて、カプセルの傍らに横たえてやる。
「──蓮兎? 蓮兎!」
カプセルから出て、部屋にあった専用宇宙服に着替えていると、瓦礫の向こうからまた別の小さな女の子の声が聞こえた。
「ここだ」
「蓮兎! 起きたか──レン?」
ツインテールの赤い髪をなびかせながら半壊した部屋に入って来た女の子──フィーへ向けて、蓮兎は頷く。
「レン……死んだか? いやこやつの場合、死ぬというのはちと違うが……」
「眠ってるだけだよ」
「人の身でも、魔法の義体でも、よく眠るやつじゃの、お前さんは」
「何万年も眠ってたやつに言われたくないな」
顔を見合わせて笑う。
「こいつのこと、頼めるか?」
「構わんが──いいのか、助けてやっても?」
「もちろん。大切な仲間だからな」
「わかった」
頷いたフィーは、ヘルメットを被り終えた蓮兎へ車のキーのようなものを放り投げると、
「さあ行け! ここの結界はもうもたない。すぐ真空になるぞ」
投げ渡されたキーに手を伸ばす。だが受け損なって、一瞬取りこぼしそうになり、宙を漂うそれを改めてつかみ取る。
「へたくそ」
「大目に見てくれ。この体で動くのは二〇〇年振りなんだぞ。おまけに無重力だし」
「甘いこと言うな。天球珠を出たらすぐに実戦じゃぞ ボス戦じゃぞ!」
「まさ燃える展開ってやつだな。大丈夫だ──行ってくる!」
「宇宙の未来、銀河の未来、任せたぞ!」
あの子と一緒に、守ってみせよ!
「望むところさ!」
15 大逆転!
ついにあの三連砲塔が動き出した。
要塞型電磁魔導力線砲──『ハイパードコライダル・メガドライブキャノン』。
もしくは『超時空間破壊砲』。
そこだげはまだ原型を保っている巨大砲身が、半ば生体化した艦体の組織をブチブチと引きちぎるようにしながら押し出され、長い砲身をさらに伸ばすように引き出してゆく。
艦首から生えた無数の角を持つ頭が、ぐいとこちらを向いた。
操縦席を覆う全周モニター越しに、その縦長の金色の瞳と目が合う。
だが「やつ」が見ているのはトライゴーじゃない。
「どこを見てる? どこを狙ってる──そうか!」
背後を振り返る。モニターの中央に映る一つの星。トライゴーの背後にある青い惑星──
「地球か!」
体ごと地球に正対した水龍戦艦──第三魔祖『ドーラ・ドーリィ』の、その「腹」にある三連装の巨大砲身が、まっすぐその地球へと向けられる。
なぜ地球を狙うのか、そんなことは知らない。
確かにこの場で、後々完全復活を狙う第三魔祖の脅威になりそうなのは地球くらいだろうが。
それを本能で察知したのか。もっと根深い恨みでもあるのか、それともただの気まぐれか。
いずれにせよ、わたしにとって選択肢はただ一つ。
絶対死守──それだけだ。
「青い地球を背に戦うなんて、スーパーロボット乗りの夢ここに極まれり──ってとこかな」
ここに父さんがいたら──この際どっちの父でもいい──きっとそう言うだろう。
かくいうわたしも、これだけは激しく同意せざるを得ない。
血が滾るとはまさにこのことかと実感。
けど逆に言えば、それ以外の状況は絶望的だ。
トライゴーの活動限界まで残り三分。
魔導防御結界は再び消失。
使える魔導兵器も完全に尽きた。
「あとはもう、このトライゴー自身のみ、か」
まさに徒手空拳。でもなぜかわたしの口元の笑みは消えない。
「だって、わたしが今乗っているのは『トライゴー』なんだぞ!」
父さんや、蓮兎や、その他にも大勢の人たちが、二〇〇年の時を超えてわたしに託してくれた、それは無敵のスーパーロボットヒーローなのだから。
『その通りさ!』
声? ──今、声が聞こえたような。
「……父さん?」
『ユウカ──友佳。ここまでよく頑張ったな』
「まあね! でもまだまだ、勝負はこれからだよ!」
『──もしかしてお前、「あれ」をやる気か?』
「うん」
トライゴー本体を稼働させている魔導コア。
そこに残る魔導エネルギーを全力全開で暴走させ、自身を魔導爆裂魔法弾として突っ込む。
「わたしに、トライゴーに残された最後の手段だよ」
遠い昔──まだトライゴーが言葉だけの、紙の上に書かれたまさに机上の存在でしかなかった頃、父さんと蓮兎が冗談半分に、でも真剣に研究していた「最終手段」。
『まさか本当に使う時が来るとはなあ』
すでに各部のリミッターは全て解除してある。
通常はカットできないものも、懐かしの隠しコマンドで無効化した。
「あとは魔導コアのコントロールを外部からバイパスして、全力運転するだけ」
ただしそのためには、トライゴー最奥部にある魔導コアを露出させ、コアの周りにある爆縮ボルトを直接トライゴー自身の手で──手動で発火させる必要がある。
それはつまり、トライゴーにトライゴー自身を「破壊」させることに他ならない。
『友佳わかってるか? それをしたら、もうお前は……』
「わかってる。トライゴーの体をブチ抜いてボルトに点火したら、それで魔導コアの暴走が始まっちゃったら、もうわたし自身にも脱出の機会はないってことくらい」
『トライゴーと運命を共にする気か?』
「でもそれで地球は守れる」
暴走した魔導コアが「爆縮」から「爆発」に転じた瞬間、理論上はトライゴー自身が反物質化したのと同等の魔導エネルギーが解放される。
実際にはあれこれ損失があって、「グイス父さん」が改めて試算した結果、「反物質化」の効率は最大でも〇・一%を越えない。
「G」がついて、魔導工房時代からかなり大きくなったトライゴー~全高さ一四・二メートル、武装込みで総質量五二トン~でも、その量はせいぜい五キログラム分ほどにしかならない。
「それでも『五キロの反物質』だし、グイス父さんが言うには、それだけでも旧世界で最大級だった核爆弾一〇発分以上の爆発力があるってさ」
だとしても、あの怪物相手にどれほどのダメージを与えられるかは未知数だ。
けれど今「わたしたち」にできる攻撃の中で最大の威力があることに変わりはない。
『グイス父さん、か』
「何? 嫉妬?」
『笑うな。違う』
姿のない父さんが、でもふっと笑った気がする。
『今のお前にも、ちゃんと「父さん」がいるんだな』
「父さんに負けないくらいトライゴーを愛してる『父さん』がね!」
『そうか。よかった』
わたしはトライゴーの魔導コアの状況を示す画面を見つめたまま、
「……止めないの?」
『やめろと言えば、やめてくれるのか?』
「……ごめん」
『いいさ。残念だけど、わかっちゃうから──だって父さんだって、おれだって、今のお前と同じ状況に追い込まれたら、きっと、絶対、同じことをすると思うからさ』
「……うん」
一瞬出そうになる涙をぐっとこらえる。
「じゃあ、やるよ?」
『任せた』
わたしは改めて操縦席の二本のバーを握りしめる。
「ごめん、ごめんねトライゴー。でもわかって!」
トライゴーの魔導コアは腰の中、ちょうどこの操縦席の「下」にある。それを露出させるためには、自分で(トライゴーの手で)その周りの装甲材や構造材を排除しなくてはならない。
早い話、自分で自分を破壊しなくてはならない。
迷っている時間はない。
やるしかないのだ。
ここからでも水龍戦艦の主砲が淡く輝いているのが見える。
もういつ発射されてもおかしくないし、そうなれば地球は──
トライゴーの腕を振り上げ、それでも一瞬、動きが止まる。
もしこのままわたしが死んで、そうしたらまた転生するのだろうか。
転生できるのだろうか。それは地球? それともレアルセア?
もしも転生先が選べるのなら、わたしはどちらを選ぶのだろう。
地球か。レアルセアか──だめだ、選べない。選べないよ。
わたしにとっては、もうどちらの世界も大切な、大切な場所なんだ。
だから、だからこそ!
「絶対守る! 守ってみせる!」
二つの世界からもらったこの命で! この命に懸けて!
いっけえ! トライゴー!
『待ったああああああああああ―――――――― !!』
まるで絶叫のような声が操縦席内に響き渡る。
父さん? ──違う。似ているけど、違う。
『まだだ! まだだユユカ! 友佳! まだ手はある!』
これは、この声は……
『そうだ、おれだ! 蓮兎だ!』
全周モニター上に、さっきまでフィーちゃんが乗っていたサポートメカが再び映っていた。
「フィー、じゃない蓮兎──蓮兎って、蓮兎!? どっちの? 本物の? 目を覚ましたの!?」
『ああばっちり目覚めた! 今度こそ間違いなく、前世のお前、友佳と同じ時代を生きた蓮兎だ! 転生したお前を地続きの過去から追ってきて、今やっと追いついた!』
なのに、そこで死なれてたまるか! と。
「でもこのままじゃ、あのドーラが!」
『わかってる! だから友佳! 合体だ!』
「が──がが合体!?」
『いいから指示コマンドを! 合体指示はトライゴー側からじゃないと出せないんだ!』
「合体、合体、って、そんな機能──あ、あった! あった! これか!」
トライゴーが「G」にアップデートされた後でマニュアルが追加更新されていた。ちゃんと見ておくべきだったがもう遅い。ぶっつけでやるしかない。
「行くよ! スーパートライ合体! ゴー! スーパートライゴーG!」
『セットトライソアラー! ゴー! ナウ!』
わたしの魔導コマンド宣言に蓮兎が応じ、そのままトライゴーとトライソアラーも合体モードに移行する。
水龍戦艦へ向かって飛ぶトライゴーの背中側でトライソアラーが変形開始。大きな翼が一度外れ、残りの各部がトライゴーの腕や足を補強する形で接続されてゆく。
最後に翼の向きが反転してVの字型になり、重装備化したトライゴーと合体。機体側の魔導コアが直結され、全エネルギーがトライゴーへと集中する。
『このまま突っ込むぞ!』
「突っ込むって、あれに!?」
モニタの正面にあるのは、大きく開かれた水龍戦艦の「口(クチ)」。
無数の牙が生え、その間を真っ赤な舌がのたうち回り、さらにその奥はぼんやり赤く輝いていて、一度入ったらどう見てもただでは済みそうにない。
『他に提案があれば言ってくれ! 五秒以内!』
「無理!」
即答。
『ならゴーだ!』
「武器、武器は!」
もうトライゴー側に使える魔導武装はない。
『トライゴーウィングだ!』
「え?」
『コマンド! トライゴーウィング!』
「わかった! トライゴーウィング!」
その言葉通り、背中の翼が分離してトライゴーの前に出ると、両手を突き出すように飛んでいたトライゴーの手がそれを掴んだ。同時に翼のエッジ部分が光ってその全周に光の刃を形成する。光の刃はその輝きを強めながらさらに左右に大きく伸びてゆき、とうとうその幅が水龍戦艦のそれを越えた。
その身に倍する長大な光刃をもって迫るトライゴーを、だが第三魔祖・水龍戦艦ドーラ・ドーリィは、避けるどころか、いよいよその口をさらに大きく開いて待ち構えている。
『トライソアラー、フルブースト!』
「行っけええええええええええええーーーーーーーーー !!」
その口へ突っ込む。
左右に伸びた光の刃が巨大な口に並ぶ牙を横薙ぎに切り飛ばし、その口自体をも切り裂きながら突き進んでゆく。
『このまま突っ切るぞ!』
「わかった!」
口から喉、そして長い首へ。それでもトライゴーGの勢いと、光の刃の威力は衰えない。
操縦席を囲む全周モニター画面上を、光刃の明かりを受けてぬめぬめ光る赤黒い肉片が、次々とぶちまけられるようにくっついては剥がれ去ってゆく。
胸から腹、そして尻尾へと、その勢いのままに飛び抜ける。
気がつくと尻尾の先を越えて、再びモニターに暗黒の宇宙と、そして頭上の半分を覆う『クレッセント・ステラメアリー』の姿が映し出されていた。
さらに沈黙していた軍用チャンネルに大きなノイズ──と思ったら、それは生き残っていた守備隊の隊員さんたちが上げる歓声だった。
『──見ろよ』
蓮兎に言われて、やっとトライゴーの向きを変える。
上下に切り裂かれた第三魔祖、水龍戦艦──ドーラ・ドーリィが、時空間破壊砲や、その他の戦艦としての残存部分の爆発に紛れるようにして、汚れた雪だるまが割れて溶けてゆくように崩れて消えてゆく。
「死んだ……わけじゃなさそうね」
『これくらいで魔導始祖が消えてなくなるわけないさ』
「だよね」
今はもうただの翼に戻っているトライソアラーの翼から手から放すと、それは勝手にトライゴーの背中へと戻ってゆく。
「便利なもんね」
『グイス氏に感謝だな』
「あと『コーイチロー父さん』にもね」
それはわたしが友佳だった時代の父さんの名前。
先に聞こえたあの声がなんだったのか、本当に父さんだったのか、それともただの気のせいか。そんなことはどうでもいい。
今はただ、ただひたすらに。
『偉大なおじさんたちに』
「父さんたちに」
軽く目を閉じて、感謝。
改めて目を開けたわたしは、通信用モニターに見慣れた黒髪の青年の姿があるのを見て、ちょっとだけ不思議な気分になった。
思わず笑みがわく。
『やっと笑ったな』
どこかほっとしたような声で、蓮兎。
わたしはそんな蓮兎に、
「どう?」
『どうって、何が?』
「これでもまだトライゴーを破棄する気?」
『決めたのはおれじゃない』
「じゃあ誰よ」
『もう一人のおれ……って、今はやっぱりこのおれになるのか?』
「どっちでもいい、どうなの?」
『破棄すると決めたのには、それなりの理由もあったんだ』
「理由?」
『フィラ──第五魔祖絡みでね。未来の異世界に転生したお前が、トライゴーのせいで大変な目に遭うって、フィーのお告げがあったんだよ。だからおれたちは……』
「──待って。それ長くなりそう?」
『そりゃ二〇〇年分あるからな。地球年で』
「じゃあ、後にしてくれる?」
ふわわわーっと大きくあくびをするのを、モニター越しの蓮兎が呆れたような顔で、でもすぐにふわっと笑って、
『回収艇が来るまで休んでろ。起こしてやるから』
「目覚めは『蓮兎王子さま』のキスで?」
『お望みなら。ユユカ・クラブバレーお嬢さま──いや、最悪令嬢さまかな?』
「黙れ。あとほんとにやったらコロす」
『しない。誓う』
何かの儀式のように片手を上げて大真面目に宣言する蓮兎に、違うって。とわたし。
「どうせするなら、寝込みなんか襲わず堂々と来なさいってこと!」
16 昨日も、今日も、そして明日も
学園都市セア・ルイール。
そのわたしがいる学寮から、学園都市内を縦横に走る専用路面魔導鉄道でおよそ五分。
一両だけの黄色い車体が、ルイール総合療法院前の停留所に到着する。
その最上階に三部屋だけある特別入院室(もちろん個室)に、キリハは入院していた。
ちなみに残り二つもキリハの母が手を回して押さえている。
表向きはいわゆるマスコミ対策。だが実際には軍や警察によって人払いされているというのが実情だ。おかげで最上階に入れるのは、彼女の母以外には、学校で一番の「親友」たるこのわたし──ユユカ・クラブバレーだけ。
もっともそのわたし自身、ロストナンバーの『第五魔祖』に操られていた「悪の眷属」として、もしくは第三魔祖の暴走から地球を救った「正義の英雄」として、軍警察関係者からは要監視者扱いされているのだが──はてさて、どっちが本音なのやら。
病室前で制服警官に手荷物(といっても手提げ袋ひとつ)のチェックを受けてから中へ入る。
「おはよう。具合はどう?」
地球年で一七歳の学生一人が使うには豪華&広すぎる病室に入って、まずはいつもの挨拶。
学校に行く前の、まだ早い時間。
正式な面会時間は午後からだけど、そこは特別室。相手の迷惑にならない限り、いつ訪ねても最優先で案内してもらえる。
日中は検査とか、地球の軍警察やレアルセア警察とかの「調査」などもあって、けっこう落ち着かない。わたしの方も学校が終わった後はそれなりにやることがあるし。なので訪問の回数を重ねているうちに、半ば必然的にこの早朝の時間帯になったのだった。
「……えっと、ユユカ、さん?」
「ユユカでいいって。友達なんだから」
「だっけ?」
これも無駄に広いベッドに半身を起こしたまま、黒髪のメガネ少女が不安そうに首を傾げる。
下ろしたままの黒髪が、その背中をさするように優しく揺れる。
その手には、傷だらけの古い地球製軍用腕時計。持っていると安心するらしい。
「……ごめん、なさい。すぐ忘れちゃって」
「ううん。謝ることないって」
それはこの部屋に入るたびに交わされる定番のやりとり。
今の彼女に対して「それ前にも言ったじゃん」は禁句。根気よく付き合うしかない。
彼女──キリハ・紫阿鹿に対する通称第五魔祖──フィラ・フィフス(現在所在不明・地球帝国総軍情報部と帝国魔導枢密院、それに企業連合の非公然情報部隊が血眼で探索中)による意識支配は、確認されているだけで五地球年以上に及ぶ。
わたしがこの学園都市へやって来た時点で、その接触役として彼女が「選ばれた」らしい。
もちろん一番悪いのはあの第五魔祖だ。
でもわたしも少なからず、彼女を巻き込んでしまったという負い目を感じてる。
あの『クレッセント・ステラメアリー研究ラボ爆発事故』──もしくは『最新鋭魔導宇宙戦艦ガンドロメダ沈没事故』からレアルセア時間で二巡週が過ぎていた。
その裏で「蓮兎・フェスタリーフ総会長」を始めとする「仲間たち」があれこれ手を回しているせいか、少なくともこのレアルセアでは、今のところそれほど大きな話題にはなっていない(さすがに地球側ではそうも行かないようだが)。
またキリハを演じていた第五魔祖が関わっていたとされる『反地球帝国戦線』についても、先の情報部隊が再調査しているものの、当該抵抗組織の首魁がフィラ、ないしは彼女(?)に操られていた人間であったという事実は、現状では確認されていない。
姿を消したままの「フィラ」は、以前として行方知れずのまま。
いずれにせよ、そちら関係は、今はまとめて蓮兎やグイス父さんたちに任せるしかない。
こちらはこちらでやることもあるし。
「ね、キリハ?」
「……?」
以前とは打って変わって、まったくおとなしくなってしまった親友を少し寂しく思いながら、でもこれが本当のキリハなら、このキリハもちゃんと受け止めてあげないと、って思う。
キリハのお母さんによれば、彼女もまた、学校ではずっと独りぼっちだった。
宇宙戦艦の建造に関わっていた母の影響で、幼い頃から立派な「軍艦マニア」となっていたせいで。
元々友達が欲しかったのは、キリハの方なのよ──と、キリハのお母さんが教えてくれた。
そしてそこを第五魔祖に──あのフィラにつけこまれた。利用されたのだ。
彼女の「友達が欲しい」という素朴な、でも心からの願いを。
でもだからどうした。それならそれで、また改めて友達になればいい。それだけの話だ。
軍艦マニアとロボットオタク……どっちにしてもいばらの道だけど。はっはっは。
はあ──でも!
「心配しないで。わたしたち、ちゃんと友達だから! 記憶の混乱だって、わたしのほうがずっと先輩だし! っていうかもう熟練の域だし!」
……沈黙。
「えっと、ここは笑うとこだぞ」
「そっか、ごめ……」
「ごめんはいらない」
これは記憶うんぬんではなく、今の彼女の悪癖なので、はっきり指摘しておく。
「だったね」
「うん」
それからわたしはちょっと病室内を見回すようにして、
「今日、マーギは?」
「夜から見てないの。散歩中みたい」
キリハが入院するのと同時にやってきて、居着いてしまった野良魔法猫。
もちろん病院関係者はいい顔をしないが、一般の人間に魔法の猫が捕まえられるわけもない。
今のところキリハ自身に悪い影響はなく、逆に猫がいることでその心が落ち着くようなので、なし崩し的に黙認されている。
「そっか、残念」
「何?」
「おみやげあったんだ。マーギに」
わたしは持っていた手提げを持ち上げて揺らしてみせる。
「もしかして、猫ガンボ?」
「それは覚えてるんだ」
「マーギのおかげ、かな」
やっと地球から持ち込んだものの検疫が終わって(今回は特に厳しかった)、地球産の猫餌が手に入ったのだ。
「今度作ってあげるねって約束、やっと果たせたよ」
むろん「黒猫のマーギ」だからといって、いつもわたしの話を聞いてくれるあのマーギとは限らない。でもどのマーギだって、マーギはマーギで、それがこのレアルセアにおける猫というものだった。
「ガンボ、か……」
ふっと、キリハが自分から先に言った。いい兆候だ!
「うん、うん。ガンボが何?」
「……ううん、なんでもない」
「そっか──」
できるだけがっかりした顔にならないよう、無理に笑顔を作ったら、それを見てキリハが、
「ユユカ、へんな顔」
と言って笑った。
うん、今回も笑顔ひとつ頂き!
ならばよし!
☆ ☆ ☆
病室を出て、階段でさらに「上」へ。
屋上へ出ると、そこに大小二つの人影があった。
「蓮兎。フィー」
二人とも、病棟の屋上を囲むようにして作られた柵に身を預けるようにして、じっとその先──朝日の昇る方を見つめている。
ちなみに異世界レアルセアの太陽『アルセア』も「東」から昇る。
というか、レアルセアで太陽の昇る方向を示す言葉「リデル」を地球側で勝手に「東」と訳しているだけなのだが。
その方向は主に学寮や食堂街で、ここより高い建物は少ない。だから見晴らしは悪くない。
もっとも町の外はうっそうとした森林だし、その先は高い山々が連なるばかりだけれど。
「魔法の異世界っても、見た目はそんなに変わらないもんだな。ちょっと寒いことを除けば、地球人だってほとんど不便はないし」
「そりゃそうじゃろ。元々この二つの世界の根っこは一つだったんじゃから」
蓮兎の隣で、小さな女の子姿の第四魔祖──その二つの世界を繋ぐ当事者たるフィー・フューリーが訳知り顔で頷いてみせる。
わたしもそんな蓮兎たちの横に並ぶようにして、「その先」へと目を向ける。
「根っこは同じ。元は同じ世界──のはずなのに、でも今はその一方の地球帝国がこの世界に戦争を仕掛けてきて、事実上『支配』してるのが現状なんだよね」
たまに忘れそうになるけれど、それがこの世界の現実だ。
そもそも「ユユカ(わたし)」は、そうして侵攻してきた地球の軍人と、レアルセア人の男娼との間に生まれ、そして捨てられた子どもだった。
たまたまわたしはグイス父さん──地球側の人に「救われた」けれど、それは稀なケース。
大半の子たちは捨てられたまま、例の「突発性異世界症候群」で死んでしまう。
「そうだったな──すまん。特におれは、それを忘れちゃいけない立場だったよな」
柵に体を預けたまま、ふうっとため息。
「蓮兎・雪野・フェスタリーフ・レアルセア地球圏企業連合総会長、か──マツリハ工房時代は、まさかこんなことになるとは夢にも思ってなかったけど」
そして改めてわたしの方を見て、
「ただひらすら、不幸な運命を背負って転生するお前を救いたかった。それだけだったのに」
「わたしのことと、地球帝国のレアルセア侵攻はまた別問題だとは思うけど」
というかそもそも論で言えば、レアルセア自身が「魔導始祖召喚戦争」なんてやらかさなければ、あの第三魔祖や第四魔祖が地球で顕現することもなかったわけで。
「魔祖戦争がなければ地球の月が欠けてしまうこともなかったし、工房の事故もない。結果として地球の侵攻も、わたしがこの世界に転生することもなかったはずで」
そういう意味では、この歴史的大騒動の原因はレアルセア側にあるとも言える。
「となると悪いのは地球じゃなくレアルセアになる──のかな?」
ああややこし!
大きく振った頭の周りで、その出自を刻印する銀灰の髪がバサバサと揺れる。
蓮兎はそんなわたしに小さく笑みを浮かべると、でもすぐに引っ込めて、
「今の企業連合は、お前を見つけて守るための場所として維持してきた工房が母体だし、その魔導技術が地球の武器開発に利用されたこともは間違いない事実だ」
「蓮兎がそう指示したわけじゃないでしょ」
「あの小さな工房が巨大企業化してゆくのをリアルタイムで体験するのは、ぶっちゃけ悪くない気分だったし──だからお前探しを口実に知らんふりしてただけさ」
「一度考え出すと、どんどん悪い方向にいっちゃうのは悪いくせだぞ」
「ってもなあ。こういう性格だし。そういう立場だし」
「でもさ、その立場だからこそできることもあるってことで」
「そっちは相変わらず前向きだよな」
「いいじゃん。これだけは何度生まれ変わっても変わらないみたいだし」
「どうせこっちは、そうやって二〇〇年も引きずってきたさ」
「すねるな! 世間的にはもういい大人なんだから!」
さすがに二〇〇歳のおじいちゃん呼ばわりはかわいそうだからしないけど。
「この体自体はあの頃のまんまなんだけどな」
などと言いながらついた蓮兎のため息が、どこかおっさんくさく見えたのは気のせいか。
気のせいということにしておこう。うん。
「……にしても、お互い、ずいぶん遠くまで来ちゃったよね」
それは空間的にも、時間的にも。
「この先、どこまで行くんだろ──行けるんだろう、わたしたちは」
「夢を見るのはいいけど、忘れるなよ」
まるでそれが自分の役目であるかのように、蓮兎が真面目な声で、
「まだまだみんな、第五魔祖の呪いから完全に解放されたわけじゃないんだからな」
「わしの未来視も、ここから先はもう通用せんしな!」
「大丈夫だよ」
わたしは二人の方を見て、
「トライゴーもあるし。蓮兎。あんたもいるしね」
「わしもな!」
「フィー? まだわたしたちに付き合ってくれるの? もう未来のことはわからないのに」
「だからこそじゃ! 何が起こるかわからん方がずっと面白い。ここで降りる手はないて」
「じゃあ、改めてよろしく、フィー!」
「こちらこそユユカ──ああいや、友佳じゃったか?」
「ユユカでいいよ」
「いいのか?」
じっとわたしの顔を見つめる蓮兎に、笑って頷く。
「先のことはわからないけど、キリハやグイス父さんのためにも、今のところはね──蓮兎は嫌?」
「お前がそれでいいなら、いいさ」
「じゃあ決まり!」
わたしは両手を上げて、猫のように大きくうーん、と伸びをすると、
「あー、考えすぎてお腹減った!」
蓮兎はあきれたように笑いながら、
「地球を救ったご褒美だ。奢るよ。何が食べたい?」
「涼羽堂のたいやき! 出来立ての熱々!」
「朝メシだぞ? ていうかお前ん家の近所にあったあの店? とっくになくなってるだろ」
「失礼な! 老舗の高級和菓子店としてちゃんと残ってます! うちのホテルにも出店してるし!」
そもそも「友佳」が生まれたかの国では、創業から最低でも一〇〇年過ぎないと老舗とは呼ばれないし、一〇〇〇年の伝統を誇る店だってある。創業二〇〇年の和菓子屋さんなんて珍しくもない……というのは、ちょっと言いすぎかもだけど。
「へえ。でもそれだとちょっと買いに行くってわけにはいかないな」
わたしとグイス父が住んでるペントハウスのあるそのホテルは、この学園都市から寝台列車で一泊二日かかる。
「とりあえずたいやきはあとででいいよ。今度フィーちゃんと一緒にペントハウスに招待するから、その時にでも」
そういえば蓮兎をこの世界の『わたしの家』へ招待するのは初めてだったな。
「よし、その時はわたしも腕によりをかけて特別なガ──」
「ガンボだろ、どうせ」
「──ンボを作ったげる、っておい!」
「おれはどちらかっていうと、香辛料大盛りの本場ものより、あの地味なやつが好みだけど」
「猫ガンボ?」
「それ」
「蓮兎に作ったことあったっけ?」
「前に──っても二〇〇年前か。こえーな。じゃなくて、とにかくいつだったか、地球時代の前世のお前ん家に行った時、作り置きしてたやつがあってさ、茶色の皿に盛ってあって、腹が空いてたから勝手に食わせてもらった」
「茶色の皿? それ、マーギのごはんだよ!」
「野良猫マーギ?」
「こっちのマーギじゃなくて、うちにいたアメショもどきのマーギ!」
ややこしいな、と蓮兎。
「けど猫ガンボって、前に自分で食ってなかったか?」
「あれは人間用! 茶色はマーギの皿で、そっちはガチで猫用! カリカリ入ってたでしょ」
「覚えてないって。何百年前だと思ってる。てか『ガチ』なんてセリフ聞いたの、何百年ぶりだよって話」
「そう? けっこう使ってるけど──じゃなくって、わたしが食べてたのは覚えてるんだ」
「なんかすっげーうまそうな顔してたから、印象に残ってたんだろな」
……どんな顔して食べたんだろ、当時のわたし。
「そうだ、猫ガンボなら今あるけど、食べる?」
「なんであるんだよ」
「こんなこともあろうかと、ってね。うそ、キリハのとこにいるマーギに作ってきたんだけど」
「ガチ猫用だろそれ!」
「苦労して手に入れた地球産カリカリ入りの特別製だぞ」
「まだあっんだカリカリ」
「しかも人間との共食用。だから、たぶん前に蓮兎が食べたやつよりずっとまともだよ」
「でも猫用に作ったんだろ」
「だからって別に味付けとか、それほど変えてるわけじゃ……なくもないか。塩分控えめ、とかね。逆に健康にいいかも。まあ基本的には猫用だけど、結果的に人間にも優しいガンボになったかも。なんて?」
「うまいのかまずいのか、優しいのか優しくないのか、はっきりしてくれ!」
とうとう蓮兎が悲鳴を上げる。
でもすぐにお互いに顔を見合わせて、一緒に笑う。
たいやきに猫ガンボ、そしてマーギ。
なんてことない、いつもの話。いつもの日常──その記憶。思い出話。
けれどそれは、今のわたしにとっては、二〇〇年も前の「異世界」での話。
それをこうして、つい昨日のことのように話せる相手がいる。
二〇〇年前と変わらずに、二〇〇年後の今も同じ話ができる相手がいる。いてくれる。
それって間違いなく、とてもとても、とっても! 大切なこと──なんだよね。
「だいたいあの猫だって、マーギとか、なんで別の世界で同じ名前なんだよ」
蓮兎はまだ言ってる。
「マーギも転生してたりして?」
「だとしてもこの世界の猫が全部マーギになるわけないだろ」
「それもそっか」
尽きない会話。終わらない無駄話。
これでもお互い、あの頃とは比べ物にならないくらい別人で、しかも忙しい立場だ。
わたしは一応、今はまだ学生生活を優先させている。けれど蓮兎の方は、レアルセアと地球、両世界に広がる異世界級企業連合の総代表として、さらに今回の事件に関係する最重要人物の一人として、今日もこれから深夜まで、ぎっしりと予定が詰まっているはずだ。
尽きない会話をだらだら続けながら、終わらせたくない、と心の中で願いながら、でもその終わりはもうすぐやってくる。
だけど大丈夫。わたしたちには「次」がある。「その先」がある。
お互いにとってかけがえのないこの瞬間は、決して永遠ではない。
でもだからこそ、わたしたちは「この瞬間」に留まることなく、先を行くことができる。
心地いいだけの永遠の、さらにその先へ。
迷いがないと言えば、嘘になる。
だけど、それでも、決めたんだ。
この世界の人間として。
友佳だった過去をもつ「ユユカ」として。
前へ。その先へ。
「わたし」は行く。
行くんだ。みんなで。
蓮兎や、フィーや、父さんや。
そして、トライゴーと一緒に。
先へ。
もっと先へ!
まだ誰も知らない、見たことのない未来へと!
さあ!
「行くよ、蓮兎!」
おわり




