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呪われ大公様と不吉な私  作者: 星河雷雨


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007 恋の兆候

 


 人生初と言って良いほどの注目を浴びながら、イザドラは踊っていた。


 相手は王族。しかも、ターンをする度に、こちらを睨みつけるパトリシアの姿が目に入るのだ。溜まったものではない。


(あとでどんな嫌味を言われることやら……)


 その時のことを考えて内心辟易としていたイザドラの耳に、エセルバートの美しい声が届いた。


「……すまないな。だが今宵は、君と踊るのが最善だと思った」


 見上げれば、美しい金の瞳がイザドラを見つめていた。


 美しい顔。額にかかる、銀糸の髪。煌めく金の瞳。近くで見た彼の美貌は、まさに芸術品のようだった。だがイザドラには、その芸術品よりも気になることがあった。


 イザドラは現在、かなりの近距離でエセルバートに接している。出会ってから今までで一番、彼の顔を間近で見つめている。


 そのため、これまで気付かなかったことに、ここへきてはじめて気付くことができた。


(大公様の痣……痣じゃなくて、これ、鱗……?)


 よくよく見れば、痣だと思っていた所には、青銀色の鱗が煌めいていた。


 遠目では、ただの痣にしか見えなかった。

 だが、目の前で煌めいているのは、明らかに鱗だ。


(まさかこれが……王家の呪い)


 竜に呪われているということは、この鱗は竜の鱗ということになる。


(竜の鱗って……こういう感じなのね)


 人の肌の上で輝く青い鱗は、見慣れぬものだ。だが驚きはあったが、怖いとは思わなかった。不思議だとも思うが、同時にとても美しいと感じていた。


(……すべての噂が、真実だったわ)


 醜男で、美男で、呪われている。

 大公エセルバート・シェリダンは、世間で噂されていた通りの人物だった。


 多少、呆けてしまっていたせいだろう。エセルバートがイザドラに声をかけてきた。


「大丈夫か? イザドラ嬢。気が散漫しているようだが」

「え、あ……申し訳ありません。踊ることに、慣れていなくて」


 まさか鱗に見惚れていたなど、言えるわけもない。

 イザドラは、咄嗟の言い訳を口にした。


「私もだ」


 彼はそういうが、実際はとてもリードが上手い。謙遜ではなく本当に踊りなれていないイザドラ相手にも、見事立ちまわっている。しかも、イザドラの粗を隠しながら。


「大公様は……とてもお上手です」

「そうか」


 エセルバートの物言いは、なかなかにそっけない。

 だが、意外と彼の傍は、居心地は悪くなかった。それはきっと、彼が良い意味でも悪い意味でも、イザドラに興味を持っていないからだと思っていた。


 だから――。


「貴女のその瞳……」


 瞳のことに触れられた瞬間、胸がざわついた。

 彼はこの後何を言おうとしているのだろうと、一気に不安が押し寄せてきた。

 

 もしまた不吉だなどと言われてしまったら――大公相手とはいえ、上手く笑えるかわからない。


 身構えたイザドラだったが、エセルバートの発した言葉は、イザドラを貶めるようなものではなかった。


「黒髪は稀に見るが、漆黒の瞳とは珍しい。確か……南方の民族が、黒髪に黒い瞳を持っていたように思うが」


 ほっと胸をなでおろしつつ、イザドラは答えた。


「はい。私の曾祖母が、南方の血を引いております」


 イザドラの母方の曾祖母は、南方の生まれ。家族でこの国へ出てきた際に、貴族であった曾祖父に見初められ妾となり、祖父が生まれた。曾祖父と正妻との間には子ができなかったため、妾の子であった祖父が、家を継ぐことになったのだ。

 

 祖父が継いだ家。それが、イザドラの母の生家、リンド伯爵家だ。


「そうか。私が知ったところによると……南方の者の中には、精霊と言葉を交わす者や、本来人には視えないものを視る者がいると言われているらしい」


 エセルバートの言葉に、イザドラは驚きに目を見開いた。


「そうなのですか……? はじめて聞きました」


 だが考えてみれば、これまでイザドラは、あまり曾祖母の生まれ故郷について、自ら調べたことはなかったように思われた。無意識に、避けていたのかもしれない。そうしてそのことを自覚してしまえば、なんとなくだが今まで興味を持てなかったことに対し、曾祖母に申し訳なく思った。


「以前読んだ書物に書かれていた。しかし……実際に目にしてみると、黒一色の瞳というのもなかなかに美しいものだ。まるで、野生の鹿の瞳のようだな」


(鹿……? 褒めてくださったの、よね?)


 鹿の瞳に例えられたことにつては、どう解釈すれば良いのかわからない。だが、エセルバートは今確かに、イザドラの黒い瞳を美しいと言った。


 その事実を認識すると同時に、自分の意志とは関係なく、イザドラの頬は見る間に熱を増していく。どれほどイザドラ自身が熱よ引いてくれと願っても、体は言うことを聞いてくれそうにない。しまいには、目に涙まで浮かんできた。


(恥ずかしい……。こんな社交辞令で)


 もし言われたのがパトリシアだったら、ニコリと微笑み「ありがとうございます」と、鈴の鳴るような声で礼を言っていたことだろう。だがイザドラでは、俯きながら、小さな声で礼を言うのが精一杯。


(だから、陰気なんて言われるのよ……)


 しかも頬の赤味が取れない限りは、恥ずかしくて顔も上げられない。イザドラは、これ以上話しかけないで欲しいと願いながら、曲が終わるまで無言で踊り続けた。


「……つきあわせてしまい、すまなかった」


 曲が終わった際エセルバートが小さく落とした言葉に、イザドラも小声で「いいえ」と返した。やはり、まだ顔は上げられない。


(嫌がっていると、誤解されてしまったのかも……)


 誤解を解いた方が良いのだろうかと思いつつも、きっとエセルバートはイザドラの態度のことなど気にも留めていないだろうという思いも、同時に湧いてくる。


 結局何を言うことなく、イザドラは離れていくエセルバートの背を、ただ見送るにとどまった。



 ✛✛✛✛✛



 これは、良くない兆候だ。


 そう認識しながらも、イザドラは自身の行動を止められなかった。


 エセルバートと踊った後、イザドラは当初の予定通り、壁の花となっていた。しかし目立つ彼と踊ってしまったせいだろうか、壁に張り付いていても、いつもよりずっと視線を感じている。


 己を見定めるようなその視線を意識せずに済むよう、イザドラは舞踏会場を眺めていた。


 最初は、何となしに人の波を眺めているだけだった。しかし、背の高い銀髪の人物を見つけた瞬間から、イザドラの視線はその人物――エセルバートの姿だけを追うようになってしまった。


 美しいなどと言われてしまったせいなのか、駄目だとわかっていても、目が勝手に追ってしまう。けれどイザドラは、自分のその行動を苦々しく感じていた。


(駄目よ。ヘイデンの時と、同じことを繰り返すつもり……?)


 過去、少しばかり優しくされたことを理由に、イザドラはヘイデンに心を奪われてしまった。そして、婚約の打診までしてしまったのだ。あとでどれ程、純朴な己の心が傷つくかも知らずに。


 エセルバート程の身分の者が、あからさまな態度で、イザドラの髪や瞳のことを貶すわけがない。ましてや彼は、その身に貴族間で忌避されやすい特徴を持つ者。いわばイザドラの仲間ともいえる。


 イザドラのことを、特別に想っているわけではない。認めてくれているわけでもない。そもそも、エセルバートには、一度婚約を断られているのだ。もし、このままエセルバートに対するイザドラの想いが育ってしまったとして、決して、その想いが成就することはない。


 そうは思えど、無意識に、目はエセルバートの姿を追ってしまう。


 今だけ。今日だけ。

 そう己に言い訳して、イザドラはエセルバートの姿を追い続けた。


 だから気付けたのだ。


 エセルバートの様子が、突然おかしくなったことに。

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