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呪われ大公様と不吉な私  作者: 星河雷雨


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22/25

022 後日譚 パトリシアの受難とイザドラの暗躍 2



 その時のアダンの表情を見たイザドラは、随分とパトリシアのことを羨ましく思ったものだ。


 だがエセルバートと出会った今のイザドラは、もうアダンに想われているパトリシアを羨ましいとは思わない。だからこそ、二人の仲を取り持とうなどという考えが浮かんだのだろう。


 当時は何もしなかったくせに、今さらこちらの都合でアダンとパトリシアの仲を取り持とうというのもなんとなく気が引けるが、それでもイザドラは、やはりアダンとパトリシアの相性は意外にも良いのではないかと思っていた。


 以前のパトリシアならば、イザドラが何を言ってもアダンを選ぶことはなかっただろう。だがパトリシアの婿が侯爵家を継ぐとなった今なら、パトリシアも考えを変えるのではなかろうか。イザドラはそう考えていたのだ。


 だがそのためには、解決しなければならない問題がある。

 そしてこのことについても、以前のイザドラだったら考えつきもしなかったことだ。


 その問題解決のため、イザドラは義母であるベリンダを頼ることにした。



 ✛✛✛✛✛


 

「お義母様、ちょっとお時間をいただいてもよろしいでしょうか。お話したいことがありまして……」

「構わないわよ」


 広間で休憩を取っていたベリンダにイザドラが声をかければ、彼女は快く応じてくれた。


「ありがとうございます、お義母様」


 礼を述べながら、イザドラはベリンダの姿を盗み見た。


 今日のベリンダは身体のラインがはっきりと出る妖艶なドレスを着用しているというのに、まったく厭らしさを感じない。きっと、着ている本人が堂々としているからだろう。


(こういうドレスは、私には無理だわ……)


 似合う似合わない以前に、このような恰好でどこへ出かけたとしても、恥ずかしくて始終俯いてしまいそうだ。


「イザドラの分もお願い」


 丁度お茶を飲んでいたベリンダが、イザドラの分の茶を入れるよう使用人に命じてから、イザドラを己の対面へと誘う。その誘いに応じ、イザドラはソファに腰を下ろした。


 以前はベリンダに対しどこかしら苦手意識のあったイザドラだったが、今ではできるだけ自分から声をかけるようにしていた。


 イザドラがベリンダを苦手としていた主な理由は、有体に言えばベリンダがイザドラとは異なり、かなり社交的な性格だったからだ。対するイザドラは、社交を大の苦手としている。


 髪と瞳に劣等感を持っていたため、身なりに気を使うことに関しても、これまであまり積極的ではなかった。侯爵家の一員として家族に恥をかかせない程度の身繕いは心掛けていたが、年頃の娘らしくお洒落をしようなどとは、思ったことがなかったのだ。


 だがいずれ大公夫人となるからには、社交が苦手などと言ってはいられない。エセルバートに恥をかかせないために、装いにもこれまで以上に気を使わなければならないだろう。


 だからこそイザドラは、身近にいる良い手本として、ベリンダに教えを請おうと考えたのだ。侯爵夫人としてのベリンダには、社交や装いについてなど、学ぶことが多かったから。


(お義母様だったら、バルバストル様のことを相談するにはうってつけだもの)


「それで。話って?」

「パトリシアから聞いたのですが、あの子の婿候補に、アダン・バルバストル様の名が挙がっているのだとか」


 イザドラの言葉を聞いたベリンダが、一瞬だけ眉を跳ね上げた。

 今のイザドラの言葉で、パトリシアが調査書を勝手に見たことを察したようだ。


(ごめんなさい、パトリシア……)


 そうなることはイザドラとてわかっていたが、今はアダンとパトリシアの間に横たわる問題を解決するほうが大切だと思ったのだ。


「ええ、そうね。一度貴女と縁談をした相手だから、ブライアンと相談した結果最初は外そうとしたのよ。けれど、やはり彼程の人材を外すのも良い手とは思えないということになって」

「ええ。おっしゃる通りです。バルバストル様は、とても良い方ですもの」


 イザドラがそう言うと、ベリンダが意外そうな顔をした。


「あら? 縁談を断られた相手だというのに」

「当時は言いませんでしたが……あの方には、あの方なりの事情があったのです」


 当時のイザドラは、ブライアンにもベリンダにも、アダンが慕っているのがパトリシアだということを伝えなかった。どうせ伝えたところでパトリシアが拒否すると思っていたことは確かだが、今思えば、きっとパトリシアに対する妬みの感情が優先されてしまった結果なのだろう。


「事情?」

「あの方は、パトリシアのことを慕っています」

「あら……。でもねえ。バルバストル様の場合、一番の問題はそのパトリシアの気持ちなのよね」


 そう言って、ベリンダが溜息を吐いた。


 パトリシアの実母であるベリンダは、イザドラよりもよほどパトリシアの男性の好みについて熟知しているだろう。であるからして、アダンがパトリシアの好みとはかけ離れていることについても、当然思い至っている筈。


 ベリンダは以前パトリシアに再教育を施すとは言っていたが、それでもパトリシアの意見を押し殺し、無理やりアダンとの結婚を進めたとして、それですべてが丸く収まるかと言えばそうはならない可能性の方が高い。それではきっと、二人の結婚生活は悲惨なものとなってしまう。


 そして、その場合の弊害を被るのは主にアダンだと思われるため、さすがにそちらの問題を解決しないことには、二人の婚約を勝手に進めるわけにはいかないということだろう。そして、それはその通りであるとイザドラも考えていた。


「そのことなのですが……。私の見たところ、パトリシアは容貌の美しさというよりは、センスのある殿方を好んでいる節があると思うのです。なので、どうにかバルバストル様の外見を、その……もっとパトリシアの好みに近づけることができたとしたら、あの子の考えも変わってくると思うのですが……」


 アダンは確かにどこか野暮ったい印象を受けるのだが、さりとて決して醜男というわけではない。具体的にどこをどう直せば良いかまではわからないが、纏う服を流行のものに変えるだけでも、随分と見栄えは良くなるのではないかとイザドラは考えていた。


 イザドラの提案に、ベリンダが唇に指を当てながら唸っている。だがしばらくののち、何やら楽しいことでも見つけたとばかりに、口の端を上げた。


「……そうね。それは良い考えかもしれないわ。やってみる価値はあるわね。だったら、さっそくバルバストル様に連絡を取らなくちゃ。イザドラ、貴女も手伝ってね」

「え、あ……はい」


 提案したのはイザドラであるからして、手伝うのは当然のことだろう。ただ役に立てるかどうかについては、正直言って不安しかなかった。

 

 その不安が顔に出ていたのだろう、ベリンダがイザドラを励ますように、晴れやかな笑顔を見せた。


「大丈夫よ。貴女は私の言う通りにしていれば良いから」


 その笑顔と言葉に一抹の不安を感じながらも、イザドラは「……はい」と大人しく頷いた。


 かくして、アダン改造計画が幕を開けようとしていた。



 ✛✛✛✛✛



 ベリンダにアダンのことを相談した翌々日の夜には、イザドラはベリンダに誘われ、ナビエ公爵家の舞踏会に出ることになっていた。


「……お義母様。これは一体、どういうことなのですか?」


 侍女に飾り立てられているイザドラを、上から下までベリンダが眺めている。


「言ったでしょ? 今夜ナビエ公爵家で開かれる舞踏会に、貴女も参加してもらうって」

「それは、聞きました。ですが、この事態は……」


 ベリンダについて社交を学ぶ良い機会といえばそうなのだが、今急ぐべきはアダンとパトリシアのことだ。それなのに、何故イザドラが飾り立てられる事態となっているのか。


「貴女もいずれ大公夫人になるのだもの、もっと社交に精を出さなくては。それは貴女も言っていたでしょ?」

「……はい」

「貴女は髪と瞳の色に引け目を感じていたから、今まで必要以上に自らを飾ることを避けてきたのでしょうけれど……そんなのもったいないわ」

「ですが……」


 どれだけ飾り立てようとも、イザドラのこの黒い髪と黒い瞳が、すべてを台無しにしてしまうのだ。さらには、イザドラが出席したことで、公爵家の方たちが気分を害さないかが心配だった。


「……ナビエ公爵様やご夫人は、私が出席することは?」

「もちろん、知っているわよ。次期大公夫人である貴女と、ぜひとも仲良くしたいと言っていたわ。それにね……今夜の舞踏会には、バルバストル様も出席なさる予定なの」

「伯爵ではなく、アダン・バルバストル様が?」


 アダンは、今でも騎士団に所属している筈。

 そんなアダンが舞踏会に出席するのは、珍しいのではないだろうか。


「お義母様。もしや、すでにバルバストル様と連絡をお取りになったのですか?」

「ええ。貴女から話を聞いた日には」


 なんてやることが早いのだろうと、イザドラは感心した。

 

「では、今夜はパトリシアも?」

「いいえ。パトリシアにはブライアンとともに他家の晩餐会へ出てもらっているわ」


 言われてみれば、今夜はまだブライアンともパトリシアとも一度も会っていない。


 ベリンダがイザドラとともに舞踏会へ出るということは、パトリシアはベリンダの名代として晩餐会へ出るということだ。パトリシアの婿が家を継ぐということは、パトリシアは次期侯爵夫人。今回のことも、パトリシアに対する教育の一環なのだろう。


 そう、イザドラは思っていたのだが――。


「バルバストル様に秘密のお話をするのだもの。あの子がいたら駄目でしょう?」


 それもそうか、とイザドラは納得した。


 もしイザドラとベリンダが影でアダンと自分との仲を取り持とうなどと画策していることをパトリシアが知ったら、今回の計画はそこで終了となってしまうだろう。


「……良い感じね。上出来よ」


 ベリンダと話をしている内に、いつのまにかイザドラの着替えが終わっていた。


 侍女たちが持ってきた姿見に己の姿を映したイザドラは、思わず目を見開いた。


 イザドラが着ていたのは黒いドレスだったが、裾には銀と青の糸で繊細な刺繍が施されていた。それは良い。それは良いのだが、このドレス、胸の辺りが大幅に開けていて胸のふくらみが丸見えなのだ。


「お、お義母様……! こ、これは、どういう」

「イザドラ、もっと背筋を伸ばしなさい。こういうドレスを着る時はね、恥ずかしがっては駄目なのよ。堂々としていなさい、堂々と」


 無理だ。


 イザドラは咄嗟にそう思った。


 よくベリンダが、このような胸の開いたドレスを着ているのは見たことがある。先日アダンのことを相談した時も、まさに今イザドラが着ているようなドレスを着ていた。

 だがそれはベリンダだからこそ許されるのであって、イザドラがこのようなドレスを着た場合、人々は二重の意味でイザドラから目を逸らすことになるだろう。


 ちなみに、こういったドレスをパトリシアが自ら好んで着ることはない。その理由に関しては「私、お姉様と違ってちょっと胸の辺りが寂しいから」なのだと、以前パトリシア本人が言っていた。パトリシアは本当に、自分に何が似合うかを、よくわかっている。


(だからと言って、私にこういうドレスが似合うかと言えば、そういうことでもないと思うのだけれど……!)


「で、でも私が着ても……!」

「大丈夫、似合っているわよ。それにエスコート役が目を光らせているから、身体目当てに言い寄ってくる無粋な輩もいないわ」


(身体目当て……⁉)


 ベリンダの明け透けすぎる言い方に、イザドラは今にも目をむきそうだった。それに、たとえエスコート役がいなくとも、イザドラに言い寄ってくる者などいないだろう。


 そう考えたところで、ベリンダの放ったエスコート役という言葉に気付いたイザドラは、はて、エスコート役とは? と首を傾げた。


 ブライアンがパトリシアと共に他家の晩餐会へと出席するのなら、エスコート役はいない筈。舞踏会には通常は男女のペアで出席することが基本だが、例外はある。そもそもが舞踏会にしても晩餐会にしても社交を主な目的としているため、パートナーがいないから参加を見合わせるなどといった必要もない。


 しかも今夜の舞踏会を主催するナビエ公爵家が、次期大公夫人となるイザドラとの縁を深めたいと考えているのなら、パートナーの有無はさほど重要視してはいないだろう。

 

「お義母様、エスコート役とは一体……」


 イザドラがそう問いかけた時、玄関のベルが鳴らされた。


 今夜、来客があるとは聞いていない。しかもすでにブライアンとパトリシアは邸を出ているし、イザドラとベリンダはこれから舞踏会へと向かってしまう。


 一体誰がと思っていると、ベリンダがイザドラを見つめたあと「エスコート役が来たみたいね」と言い、意味ありげに微笑んだ。

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