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呪われ大公様と不吉な私  作者: 星河雷雨


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015 露わになった秘密



「何事だ」


 その威厳に満ちた美しい声が聞こえた瞬間、先ほどまでの騒がしさが嘘のように、周囲は静まってしまった。


(大公様……)


 門前での揉め事に、ついに邸の主が出てくる事態となってしまったのだ。


 伯父と甥という関係からか、侯爵であるブライアンに対してはずっと取り乱した様子を見せていたヘイデンだったが、さすがに大公、しかも王弟という身分のエセルバートの前では、大人しくせざるを得なかったらしい。


「其方は?」


 問いかけられている相手は、ヘイデンだろう。


 エセルバートの声が聞こえてから僅かな間を置き、今度はヘイデンの声が聞こえてきた。


「ぼ、私は、ヘイデン・ウェルズリーと申します。大公閣下。イザドラの従弟です」


 答える声は、普段のヘイデンとは異なる変に上ずったものだった。


「そうか。それで? その従弟どのが、我が邸の前で客人の馬車を止めている理由は?」

「それ……は」


 エセルバートから理由を問われ、ヘイデンが口籠った。それもそのはず、本当のことなど言えるはずもない。だが、いくらヘイデンが黙り通そうとしても、事情はここにいる皆が知っている。


「さて。どうするのかしら」


 やけに楽し気に、ベリンダが窓から外の様子を見つめている。どうやら、彼女はこの状況を楽しんでいるらしい。


「……そ、その。大公閣下と、イザドラの婚約の話を耳にしまして」

「ああ」

「直接、イザドラに祝いの言葉を伝えられたら……と、思い、その」


 心にもないことを述べたヘイデンは、言葉尻を濁した。


「ちょっと、苦しいわね」


 ベリンダのその言葉に、イザドラとパトリシアも頷いた。


 祝いの言葉を伝えるなら、何も今日この時でなくとも良い話だ。それはエセルバートとて理解しているだろうに、彼は「そうか。それはご苦労だった」などと言っている。


「祝いの言葉は伝えられたか?」

「は、はい!」

「では、すでに用が済んだならお帰り願おうか」

「……は、はい」


 エセルバートの「邸まで送り届けろ」との声が聞こえたが最後、ヘイデンの声はそれで聞こえなくなってしまった。代わりに聞こえてきたのは、イザドラたちの乗っている馬車とは別の馬車が動き出す音だ。


「終了ね」


 ベリンダの言う通り、これでもうヘイデンが、邪な考えを持って接触してくることはないだろう。


 馬車が動き出してからしばらく経って、ブライアンが馬車の中に顔を出した。


「もう、外に出ても大丈夫だ」


 ブライアンの言葉を聞き、まずはベリンダがブライアンの手を取り馬車の外へ出た。出る間際に落とされた「パティ。あとでお仕置きよ」という言葉に、パトリシアがビクリと身体を震わせた。


(お義母様、あれで意外とパトリシアには厳しいのかしら……)


 これまでベリンダとはあまり母子として接触してこなかったため、イザドラはてっきり、ベリンダはパトリシアに甘いのかと思っていた。だが、意外とそうでもないようだ。


(なのにあれと言うのも、困ったものではあるわよね……)


 ベリンダが完全に馬車から下りたことを確認したイザドラは、いざ自分も降りようと腰を上げた。ドアから差し出された手を取ろうとしたイザドラは、その手がブライアンの手ではないことに気付き一瞬だけ戸惑った。


(大公様……?)


 思っていた通り、ドアの外に立っていたのはエセルバートだった。


 エセルバートの美しい微笑みが、イザドラへと向けられている。その微笑みを見たイザドラは、頬を熱くした。


「大公様……ありがとうございます」

「いいや。足元に気を付けて」


 大きく美しい手に自分の手を乗せ、イザドラは地面に降り立った。

 

 あらためてエセルバートの姿を見れば、銀の髪は整えられ、ここは王城の舞踏会だろうかと勘違いしそうになるほどに、豪奢な、けれど品の良い服を纏っている。

 

 いつも通り、目もくらむほどの美丈夫だ。


 だがイザドラが降りた後、ブライアンにエスコートされ降りてきたパトリシアが、そのエセルバートの姿を正面から見た途端「ひっ」と小さく悲鳴を上げた。


(パトリシア……?)


 見ればパトリシアの顔色は、真っ青だ。この表情には、見覚えがある。まさかと思ったイザドラは、慌ててブライアンとベリンダに視線を向けた。

 ブライアンは、戸惑ったような表情を。ベリンダはパトリシアのように怯えてこそいないが、驚愕に目を見開いている。


(まさか大公様、幻術を解いていらっしゃるの?)


「大公様……幻術を、解いていらっしゃるのですか?」


 秘密に、と言っていたはずなのに、何故か今のエセルバートは、秘密を皆に晒している。


「君を大切に思っている家族に、嘘はつきたくないと思ったんだ」

「大公様……」


 エセルバートの言葉に感動したところで、イザドラはあることに気付き、慌ててその気付いたことをエセルバートに聞いてみた。


「あ、あの。では、ヘイデンは?」


 イザドラには幻術の仕組みはわからないが、今のエセルバートが幻術を解いているというのなら、この場に姿を現した時には、すでに幻術が解けていた可能性がある。そうなると、ヘイデンもエセルバートの本当の姿を見たことになってしまう。


(さすがに、誰彼かまわず吹聴はしないと思うけれど……)


 先ほどの醜態を見たあとでは、残念ながらその考えも怪しいと思えてしまう。


 それとも、エセルバートはヘイデンがいなくなってから幻術を解いたのだろうか。


「彼には、普段通りの私の姿が見えていた筈だ。侯爵には、最初から見えていただろうがな。そういう術の使い方もある」


 エセルバートはイザドラに微笑みかけてから、ブライアンに向かい「侯爵」と呼びかけた。


「この通り、私が呪われているという噂は本当のことだ。それでも、私は貴方のご息女を妻にと望む。……許してくれるだろうか」

「……イザドラ次第です。私はあの子の意志を尊重したい」


 そう言って、ブライアンがイザドラを見る。

 

(お父様……まだ、お返事をしていなかったの?)


 てっきり承諾の返事を出したのかと思っていたが、そうではなかったらしい。


 ブライアンとともに、エセルバートの視線も、イザドラに注がれた。何を言うこともできず、エセルバートが己に近づいてくる様を見つめたまま動かずにいたイザドラの目の前で、エセルバートが歩みを止めた。


 その途端、背後から叫び声が聞こえた。パトリシアの声だ。


「嫌、近寄らないで……!」


 驚いて振り返った先では、恐怖を全面に出した表情で、パトリシアがエセルバートを見つめている。


「パトリシア……!!」


 イザドラと同時に、ブライアンも叫んでいた。けれど、その声はイザドラの声にかき消されてしまう。そのことに、ブライアンも、ベリンダも目を見開き驚愕していた。それほどに、普段大人しいイザドラが叫ぶのは、珍しいことだったのだ。


「だってお姉様! あんな……あんな気持ち悪い……!」


 その言葉を聞いた瞬間、イザドラの頭に血が上った。今まで何を言われようと、感じたことのない怒りだった。気付けばイザドラは、パトリシアに向かい再び叫んでいた。

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