第八話:黒い<アルヴァリオン>!?
『黒い<アルヴァリオン>、だと!?』
俺たちの前に立ちはだかったのは、まさにそうとしか言えない機体だった。
無論差異はある。
漆黒の機体色はもとより、頭部のアンテナの位置や四肢のクリスタルの有無、全身に走る紫色に発光するラインなどだ。
だが、その形状は<アルヴァリオン>に酷似している。
人間を模したかのようなフェイス、大きな肩装甲にマッシヴな手足。
ベースとなっているのは先日アクザールが駆っていた新型の<SOCom>のようだが――それがさらにブラッシュアップされてやがる。
『――いいだろう?これが僕の新型機、その改良型にして究極系さ!名は<アンブロシウス>』
アクザールが得意げに機体をの名を披露してくれた。
『はっ!ご丁寧にどうも!』
俺は鼻を鳴らして答えてやる。
前回の失敗を踏まえ外部マイクを遮断し、声が聞こえないようにしてから、俺はリーファルミアを見る。
『あいつ、こっちと同じ近接格闘系だ。武装はあの槍がメインだろうが、ほかにもあるかもしれねぇ。装甲じゃこっちが上かもしれんが油断はできねぇぞ』
「機動力もね。この間の<アルヴァリオン>より早いかもしれないわ」
『ああ』
単機で<E・A>の包囲網を突破してきたその力は決して侮れない。
ちらりと横に目をやって、プログラム最適化のウインドウを見る。
――ちっ……。まだ八十パーセントかよ!――
あれから数パーセントほどしか進捗していない。
この最適化作業は俺が直接指揮しているのではなく、バックグラウンドで行っている。
というより、俺とは独立したCPUでの作業なので、俺からはタッチできないのだ。
それでも予想を大幅に上回る速度で最適化されてはいる。もう作業も最終段階だからだろう。
それでもあと三十分はかかる見込みだ。
舌打ちする俺を見て、リーファルミアが口元を釣り上げた。
「大丈夫。その辺は分かってるから」
『すまん。ちょっとだけ耐えてくれ』
ぎょいん、と<アルヴァリオン>が構えを取った。
まずはこの間と同じ、俺が主体となって機体を動かすことにする。
大地を踏みしめ、<アルヴァリオン>が駆け出した。
『こいつを――喰らえっ!』
右腕を引き絞り、<アンブロシウス>とかいうやつをぶん殴る。
鋼鉄で鋼鉄を打つ、耳の痛くなる金属音がまき散らされる。
って、なんだと!?
こいつ、俺の拳をよけようともしねぇ!?
野郎、その場に仁王立ちして受け止めやがった。
『受け止めたッ!?』
ちっ、やはり<SOCom>なんかとはケタが違う装甲だぜ。衝撃を吸収する全身の機構もはるかに洗練されている。
「そんな!?この間は吹っ飛んだのに!」
リーファルミアも目を剥いている。
『――けっ。そんなもの効くか』
アクザールの小馬鹿にした声が俺を挑発する。
『ならもういっちょ!』
さらに左拳を握りしめ、ヤツを殴りつける。
<アンブロシウス>は左手のひらで、<アルヴァリオン>の拳を受け止めた。
強靭な金属同士の激突音が空気を震わせる。
『――無駄だ、っつーの。……次はこっちの番だッ!』
<アンブロシウス>が<アルヴァリオン>の拳を握りしめ、ぐいと引き寄せる。
『くっ!』
バランスを崩し、俺はたたらを踏む。
その顔面に、<アンブロシウス>の拳がさく裂した。
『うおぉぉっ!』
「きゃああっ!」
リーファルミアと共に悲鳴を上げながら、俺は派手に吹き飛ばされてしまう。
十メートルも吹っ飛ばされ、<アルヴァリオン>は地に倒れた。
『くっそ……なんだあのパワー!』
『――こないだの僕の気持ちが少しは分かったか?』
拳をほどきヒラヒラと手を振りながら、<アンブロシウス>が斜に構えた動きで近づいてくる。
『――一方的にやられる悔しさってのを教えてやるよ』
『テメエが言うか!』
散々聖・ネロウを蹂躙してきた奴が言うことかよ!
身を起こした<アルヴァリオン>は再び拳を握りしめ――。
『<ストレイトクラッシャー・パーンチ>ッッ!!』
左腕部を射出。
同時に背部のブースターから粒子を吹き出し、猛烈な勢いで加速する。
「っ!」
リーファルミアが歯を食いしばり、Gに耐えている。
左の<ストレイトクラッシャー・パンチ>が奴の正面から迫り、その後ろから<アルヴァリオン>が接近。
『――無駄だって……』
アクザールが鼻で笑いながら、槍の石突で飛んできた鉄拳を弾き――。
『――言ってるだろう!』
その背後から迫る<アルヴァリオン>に、くるりと回転させた穂先を突き出す。
『――せりゃっ!』
ゴウッ!
空気を切り裂く穂先が<アルヴァリオン>に――。
『当たってたまるか!リーファルミア!』
「うん!」
瞬時にリーファルミアの操作に切り替わった真紅の機体はぎりぎりで、<アンブロシウス>の背後に回り込んでいた。
『ぶっ飛ばせ!』
「ふんっ!」
殴り合いなんて嫌――。
そういってた割には切れのいいフックが、<アルヴァリオン>から繰り出される。
<BRAVE>粒子で覆われた無敵の鉄拳が<アンブロシウス>に突きこまれ――。
『――はぁ』
その背部の装甲で、受け止められた。
湧き上がる強烈な違和感。
『な、こいつはっ!?』
瞬間、俺は重大な事に気づき、瞬時に機体を飛び下がらせる。
「きゃっ!?ど、どうしたのクロガネ!?」
意図しない操作によって加速度がかけられたリーファルミアが悲鳴を上げたが、俺はそれにかまってやれる余裕がなかった。
<アンブロシウス>がゆっくりと振り向く。
そのツインアイがギンッ!と煌めき、俺達を見据えた。
ともかく右腕を再接続すると――俺はある予測を確かめるべく、<アルヴァリオン>の武装をひとつ、起動させる。
それは、現時点で最強クラスの威力を持つ射撃兵装。
『<ブレイヴ・ビイィィィムッ!!>』
額のクリスタルに<BRAVE>粒子が収束し、細い線となって<アンブロシウス>に襲いかかる。
先日<SOCom>共をバターのように溶断したビームは、しかし。
「は、弾かれた!?」
『ちっ……やっぱりか……』
なんと<アンブロシウス>の装甲表面で弾かれ、霧散してしまった。
『――ふふ……。ふはは、あーっはっはっは!』
アクザールが盛大な笑い声を上げる。
『――あっはっは!これで分かったろう?僕の<アンブロシウス>に、お前たちの武器は効かない!そう、<BRAVE>粒子は、ね!』
高笑いするアクザールの脳裏に、アハトバーム博士の言葉がよみがえった。
* * *
数日前――アトランディア帝国の一室――
「件の“救世機”についての情報はここに集められているのです」
スクリーン上に帝国内の全ての記録が収まるデータベースへのアクセス画面が映し出され、博士のキー操作によってコマンドが入力される。
コマンドが承認され、いくつかのデータウインドウが開く。
そのうちの一つが拡大され、脳裏に焼き付いた敵――赤い機体がアップになった。
<アルヴァリオン>というらしい、例の機体だ。
映像はどうやら戦いの最中に撮られたものらしい。画像は荒く、ノイズが激しい。それでも状況は判別できる。
すでに戦いはほぼ終わっている。動いているものは<アルヴァリオン>と、この映像を取っている機体のほかは数機しかいない。
<アルヴァリオン>の装甲はボロボロで、武装は巨大な剣が一本のみ。
動きもぎこちなく、先日のような滑らかな――人間的な動きではない。
だがその力は周囲を見れば一目瞭然だ。
累々と広がる、破壊された人型兵器。縦に横に、真っ二つにされたそれは、かなり形状が異なるがまぎれもなく帝国製の<SOCom>だ。
「ご覧の映像は五百年前のもの。映像が荒いですが、彼奴の圧倒的な力はお分かり頂けるでしょう」
アクザールが画面を睨みつけて動きを止める。彼の中では凄まじい怒りが煮えくり返っているに違いなかった。
<アルヴァリオン>が剣を構え、こちらに突進してきた。こちらは<SOCom>サイズの突撃銃を以って反撃するが、銃弾は<アルヴァリオン>の表面に火花を散らすのみ。
一瞬で肉薄してきた真紅の機体は剣を上段に構え、
「っ!」
画像が途切れた。
あまりの迫力に、まるで自らが切られたかのような錯覚を覚える。
「……映像はこれだけしか残っていません。かの国であればもう少し残っているやもしれませんが」
アハトバーム博士が映像を巻き戻し、<アルヴァリオン>がアップになった辺りで一時停止させた。
「……表面が光っているように見えますな。炎の照り返しという訳でもなさそうですが」
黙ってしまった主に代わり、ヴァルターが聞く。彼の言うとおり、<アルヴァリオン>の装甲表面は虹色の光を帯びている。それは爆発や炎の類の色ではない。
「よくお分かりですな。そう、それがかの機体の力の秘密でもあります。――ここから先は、先ほど申し上げた通り最重要機密事項です。他言無用に願いますよ」
実際に戦い目にしたあなただからお教えするのです、と博士が念を押す。二人が頷くのを確かめてから、彼は説明を再開した。
「お二方とも、<BRAVE>粒子というものをご存知ですかな?」
アクザールとヴァルターが顔を見合わせ、共に首を横に振った。
「でしょうな。では、暗黒物質という言葉は?」
「主に宇宙空間に充満している、宇宙創成にかかわる粒子、でしたか」
アハトバーム博士が満足そうにうなずいた。
「おおむねその通り。正確には質量や重力に関係する粒子なのですが、まあこれについての理論はどうでもよろしい。そういった物質が存在している、という事実を確認して頂きたかったのです」
スクリーンに振り返った博士が再びキーボードを操作し、別のウインドウを開いた。映し出されたのは山、野、海、川といった自然界の映像だ。
「<BRAVE>粒子とは、その暗黒物質理論をベースに提唱された、荷電流体性粒子理論というものから発見されています。それは端的に言えば、あらゆる惑星上にも暗黒物質と同じものが存在しているのではないか、というもの。提唱者は――不明です」
ウインドウが再び、<アルヴァリオン>を映す。今度はその腕部にズームアップされた。
「その理論は正しく、この星の上にもある特殊な粒子が充満していることが分かりました。それが」
「<BRAVE>粒子とやらか」
「その通りです。<Bright Activate Vary Extra Particle>、つまり、<輝いて活性化する、特別な原初粒子>という意味ですな」
改めて<アルヴァリオン>の腕部を見れば、確かにその光る表面の一部には光の粒が視認できた。
「この機体にはその粒子に干渉し、自在に操れる人工物質が搭載されているのです。グリーンのクリスタルがそれですな。このクリスタルで粒子に干渉して機体を動かし、防御力を飛躍的に高め、武装に転用することですさまじい攻撃力を発揮します」
「じゃあその物質とやらを作れば、僕らもその何とか粒子を使えるんじゃないか。そこまで分かっているならなんで作らないんだよ」
アクザールが不満をあらわにする。<BRAVE>粒子とやらが帝国でも実用化されればこの国はさらに発展し、大陸だけでなく星そのものを制覇することさえできるだろう。稀代の天才科学者と名高いこの博士の力を以ってすれば、それは簡単なことのように思えた。
だが、アハトバーム博士は首を横に振った。
「作りたくともできなかったのですよ。その人工物質は極めて生成が難しく、作り方を知っているのは歴史上ただ一人と言われています。残念ながらその名前は、作り方と共に闇の中、ですがね」
不意に博士の声が揺れる。何か不可思議な――彼自身にも制御できない感情の乱れでも生まれたかのように。
「――」
フードがうつむき、博士が急に黙りこくってしまった。
「おい、寝てんのか」
「博士、大丈夫ですか」
見れば博士の腕が、ローブの上からでも分かるほど震えている。
「おい?」
「……失礼。なんでもありません。ともかくそういうわけで、かの機体は攻撃力、機動力、防御力どれを取っても<SOCom>の比ではありません。相対すればまあ確実にこちらが負けるでしょうな」
無論私の作った<SOCom>も例外ではない、とどこか他人事のようにつぶやく。
アクザールが頬杖をついたまま床を蹴り飛ばし、室内に大きな音を生み出す。
「じゃあどうすんだ。対抗策はない、出てきたらやられないように逃げ回れっつのか、あんた。僕は御免こうむるぞ。ああ、死んでもだ」
再び王子の眼に殺気と狂気がのぞく。
「いいか、僕はそういう話が聞きたいんじゃない。対抗策を聞かせろ。あいつと戦うときに、あいつをぶっ壊すための策をだ。あんたはそのためにいるんだろうが」
語気がいっそ穏やかに聞こえるのが、彼の心中の怒りを端的に表している。
「無論、私とて黙って見過ごすつもりはありません。改修中の新型<SOCom>に、彼奴に対抗できる力を持たせるつもりです」
そういってアハトバーム博士の声は愉悦をはらんだ。
* * *
「<BRAVE>粒子が効かない、って……」
<アルヴァリオン>のコクピットで、リーファルミアが呆然とした声を上げる。訳が分からない、という顔だ。
だが俺にはアクザールの言う、<BRAVE>粒子が効かないというその意味が理解できた。
『あの野郎、<BRAVE>粒子の活性率を阻害してやがる……』
額に汗を見せる俺を、リーファルミアが見下ろした。
「ど、どういうこと?」
あれだけ最強を見せつけた<アルヴァリオン>の、強さの根幹をなす<BRAVE>粒子。
リーファルミアの誓いと覚悟を叶える力の、さらに根源と言えるのがこの<BRAVE>粒子だ。
信じる力の拠り所が打ち砕かれたリーファルミアは、ただおろおろしている。
それは俺も同じだが、あいにく俺は仮にもこの機体の制御AI。
分析し、対抗策を見つけ、提唱しなくちゃならない。
『そうか。だからアイツ、一機しか来てない。いや、来られないのか』
「ちょ、ちょっとクロガネ!一人で納得してないで、何が起きてるのか教えてよ!アイツ、いったいなんなのよ!」
銀髪を振り乱すリーファルミアを、焦りを殺した顔で見上げる。
『……そもそもだ。<BRAVE>粒子をどうやって制御しているか俺、お前に教えたよな?』
「き、機体各部のクリスタルで制御してるんでしょ?でもそれがいったいどういう関係が……」
『そう。<アルヴァリオン>は周囲の粒子をクリスタルで制御しているが、その大元は俺の演算だ。俺というAIの無意識領域で、<BRAVE>粒子は制御されている』
要は全て、演算だ。
腕を上げたい、歩きたい、走りたい。転びたくない。そして殴る、蹴る。
俺は元・人間だから何の気なしにやっているそういった動作も、ロボットにしてみれば全て演算だ。
<BRAVE>粒子によって駆動する<アルヴァリオン>を動かす演算量は、内部駆動型のロボットのそれをはるかに上回る。
俺の無意識領域化では非常に高度で複雑な演算が常に行われているのだ。
だが――。
『だが、あいつはその演算――つまり<BRAVE>粒子の制御を、阻害してやがる!』
「な、なんですって……」
先ほど放った<ストレイトクラッシャー・パンチ>も、ヒットの瞬間表面の<BRAVE>粒子濃度が急激に低下した部分がある。
<ブレイヴ・ビーム>も正確には奴の装甲ではなく、その直前で何かにぶち当たったかのように霧散していた。
ログを検索すれば、最初に放ったパンチ。あれもヤツに触れた部分の粒子濃度が異常に薄くなっていた。激突の衝撃で霧散したかと思っていたが、違う。
つまり、状況を吟味するとこういういうことだ。
『奴の機体は、一定領域化で<BRAVE>粒子の活性演算を妨害し、濃度を下げてくるんだ!』
「……っ!!」
リーファルミアが目を見開く。
こいつはやばい。まじ、やばいぜ。<アンブロシウス>はこっちの能力を低下させる力を持ってやがるんだ。
『――気づいたか。腐っても“救世機”のAIだ。そう、それが僕の<アンブロシウス>の能力。“ANTI BRAVE particle Synthesis Weapon System”、“対ブレイヴ粒子統合武装システム”の力さ!』
「“対ブレイヴ粒子統合武装システム”……」
つまりは対<アルヴァリオン>に特化した機体ってことか。どこのどいつか知らないが厄介な物作りやがって。
いやまて、それ以前になぜこいつが<BRAVE>粒子の事を知ってる?
<BRAVE>粒子自体は確かにこの世界にも存在しているが、そもそも概念すらないはずだぞ。
それともアトランディア帝国には<BRAVE>粒子を知ってるやつがいるってのか?
いや、そんなことはありえない。
『――まぁこのフィールド内にお前を捕える必要があるから、射撃兵装だと立ち回りにくいってのが難点ではあるけどね』
空回りする俺の思考をアクザールのセリフが遮った。
ふむ。しかし、野郎の言い方だとおそらく、<BRAVE>粒子の演算阻害フィールドの範囲はそう広くない。あの槍で多少効果範囲を広げているものの、実質的には肉弾戦の間合いがいいとこだろう。
『……だからライフル使ってないのか』
ライフル弾にまで<アンブロシウス>の能力を乗せることは出来ないから、<BRAVE>粒子で守られた<アルヴァリオン>には通じねぇと分かってるんだ。
そして俺が気付いたもう一つの事実。
それは。
『<BRAVE>粒子の演算阻害には、俺に――人間の意識に匹敵する演算が必要だ。そいつは生半可なAIじゃできねぇ。だがヤツはサイボーグであることを逆手にとって、自分のブレインチップを使って演算阻害をやってやがる』
要は今の俺と同様の状態なのだ。異なるのは、プログラム存在であるか、肉体を持つかの違いだけ。
だがその膨大な演算量は、サイボーグであるアクザールの力を以ってしてもかなりの負担を強いるはずだ。
だからあいつは前回と違って他の<SOCom>を待機させ、自分一人で来ているのだ。それはつまり、通常<SOCom>の制御に回している演算力も、<BRAVE>粒子の演算阻害に回していることを意味する。
それによってただでさえ高い演算力を全力で使える状態にし、俺の演算力を上回らせている。
「そ、そんなのどうすればいいのよ……」
俺は答えず、ちらりと例のウインドウを見る。
――プログラム最適化率、九十パーセント――。
残り十パーセントで<アルヴァリオン>は最新状態にアップデートされ、リーファルミアの優れた戦闘能力を発揮できる。だが、<BRAVE>粒子の阻害を受けた状態でそれまで持つかどうか……。
『――謎解きタイムは終了だ。ここからは、反省会だ』
ブンッ!
<アンブロシウス>が威圧感たっぷりに槍を構え、全身に走る紫の光を強める。
『来る……ッ』
あってはならない、絶対にあってはならないことだがその瞬間――。
俺は、足を踏み出していた。
後ろに。
それは戦意の喪失と恐怖を意味してしまう、ヒーローにはあってはならない行為だ。戦う意思を、放棄してしまう行為だ。
「クロガネ……っ!」
リーファルミアの叱責もむなしく、俺は二歩、三歩と後退し――。
『――ははっ!……でりゃあああっ!!!』
自らの優位をはっきり感じ取ったであろうアクザールが、俺に向けて突進してくる。
『――ふんっ!せいっ!てやっ!!』
『くっ……』
奴気早に繰り出される、<アンブロシウス>の槍。それはおそらく、例の振動破砕兵装だ。当然槍にも、<BRAVE>粒子の演算阻害機能が追加されている。
その状態で触れてしまえばいかに<アルヴァリオン>の装甲と言えど、簡単に削り取られてしまうだろう。
(だが触れなけりゃ……っ!)
そう考えて槍の穂先を睨み、紙一重で連撃を躱す。
リーファルミアの腕ならば反撃に転じられるのだろうが、動きにタイムロスがある今の<アルヴァリオン>では、現状以上に危険だ。
「最適化はまだなの……!?」
答えてやる余裕はない。
叫ぶリーファルミアの眼前にウインドウを移動させる。
「あと、七パーセント……っ」
時間にして十五分と表示されている。
この危機的状況を前に、それは絶望的な数字だった。
『くそ……っ!このっ……っ!』
連撃の合間を縫ってなんとか武装を起動。
『<グラインド・トマホオォォクッッ!>』
右腰の柄を握りしめ、肩の突起をパージ。
エッジ部分のチェーンソーが火花を上げて回転し――。
<アンブロシウス>の槍を受け止めた。
(――武装表面の<BRAVE>粒子活性率低下。危険)
脳裏に警告が浮かぶ。
通常であれば光り輝いているはずの《グラインド・トマホーク》表面は、今やただの金属色だ。
このままでは武器を破壊される――。
最後の演算力をトマホークに注ぎ込んで粒子をかき集め、ヤツの槍を押し戻す。
そのまま後方にジャンプして距離を取り――。
(――機体周辺の<BRAVE>粒子活性率低下。機動力低下)
だが<BRAVE>粒子の活性率を強制的に下げられている今、その距離は想定よりはるかに短かった。
『しまっ……』
あらかじめ着地点を予測していたのだろうアクザールが、<アンブロシウス>のスラスターを全開にして突っ込んできた。
『――くたばれやぁぁぁぁっ!』
自分の顔に泥を塗った相手――<アルヴァリオン>にトドメを刺す喜びが、ヤツの全身からあふれ出ている。
バリアー・システム……間に合わない!
「やっ……」
息をのむようなリーファルミアの悲鳴。
それをかき消したのは、
<アルヴァリオン>の胸部――コクピット部分の装甲を削り取り、深い裂傷を生じさせる、アクザールの一撃だった。
『リーファルm……!』
「ク、クロガネ?クロガネ!?」
『……』
外が見えるほど深い傷をつけた槍の衝撃は、俺と機体とのリンクを切断したのか。
リーファルミアの叫びを最後に、ブツンと、俺の意識が途絶えた。
* * *
戦況を見守るモニターの前は、動揺とざわめきに支配された。
なにしろ最強と言われた“救世機”が目の前で擱座したのだ。地に膝をついたその体からは力が抜け、瞳からは光が消えている。
自らも多分に動揺していることを自覚しているカーリック大佐は、しかし皆を鼓舞するかのような大声を出した。
「うろたえるな!すぐに救援を出せ。<アルヴァリオン>を回収しろ!」
「は、はい!」
『――大佐殿。自分が行きます』
市民の避難にあたっていたヴィスコット少佐が即応し、<ズィーガー>が擱座した<アルヴァリオン>の下に走り出す。
『――並みの機体ではヤツを抑えきれない。自分が気を引いている間に、妃殿下の救出を』
「頼む!」
こちらは当然ながら、敵とはいえ相手も王族。一騎打ちを望んだ両者の意思を立てたことが裏目に出ていた。
いかに優れた機体に乗っていても、その力を引き出しきれていないリーファルミアには、彼奴の相手はいささか以上に荷が重かったのだ。
威信やメンツをつぶしてでも、アクザールには多数をぶつけることが最善だったのだ。
『――クロガネ!聞こえてるのクロガネ!返事をしなさいよ!』
<アルヴァリオン>からは敬愛する主の叫びが響く。どうやらAIが沈黙し、機体も動かせないようだ。
(最悪の状況だ……)
このままでは聖・ネロウは、最後の王族と最強の機体を失ってしまう。
頼みの綱はヴィスコット少佐以下、現地に急行中の王族守護隊のみだ。
せめて己も戦場にいたならば――。
カーリック大佐は唇を噛んでモニターを睨むことしかできなかった。
(クロガネ殿……。どうか姫様を……!)
そう、祈ることしかできなかった。
* * *
「こりゃまずいね……」
作戦本部の一室。特別に用意されたその部屋で、三人の女性が気居るように画面を見つめている。
そのうちの一人、リキュエル・フレーバーが眉を曇らせた。
こちらに音声は入ってきていないが、優れた技術者でもある彼女はクロガネ――AIが沈黙し機体が動かせなくなっていることを、即座に見抜いていた。
「ど、どうしたですか、リキュエル……?」
傍らのアンドロイドが不安そうな声を上げる。
「クロガネ――いえ、リーファルミア様になにか……?」
「クロガネの奴、落ちたね。一時的かどうかわからないけど」
「落ちた?」
「つまり機体とのリンクが切れたってことさ。今の<アルヴァリオン>は置物同然。このままじゃまずいことになる……」
リコがひうっと息をのむ。
おろおろと、視線を画面とリキュエルの間にさまよわせ、最後に彼女の白衣に掴まった。
「な、なんとかならないのですかリキュエル!あなたなら……!」
自分を作りクロガネを理解し<アルヴァリオン>を解析したこの人ならあるいは――。
だが、リキュエルは首を横に振る。
「駄目だ。あの機体は完全なスタンドアローン。ここからじゃいかにアタシでも手が出せないよ」
「そんな……」
それはつまり、クロガネだけでなくリーファルミアの命も危ないということで――。
そこまで考え、リコははっと振り返る。
そこにはもう一人、戦況を見守る少女がいた。
ミリ・エクレール。
リーファルミアの専属のメイドにして、この場の誰より彼女の身を案じているだろう少女だ。
「あ、あの。ミリ……?」
気遣いをにじませるリコの瞳に、だがミリは気丈にも微笑んで見せた。
「大丈夫です、リコ。私の姫様はあのくらいの事でやられたりしません。必ず立ち上がってくれます」
「で、でも……」
「クロガネ様というAIも。私はほとんど話していませんが、姫様はあのAIを信用しているようでした。なれば、私もまた彼を信じます。クロガネ様は必ず、姫様を助けてくれると」
(……いえ、信じさせてください)
メイド服の胸元に手を当て、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
「だからリコさんも信じてください。姫様の事を。姫様が信じた彼のことを」
「ミリ……」
わからない。
わからない。
信じるって、何?
約束という言葉ならわかる。それは必ず実行されなくてはならないものだ。処理を待っているタスクのようなものだ。
では信じるって?
それは『こいつなら大丈夫』と、相手の行動や心を許容する事だとリキュエルは言う。
不確かかつ、不透明な精神だ。リコには分からない。
分からないけど……。
ぐしっと涙を拭き、リコは画面を睨みつけた。
「クロガネ、お前は私と約束したですね?私の代わりに姫様を守るって。なのに、何をのんびり寝てやがるですか?さっさと起きやがれです。そして、いけ好かないソイツをぶっ飛ばせです!」
お前ならできるはずなのです!
犬歯を剥き、笑みとも威嚇とも取れる顔で叫ぶ。
ああ、彼女には分からない。
それもまた、クロガネを信じているからこそ出る言葉だということが。
――信頼、ってことが分かるかい、リコ――
リコを見下ろすリキュエルの口元には、笑みが浮かんでいた。
* * *
「クロガネ!ねえ聞こえないの、クロガネ!」
反応のないAIに呼びかけながら、リーファルミアはあちこちのレバーをガチャガチャ動かす。だが機体はうんともすんとも言わない。
なまじモニターが生きている分、外の光景が見えてしまうのが恐ろしい。自分は何も――指一つ動かせないまま、これから襲ってくるであろう恐怖を見続けねばならないのだから。
『――はっ!“救世機”だなんだと言われてもこの程度か。いい戦いになるかと思ったけど、肩透かしだね。<BRAVE>粒子が使えなきゃガラクタ同然じゃないか!』
もっともそうしてるのは僕なんだけどね、とアクザールが呟き、<アンブロシウス>の槍を振り回す。
こちらをいたぶるつもりなのか、振動破砕機能はオフにされているようだ。その代わり、槍の激突の衝撃が何度もリーファルミアに襲いかかる。
クロガネが沈黙し、<BRAVE>粒子がわずかも使えない今、防御の手段は装甲しかない。
<アルヴァリオン>は他の<E・A>より頑丈なはずだが、それとていつまで持つか。
リーファルミアは目じりに浮かぶ涙を知らんぷりしながら、外骨格をめちゃめちゃに動かす。
「っ!?」
ぐうんと宙に飛ばされる感覚。
アクザールが無抵抗の<アルヴァリオン>に槍をひっかけ、弾き飛ばしたのだ。
機体のシステムが落ちている以上、防御手段もない。
離れたところに吹っ飛ばされ、衝撃でリーファルミアの息が詰まる。
「かふっ……」
禍々しい光を放つ<アンブロシウス>の眼を睨みつけ、リーファルミアが唇をかむ。長い犬歯が艶やかな唇を傷つけ、一筋の血が流れおちた。
『――いやー、抵抗もできないヤツをいたぶるって楽しいよな。でもさすがに終わりにするか。まだ一仕事残ってるし』
<アンブロシウス>がゆっくりと歩を進めだした。
ズシンズシンと響くその音が、リーファルミアには死の足音そのものに感じられる。
「こんな……ことでっ!」
あきらめずに外骨格を動かすが、矢張り機体は動かない。
<アルヴァリオン>の前で、<アンブロシウス>が歩みを止める。
振動破砕機能が作動したのか。唸りを上げる槍をゆっくりと振りかぶり――。
『――宣言通り、機体は破壊してお前は愛玩動物だ。首輪つけて僕の城の犬小屋で飼ってやるよ』
リーファルミアの全身に嫌悪感が湧き上がる。
「じょ、冗談じゃないわ!そんなことされるくらいなら死んだ方がましよ!」
『――あ、そう?なら死ね』
いささかの躊躇もなく、アクザールは槍を振り降ろす――。
迫る穂先を見つめながら、リーファルミアはまだあきらめていなかった。
「クロガネ。あんた、私を守ってくれるって言ったじゃない。私と一緒に戦ってくれるって言ったじゃない。なのに何を呑気に寝てるのよ?ねえ、クロガネ」
すっと息を吸い。右腕を外骨格から引っこ抜く。
「……――さっさと起きて、助けなさいよっ!」
がんっ!!!
リーファルミアは思い切りコクピットの壁をぶん殴る。
外骨格で擦れたのか、露出した手の甲には血がにじんでいた。
紅いその血が、コクピット内にもあったクリスタル――クロガネの姿を映し出すクリスタルに、飛ぶ。
瞬間、光が溢れた。
* * *
――……ネ……ロガネ……――
なんだ……。
誰だ、俺を呼んでいるのは……?
ぼんやりとした意識の中に、誰かの、俺を呼ぶ声が届く。
夢と現の狭間のようにふわふわとした空気。
俺はそこで――浮かんでいる。
――クロガネ……起きて……?ほら、起きて……――
長いこと聞いていない、だがずっとそばにいたかのように懐かしい声だ。
(誰だ……)
くそ、まぶたが重い。
油断すると意識が飛んじまいそうだ。
――こんなところで寝てちゃダメだよ?ほら、あの子は一人でがんばってる。あの子を支えると誓ったあなたが、こんなところに居ちゃ、ダメだよ?――
あの子?あの子って誰だ?
――忘れちゃったの?――
ふわっと意識の端にのぞく、銀色。
誰かが俺に後ろを向けて立っている。
(綺麗な髪だなぁ……)
絹糸のように艶やかで滑りがよさそうな、銀髪。
その上から突き出ているのは――。
(耳?)
髪と同じ色の毛に包まれた二等辺三角形が、ぴょこんと飛び出ている。
……どこかで見覚えがある。
――まだ思い出せない?まったく、忘れっぽいのは変わらないね……?――
くすっと、声に笑い声が混ざる。
(う、うるせーよ)
誰にだかしらんが、思わず反論。
――本当、変わらない。でも、だから来てもらったんだよ――
ここに。このセカイに。
謎の声はそう続ける。
この……セカイだと?
(ここはどこだ……。どこなんだ?)
再び意識に上るのは。
(ロボット。紅い、ロボット)
こいつは……。
――あなたは彼。彼はあなた。あなた達は二人で一つ。彼女を護り、戦い、導く存在――
(彼女……)
紅いロボットが戦っている。いや、違う。一方的にやられているのだ。黒い奴に。
黒い奴が槍をふるうたび、紅いロボットに傷がつけられ、装甲がえぐられている。
それを見て――俺の中にふつふつと湧きあがってきたものがある。
これは、怒りだ。
見れば俺好みの、素晴らしい機体じゃないか。スーパーロボットと呼ぶにふさわしい、雄々しい機体じゃあないか。それが、何を一方的にやられている?反撃しろよ、壊されちまうよ!
(――宣言通り、機体は破壊してお前は愛玩動物だ。首輪つけて僕の城の犬小屋で飼ってやるよ)
そのタイミングで聞こえてきた声は、先ほどまでの声とは別だった。
斜に構えた、男の声だ。
だが、その厭味ったらしい声には覚えがある。
(……ール)
男の声を聞いた瞬間、俺の中の怒りが倍以上に燃え上がった。
ああ、テメエは、テメエだけは許さん。
――なぜ?――
再び、謎の声。
なぜかって?決まってるだろ。あいつは俺の守りたい奴を侮辱し貶め、殺そうとしてるんだ。怒らないわけがないだろう?
――それは、誰?――
柔らかな声が少しずつ俺の記憶を掘りながら、それに寄り添うように聞こえてくる。
――あなたが守りたい子は、誰?――
振り返れば、銀髪をさらりと流した後ろ姿。
あいつの名は――。
――助けて、クロガネ……――
後ろ姿が呟く。
その儚い、今にも消えてしまいそうな声を聞き――俺は拳を握りしめた。
ああ、なんで忘れてた。こいつを守るために俺はいるんじゃあなかったか。こいつと共に戦うために、俺は来たんじゃあなかったのか。
俺はその名を呼ぶ。
俺が守ると誓った、女の子の名を。
『……リーファ、ルミア』
銀髪の少女が振り返り、俺に手を伸ばしてくる。活発さをたたえていた金色の瞳には涙が浮かび、溢れていた。
――たす、けて――
血のにじむ手を伸ばしてくる。
それを見て、体に力が戻ってくる。
そうだ。俺はこんなところで寝ている場合じゃあない。あいつを護る。そう決めたんだから。
『リーファルミア!』
だから叫ぶ、もう一度、その名を。
その瞬間、俺の周りで光が弾け、意識が瞬時に覚醒した。
『っ!』
――なら、戻ろう?ちょっとだけ、あたしも助けてあげるから。ね、鐡――
その場所から押し出される感覚に、はっと目を見開く。
光の向こうに人影が見えた。
『あ、あんたは誰だ!』
――ふふ。いずれわかるよ。だからほら、行ってあげて――
くるっと人影が振り返る。
『……ッ!!』
顔は分からない。だが、全身を包む白いワンピースを翻した、長い髪の女であることが分かる。そして――。
本格的に意識が覚醒する瞬間俺の目に映ったのは。
翼の形の髪留め。
『お前、まさか……ッ!』
その言葉を最後に、俺は光の空間からはじき出された。




