第六話:あなたにそれが、ありますか
残雪を頂く山を望める、聖・ネロウの<E・A>演習場。
陽光は暖かいが吹き降ろす風はやや冷たい。
一周十キロメートルはある演習場をぐるりと囲むフェンスの向こうでは緑が萌え、花が咲き乱れている。
初夏に入ろうかという季節の移ろいが、武骨な軍用施設のまわりを健気に彩っていた。
そんな演習場の一角で、金属のぶつかり合う重々しい音が響き渡る。
音の主は真紅の機体と青の機体。
どちらもその手に剣を取り、まるで踊るように位置を入れ替え立ち回る。
『次、右方向距離四!』
「っ!」
<アルヴァリオン>の右手には、そのゴツさに反して細身で華奢な剣が握られている。
機体本来の武装ではなく、この訓練のために借り受けた<E・A>用の両刃剣だ。
それ自体は本物だが、刀身はオレンジ色のカバーで覆われ、訓練の相手を傷つけないようにされている。
パイロット――リーファルミアの操作で<アルヴァリオン>の腕が振られ、右から迫った<E・A>の斬撃を受け止める。
訓練用カバーを付けていてなお、数十メートルの巨人たちが振りまわす剣同士の激突は、周囲に突風と轟音をまき散らす。
激突の反動で<アルヴァリオン>の体勢が崩れ、たたらを踏んだ。
くっそ、こんなに反動が来るとはな……!
「くっ……、機体が重いっ……っ!」
『反応速度コンマ五低下。機体追従性四。どうした、リーファルミア。動きが鈍くなってるぞ!』
「分かってるわよ!」
俺の叱咤に、リーファルミアが歯を食いしばって言い返す。
俺たちが出会って三日。
実戦を経験したとはいえ、たった一度きりのそれでは互いのことなど分かるはずもない。だから訓練が必要とされる。
この日、朝十時ちょうどから始まったリーファルミアの<アルヴァリオン>完熟訓練は、もう二時間を越えようとしている。
昨日までは俺達だけで動きをすり合わせていたが、今日からは実際に相手を用意した実戦訓練だ。
最初こそ順調に模擬戦の相手――一般兵士たちだ――を蹴散らしていた俺達だったが、彼らより腕の立つ守護隊の面々を相手にすると途端に苦戦を強いられ始めた。
「クロガネ、もっと軽く動いてよっ!」
攻撃の合間に、肩で息をするリーファルミアが叫んだ。可能な限りそれに応えるべく機体の各部を調整するが、これがなかなかうまくいかない。
「私の動きよりあんたの動きが遅れてる。それに操縦も重い。水の中で剣振ってる感じだわ!」
『すまん。随時調整中だが……』
剣という武器自体は<アルヴァリオン>にも装備されている。当然、それを振る為のアビオニクスも存在するが、それは固有兵装に特化したプログラムだ。
使用しているのが機体本来の武装でない上に、リーファルミアとの同調もリアルタイムでプログラムを作り直している為、どうしても機体の挙動に遅れが出ちまっている。
そのせいで彼女はさして早くもない相手の剣速を大きく先読みし、攻撃や防御、回避を強いられているんだ。
「このままじゃ模擬戦に負けちゃう。私にそんな屈辱味わえっていうの!?」
疲れと、一向に良くならない機体の挙動のせいでリーファルミアの俺に対する言葉がどんどんきつくなってくる。
だが俺だって別に遊んでるわけじゃねぇんだぞ。
『だから俺も一生懸命やってんだよ。つーか、もうちょっとゆっくり動けないのか?お前の反応速度が速すぎて、プログラムの最適化が追い付かねーんだ』
「あんたが遅いだけでしょっ……っ!!」
『っ接近警報!』
汗をぬぐっていたせいで、リーファルミアの反応がコンマ数秒遅れる。死角――背後から迫る敵の剣を彼女がとらえた時、それはもう命中寸前だった。
それでも素晴らしい反応速度で彼女の体は動き、外骨格の中でしなやかに踊る。合わせて機体も身をひねり――。
「これなら……っ」
『命中。右わき腹に仮想ダメージ。アクチュエータ作動不良と判定。動作を一部制限』
「あーもうっ!」
インストールされた訓練用プログラムが俺に働きかけ、機能の一部を制限するよう強制する。
身をひねっていた<アルヴァリオン>だが、その動作はリーファルミアのそれより一瞬遅く、しかも追従しきれていないために剣筋から身を躱しきれていなかったのだ。
少なくとも今までなら絶対にしなかったであろうミスに、リーファルミアが外骨格から引っこ抜いた腕で内壁をぶっ叩く。
「遅いっ!」
『だから悪かったってばよ!』
「謝るならはやくなんとかしてよっ!」
『やってるっつーに!』
ぐぬぬ、と睨み合う俺とリーファルミア。
数日前の戦いでの相性の良さはどこへやら。今や俺たちの動きはすっかりバラバラになってしまっていた。
「この間はあんなに早く動いたのに……っ」
リーファルミアが悔しそうに唇をかむ。
<アルヴァリオン>の強さの秘訣は、その武器でも機動力でも、<BRAVE>粒子でもない。俺やサンガじいさんが最も大切にしている力がその源だ。
すなわち、信頼。
勇気だのガッツだの、それすら二の次にする、機体とパイロット双方に“信頼”の二文字があって初めて<アルヴァリオン>は何物をも凌駕する力を発揮する。
パイロットが機体を信頼し、機体はパイロットを信頼する。互いに命と体を預けることが出来なければ、スペックではるかに劣る<E・A>にも打ち負けてしまう。
『――妃殿下。少し休憩にいたしましょう』
俺たちの睨み合いを遮ったのは、無線機に移ったケモミミのおっさんだった。
『――もう丸二時間、休憩なしでの実戦訓練です。本当の戦場ではないのですから、適度に体を休めませんと。それにこのまま続けても結果は出ないでしょうからな』
「カーリック、さん……」
険しい顔で指示を出すケモミミのおっさん、カーリック大佐に言われ、リーファルミアはしぶしぶ俺から顔を離す。
「……分かったわ。クロガネ?」
『……ああ。訓練プログラム終了。待機場に戻るぜ』
俺もまた消化不良の思いを抱えたままだが、パイロットの意向に従い全ての訓練プログラムを終了させ、システムをアイドリングに移行。
剣を収め身を引いた訓練相手に軽く礼をした後、フィールド脇に併設された駐機場に歩を進めた。
「……」
『……』
気まずい空気が漂うコクピットの中で、俺たちは互いに無言だった。
正直なところ――どうにも、俺はこのリーファルミアという少女が分からなくなっていた。
あの日、俺が<アルヴァリオン>として転生した直後。出会ったばかりながらも、その後の戦いで俺達は圧倒的な力を以って敵を退けることができた。
国や民を守りたい、というリーファルミアの心と、そんな彼女を守りたいと思う俺の気持ちが一緒だったからだろう。
戦争という極めて特殊な環境下で二人とも興奮状態にあったせいかもしれないが、ともかく俺達の心は同じだったのだ。
だが戦いを離れて互いに頭が冷えると、今相手が何を考えているのかが分からない。
リーファルミアは思うように自分についてこない機体にいらだちを感じ、そんな彼女に自分の懸命さを一蹴されて腹を立てている俺。
これで良好な結果なんか、出るわけもないんだよなぁ。
――多分だが、どちらも焦っているんだ。
何しろアクザール王子が再度侵攻してくるとされる日まで、もうそれほど時間がねぇからな。
『着いたぞ』
「ええ……」
片膝立ちになり、コクピットを開いてやる。
遮るものもなくコンクリートに降り注ぐ陽光が、フィールドの空気を熱している。
雪の残る山から吹き降ろす風も、たどり着くまでにすっかり温度を上げていた。
開いたコクピットからは、そんな生ぬるい風が吹き込んできた。
「……」
無言のままリーファルミアは外骨格から体を抜き、コクピットの縁に手をかけた。
むすっとそれを見送る。
コクピットから飛び降りる直前、
「……ごめんなさい」
リーファルミアは小さくつぶやき、姿を消した。
『……ああ』
俺の言葉は彼女に届いたかどうか。それは定かではない。
今は互いに頭を冷やす必要がある。
『ふう……』
俺は頭を振り、先ほどまでに取得したリーファルミアのデータを整理する為に目を閉じた。
* * *
『……ああ』
コクピットから降りたリーファルミアの耳に、ちいさな返事が聞こえた。
「ごめんね、クロガネ」
もう一度つぶやく。
彼が一生懸命自分の動きについて来ようとしてくれているのは分かっていた。戦闘中にちらりと見える彼の横顔は本当に真剣で、手を抜いているようには全く見えない。
AIのくせに汗をぬぐう動作までして膨大なデータをさばいていた。それは彼の周囲に浮かぶ無数のウインドウからも分かった。
そして、自分の言動が八つ当たりであることも分かっている。恐らくもっと動きに余裕を持たせれば、クロガネが取得するデータの奔流も少しは弱まり、結果として自分の動きに合わせるスピードが速まるであろうこともわかっていた。
自分達では分からないが、亜人種の身体能力はクロガネから見るとかなり高いらしい。少なくとも彼が知っている人間とやら――それがどういうものかは知らないが――と比較して、三十から四十%以上も上回っているらしい。
そのせいでプログラムが対応しきれていないため、リーファルミアの動きに追従させるにはほぼ書き直しに近い作業量が必要になるらしいのだ。
それに加え、戦闘機動中の機体の各種動作補助と索敵、武器の調整も同時にこなしているのだから、その作業量は自分が考えているより膨大のはずだ。
それでも彼は嫌な顔一つせず自分の為に仕事をしてくれている。それについては心から感謝していた。
だが、リーファルミアは一刻も早く<アルヴァリオン>に慣れたかった。いや、慣れる必要があるのだ。
「お疲れ様です、妃殿下!」
「……ありがと、ミリ」
汗で張り付いた専用のパイロットスーツが気持ち悪い。
満面の笑みでドリンクを差し出してくる世話係の少女にさえ、ぶっきらぼうな返事を返してしまう。
「……だいぶお疲れのようですね。どうかご無理をなさらぬよう」
滴る汗をタオルでふく自分を見ながら、ミリが心配そうな顔をして見せる。
……いけないいけない。
自分の不調を、いくら気心が知れていると言っても他人に見せて八つ当たりするなんて、王族のすることじゃない。
ガシガシと顔をふき、リーファルミアは笑顔を取り繕った。
「……大丈夫よ、ミリ。心配かけてごめんなさい」
「いえ。それが私の仕事ですから!」
にこっ、っと、今の自分とは真逆の、向日葵のような笑顔を見せる少女を見て、リーファルミアの気分が少し晴れる。
パイロットスーツのロックを外して胸元を緩め、素肌に風を当てる。
「あ……?」
途端に豊かな胸の膨らみが、締め付ける圧力から逃れようとジッパーを押し下げるのを感じたリーファルミアは、反射的にタオルを肩から羽織る。
ジッパーは止まったが谷間が中程まで、はっきりと見えるほど下がってしまっている。
女性らしい体型は彼女の自慢でもあるが、大きすぎるというのは時に困りものだ。
急いでジッパーを上げようとしたその時だ。
「妃殿下。お疲れ様です」
低い男の声が彼女の耳朶をうつ。
「!」
びっくう!
尻尾の毛が逆立ち、ケモノミミもぴーんと張る。
背後から近づいてきたのはこの訓練演習の総括を務めている、カーリック大佐だった。
この暑い中だというのに、相変わらず軍服をかっちりと着込んでいる。彼は今日<E・A>に乗る予定がない為、パイロットスーツではない。
「……お邪魔でしたかな?」
「い、いえ!大丈夫、大丈夫です、大佐!」
ジッパーを上げるタイミングを逃してしまった。
スーツの構造上、胸元を元に戻すにはどうしても一度タオルを取らなくてはならないが、彼がいたのではそれはままならない。
後を向いてもらえばいい、という簡単な答えは、リーファルミアの頭から吹き飛んでいた。
「……そうですか。先ほどの演習、お疲れ様でしたな」
「いえ、その。見苦しいものを……。すみません」
位でいえば、一軍の将とはいえ大佐であるカーリックと王族であるリーファルミアでは当然、後者の方が上だ。
だがリーファルミアにとってカーリック・キースベルトは兵法の師であり、<E・A>操縦の師でもある。ついでに言えば年齢もはるかに上だ。そういう意味で目上の者に対し、礼を失しないようにするのもリーファルミアの主義である。
「昨日まではクロガネ――AIが主体で機体を動かしていたものですから。私だけの力でアレを動かしたら途端にこの有様で」
リーファルミアがしゅんとうなだれる。ケモノミミが折れ尻尾も垂れ下がった。
「そういえば、今日は初めて妃殿下が主体で動かしているのでしたな。……どうです、感想は」
「どうもこうも。機体が私の動きについてこれないんです。ご覧になったでしょう?」
「ふむ……」
カーリック大佐が難しい顔で顎を撫でる。
確かに、彼でなくとも先ほどのリーファルミアの動きはぎこちないと感じただろう。
「私の動作より一秒近く遅れて動作するんです。互いの動作がダイレクトに伝わる操縦システムのはずなのに。むしろそのせいで機体の重さがじかに伝わって、もう……」
美しい銀髪の張り付いた額を眺め、カーリック大佐が視線を上げる。
その先には片膝をついた<アルヴァリオン>の姿があった。
排熱が実行されているのだろう。背部や脚部のフィンが開き、その周囲の空気が歪んでいる。
「初めて乗った時はあれだけ――そう、まるで自分の体の延長みたいに思えた機体なのに。今はそれが全く感じられないんです」
「なるほど」
その主な原因として、動作の主体がリーファルミアになったことが大きい。
昨日までの<アルヴァリオン>は、まずリーファルミアの体に機体の感覚を覚えさせるため、クロガネという存在を介して動いていた。言うなればクロガネの動作にリーファルミアが合わせていた形になる。
しかし、今日からは<アルヴァリオン>に彼女の動きを学習させており、リーファルミアの動作に機体が合わせている状態だ。
これは機体のニューロネットワーク系に直接クセを刷り込んでいく作業で、彼女の動きはダイレクトに<アルヴァリオン>に繋がっている。
この時クロガネとは別の機体制御プログラムが両者の間にいるわけなのだが、これがリーファルミアの動きに対応しきれていない、という訳だ。
これを修正するためにはリアルタイムで情報を更新しなければならないらしく――そのため模擬戦の中でプログラムの再構築を同時進行する、という話を、カーリック大佐はAIからあらかじめ聞いている。故に動作に遅れが出ることは想定していた。
実は遅れ自体は彼の考えていたものより少なく、さすがは“救世機”と呼ばれる機体のAIだと感心していたのだが、パイロットにとっては到底満足のいくものではなかったらしい。
自分であればその遅れも想定し、動きをすり合わせていくことなど造作もないが、この教え子はまだそこまでの技量を有していない。強引に自分の動きを貫き、機体をそれに従わせようとしている。
(……それではだめなのだ)
内心でつぶやき、うまく伝わるよう言葉を選ぶ。
「妃殿下。少々ご無礼な物言いになることをお許しください」
「構いません。仰って下さい」
リーファルミアが頷くのを確認し、では、と口を開く。
「あなたはこの“救世機”と契約を結ぶため、これまで他のAIとの契約を試みてこなかった。故に、彼らとの間に何が必要かをまだお分かりでない」
自分を見返す真剣な目。
真面目なのは美徳だが、そのせいで見えなくなることもある。
「何度か申し上げたことがありますが、自分を押し付けるだけでは、AIは従ってくれないものです。その逆も然りではありますが。クロガネ殿も男であるが故に我が強いですからな」
リーファルミアが首をかしげる。
「カーリックさん。男じゃなく、ただのAIでしょう?本人も度々そう言いますけど。あれは単なるプログラムなのではないですか」
時折リーファルミア自身もカーリックのように考えてしまうことがあるが、その度に違うと思い直す。
アレは多少感情が豊かな――AIだ。人ではない。
口元に笑みを浮かべ、カーリック大佐は首を横に振った。
「そうかもしれません。ですが彼はうそを言っているようには見えませんな。妃殿下、時には常識を疑ってかかることも大切です。彼の言うことを無条件に信じろとは申しませんが、何しろあの機体は特別なものです。我々の常識が通用しないこともありうる」
「仰る通りですけど……」
いまいち納得していないような声色。
「まずはクロガネ殿を信じてみてはいかがですかな?彼が『自分は人間だった』というその言葉を。その上でどうやって接すればいいのか、貴方ならお分かりになるはず」
「それは……人間としてなら……」
モノではなく、ヒトとしてなら――。
「相手を信用できなければ、きついことを申しますがお二人は今のままですぞ。これはクロガネ殿にも言える事ですが。――お忘れですか。我々とAIはパートナーとして契約するのだということを」
「パートナー……」
頷き、軍服姿の長身ががくるりと背を向ける。
「私もカアル・ロウを手なずけるのには大分苦労しました。アレはクロガネよりだいぶ堅物で、癖の強いヤツでしたからな。動きは堅い、冗談が通じない、マニュアルから外れない。おまけに、喋らないと来ました」
カアル・ロウとは、カーリック・キースベルト専用AIの名だ。そして武家であるキースベルト家の守り神にして、聖・ネロウの四大神の名でもある。契約したその日に、ずっと温めていた名を与えたと聞いていた。
過去を懐かしむようにサングラスの奥の瞳を細め、抜けるような青空を見上げる。
「しかし戦いの中で共に過ごすうちになんとなく考えやクセが分かるようになりました。恐らくカアル・ロウも同様でしょう。今では多少冗談も通じるようになりましたからな。喋らないのは相変わらずですが」
どこか冗談めかした口調。
リーファルミアはそんな師の背中を見ながら思う。
――届かない。
「それもひとえに、互いをパートナーとして認めたからにほかなりません。そして、契約とは違う、もう一つの絆ができたからです」
「もう一つの絆……」
「それは、信頼、です」
契約者とAIの間にある信頼。
それは互いが戦う理由を共有し、かつ互いを一つの存在として認め合うということだ。
振り返ったカーリック大佐の眼に、瞳を閉じて考える教え子の姿が映った。健気な姿に、しばらく会っていない娘たちの顔を思い出す。
(そもそもこの方のような、年端もいかぬ娘が戦うということ自体が――戦う意味を考えること自体が、おかしいのだ)
<E・A>の訓練学校には男子は当然として、女子も多く在籍している。その中には彼の娘も含まれていた。
いずれもまだ十代のころから戦う術を教え込まれる。戦争という言葉を言い訳に、命のやり取りを子供たちにも強いているのだ。
(申し訳ありません、妃殿下)
心の中で頭を下げる。だが口には出さない。覚悟を持ってこの道に入ったものへ、謝罪はかえって失礼だ。
「私はカアル・ロウの判断を信頼し、そこにいてくれることに安心を見出します。彼女も――あえて彼女と呼びましょう――同様に私の判断を尊重しますが、時には反論や言い合いもします。ですがそれは、パートナーとして互いを認めているからこその行為であると、私は考えています」
――あなたにはそれができますか。ありますか――
カーリック大佐の眼はそう聞いている。
しばらくしてリーファルミアが顔を上げた。
「……もう一度、やってみます」
何かしら答えを見いだせたのだろうか。
金色の瞳に強い意志の片りんを覗かせ、リーファルミアはタオルを取った。
黙って控えていたミリがそれを受け取り、脇に下がる。
くいとジッパーを引き上げ、カーリック大佐の脇を抜けた。
「ありがとう、カーリック大佐」
「はい」
リーファルミアが<アルヴァリオン>に乗り込み、笛の音と共に訓練が再開された。
* * *
「はぁ……」
夜のとばりに包まれた聖・ネロウの王宮の一室で、少女のため息が上がった。リーファルミアである。
<アルヴァリオン>の訓練の後、夕方からは王族としての責務――管轄する仕事の書類整理や視察などだ――を終え、家族で夕食をとったのが二時間ほど前。
その後部屋に戻ってミリの入れたお茶を飲んで一休みし、もう一度<アルヴァリオン>に関する報告書に目を通していたのである。
目元を揉みながら顔を上げ、複雑な彫刻の刻まれた時計を見る。すでに九時を回っていたことを認識してもう一度息をつく。
「ミリ、いる?」
休む前にシャワーを浴びようと、従者を呼ぶ。
「はい、姫様。お呼びでしょうか」
隣室からすぐにミリが現れた。もう遅い時間だというのに、きちんとメイド服に身を包んでいる。主が休んでいいというまで、彼女らに休息は許されない。
「遅くなってごめんね。シャワーを浴びるから手伝ってくれる?」
執務机を片付け、立ち上がる。
一国の姫という立場であるが、今の服装は市勢にいるものと大差がない。生地はよいものを使っているが、ロングスカートにカーディガンという出で立ちだ。銀髪から飛び出たケモノミミにリボンを掛け、それには王家の紋章が刻まれているものの、彼女を王族と見せているのはそのリボンくらいものである。
アーデルローテ王家の家訓は、質素と堅実だ。
「はい、姫様。すぐにお支度をいたします」
一礼し、ミリが隣室に下がる。
そこはミリの為に用意された部屋であり、この執務室をはじめ浴室、寝室、簡易キッチン、衣裳部屋など、いくつかの部屋に繋がっている。
侍女である彼女はそこで寝起きし、いついかなる時もリーファルミアの声に応えられるよう、控えている。
リーファルミアはベッドの脇にある巨大な窓に歩み寄り、それを開け放った。薄絹のようなカーテンが揺れ、夜風が吹き込む。火照った頭にひんやりとした風が心地よかった。
そのまま歩を進め、バルコニーに出る。
「わ、あ……」
見上げれば、満天の星空。
黒とも違う、深い藍色にも見える夜空に、数えきれない星々が輝いている。山の稜線からは月も顔を出し、空との境目に光の線を描いている。
この部屋は王宮の中でも高い位置にある為、街の明かりはもちろん物見の火も届かない。
月光に照らされ、リーファルミアの銀髪が輝いていた。純白の尻尾もまぶしいほどに光を弾き、その後ろ姿は月の女神と見まがうほどの美しさである。
「……」
月の光を一身に浴びながら、リーファルミアは今日一日に思いを馳せた。
結局――<アルヴァリオン>の完熟訓練はほとんど進展しなかった。
カーリック大佐に助言をもらったことで肩の力が抜けたが、やはりプログラムの再構築が追い付かなかったのだ。
(『すまん。俺の責任だ』)
クロガネはすまなそうにそう言っていたが、リーファルミアは責任の一端――いや、ほとんどは自分にあると思っていた。
二度目の模擬戦は意識して動きを抑えたためデータの奔流が少しおさまり、プログラムの再構築の速度はずいぶん上がったのだそうだ。
少なくとも既存のAIが同じ作業をこなすには、データをとるので三日、それを再構築するのにもう三日、実際の動作とすり合わせるのでさらに二日程度かかるらしい。
それを全て同時に、それも戦闘中に行うというのは極めて常識外の事だ。とてつもなく柔軟な思考回路――AIに比べてという意味で――を持つクロガネだからこそ出来る芸当だ。
それでも一日で出来上がらなかったというのは、まだ自分が彼を信頼しきれず、我を通そうとしたせいだろう。
気がつくと動きが早くなっている自分をその都度戒めてはきたが、模擬戦の中で度々彼に怒ってしまったことは反省せねばなるまい。
それはそれとして――。
「変な奴よね……」
契約をお願いし、受け入れてもらっておきながらひどい言いようだと思うが、実際そう思ってしまうのは仕方ない。
自らを人間だったと言い張り、言葉はいちいち暑苦しい。いきなり呼び捨てにされた時は腹も立った。
おまけにこの私と言い争いまでする。
私は王族、一国の姫よ?それを呼び捨てするとか逆らうとか、そんなのありえない。
そう思っていた。
ただ、何度か呼ばれるうちに悪意がないことも分かり、すると不思議と嫌ではなくなったのも事実だし――言い合いについてもそれほど気分の悪くなるものでもない。……自分でも全く意外なことに。
むしろ両方とも、友達が出来たかのような感じがして新鮮だった。
王族である彼女にかしずく者はあっても、対等の口をきく者はいない。<E・A>パイロットの育成学校でもそうだ。
それが当たり前と思いつつもどこか寂しく感じていたリーファルミアにとって、クロガネという存在は初めてできた友達のようなものであった。
「信頼、か」
私はアイツを信頼できるだろうか。この先、それを作っていけるだろうか。
契約というのは自分の理想や希望を押し付けるものではない。何度もそう聞いていたから、クロガネとの契約の時は必死に“お願い”したのだ。そして彼も自分に賛同してくれた。
だが、本当のパートナーになる為には、互いがどう接し合っていくかが大切なのだと、今日改めて考えさせられた。
――先は長そう。
「ふう……」
すっかり姿を現した月の見上げ、バルコニーの柵に頬杖をついて下を見る。
暗闇でよく分からないが、その視線の先には666番格納庫の出入口があるはずだった。そしてその中には<アルヴァリオン>――クロガネがいる。
「明日は――明日こそうまくいくかしら……」
一刻も早くアレを乗りこなし、国と民を救わねば。そのためには早く信頼関係を作って、機体も自分の物にして――って、ああ、ダメダメ。
また思考が先走っている。
頭を振ると、合わせてケモノミミもふりふりと揺れる。
その大きな耳に、小走りに近づく足音が聞こえた。
「姫様、こちらにおいででしたか」
「ん?」
振り返ると、ミリが室内からこちらを覗き込んでいた。
「どうしたの?」
シャワーの準備ができたことを話すにしては表情が硬い。
「先ほど王国執政院の議員より、メイド長を通して連絡がありました」
メイド服の少女が姿勢を正す。
これは彼女が、公的な話を伝える時にする仕草だ。ミリはその立場からあちこちとの連絡も受け持つのである。
ミリが軽くこうべを垂れ、自然にリーファルミアも背筋を伸ばす。
「リーファルミア妃殿下。専属AIとの契約が成功したことにより、かの機体を正式に妃殿下の物として登録する儀式が執り行われることになりました。日取りは明後日。詳しくは追ってご連絡があるとの事でございます」
王国執政院からの用件が、メイド長と専属の侍女であるミリを介して、リーファルミアの耳に届く。
聖・ネロウではよくある連絡方法だ。
言葉を受け取ったリーファルミアは小さく息をつく。
「……急な話だけど――そう。分かったわ。ありがとう、ミリ」
「おめでとうございます、姫様!」
打って変わって顔を綻ばせるミリとは対照的に、リーファルミアは沈んだ顔で星空を見上げる。
(今のままではダメだわ。やはり、もっとあの機体にふさわしくなって見せないと……!)
「姫様……?」
心配そうなミリの声。
「……ううん、なんでもない。ところで――」
「はい?」
「その……あいつには、もう言ったの?」
どことなく歯切れの悪い主のいう“あいつ”というのが誰なのか、ミリにはすぐ分かったらしい。
「クロガネ――いえ、これからはクロガネ様とお呼びすべきですね。そちらにはリコさんが向かったそうでございます」
なんであのアンドロイドが……?
「リキュエル博士のご命令ということで」
「なるほど、ね」
なぜかクロガネのところに行く口実を探していた気分になり、リーファルミアはぶんぶんと頭を振った。
「姫様?」
「な、なんでもないっ。さ、シャワー浴びてすっきりしましょ!」
「あ!す、すぐにお支度を!」
パタパタとミリが部屋を出てゆく。
それを追い、リーファルミアはくるりと振り返るとバルコニーを後にした。
ふわりと浮いた銀髪が、月の粉を散らしたように輝いた。
* * *
リーファルミアが一日の汗を流し出したころ――。
俺は一人、666番格納庫で目を閉じていた。といっても別に寝ているわけじゃない。今日までに取得したデータの整理とシステムの最適化を全力で行っている最中だ。
<アルヴァリオン>のコクピット内で腕を組み、ふわふわと漂う。
午前中の模擬戦は目も当てられない状態だったが、休憩をはさんだ後からリーファルミアの動きがわずかに変化した気がする。
余計な力が抜けた――というか、力を抜こうとしているとでも言えばいいのか。ギクシャクしていた戦技に余裕が出始めていた。
おかげで俺が取得するデータの奔流がかなり収まり、比例してデータを整理する速度も上がった。デバックも同時に行い、問題が無ければ随時プログラムを走らせることが出来るようになったため、<アルヴァリオン>の動作は模擬戦開始時と比べて二十パーセント近く最適化されている。
とはいってもそれは未だ途上であり、明日以降の模擬戦の中でも同じように更新し続ける必要がある。
『まあでも、思ったより進んだしな。よかったよかった』
よくがんばったぜ、クロガネ。
誰も褒めてくれないので自分で褒めるしかない。ちょっと悲しい。
予定していた分の整理が終わったので、俺は<アルヴァリオン>の全ての機能をスリープモードに移行させる。これで動いているのはAIユニットだけだ。
腕をほどいて目を開け、右腕をかざす。
ぱちん。
小さく指を弾く。
この、ある意味余計な動作の裏で俺がした操作。
ごぉんと音を立て、コクピットハッチが開いていく。
俺の姿を映し出しているホログラフは、実は空間内の<BRAVE>粒子に光を当て、少しだけ視覚化させているものだ。水蒸気とプリズムで作られる虹を思ってもらえりゃいい。
そのため、光が届く範囲までなら俺の姿は移動させることが出来るのだ。
『ふー……』
コキコキと首を回しながら、俺はコクピットから出た。
ハッチから約三十センチのあたりに浮き、あたりを見回す。この辺までが、俺が<アルヴァリオン>から離れられる限界だ。
『暗いな……』
時刻は午後九時半を少し回ったところだ。
誰もいない格納庫内は照度が著しく落とされ、常夜灯程度の明るさがぽつぽつと点いているだけだ。おまけにここは地下で窓もない為、外の光も入ってこない。
しーんと静まり返った格納庫に一人でいるというのはなんというか、物寂しい。
元々一人暮らしだった俺は、夜一人で居るということに慣れている。
けど何かにつけて幼馴染の楪やらキハチやらが押し掛けるから、一週間のうち全く一人で居る日というのは三~四日間くらいだったかな。
『楪。キハチ。あいつらどうしてるかな……』
考えてみればこの世界に転生してからこっち、毎晩のようにデータの整理に追われていたせいで、あまり過去の事を考えている暇がなかった。
落ち着いてそんなことを考えられるのは今日が初めてじゃねーかな。
『楪のやつ、俺が居なくてもちゃんと学校でやってるかな。キハチは……あいつ単位大丈夫なんだろうか……』
友人二人が聞いたら、『お前が言うな』と返されそうだ。
『サンガじいさん、どうしてっかな』
まさか自分が作っていたロボットが実際に稼働し、しかも戦っているなんて想像もせんだろう。おまけにその制御AIは俺だ。
『ユリユリさんは……』
サンガじいさん宅にいたあの素敵なメイドこと、優羽璃ユリさん。あの二つの頂にはぜひ一度、お手合わせを願いたかった。
ダイブした瞬間、顔面を握りつぶされそうな気もするが、それでも男は時に命をかけるときがあるんだ。
……タバスコ入りのお茶が懐かしくなってきたぜ。
まぁ頂云々で言えば、リキュエル博士をはじめリーファルミアだって負けちゃいないんだが。
『……そのリーファルミアはケモミミ少女、ときたか……』
どこか幼馴染の楪を思わせる、明るい少女。まさかその体に肉食四足動物の遺伝子を持っているとはな。
ただまぁ、特徴的ないくつかのパーツを除けば、彼女らはどこからどう見ても普通の人間だ。
戦艦の窓越しに見えたアイツ――アクザールよりかは、よほどマシだと思う。顔中を覆う気色悪い紋章や、光を弾く冷たい機械のような瞳。アンドロイドだというリコよりもロボットみたいな外見だった。
『そういえばリーファルミアのやつ、大丈夫かな』
リーファルミアは王族としての義務と期待を一身に背負い戦場に立つ覚悟をまで持っている。
今日の訓練が思ったようにいかず、だいぶ落ち込んでいたようだが……。
昼間の映像を小さく表示させ、眺める。
戦闘起動中のコクピット内を映したワンフレームだ。操縦用外骨格の中で身をひねり、剣を振る動作をしている。
飛び散る汗と、起伏の豊かな体に張り付いたパイロットスーツが、えも知れぬ色気を醸し出す。
激しい動作で跳ね、形を変える胸元にどうしても視線が行き――。
『……じゃなくて。今日くらい流石に自重しようぜ俺』
オトコとしては仕方ないサガなんだろうが、ユリユリさんの話といい、我ながら不謹慎な思考回路だ。
「……ひっ」
『あん?』
煩悩がエンドレスで刺激されそうなリーファルミアの映像を消した時、どこかで小さな悲鳴が聞こえた気がした。
ほとんど上下さかさまになっていた姿勢を戻して辺りを見回すと、<アルヴァリオン>のコクピットに続く作業通路の端っこで縮こまっている、小さな影を発見する。
フリフリがたくさんついたゴシックロリータ風の衣装。尻尾を模しているらしい、太く長めのリボンが力なく垂れている。
あれは……。
『リコか。どうした、こんな時間に』
ゴスロリ服を着た小柄なアンドロイド少女が、頭を抱えて何やらぶつぶつ呟いていた。
大いなる神よ、とかセイル・ロウよ、などという言葉が聞こえるが、意味がさっぱり分からない。
あと俺の声も聞こえてねーな。
『おーいってばよ。リコー?大丈夫か~?』
「ひゃうっ!?」
ちょっと大きな声で呼んでみると、びくっと背中が跳ね、リコが恐る恐る振り向いた。
「え、あ、あれ?お前、クロガネ、ですぅ?」
『他の誰に見えるんだよ』
ちょっと涙目のリコがそーっと立ち上がった。
「だ、だってこの間、リキュエルからこの機体の傍にユーレイが出るって話を聞かされて……。それで用があってきてみたら本当に半透明の影が浮かんでて……」
『あー、あぁ……』
納得。
つまり暗闇にぽつりと浮かぶ俺をそのユーレイさんと勘違いしたんだろう。
今ならわかるが、このサイズの人型兵器で、しかも顔が人間そっくりなものが暗闇に佇んでいるというのは結構怖いのだ。
根源的な、巨大なものに対する恐怖。ただでさえ人に良く似たシルエットはいつ動き出すのかわからない。それらを暗闇で見る怖さというのは、確かにある。
おまけにリコの場合、ユーレイが出るなんて話を聞かされ、先入観まで持たされているっぽいからな……。
『大丈夫だリコ。俺はクロガネ。ユーレイなんかじゃあねーぜ』
「ほ、ほんとですぅ?」
『ほんとだ。だからそんなに怖がるな』
夜というのは時に人を優しくさせることもある。俺はめずらしく優しい声でリコを慰めてやった。
すると彼女は勢いよく立ち上がり、目を瞬かせる。
すびっと鼻をすすり、
「ふ、ふん!知ってたですぅ!AIの分際で偉そうにするなですぅ!」
『……』
思い切り怖がらせるべきだったかと、ちょっと後悔。
でもそんなことしたら後でリキュエル博士にドヤされそうだしなぁ。
『……で。こんな時間にどうした。肝試しか』
リコがてこてこと近づいてくる。あ、ちょっと足が震えてら。
俺はハッチの下に移動し、小柄な彼女の目線に合わせてやった。
「違うですぅ。お前が変なことをしてないか、視察にきたですぅ」
『……ほう』
腰に手を当ててふんぞり返り、ぐるりと俺を見回すと、うん、と首を振る。
「見たところおとなしくしているようで何よりですぅ。このまま朝までじっとしてやがれですぅ」
『そうか分かった。じゃ俺は寝る』
ばいばい。
手を振って俺がハッチの中に入り込むと、背後から慌てた声が上がった。
「ちょ、ちょっと待ちやがれですぅ!本当はそうじゃなくて……あ、待って、待つですぅ!」
閉まり始めたハッチを小さな手で押さえ、俺を呼び止める。
俺はハッチを止めて振り返った。
『どうしたよ。用件は済んだだろ?俺もデータの整理で疲れてて、もう寝たいんだが』
「え、あ……」
一瞬すまなそうにするリコだが、ニヤついた俺の顔を見て瞬時に真っ赤になった。
短い付き合いだが、コイツの事は何となく理解している。
このツンデレなリコが、たったそれだけの用件で俺の下に来るなど、あるわけない。別件があるのは想定済みだぜ。それを素直に言わん所もな。
「お、お前!リコをからかってやがるですね!?」
『まーな』
「うきー!」
幼女の声が暗い格納庫に響く。
どっちかっつーと、暗闇に響くお前の声の方がホラーだからな?
『ほれ、入れよ。室内とはいえ寒いだろ』
軽く手招きしてコクピットに入れてやろうとするが、リコは体を押さえて身を引いた。
「い、いやですぅ!お前なんかと一緒にいたら、それだけで妊娠するですぅ。リコの貞操は誰にも奪わせないのですぅ!」
こいつは塀で囲まれたお嬢様学校の生徒か何かか。ていうかお前子供作れんのか?
『……どこからツッコんでいいのかなこりゃ……』
「やっぱりツッコむ気ですぅ!?このエロAI!」
『たぶん意味が違う。あとエロいのは否定しないが、とりあえずうるせぇ』
はー、とため息をつく。
昼間だってコイツの相手は疲れるというのに、夜中にこの掛け合いはマジで勘弁してくれ。
『もう一度聞くが、何の用だよ』
リコを座らせてやろうという気遣いはとうに過ぎ去り、俺は彼女を突っ立たせたまま先を促した。
『俺をからかいに来ただけなのか、本当に』
「ち、違うですぅ。えと、ごほん」
体を押さえていた手を離して姿勢を正すと、リコはゴスロリ服の前で手を組んだ。
目を閉じ、一呼吸おいて開く。
すると、リコの声が急に平坦に、顔は無表情に変わった。
纏う空気さえ厳粛さをはらんだ気がする。
『な……なんだ?』
「救世機<アルヴァリオン>がAI、クロガネ。創造主リキュエルの命により、聖・ネロウ王国国王であられるエスペディート陛下、並びに王国執政院からのお言葉を伝えます」
『お、おう?』
なんだ?リコってこんな喋り方もできるのか?
まるでロボットのような喋り方になったリコをマジマジと見つめるが、彼女の表情は変わらない。
「聖・ネロウ王国第六王女、リーファルミア・ネロウ・アーデルローテ様があなたとの契約に成功したことにより、あなたを正式に姫様の搭乗機として登録する儀式が行われることが、先ほど決定しました。日取りは明後日。詳細は追って連絡されます。なお、同様のお話がすでに姫様にも伝えられています」
『儀式……だって?』
わざわざそんなものをやるのか?
こくり、とロボットみたいになったリコが頷く。
「王族と救世機の契約は千年の間、全ての国民が待ち望んできたことです。救世機が動けばワレワレは助かる、戦争は終わると信じられてきたのです。故に、これは早急かつ大々的に発表するべきことなのです」
じっとリコが俺を見つめる。その目に嘘はなく、茶化す雰囲気も感じられない。今この瞬間、人ならざるリコは確かに、この聖・ネロウに生きる人間だった。
俺の返事を待つように、リコはその場で黙っている。
目を閉じ――おもむろに口を開く。
『……そうか』
きっとこの承諾は、リーファルミアとの契約とは全く違う意味を持つはずだ。
王国の一部隊の中にいた今日までと違い、その儀式とやらが終わったその日から、俺は王国民全てからの期待をも背負う立場になるに違いない。
そこに敗北は許されない。失敗もだ。
これからは凄まじい重圧と責任を伴うことになる。そしてたぶんそれは――リーファルミアと同じもの。
「……」
リコは黙って、目を閉じたままの俺を見つめている。
わが魂のバイブル<勇者皇帝>シリーズに限らず、<勇者>の名を背負って戦う主人公たちは往々にしてその二つを背負う定めに置かれる。いや、彼らが背負うものは一国より大きな、世界や地球だ。
星ひとつ分の期待と願いを背負って戦う彼らを、感情移入しながらも俺はただ見ているだけだった。
だがこれからは違う。
これからは俺が、彼らと同じ立場になるのだ。
ただ、実感はあっても残念ながら経験に基づいたものじゃない。
少しでもその意味を身に染み込ませ、俺は目を開けてもう一度頷く。
『ああ、分かったぜ。リコ』
「……」
かすかにリコが微笑み――
次の瞬間。
「っだぁぁぁぁ!さっさと頷きやがれですぅっ!」
『お”うっ!?』
一気に元に戻った。
「人がこっ恥ずかしいのを我慢して、しかも慣れない口調で喋っているのに何を長々と考え事してやがるですか!ああもう、恥ずかしいですぅ……」
『な、なんだよ。俺はただ覚悟を決めてただけだ。あといきなり雰囲気ぶち壊すな!』
「知るかですぅ。覚悟なんてものは最初から持っとけですぅ」
なぜかは知らんが、本当に恥ずかしかったのだろう。リコは赤くなった頬をパタパタと手で仰いでいる。
「命令とはいえ、まさかお前なんぞを相手に丁寧に喋る羽目になるとは思わなかったですぅ。こっ恥ずかしいから敢えて疑似感情をオフにして喋ったのに……まだ背中が震えるですぅ!おまけに、お前なんぞをあ……あ、あなたなんて呼ぶとか!マジありえないですぅっ!」
ひでぇ言われようだ。
『なんぞで悪かったな!だいたいなんでこんな時間に来るんだよ。明日だっていいじゃないか』
俺が不思議そうに聞くと、リコがキッと睨んでくる。
「この決定が下されたのは本当についさっきなのですぅ。リキュエルと、もちろんリコもその場にいたのですが、会議が終わると同時になぜかリキュエルが『リコ、あんたが知らせといで』とか抜かしやがったのですぅ!」
聞けば本来はカーリック大佐がその役目だったそうなのだが、リキュエル博士が彼を制し、リコにその役を命じたのだそうだ。理由は不明――だけど、たぶんその方が面白いからだろうな、うん。
ワタワタと慌てるリコとそれを面白そうに見ているリキュエル博士(と兵士たち)が容易に想像できるぜ。
ちょっとリコに同情しちまった。
「リキュエルには逆らえないのが悔しいですぅ……。しかも、ちゃんと丁寧に伝えろなんて命令まで出しやがってからに……!」
『……苦労したな』
「ですぅ!ありがたがれですぅ!」
ぷんすかと怒って見せるリコ。アンドロイドらしからぬその反応はまるっきり、普通の女の子だ。
だが疑似感情をオフにしたということは、さっきの話し方がある意味、こいつ本来の喋り方なんだろうな。
『リコ』
「なんですぅ!」
『ありがとよ』
「で……ですぅ」
気勢をそがれたらしいリコは目を泳がせたあと、ふんっと鼻を鳴らした。
「お前、ほんと変なAIですぅ。リコに頭を下げるなんて。お前が散々言った通り、リコはアンドロイドですよ」
『そりゃそうだ。だがそんなことはどうでもいいぜ。俺から見ればお前はちゃんと女の子だ。ちょっと口は悪いけどな』
「一言余計ですぅ!」
リコは一瞬ぽかんとしたあとがうっと俺に詰め寄る。が、すぐに姿勢を戻した。
「じゃ、じゃあリコはこれで帰るですぅ。おとなしくしてやがれですよ!」
『あいよ』
たたっとリコが走りだし――しかし通路の曲がり角で急に立ち止まった。
「……クロガネ」
『あん?』
「お前はそう言いやがりましたが、でもリコはやっぱりアンドロイドですぅ。だからこの国――ニンゲンの国がどうなろうが、正直よくわからないのですぅ。ぶっちゃけ、続こうが滅ぼうがどうでもいいと思えるくらいに」
背を向けたままのリコが小さな声で話し出した。
「たぶんリコという存在は聖・ネロウの人間よりアトランディア帝国のニンゲンのそれに近しいのですぅ。リコは……体の三分の二は機械だから」
俺は黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
『……』
「でもリキュエルのことは好きですぅ。リーファルミア姫様の事も。あの二人はリコの事を人間と同じ存在として見てくれるから」
点々と点いた常夜灯がスポットライトのように落ちるその真ん中で、リコがくるりと振り向いた。ゴスロリスカートがふわりと広がり、まるで――舞踏会のワンシーンみたいだ。
「リコは、リキュエルとリーファルミア姫を助けてあげたい。力になってあげたい。そう思うのですぅ。でも、リコにはその力がない。だから――」
振り返り、リコはしっかりと俺を見る。
黙って、じっと俺を見つめてくる。
言葉にせずともリコの心が伝わってくる。
“お前に頼んで、いいですか”
大きな瞳はそう聞いていた。
『……任せろ』
ぐっ、とサムズアップ。
大丈夫だぜ。言われんでもそうするからな。
しばらく俺を見つめ、リコはかすかにうなずいた。
「それじゃ、リコは戻るですぅ」
『風邪ひくなよ』
「……ふん。分かってるですぅ」
小さな笑みをこぼし、そして今度こそ、リコは格納庫を出て行った。
ゴスロリ服が消えた先を見ながら、俺はまた空へ浮かび上がる。
『覚悟と責任、か』
きっとリーファルミアも、それを胸に俺と契約したんだろう。
俺が今、リコの話を聞いて感じたことを、あいつはもっと小さいころから教え込まれてきたんだろう。
そして多分そのせいで今日、あんなに苛立ち、焦っていたのだろう。
少しだけリーファルミアの心が分かった気がして、俺の心にかかっていた重みが減った気がする。
『儀式とやら、なんか楽しみだな』
基本的に俺は物事を楽しむ性格だからな。例えそれが厳格なイベントだとしても。あー、学校の全体朝礼とかは眠くなるから嫌いだけど。
明後日を心待ちにしながら、俺はハッチの向こうに姿を消す。
<アルヴァリオン>のハッチが閉まり、そして――静寂が訪れた。
* * *
同刻――アトランディア帝国、アハトバーム博士の研究ブロック――
夜半、夕食も終えのんびりとテレビを見ていたアクザール王子は、ヴァルターからの呼び出しを受けここにきていた。正確には彼からでなく、アハトバーム博士からの呼び出しを、ヴァルターが中継したのである。
くつろいでいた所を呼び出され、ぷりぷりしながらやってきたアクザール王子だったが、博士に案内された先――彼らの他には誰もいない格納庫でそれを見た瞬間、怒りは吹っ飛んでしまった。
「これがあんたの言う、強くなった<SOCom>ってやつか」
「おお、まさにその通りですぞ殿下。これならばかの“救世機”と互角に――否、それ以上に圧倒して見せるでしょう!」
自らの所業を称賛するかのような、アハトバーム博士の声。
普段ならうるさいと一喝するだろうアクザール王子は、しかし黙ってその新型<SOCom>を見上げていた。
「いつ出られる?」
「すでに殿下の生体情報が登録されておりますでな。無論、いつでも出られますぞ」
「そりゃいい。……ああ、すごくいい。あんた最高だよジジイ」
「お褒めに預かり光栄です」
ローブ姿が慇懃に、王族に対する礼を取る。
アクザール王子の口元が吊り上り、暗闇に三日月のような切れ目を浮かびあがらせる。
知らず知らずのうちにブレインチップが活性化し、青白い肌の上に紫色の紋様が浮かび上がった。それはまるで電子回路の如く彼の顔を覆ってゆく。
その光に魅せられたか。
三人を睥睨する巨人の瞳に、同じ色の光が灯った。
「ふむ。精神の同調はうまくいっているようですな」
アハトバーム博士が満足そうにうなずく。
大きな肩部装甲、マッシヴな四肢。両側頭部から前に伸びる、長いアンテナ。これまでの<SOCom>と一線を画すシルエットが、薄暗い格納庫の天井から降り注ぐ照明の下、低い唸りを上げる。
その色、その外見と相まって、まるで地獄の獣が目覚めようとしているかのようだった。
「ヴァルター」
「は」
「部隊の再編を。終わり次第出るぞ」
「御意」
これならあの、クソ忌々しい連中に一泡吹かせられる。なにが“救世機”だ。そんなもの、この僕がぶっ壊してやる。
なんて言ったっけ、そう。十倍返しだ。
くっくっくっく……!
アクザール王子の狂気を孕んだ笑い声が、格納庫に響いた。




